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第千三百七十七話 夢見る愚者は戦野を望む

 大陸暦五百三年四月十九日。

 ガンディア解放軍は、ログナー方面レコンダールに到着した。

 龍府を南下した解放軍は、バハンダールに入り、バハンダール駐屯のザルワーン方面軍第六軍団と合流、戦力を増強し、さらに南進した。ザルワーン方面とログナー方面の境界を越え、レコンダールに至ると、レコンダールに派遣されていたザルワーン方面軍第三軍団を吸収、解放軍の戦力をさらに増大させることに成功する。ガンディア解放軍は、アバードと龍府で戦力を放出したものの、ザルワーン方面軍を吸収したことで、兵数的には元の値に戻ったといってもよかった。

 レコンダールに入ったレオンガンドたちは、すぐさま情報収集を行い、ログナー方面の状況をつぶさに知った。参謀局の情報網が集めていた情報の数々により、ログナー方面の現状を完璧に近く把握することができたのだ。

 それにより、ログナー方面の各都市のうち、マイラム、マルスールがルシオン軍の手に落ちていることが判明した。ガンディア方面を制圧したルシオン軍は、バルサー要塞を拠点にマルスールを攻撃、マルスール制圧後、マイラムの制圧に乗り出し、これに成功したというのだ。レコンダールが無事なのは、ザルワーン第三軍団の全戦力が駐屯していたからだといい、マルスール、マイラムに当てた戦力が不足していたことがその二都市の制圧に繋がったという。

 バッハリアもログナー軍による攻撃を受けたものの、なんとか持ちこたえており、いまも耐え忍んでいるということだった。

 それら情報は、ハルベルク・レイ=ルシオン率いるルシオン軍がジゼルコートの謀叛に同調し、レオンガンドに敵対したという事実をレオンガンドたちに突きつけるものであり、リノンクレアなどはそれらの情報を耳にしたとき、終始沈黙していた。リノンクレアにとっては信じられないことだろうし、信じたくない現実だろう。耳を塞ぎたかったかもしれない。目を閉じたかったかもしれない。しかし、彼女は耳を塞ぐことも、目を閉じることもなかった。ただ、言葉ひとつ発することなく、ハルベルクの裏切り行為を聞いていた。

 レオンガンドにとっても衝撃的なことではあったのだが、その痛みは、マルディアで飲み下していた。ハルベルクが裏切ることなどありえないことだ。だが、起きてしまった以上、敵になってしまった以上、剣を取り、戦うしかない。胸が痛むが、黙殺するしかない。痛がっている場合ではないのだ。そんなことをしている間に都市のひとつでも取り戻さなければならない。

 そして、都市を奪還するということは、ルシオン軍と戦うということであり、ルシオンとガンディアの間に徹底的な亀裂を生むことになるということは明白だった。戦いの火蓋が切って落とされた瞬間、同盟国が敵国になるのだ。

(いや……)

 レオンガンドは、軍議の場で、胸中、頭を振った。

(既に敵か)

 レオンガンドの敵となっている。

 少なくともハルベルクは、もはや敵だ。

 敵となった以上、容赦はできない。彼が降参し、ハルベルクに付き従うというのならば話は別だが、そうではないのならば、滅ぼすしかない。

 その結果、多くのものを失うことになったとしても、敵は倒さなければならない。倒し、滅ぼし、その亡骸を踏みしだいて前に進む。そうしてここまできたのだ。相手がハルベルクだからといって躊躇はできない。躊躇いは、敗北を招く。無駄な犠牲を生む。

「マイラムは捨て置きましょう」

 エイン=ラジャールの一言で、レオンガンドは現実に引き戻された。軍議の最中だった。バハンダールでは手に入らなかったログナー方面の詳細な情報が、レコンダールで入手できている。戦略を立て直す必要に迫られた。軍議の場には、レオンガンドを始め、解放軍首脳陣が集められている。

 アスタル=ラナディースもそのひとりで、彼女はエインに冷ややかな目を向けた。

「戦力的には、マイラムを奪還するための別働隊を作ることも可能だが?」

「可能ですが、今後の戦いを考えるとおすすめできません。敵はルシオン軍だけではないのです。クルセルク方面軍、ジゼルコート軍、それにアザーク、ラクシャの軍勢とも戦わなければなりません。戦力の分散は考えものですね」

「マルスール攻略中、後背を突かれる可能性があるが?」

「それも、マイラムのルシオン軍の出方次第でしょう」

 エインが卓上の地図を見やりながら、微笑む。アスタルの質問が嬉しいというのが、いかにも彼らしい。

「我々がマルスールに向かうのを知り、軍勢を動かしたのならその可能性は高く、こちらとしても迎撃部隊を出す必要がありますが、そうでないのなら無視して構わないでしょう。マイラムからマルスールまでは決して短い距離ではありませんから」

「万が一に備えて、我々がマイラムの奪還を目論んでいるとでも吹聴しておきましょうか」

「それはいい」

 アレグリア=シーンの提案にエインが手を打って喜んだ。

「なるほど。情報だけでマイラムの軍勢を牽制しておくか」

「たとえ信じがたい情報であったとしても、迂闊に軍勢を動かすことはできなくなりますからね」

「これで後顧の憂いはない、か」

「はい。ひとまずはマルスールの奪還に全力を注ぐことができるはずです」

 エインが言い切ると、軍議の場の空気が若干、和らいだ。

 それからマルスールの敵戦力についての詳細な情報が飛び交い、部隊配置についての意見交換などが行われ、定められた。戦力差は圧倒的だ。マルスールの奪還は問題なく完遂されるだろう。軍議の緊張が緩んだのは、そういう考えが首脳陣の根底にあるからだ。

