表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
武装召喚師――黒き矛の異世界無双――(改題)  作者: 雷星
第二部 夢追う者共

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1376/3726

第千三百七十五話 死神は聖印を切るか(五)

 結局、彼の断末魔すら聞けなかったが、それでいいと彼女は想った。

 死神ですらない男の断末魔を聞いたところで、なんの感慨も浮かばないだろう。勝利したことの満足感すらないまま、レムは自分の体に刺さったままの長杖を引き抜き、傷が治るのを待った。

 熱を感じる。

 再生のための熱量が全身から傷口へと集中していく。心臓も、内臓も、血肉も、損壊した一切の細胞が完全に復元し、彼女の肉体はあっという間に元通りになる。破れた衣服はそのままだが、それは仕方のないことだ。衣服は彼女の肉体ではない。血の跡も消えないし、痛みも瞬時にはなくならない。いまは麻痺している痛覚が復活したときのことを考えると、少しだけ暗澹たる気分になる。痛覚を遮断する術がないではないが、彼女はそんなことをしたくはなかった。痛覚の遮断には、あらゆる感覚の遮断を伴う。痛みが消え去るまでの短時間とはいえ、世界から自己を切り離すという感覚は、孤独を浮き彫りにするものであり、嫌なものだった。

 なにより、彼との繋がりさえなくなるのではないかという恐れがある。もちろん、そのようなことで彼との繋がりが消えることなどない。ありえないことだ。一方的に供給され続ける生命力が途切れることなど、彼が死ぬまでありえない。そして、自分がこうして再生するということは、彼が生きていて、繋がり続けているという証明でもある。だからこそ、彼女は痛みを感じながら、同時に幸福も感じるのだ。

 それは、光なのだ。

 彼女にとって唯一といっても差し支えのない光。

 永遠に等しい夜の果て、彼女はようやく光を得た。

 その光の熱量を肌で感じられる瞬間こそ、自身の肉体が再生する瞬間であり、そのために痛みを伴うのであればいくらでも我慢できた。

 彼女は手放し、地面に放り投げていたも同然の大鎌を手に取ると、みずからの影の中に沈めた。影から生み出したものは影に戻しておくべきだろう。そんなことを考えつつ、左手のそれに意識を向ける。装飾部にレムの血と肉片が付着したそれは、さっきまで煌々と輝いていたのだが、いまは光を失っていた。使用者が死に、能力が途切れたのだろう。周囲を見やる。残り十人程度にまで減少していた偽りの死神部隊は、エスクとシドニア戦技隊によって殲滅され尽くしていた。だれひとり生き残りはいない。一方、シドニア戦技隊には死者はおらず、皆、生存しているようだった。中には深手を負ったものもいるようだが、エスクたちの様子をうかがう限りでは命に別条はないようだ。

 レムは、心底ほっとした。シドニア戦技隊は、彼女の主の配下なのだ。彼女の戦いのために死者が出たとなれば、主に申し訳が立たない。もちろん、シドニア戦技隊をレムに同行させたのは、レムの意志ではなく、エイン=ラジャールの発案によるガンディア解放軍の命令にほかならないのだが、それでも、彼女は気になっていた。

 この偽りの死神たちとの戦いは、レムのための戦いだった。

『死神には死神を』

 エインは、そういっていた。

 そういって、レムを焚き付けたのだ。

 レムは、エインの目論見を理解しながら、焚き付けられるままに焚き付けられ、激情に身を任せてナダたちとの戦いに身を投じた。死神部隊という彼女にとって掛け替えのない組織が、祖国によって踏み躙られたのだ。レムが怒りに身を焦がすのは当然だったし、感情の赴くままに荒れ狂うのも必然だった。それがエインの思惑だということも理解している。理解しながら、彼の手のひらの上で踊ってやったのだ。そうすることがガンディアのためになるというのであれば、それもまた、一興だろう。ガンディアのためは、彼女の主のためにもなる。

