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第千三百八十三話 愛をこの手に(三)

 リノンクレアとの交渉決裂から開戦まで一日の時間を要したのは、単純に準備に時間が必要だったからにほかならない。

 開戦準備そのものは整っていた。バルサー要塞から出撃する部隊はいつでも戦闘に入れる状態であり、兵士たちは、開戦のときをいまかいまかと待ち望んでいた。バルサー要塞内北門前には、六千の兵が集っている。

「ガンディア軍なにするものぞ!」

「我らルシオンこそが最強!」

「ガンディアの弱兵どもに目にもの見せてやるのだ!」

 ルシオン軍の将兵たちは、そう息巻いていた。

 このバルサー要塞にいるルシオンの将兵の多くは、ハルベルクのレオンガンドへの反逆に賛同している。当然だろう。ルシオン将兵のほとんどが、ガンディアのルシオンに対する扱いに不満を抱いていたからだ。

 ルシオンは尚武の国と標榜して久しい。

 個人の武を磨くことこそに尊さを見出す国柄は、将はおろか、末端の兵に至るまで強者でなくてはならないという風潮を作り、弱兵を強兵へと育て上げ、作り変える方法論が出来上がるほどのものとなっていた。ルシオン軍に入れば、どんなものであっても強者になりうるのだ。それがルシオンの強さの理由であり、秘密といってもいい。

 それに比べてガンディア兵の弱さは悲しいほどであり、ルシオンの将兵は予てよりガンディアの弱さを嘆くこと甚だしかった。そんな国に三国同盟の盟主を任せていてもいいのか、と考えるものもいたようだ。無論、王家の手前、あからさまにそのような不服を漏らすものはいなかったが、そういった空気があるのは、ハルベルクにも伝わってきていた。

 そんな個人の強さに拘りを持つ兵士たちだからこそ、リノンクレアの人気は高かった。リノンクレアは武人気質を持っている。巧みな剣術に鍛え上げられた肉体を持つ彼女は、ルシオンの王子妃に相応しいと将兵からももっぱらの評判だった。ガンディアの王女にしておくには勿体無かった、という声まで聞かれたほどだ。

 それほどまでに、ルシオンの将兵はガンディアを見下していた。

 ガンディア兵は、弱い。

 それこそ、近隣国の中でも最弱といっていいほどに弱く、ログナー兵はともかく、ザルワーン兵よりも弱いというのは致命的とさえいえた。ルシオンの将兵がガンディアを見下すのも致し方のないことだっただろう。しかし、同盟国であり、盟主でもある。尊重しなければならず、むしろガンディア兵のほうが上に立っていることのほうが多かった。そういうことが積み重なれば、ルシオンの将兵に不満がたまるのも当然だろう。

 いつか見返してやろう。

 そう考えるものがいたとしても、なんら不思議ではなかった。

 そんな中でガンディアは加速度的に国土を拡大していった。同盟国ルシオンを配下のように扱い、将兵を自国の兵士のように従えながら、自分の国の領土のみを広げていったのだ。将兵の間での不満が日々増大していくのは、ハルベルクにもわかった。そんな彼らの不満を和らげる方法は、ガンディア兵よりもルシオン兵のほうが遥かに強いと称えるくらいしかなかった。

 ミオン征討後、ミオンの領土の半分がルシオンのものとなったが、不満はむしろ増大した。ミオンは、三国同盟の一角をなした国だ。その国をガンディアの一存で滅ぼすことになったのだ。ルシオンの将兵としてはたまったものではない。明日は我が身かもしれない。ガンディアは、弱兵ではあるものの、強国には違いなかったのだ。

 ルシオンの軍事力では、ガンディアの軍事力に打ち勝つことはできない。

 そんな考えが渦巻いていた。

 ジゼルコートの謀反に同調することそのものはともかく、ガンディア軍と正面切って戦うことができるというのは、ルシオン軍将兵にとってこれほど心待ちにしていたことはなかった。ガンディアの将兵に対し、ルシオン軍の強さを思い知らせることができるのだ。ルシオン軍が沸き立つのも無理はなかった。それほどまでに不満が溜まっていたということであり、その不満を爆発させるという意味でも、この戦いには意味があったのかもしれない。

