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武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

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第千三百七十六話 誰が為に世界は回る

 状況は、日々、悪化しているといっていいのだろう。

 もちろん、幽閉され、世間から隔離されている状況では、悪化している現状というものを窺い知ることはできない。しかし、毎日のように部屋を訪れるゼルバードの表情を見れば、彼らの謀叛が、いまのところ成功していることがわかるのだ。謀叛が成功しているということはつまるところ、物事がガンディアにとって悪い方向へと進んでいるということだ。

 ジルヴェールは、閉じていた瞼を開き、徐ろに上体を起こした。視界に入り込んでくるのは見慣れた風景だ。閉ざされた部屋。閉ざされた空間。閉ざされた世界。外界との連絡手段はなく、外の状況を確認する術はない。外からもたらされる情報というのは、すべて、ゼルバードを通して得られるものであり、ゼルバードやジゼルコートにとって都合のいい情報ばかりだった。だからこそ、悪化している現状を認めるしかない。ジルヴェールにとって良い情報などなにひとつないのだ。

 ジゼルコートの謀叛以来、ジルヴェールは王宮の一室に幽閉されていた。自由などあるわけもない。日に三度の食事には毒が盛られているような心配はなく、用を足すのも、風呂に入るのも困らず、衛生面での心配もない。衣服も常に清潔なものであり、そこらあたりの行き届いた待遇の良さは、ジゼルコートがジルヴェールを生かそうとする意志の現れだろう。謀叛を成した暁には、ジルヴェールを手足として使うつもりらしい。もちろん、ジルヴェールが謀叛人の政権に付き従う道理はないのだが。

 それでも、ジルヴェールは死のうとは思わなかった。ここで自決するのは容易い。自決すれば、ジゼルコートに利用される恐れはなくなる。だが、同時に反抗の機会を永遠に失うことにもなるのだ。ジルヴェールは、まだ、諦めてなどいなかった。

 絶望的な状況だということは、理解している。

 厳重極まる監視下。自由はなく、なにができるわけもない。無為に時間を過ごすだけではあまりにも勿体無いということで、書物に目を通し、知識を増やすことに注力している。それもこれも、解放された後、レオンガンドの力になるためにほかならない。レオンガンドの側近に相応しい人間になるためには、知識不足であり、力不足なのだ。だからこそいまこの時間を利用して、書物を読み耽った。幸い、ジゼルコートはジルヴェールの部屋から書物を撤去するようなことはなかったし、書庫から書物を取り寄せて欲しいという願いは即座に叶えられた。それもまた、ジルヴェールを戦後利用しようという考えの現れにほかならない。

 ジルヴェールが知識を増やすことは、ジゼルコートの目的にも叶うのだ。

 ジルヴェールは、昨夜途中まで読み進めていた書物を手に取り、開いた。文字を目で追いながら考えるのは、現状をどう打開するかだ。打開することなどできるのかどうか。知識の吸収と打開策の検討を同時に行う。

 現状。最悪の状況といってもいい。幽閉され、部屋から出られるのは用を足すときと、風呂に入るときだけだ。風呂に入っている間も常に監視されている。ジゼルコートの息のかかった侍女たちがジルヴェールを見守っているのだ。少しでも怪しい動きを見せれば取り押さえられるだろう。ジルヴェールは無力ではないが、何人もの鍛え上げられた戦士を相手に戦えるような、そんな実力はなかった。たとえ侍女たちを組み伏せられたとして、王宮から抜け出せるはずもない。王宮は、ジゼルコートの軍勢によって占拠されている。

 仮に王宮から抜け出せたとしても、群臣街、旧市街、新市街に敷かれた警備網に捕まらず目的を達成できるとは思えなかった。

 目的とは、王立召喚師学園に向かい、学園の教師たちを扇動し、ジゼルコートを討たせるというものだ。それ自体、上手くいくかどうかわからないところがある。王立召喚師学園がジゼルコート軍によって掌握されているという話は、ゼルバードが得意げに話していたことでもあった。術師局所属の教師陣は、生徒たちの教育のため、救援軍に参加していない。そのため、ジゼルコート謀叛の折には学園にいたのだが、ジゼルコート軍は王宮と同時に学園も制圧することを忘れなかった。

