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第千三百七十八話 ログナーに至りて

 レコンダールを発したガンディア解放軍は、二十一日夜半にマルスールに到達、夜襲を警戒しながら部隊配置を行った。

 マルスールはバルサー要塞攻略のための拠点となることもあり、速やかかつあざやかな奪還が求められる一方、主戦力の投入が見送られることとなったのは、マルスール奪還後、すぐさまバルサー要塞を攻略しなければならないためだ。バルサー要塞にはルシオン軍の主力が待ち受けていることは明白であり、相応の戦力をぶつけなければ無駄な損害を出すことになりかねない。

 戦力差を考えれば勝利は確定しているも同然だったが、数を頼りに戦うだけでは無駄に犠牲を払うだけだ。

 必要な犠牲を払うことに躊躇はないが、払う犠牲は少なければ少ないほど、いい。

 当然の道理だ。

 それは無論、マルスール奪還にも適用される論理であり、主戦力の投入こそ見送られたものの、通常戦力では敵わないような強力な戦力をぶつけている。

 魔晶人形ウルクである。

 神聖ディール王国にて研究開発された人型戦闘兵器・魔晶人形は、通常武器はおろか、並の召喚武装では傷つけることさえ不可能な装甲を纏い、なおかつ圧倒的な攻撃能力を有していた。いかにルシオンが尚武の国と謳われ、精兵、強兵で知られるとはいえ、魔晶人形を相手にまともに戦えるとは思いがたい。たとえマルスールのルシオン軍に武装召喚師がいたとしても、大した問題にはならないだろう。あの十三騎士ほどの力を持つ武装召喚師など、そういるものではない。

 もちろん、ウルク単機でもなんの問題もなく成し遂げられるであろう奪還戦ではあったが、ウルクひとりでは評判も良くないだろうということもあり、ガンディア解放軍から三千人が同伴した。目的はマルスールの奪還であり、ルシオン軍の殲滅ではないのだ。ウルク単機ならば、殲滅してしまうかもしれないという恐れがあった。

 魔晶人形は容赦という言葉を知っているのかどうかさえ、わからない。

 部隊配置が終わると、レオンガンドは、ウルクたちによるマルスールの奪還を待つのみとなった。ガンディア解放軍は、既に総兵力二万を超える大所帯になっている。そのうち三千をマルスールの奪還に当てたのだが、残る戦力でバルサー要塞に直行するという考え方もあった。しかし、ここは慎重に行動したほうがいいということで、マルスールを取り戻してからバルサー要塞を目指すことになったのだ。

『マルスールに戦力を置いておけば、マイラムのルシオン軍への牽制になりますからね』

 エイン=ラジャールの考えは、レオンガンドにもわからないではなかった。

 マイラムも、ルシオン軍によって制圧されている。マイラムを奪還しなかったのは、いつでも取り戻せるという自負があるからでもあるし、戦力の分散を嫌ったからだ。ジゼルコート軍の全容が明らかでない以上、解放軍の戦力を無駄に分散させたくはなかった。多ければ多いほどいい。数の力で圧倒すれば、ジゼルコートといえど戦意を喪失させるかもしれない。

(ありえんか)

 ジゼルコートほどの男がそれほどのことで降参するとは考えにくい。

 レオンガンドは、ため息を浮かべて、マルスールが取り戻されるのを待った。


 マルスールへの攻撃が始まったのは、翌二十二日のことだ。

 夜中のうちに布陣を終えたこともあり、夜襲を仕掛けることもできたのだが、マルスール市民への影響を考え、夜襲は見送られた。マルスールの住民はガンディアの国民なのだ。いくら都市を奪還するためとはいえ、住民に害が及ぶようなことがあってはならない。戦後、レオンガンドの評判が悪くなっては意味がないからだ。