 ルシオン軍こそ最強であると証明できれば、彼らの溜飲も下がるというものだ。その結果戦死するとしても、満足して死ねるだろう。

「王妃殿下はいかがなされました?」

 と、尋ねてきたのは、バルベリドだった。武装した彼はいつになく威圧的に見える。鍛え上げられた肉体を覆う甲冑が彼の威圧感を何倍にも増大させているのだ。

「ハルレインに任せたよ」

「やはり」

「彼なら、守り抜いてくれるだろう」

 ハルベルクがいうと、バルベリドは黙したままうなずいた。バルベリドはハルレインの養父であり、ハルレインの正体を知る数少ない人物のひとりだ。彼以外には、白聖騎士隊の数名と、どういうわけかジゼルコートだけが知っている。白聖騎士隊の中にジゼルコートと通じているものがいるのだが、ハルベルクはその正体を探ろうとはしなかった。ジゼルコートを利用するには、利用されるのも致し方ない。

「陛下、準備が整った模様です」

「そうか」

 ハルベルクは小さく頷くと、北門前に集った兵士たちに目を向けた。それから、バルベリドに一瞥をくれる。バルベリドは厳しい顔を殊更厳しくした。声を張り上げる。

「北門を開け!」

 バルベリドの声は、開戦の合図と同じだった。

「打って出て、レオンガンド軍を蹴散らし、ルシオンこそ最強であると証明してみせよ!」

『おおーっ!』

 喚声とともに北門が開くと、六千のうちの三千名が怒涛の如き勢いで出撃していった。しばらくして、轟音が聞こえた。レオンガンド軍は、バルサー要塞北門のすぐ手前に展開していたのだ。リノンクレアたちの護衛としてついてきていた軍団だが、ついでにバルサー要塞側を牽制していたのは疑いようもない。バルサー要塞に異変があればすぐにでも攻撃に転じるつもりだったのは明白であり、こちらが門を開いたのを見た瞬間、攻勢に入ったのは想像に難くない。そこへルシオン軍の猛攻が叩きこまれた。激戦となっただろうが、ルシオン軍が勝利するのは疑うまでもなかった。

 たかだか二千に三千の兵が負けるわけがない。

 しばらくして戦闘音が聞こえなくなったかと思うと、伝令から報告があった。レオンガンド軍が後退を始めたといい、先遣隊は予定通り追撃を開始したとのことだった。

「なにもかも予定通りだな」

「これくらいは、だれにでも読めます」

 レオンガンド軍の先頭集団が囮だということは、だれの目にも明らかだということだ。ルシオン軍とある程度戦ったら戦況に関係なく後退し、ルシオン軍を目的地まで誘導させるという魂胆だというのだ。それくらいの戦術は、ハルベルクにも立てられる。基本中の基本であり、なればこそ、警戒しなければならなかった。相手は、ガンディア軍だ。ガンディア軍には、凄腕の軍師がいた。ナーレス=ラグナホルン。彼はいまやこの世にいないというのがジゼルコートの推察であり、ハルベルクもそう想っているのだが、ガンディアにはナーレスの薫陶を受けた軍師候補が二名いた。エイン=ラジャールとアレグリア=シーンだ。

 単純な誘導策に見せかけているだけではないのか。

「問題は、ここからか」

「こちらの策、いかなナーレス軍師の弟子といえど、読めますまい」

「だろうな」

 ハルベルクはうなずき、バルベリドともども北門前の指定地点へと移動した。三千の軍勢を三つの部隊に分けることになる。それぞれ千人。これではレオンガンド軍二万を打ち倒すことなど不可能だが、なにも二万の敵を倒しきる必要などはないのだ。

 ハルベルクがレオンガンドに打ち勝つ方法はひとつしかない。

 レオンガンドを倒すことだ。

 そのために練り上げられた戦術は、レオンガンド軍がマルスールに入った時点で成功したも同然だった。いや、ハルベルクたちがバルサー要塞に陣取った以上、かからざるをえない。レオンガンドたちはガンディア本土に至らなければならず、そのためには必ずバルサー要塞を突破しなければならないからだ。バルサー要塞攻略のための軍を起こすしかない。