 武装召喚師がたったひとりでも凶悪な戦力であることくらい、ジゼルコートは百も承知だったのだ。

 教師陣を掌握するには、生徒を人質に取ればいい。簡単な理屈だ。生徒たちを立派な武装召喚師に育て上げることが教師たちの任務であり、使命なのだ。そこでジゼルコート軍と戦い、生徒たちを失うようなことがあれば、大問題になる。もちろん、ジゼルコート軍に対して確実に勝利が望めるというのであれば戦うのもやぶさかではなかったのだろうが、教師陣とジゼルコート軍では戦力差が圧倒的に過ぎた。勝ち目が見えない以上、おとなしく従い、生徒に害が及ぶ愚は避けるべきだった。

 それにより、術師局そのものも掌握されたことになる。

 場合によっては術師局そのものがレオンガンドたちの敵に回る可能性もあり、ジルヴェールはそのことを憂慮した。術師局の武装召喚師たちは、優秀な人材ばかりが揃えられている。レオンガンドたちと戦うことになれば、どちらも無傷では済むまい。

 そもそも、レオンガンドたちがこのガンディオンに辿り着けるのかどうかのほうが問題なのだが。

 ジゼルコートは、レオンガンドたちマルディア救援軍がマルディアに至り、騎士団との熾烈な戦いを繰り広げている時機を見計らって事を起こした。ガンディオンとマルディア。とてつもなく離れている。レオンガンドたちがジゼルコートの謀叛を知るのは、謀叛から十日以上経過してからのことだろう。その間、ジゼルコートには地盤固めができるし、勢力を広げることもできる。ジゼルコートの謀叛には、エリウス=ログナー、デイオン=ホークロウだけでなく、ルシオン王ハルベルク・レイ=ルシオンまでもが同調したのだ。十日もあれば、ガンディオンのみならず、ガンディア本土を掌握することも不可能ではあるまい。

 さらにいえば、レオンガンドがジゼルコートの謀叛を知ったところで、すぐさまガンディオンに戻ってこられるはずもなかった。踵を返し、転進するということは、ベノアガルドの騎士団に背中を見せるということになる。騎士団の猛追を食い止めながらマルディアを脱し、アバード、ザルワーン、ログナーを超えてこなければならないのだ。長旅となる。

 だからこそ、ジゼルコートは大会議においてマルディア救援に賛同し、その上でみずからは負傷してみせたのだろう。セツナ派貴族を使って。

 あれだけの深手を負えば、前線に連れ出されることなどありえない。そもそも、ジゼルコートは政治家だ。軍事行動に付き従う事自体、稀だ。通常、ジゼルコートが従軍することはないのだが、可能性がないわけではなかった。ジゼルコートは謀叛を起こすため、その低い可能性さえ消し去ろうとしたのだ。そして、そのためにみずからの片目を捧げることも厭わなかった。

 なんという覚悟だろう。

 凄まじいまでの執念を感じずにはいられない。

(執念……いや、怨念か……?)

 ジルヴェールは、なにがジゼルコートをそこまで駆り立てるのか、気になっていた。

 あのとき、ジゼルコートがいっていたことがすべてとは、とても思えなかった。

 ガンディアのため。

 この国のため。

 それもまた、嘘ではないのだろうが、真実とも言い切れまい。

 一面でしかない。

 ジルヴェールには、そうとしか思えないのだ。

 ジゼルコートほどの男が謀叛を起こす理由が、それだけのものであるわけがなかった。

 ジゼルコートは、国のために身を粉にし、人生を捧げてきた男だ。その人生の半分以上が国政に捧げられている。実の兄であり、英傑と謳われたシウスクラウドの側近として働いていたころから今日に至るまでずっと、彼は、この国のために戦い続けていたといってよかった。この国を少しでも良くするために、国王の負担を少しでも減らすために、日夜政治家としての辣腕を振るい続けていた。ジルヴェールにとって目標とするべき人物こそ、彼だった。彼以外、目標足り得ない。彼ほどガンディアのために政治家として生き続けてきた人物をほかに知らなかった。