 夜が明け、東の空が白く燃え上がり始めるのと同時に解放軍が動き始めた。レコンダールはマルスールの北西に位置する。つまり、解放軍もマルスールの北西に布陣しており、北西から南東へとわずかに進軍し、マルスールを占領するルシオン軍を挑発した。ルシオン軍は、解放軍との戦力差を理解しているのだろう。門を閉ざし、都市内に籠もった。

「やっぱり、そうなりますよねえ」

 前線からの報告を聞いたエインが、軽く肩を竦めて笑ってみせた。

「予定通りなのだろう?」

「ええ、まあ。しかし、後々のことを考えると、ここは打って出てきて欲しかったなあ、と」

 エインが憂慮しているのは、ルシオン軍がマルスールに籠もるとなると、攻城戦にならざるをえないからだ。マルスールも大陸の都市の例に漏れず、堅牢な城壁に四方を囲われた都市だ。かつて、武装召喚術が出現するまでは、城壁都市を落とすのは至難の業であり、何日もかけなければならなかった。攻城側は籠城側の数倍の戦力が必要という定石通りだったのだ。それが覆されるようになったのはここ数年の話であり、特にレオンガンドが武装召喚師を重要視するようになってからのことだった。

 そして、それはマルスール攻略においても同じだ。マルスールがいかに堅牢とて、ほかの都市と大差はなく、ウルクの力を持ってすれば問答無用で突破することができるのだ。エインが憂えたのは、攻略が困難になるからではない。攻略した結果、マルスールそのものに損害が出るからだ。

「仕方があるまい。ここで時間をかけている場合ではないのだからな」

 レオンガンドの一言にエインは反論も浮かべてこなかった。

 やがて、世界を震撼させるような轟音が本陣にまで聞こえてきて、ウルクが内蔵兵器によってマルスールの城門を破壊したことがわかった。エインはそれを懸念したのだ。マルスール奪還後、城門を修復しなければならなくなるし、修復するまでの間、マルスールは無防備になる。皇魔が襲撃してくる可能性も考慮しなければならない。戦力を余分に配置しなければならないということだ。

 とはいえ、それだけのことといえばそれだけのことであり、それだけのことでマルスールの奪還がすみやかに行われるのであれば、むしろ問題ともいえないだろう。 

 実際、マルスールは大きな問題もなく奪還された。

 ウルクの大活躍によって無力化されたルシオン兵を解放軍兵士たちが拘束し、大半を捕虜とすることに成功したのだ。捕虜にならなかったのは、ウルクたちとの戦闘で死亡した二百名あまりであり、残り八百名のうち、四百名が捕虜に、半数の四百名がマルスールを脱し、バルサー要塞に逃れていった。

 レオンガンドたちがマルスールに入ると、マルスールの市民は歓喜でもって出迎えてくれた。ジゼルコートの謀叛によって漂い始めた暗雲は、マルスールのひとびとの心をも暗いものにしていたというのだが、レオンガンドたちがマルスールを奪還したことで、光明を見出すことができたというのだ。

 しかしながら、ルシオン軍による占領中、マルスール市民に害が及ぶことはなかったらしい。ルシオン軍は厳粛な軍規によって統率されている。軍規を乱すような兵はひとりとしておらず、結果、マルスール市民は平穏無事に過ごすことができていたのだろう。

 ガンディア軍が規律に厳しいのも、ルシオン軍の影響が強く、レオンガンドが幼少の頃、ルシオン軍の粛々たる様子に憧れたというのが大きい。派手好きなガンディア軍は、規律も緩く、風紀も乱れがちだった。いまでこそ厳粛で、軍規によって支配された完璧な軍勢として知られているものの、レオンガンドが王位を継承した直後は酷いものだった。

 ふと、そんなことを思い出したのは、捕虜となったルシオン兵の粛々とした姿を見たからかもしれない。彼らは、捕虜となったからといってルシオン兵としての矜持を忘れていないのだ。尚武の国ルシオン。その根底に流れるものは、武への憧れであり、武への憧れこそがルシオンを精強たらしめている。そして、兵士のひとりひとりに至るまで武人としての矜持を忘れないのが、ルシオンのルシオンたる所以なのだろう。