「マルスールを奪還し、バルサー要塞の攻撃準備に入ります。バルサ―要塞は難攻不落。我がログナーの精鋭を持ってしても、決して落ちることのなかった要塞ですからね。準備がいるでしょう」

「バルサー要塞に、いるのだったな」

「はい」

 エインが静かにうなずいたのは、レオンガンドとリノンクレアの心情を察してのことだろう。

 ルシオン軍が主力部隊をバルサー要塞に留めているという情報も、レコンダールで得ている。つまり、マルスールとマイラムを落としたのはルシオン軍の主戦力ではないということだ。言い方を変えれば、主戦力でなくとも、ザルワーン方面軍程度相手にならないということであり、尚武の国ルシオンがいかに精強を誇るか、たやすく理解できるというものだ。

「待ち受けているのです。陛下を」

「わたしを……待ち受けている」

 だれが、とはいわない。

 この場にいるだれもが知っていることだ。

 ハルベルク・レイ=ルシオン。

 ルシオン国王にしてリノンクレアの夫であり、レオンガンドにとっては義理の弟に当たる人物。幼少の頃からの知り合いであり、“うつけ”を振る舞っているときも見放さなかった数少ない人物のひとり。

 彼が待ち受けているのだ。

 難攻不落のバルサー要塞が、彼との決戦の地となるのだろう。

 緊迫感に包まれる軍議の場で、彼は拳を握り、ログナー方面の地図を穴があくほどに見据えた。


 

「レオンガンド率いる軍勢が既にログナー方面に入ったそうだ」

 ハルベルク・レイ=ルシオンは、北から届いた書簡に目を通していた。ガンディア領ログナー方面には、ジゼルコートの協力者が少なからずいて、それら協力者がレオンガンド軍の情報を送り届けてくれたのだ。無論、独自の情報網もあり、そこから得た情報によってマルスールとマイラムの制圧はなったといってもいい。

 バルサー要塞の一室に、彼はいる。彼と、ハルレイン=ウォースーンだけが、部屋の中にいた。ハルレインの養父、白天戦団長バルベリド=ウォースーンは部隊配置のため、バルサー要塞内を駆けまわっているため、不在だった。

「レコンダールからマイラムとマルスールに軍勢を差し向けたらしい。マルスールは日もかからず落ちるだろう」

 戦力差が圧倒的に過ぎるのだ。たとえマルスールに籠城したところで、何日も持つとは思いがたい。二日も持てばこちらから援軍を差し向けることもできるのだが、果たして、籠城戦に持ち込めるものかどうか。マルスールに入っているのは白天戦団の一千名であり、武装召喚師こそついているものの、圧倒的な戦力差の前には焼け石に水といってもいいだろう。そこへ援軍として駆けつけたとしても、同じことだ。それならばいっそ、マルスールを放棄させ、バルサー要塞に合流させるのが一番かもしれない。しかし、マルスールの戦力で少しでもレオンガンド軍に消耗を強いることができるのであればそれも悪くないという考えもあった。

 合流させたとして、前線部隊は壊滅的にならざるを得ないのだ。ならば、どこで戦っても同じことだ。レオンガンド軍に慈悲があれば、いくらかは生き残るだろう。それで十分だ。

「本当だとしたら、とんでもない早さですね……」

 ハルレインが、畏れるように笑った。素顔を隠すための仮面の下で、彼の目が驚きに満ちているのがわかる。

「ああ。さすがは義兄上だ」

 ハルベルクは、レオンガンド軍の迅速な行動に満足感すら覚えていた。神速といってもいいくらいの速度で、レオンガンドはマルディアからログナー方面へと至っている。ジゼルコート軍がガンディア全土を掌握することなど不可能なほどの速度。だがしかし、だからこそいいのだ。そうでなくてはならない。そうでなくては、戦いを挑む意味がない。

「陛下」

「なんだ?」

 ハルベルクが問うと、ハルレインはわずかに身じろぎした。

「本当に、よろしいのですか?」

「いっただろう」

 ハルベルクは、書簡を机の上に置くと、椅子から立ち上がった。ハルレインの横を通り抜け、窓に近づく。要塞内を見下ろすことのできる窓は、この部屋がバルサー要塞の上層にあることを示している。

「これは夢のための戦いなのだ。義兄上とともに夢を追うには、並び立つ必要があるのだ。そのためには、義兄上に戦いを挑み、打ち勝つ必要があるのだ。でなければ、わたしは永遠に義兄上を追い続けることになる。それはともに並び立つのとは違うのだ」

 ハルレインがなにかをいいたげなまなざしを向けてくるのがわかる。彼の言いたいこともわからないではない。だが、いまさらだ。ここまできたのだ。もはや足を止めることはできない。間違いでした、考え違いをしていました、などと改めることなどできるわけもないのだ。

 既にハルベルクは、レオンガンドの信頼を裏切り、信用を踏みにじっている。

「夢のために国民を蔑ろにし、信頼を踏み躙り、愛を裏切る――度し難いが、こればかりはどうしようもないのだ」

 その結果、悪王と謗られても、魔王と呼ばれようとも構いはしなかった。夢のためだ。夢を見たのだ。夢を追うためならばすべてを犠牲にすることも厭わない。それが人間というものだ。人間という生き物なのだ。

「わたしは――」

 言葉に詰まったのは、脳裏に彼女の顔が浮かんだからだ。ハルベルクにとっての最愛の女性。リノンクレア・レア=ルシオン。凛とした表情も美しい彼女の横顔は、いつだって脳裏にあった。

(――君を愛している)

 だからこそ、打ち勝たなければならない。

 リノンクレアの愛を手に入れるためには、レオンガンドを越え、自分が上であることを証明しなければならないのだ。


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