 だからこそ、解せないのだ。

 謀叛を起こし、レオンガンドと敵対するということはガンディアを内乱状態にするということだ。レオンガンドは大軍勢を率いてジゼルコートの謀叛を潰そうとするだろう。当然のことだ。国を取り戻し、正常化するにはそれ以外に道はない。ジゼルコートも己の謀叛を成功させるため、レオンガンド率いる軍勢に対抗するだろう。戦いが起きる。ガンディア国内を激しい戦いが席巻するということだ。それはすなわち、ジゼルコートがこれまでの人生を捧げて作り上げてきたものをみずからの手で破壊するということにほかならない。

 国のために国を破壊する。

 ジルヴェールには、矛盾しているように思えてならない。

 ジゼルコートが本当のところ、なにを考え、なにを企み、なにを想い、なにを願っているのか、彼には見当もつかなかった。

 本当に、この国のための謀叛なのか。

 この謀叛の行き着く先に彼の考えるガンディアの将来は開けるのか。

 ジルヴェールは考える。

 ひとり、書物を開き、考える。

 現状のこと。今後のこと。打開策。周囲。ありとあらゆることを考える。敵は、ジゼルコートだけではない、実弟のゼルバードも、ケルンノール家の私設軍隊も、敵に回った。それだけではない。王宮警護も都市警備隊すら、ジゼルコートの支配下にあるのだ。

 王宮警護と都市警備隊に関しては、いつから掌握されていたのかわからない。それくらい、完璧に近くジゼルコートの支配下にあった。おそらくアヴリル=サンシアンが管理官をしていたころから、すでにジゼルコートの影響下にあり、あとはアヴリルから管理官としての権限を取り上げ、ゼルバードに与えるだけのことだったのだろう。でなければ、王宮警護までもがジゼルコートの謀叛に同調するわけもなかった。

 王宮警護は、獅子王宮の警護と王宮区画に住む人々の身の安全を確保することを目的として結成された組織だ。彼らの正義とは、王宮の治安維持であり、謀叛に従うのは正義などではない。本来であれば、ジゼルコートの謀叛に対し、真っ先に反発し、ジゼルコートの身柄を拘束するのが役割だ。たとえジゼルコートの武装召喚師たちによって妨げられたとしても、そういう行動を起こさなければならない。それが王宮警護という組織なのだから。しかし、王宮警護は謀叛を黙殺した。黙殺するどころか、王宮区画の制圧に率先して乗り出していたという。ゼルバードが管理官になったからといって、それで王宮警護すべてがジゼルコートの命令に従うはずもない。ずっと以前から王宮警護と都市警備隊の掌握を進めていたのだろう。

 アヴリルが気づかないほど深く、静かに。

 気づかなかったのは、アヴリルだけではない。

 ジルヴェールも、同輩の裏切りに気づかなかった。

 アーリアから警告を受けていたというのに、だ。

 エリウス=ログナーがジゼルコートについたことほど衝撃的なことはなかった。ジゼルコートが謀叛を起こす可能性については把握していたし、むしろ、いつ起こすのかと待ち侘びてさえいたのかもしれない。起こされたところで対処できるだけの戦力が整っていたからだ。実の父が謀叛を起こすなど考えられないことで、信じがたいことではあったが、敵に回るのであれば戦い、滅ぼすのも止むを得ないという考えがジルヴェールの中にある。覚悟は決まっていた。

 しかし、エリウス=ログナーがジゼルコートに与しているというのは、想像だにしていなかったことであり、衝撃の深さや強さは筆舌に尽くしがたいものがあった。エリウスは、ジルヴェールとともにレオンガンドの側近衆に数えられる立場にあった。ログナー最後の王である彼は、ログナーがガンディアに平定された直後からガンディアの中枢で働くようになり、ザルワーン戦争ではみずから戦場に赴いている。その戦いの結果、彼には軍事よりも政治のほうがよいのではないかとレオンガンドらは考えたというほどだから、活躍は推して知るべきであろう。