 指定地点に辿り着くと、シャルティア=フォウスが目を閉じ、精神を集中させている光景が目に入ってくる。ルシオンが登用した武装召喚師のひとりである彼は、《大陸召喚師協会》所属の武装召喚師であり、その召喚武装は現在、彼の手の中にあった。先端についた巨大な球体が特徴的な長杖。名をオープンワールド。球体は半透明であり、中心まで透けて見えるのだが、その中心部に複雑かつ神秘的な模様が浮かんでいる。その模様が光を発しており、北門前広場の地面に投射されていた。光が描き出す模様の中にハルベルクを始め、三千の将兵が入り込んでいるのだ。

「そろそろ、頃合いでしょう」

 バルベリドが懐中時計を見ながらいった。先遣隊が出撃し、レオンガンド軍の先方を蹴散らしてからそれなりの時間が経過している。いまごろ先遣隊は後退中の先方部隊に食らいつかんと必死になって追いかけている頃合いであり、レオンガンド軍の術中に嵌まらんとしているだろう。レオンガンド軍の思惑そのままにだ。

「シャルティア=フォウス。転送を」

「はい」

 シャルティアが落ち窪んだ目を光らせると、長杖を掲げた。球体の中の模様が大きく輝いたかと思うと、青白い光が全周囲に向かって投射された。拡散する光がハルベルクの視界を淡く染め上げ、瞬く間に体を包み込む。ハルベルクだけではない。指定範囲内にいるすべての人間がオープンワールドの光に飲み込まれていく。シャルティアが口を開いた。

「陛下、御武運を」

「ああ。勝ってみせるさ」

 力強く答えた直後、オープンワールドの能力が発動した。閃光が視界を灼き、全身を衝撃が貫く。肉体が瞬間的に軽くなったかと思うと、すぐさま重力が復活する。目まぐるしい色彩の変化。濁流のごとく流れ込んでくる情報量に目眩さえ覚えた。が、すぐに自分を取り戻し、状況を把握する。鬱蒼と生い茂る森の中。朝靄の中、空気の密度が異様なほどに濃く、水中にいるかのような感覚さえ抱く。

 森。

 シャルティアの召喚武装の能力が見事に発動し、ハルベルクたちの望み通りの場所に転送されたのだ。

 足元を見ると、地面に刻まれていた模様が音もなく消え失せた。

 オープンワールドの能力ファストトラベルは、オープンワールドの紋章を刻印した地点に一度だけ転送するというものだ。いわゆる空間転移能力であり、一度に転送できる人数は使用者の精神力次第なのだが、その把握のため、何度となくルシオン軍全軍を用いての実験を行い、四千人までは転送できることが判明していた。それも、度重なる実験の中でシャルティア自身の精神力が強化された結果であり、もっと鍛え上げれば、さらなる人数を転送できるようになるかもしれないということだった。

「さすがはシャルティアですね」

 クロード・ゼノン=マイスが心の底から賞賛する。そういうところに彼のひとの良さが現れており、彼をルシオンにおける武装召喚師の第一人者としたのは、やはり間違いではなかったとハルベルクは思うのだ。彼だからこそ、ルシオンの武装召喚師団は上手く回っている。シャルティアは確かに才能の塊ではあったが、ひとの上に立つ器量はなかった。クロードとは真逆といっていい。

 もっとも、クロードが無能というわけではない。むしろ、クロードも優秀な武装召喚師であり、だからこそ彼を側に置いているのだ。

「まったくだな。頼りになる」

 シャルティアの転送能力がなければ、このような大胆な奇襲作戦は取れなかったのもまた、事実だ。

「だが、ここからだぞ、クロード」

「はい、陛下」

 クロードが気を引き締める。

「我らはレオンガンド軍の後背を衝くことに成功した。だが、敵もすぐに対応するだろう」

「道理ですな」

「よって、敵が完全に対応し切る前に本陣を衝く」

 ハルベルクは、左右を見て、それから進路に向き直った。遥か前方、レオンガンド軍本陣の様子が手に取るようにわかる。敵はまだ、こちらの出現に気づいてはいない。

「征くぞ!」

 ハルベルクの号令とともにルシオン軍本隊は進軍を開始した。


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