 レオンガンドは、そんなルシオン兵たちが連れて行かれる様を見遣った。捕虜となったルシオン兵は、これからバルサー要塞の陣容について尋問を受けることになる。武人たるもの、そう簡単に口を割ることはないだろうが、こちらにはウルがいる。相手がルシオン兵ならば、ルシオン人ならば、彼女も異能の行使を躊躇いはしないだろう。もっとも、マルスールに駐屯していた兵士たちが、バルサー要塞の現状を知っているとは思いがたいが。

 ガンディア解放軍側の負傷者は、そう多くはなかった。なぜならば、マルスールに真っ先に飛び込んだウルクが大暴れし、ルシオン軍の気勢を削ぎに削いだところへ、解放軍三千名が雪崩れ込んだからだ。死者は出ず、軽傷者が十数名出た程度だった。

 ウルクに至ってはかすり傷ひとつついておらず、ミドガルド=ウェハラムにいわせると、躯体の点検さえ必要ないだろうとのことだった。

 そのウルクは、《獅子の尾》の武装召喚師たちとミドガルドに囲まれていた。ウルクは、セツナの従者のような立ち位置にある。神聖ディール王国が人智を超えた技術で作り上げた人形兵器がなぜセツナの護衛を買って出、なおかつ従者と成り果てたのかいまいちよくわからないのだが、マルディアでの戦いでの活躍を考えると、理由などどうでもいいというほかない。

「ご苦労だったな、ウルク」

 レオンガンドが声をかけると、ウルクではなく、彼女を取り巻くものたちがぎょっとして、こちらを振り返った。ルウファ、ファリア、ミリュウ、そしてミドガルドの四人だ。ウルクは表情の変化しない顔で、こちらを見ているだけだった。腰まで届く灰色の髪、完璧に近く整った顔立ちは絶世の美女といってよく、双眸から漏れる光が彼女を神秘的な存在へと仕立てている。いつ見ても不思議な感覚に襲われる。

「いえ。当然のことをしたまでです」

「当然のことか」

「セツナの代役なのでしょう?」

「ああ……」

 ウルクは、セツナの従僕であると自分を定義しているという。セツナの命令を最優先するらしく、彼女の開発者であり責任者でもあるミドガルドの命令が蔑ろにされることもあり、ミドガルドは頭を抱えていることが多かった。それほどまでにセツナのことを大切に考えている彼女だ。扱うのは、なにも難しいことではなかった。セツナを利用すればいい。セツナの名を利用すれば、彼女を運用することは不可能ではなかったのだ。もっとも、レオンガンド以外のだれがセツナの名を利用したところで、聞き入れてくれはしないようだが。

 レオンガンドがセツナの主君であると認識しているからこそ、彼女は、レオンガンドの言に従うのだ。

「セツナの代役ねえ」

「はい。わたしがセツナです」

「違うでしょ」

「違いません」

「なんでよ!」

「レオンガンドがそう命じたからです」

「陛下を呼び捨てにしてるんじゃないわよ!」

「陛下?」

 ウルクが小首を傾げ、こちらを見てくる。

「構いはしないさ」

 ウルクには、人間社会の常識や礼儀が通用しないのだ。ミドガルドいわく、何度となく教えたのだが、まるで理解してくれなかったらしく、諦めるよりほかなかったらしい。彼女は人間ではない。人形なのだ。人間の考えを押し付けるのが間違っていると考えるほかなく、そう思えば、ウルクの不躾な言動も問題なく受け止められるというものだ。

「構わないそうです」

「構うわよ!」

 ミリュウとウルクは、しばらく口論を続けていた。

 レオンガンドは、ファリアやルウファと言葉を交わした後、その場を離れ、リノンクレアの待つ場所に向かった。

 戦いの後話があると、彼女からいわれていたのだ。

 胸が痛む。

 バルサー要塞では、ハルベルクが待っているということがわかりきっているからだ。


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