 ザルワーン戦争後、獅子王宮で起きたセツナ暗殺未遂事件、その関係者と見做されたのはエリウスの実の父であり、かつてのログナー国王キリル=ログナーだった。キリルは身の潔白を証明するため、エリウスに自分を殺させ、ログナー家は暗殺未遂事件になんの関わりもないと宣言させた。以来、ガンディア国内におけるエリウスの評価は一変し、また、レオンガンド自身、エリウスを重用するようになった。側近に取り立て、常に側に控えさせるようにしたのだ。以降、エリウスはレオンガンドの側近として従事しており、ジルヴェールよりも長く、レオンガンドの側に仕えていたのだ。

 側近としての先輩に当たる彼は、ジルヴェールにとって気の置けない友人となった。同年代ということもあるし、レオンガンドの側近衆の中でも四友と呼ばれる四人の側近ほど、レオンガンドに近くないという境遇にあるということも、関係しているだろう。四友とジルヴェールたちは、違うのだ。四友は、レオンガンドに対して遠慮がない。レオンガンドの意見を徹底的に否定することも許された。どのような暴言も、暴言になりえなかった。四友とは、レオンガンドの四つの半身なのだ。だからなにをいっても許される。その点、ジルヴェールとエリウスは違う。外様なのだ。特にエリウスには遠慮があっただろう。エリウスは元々ログナーの人間であり、ログナーは長らくガンディアと敵対していた。ガンディアの領土を奪っていた時機もある。それだけに複雑な感情を抱いていたとしてもおかしくはない。

 おかしくはないのだが、だからといって、彼がレオンガンドを裏切るなど、到底考えられることではなかった。

 ジルヴェールは、謀叛以降、エリウスと直接話し合う機会は与えられなかった。幽閉された部屋にエリウスが訪ねてくることもなければ、移動中、エリウスを見かけることもなかった。彼がなにを考え、どのような気持ちでジゼルコートの謀叛に同調したのか、まったくわからないのだ。

 エリウスは、レオンガンドに忠誠を誓っていた。ガンディアの将来のため、立派な政治家にならんとした。彼もまた、政治家としてジゼルコートを目標にしているようだった。ガンディアには、ジゼルコートほどの政治家はほかにいないからだ。ジルヴェールは父のことを褒められているようで嬉しかったことを覚えている。もちろん、ジゼルコートが腹に一物を抱えているのは知っていたが、それでも、ジゼルコートは尊敬に値する人物であり、実の父親なのだ。他人に評価されて嬉しくないわけがなかった。

 エリウスは、ジゼルコートを目標にしながらも、必ずしもジゼルコートと同じ考えを持っている風ではなかった。むしろ、ジゼルコートとはまったく異なる考え方をしているようであり、相容れないところがあるように思えた。だからだろう。エリウスとジゼルコートが談笑しているような光景すら目にすることがなかった。

 接点がないのだ。

 そういうことから、ジルヴェールは彼に関して安心しきっていた。エリウスがレオンガンドを裏切っているわけがないと思い込んでいたのだ。では、四友のいずれかが裏切っていると思っていたのか、というとそうではない。むしろ側近の中に裏切りものなどひとりもいないのではないか、とさえ考えていた。

 裏切っているのはアーリア本人で、レオンガンドや側近衆を疑心暗鬼に陥らせようとしていたのではないか。

 ジルヴェールは、アーリアという人間を信用してはいないのだ。

 だからアーリアを疑い、側近衆に疑いの目を向けなかった。もちろん、四友とエリウスの動向には注意していたものの、彼らに裏切りの可能性が見えないことに心底安堵していたものだった。

 だからこそ、エリウスがジゼルコートの謀叛に同調していたことがわかったとき、愕然としたのだ。

 問いたださなければならない。が、問いただそうにも、本人と言葉をかわす機会は与えられなかった。唯一、話す機会を得られたのは、彼のことをよく知るイスラ・レーウェ=ベレルだけだった。

 イスラは、その名の通り、ベレルの王女だ。ベレルが従属の証としてガンディアに差し出した人質が彼女であり、彼女の存在こそ、ガンディアとベレルの関係を象徴している。イスラは大人しい女性だったが、隠し切れない気品と優雅さは、王宮内における彼女の立場を確立したといってもいいかもしれない。近寄りがたく、かといって軽んじることもできない、そんな空気感を纏っていた。

 そんな彼女がエリウスのことをよく知っているのは、彼女とエリウスが恋仲にあるからだ。どういう経緯でそういう関係になったのかは知る由もないが、ふたりの仲睦まじさについては、王宮内で知らないものはいなかった。彼女に聞けば、エリウスの考えを多少なりとも知ることができるのではないか。幸運にもイスラと話し合う機会を得たジルヴェールの脳裏には、そのような考えがよぎったのだが。

『エリウス様は、ただこの国のために必要なことだと仰られました』

 自分には信じがたいことだと、彼女が嘆く様が思い出される。

 この国のために。

 ガンディアの将来のために。

『それ以外は、なにも教えてくださりません』

 イスラの悲しそうなまなざしは、忘れえぬものとなった。

 また、彼女は、エリウスがレオンガンドを裏切り、自分をベレルに対する人質として確保したことを嘆き、自害しようと試みたらしい。しかし、エリウスの手で止められ、さらに自害することでベレルの立場は悪化すると警告されたのだという。

 ベレルを守りたければ、生き抜くことだ、と。

『わたくしは、恥を晒してでも生きていかなければなりません』

 彼女は、そういって、ジルヴェールに頭を下げた。

 それだけでは、エリウスの考えなどわかろうはずもない。

(ガンディアのため)

 だれもが、そういう。

 デイオン=ホークロウも、そういって、ジゼルコートの謀叛を肯定した。

『すべてはこの国のため。ガンディアのため』

 ジルヴェールの問いに対するデイオン=ホークロウの返答が、それだ。

 この国のため。

 ジルヴェールには信じがたいことだ。

 そして、ルシオン。

 ルシオン国王ハルベルク・レイ=ルシオンまでもがジゼルコートの謀叛に与しているという事実ほど、驚愕に値したことはなかった。

 ルシオンはガンディアの同盟国だ。その紐帯の強さは他の同盟国の追随を許さない。なにより、王妃リノンクレア・レア=ルシオンは、レオンガンドの実の妹であり、ガンディアの元王女なのだ。ハルベルクとレオンガンドの絆は深く、義理の兄弟以上に信頼しあってもいた。

 そんな彼がレオンガンドを裏切るはずがなかった。

 そして、彼が裏切りさえしなければ、ジゼルコートの謀叛など、瞬く間に潰えたはずなのだ。

 ハルベルク率いるルシオン軍の戦力ならば、ジゼルコートを打ち倒すことも不可能ではなかった。

 だが、ハルベルクはレオンガンドを裏切り、ジゼルコートの謀叛を後押しした。

 夢のために。

 彼だけが、そういった。

 夢のため、と。

(夢……)

 ジルヴェールには悪い冗談だとしか思えない言葉だった。

 そんなもののためにレオンガンドの信頼を裏切り、あまつさえリノンクレアさえも裏切るなど、考えられないことだ。いや、リノンクレアだけではない。ルシオン国民さえ裏切っているのではないか。

 すべてを裏切っているのではないか。

 なにもかもすべて。

 ジルヴェールは、書物を閉じると、瞑目した。

 状況は、ただ悪化の一途を辿っている。

 謀叛が起き、王宮、王都が制圧されてからというもの、彼の耳に入ってくるのはジゼルコート軍によるガンディア制圧の進捗状況ばかりであり、それによれば、ログナー方面の制圧も時間の問題だという。ログナー方面を制圧することができれば、つぎはザルワーン方面だろう。が、無論、すべてが上手くいくはずもない。

 きっと、レオンガンドがジゼルコートを討つべく、謀叛を終わらせるべく、軍勢を引き連れて戻ってくるに違いないのだ。

 そして、そのときこそジゼルコートの野望の終わりであり、また、ハルベルクの夢の終わりとなるだろう。

 ジルヴェールはそう信じることで、命を繋ぎ止めているも同然だった。


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