 そして、自分の主のためが、自分のためになるのだ。

 一石二鳥どころの話ではなかった。

 だが、そのために主の配下を失うようなことになっては意味がない。不滅の存在である自分はいくら殺されても構いはしないのだが。

 レムは、ナダ=ラージャの無残な亡骸を一瞥し、それから周囲をもう一度見回した。夜が少しずつ深まろうとしている。頭上には星空が広がり、数多の星々と巨大な月が淡くも美しい光を発していた。それら星月の光の下、シドニア戦技隊の隊士たちが戦利品を漁っているのがわかる。真死神部隊を名乗った連中は、ジベルの正規の軍人だろう。彼らが身に着けている武器や防具を回収し、再利用しようというのか、それとも売り払い、資金にするつもりでいるのか。おそらく後者だろう。武器防具の質は、ジベルよりもガンディアのほうが優れている。

 兵の質では周辺諸国に大きく劣るガンディアだったが、ガンディアの派手好きといわれることからもわかる通り、武器防具はガンディア周辺では常に最先端を走っていた。アバード動乱の前後に導入された新式防具も、さらに改良に改良を重ねられており、ガンディア軍の将兵に支給される武器もより良いものになっていた。日進月歩。ガンディア軍の武器防具は進化し続けている。

 シドニア戦技隊はセツナ配下――つまりセツナ軍所属であり、ガンディア軍に所属しているわけではないが、ガンディア軍の最新装備を身に着けていた。ガンディアの英雄たるセツナの私設軍隊だからこそ、最新鋭の武器防具が提供されるということだ。

 そんな彼らがジベル軍の武器防具を自分たちで扱おうとするはずもない。

 そうこうしている間にエスクたちは戦利品を一箇所に集め、品定めをし始めたらしく、様々な声が聞こえてきた。ああでもないこうでもないという品評の数々は、聞いているだけでおかしく、彼女はついにそちらに足を向けた。激しい戦いが終わった直後にやるようなことでは決してない。

「これは……なんでしょうな?」

「見りゃわかんだろ。弓だよ、弓」

「そりゃあわかりますがね」

「ただの弓……でしょうか?」

「んー……レム殿?」

 不意に呼びかけられて、レムは不思議に想った。

「はい? なんでしょう?」

「この弓なんですがね」

「弓がどうかされたのでございます?」

 レムは、エスクたちの様子に少しばかり興味をそそられた。エスクたちの元に駆け寄り、彼らが見つめている弓に注目する。携行用の魔晶灯に照らされたそれは、確かに弓だった。形状からして弓という他ない。ただ、通常の弓に比べて、異形のように見える。一般的に使用される武器というのは、見た目よりも機能性を重視している。中には装飾や形状に凝っている武器もあるにはあるが、一般的ではないし、正規軍に支給される武器にそのようなものがあるはずもない。大量生産される武器の装飾になど凝っていられるはずもないからだ。

「どう思われます?」

 話題の弓は、一般的に大量生産されるような類の弓ではないことは確かだった。激しくうねっているような形状は、大量生産には向かないだろう。握りの部分は、拳を守るような装甲があり、その装甲には宝石が嵌め込められている。

「ジベル軍で支給されている弓ではないと思われます」

 少なくとも、レムがジベルに所属していたころには、このような弓が製造されているという話はなかったし、実利重視のハーマイン=セクトルが支給品の武具の中で、弓だけを凝った作りにするはずもなかった。ハーマインは、無骨ながらも使いやすい武器や防具を好み、ジベル軍も彼の色で染められている。死神部隊とはいえ、彼が作り上げたのであれば、彼の色に染まっているはずだ。

「ってことは、召喚武装って可能性もあるのか?」

「その可能性は高いかと思われます」

「使ってみればわかるのでは?」

「それもそうだな。よし、ドーリン、使ってみろ」

「へ?」

 弓を突きつけられて、ドーリン=ノーグは眉を八の字にした。長い髭を撫でつけながら、困ったように反応する。

「いやいやいや、召喚武装など扱ったこともありませんのに、いきなりそんなことをいわれてもですな」

「隊長命令だ。いやとはいわせねえ」

「ひでえ」

「んなこたあわかりきってんだろうがよ」

「いやあ、そりゃまあそうなんですがねえ……」

 などといいつつ、ドーリンは渋々ながらも弓を受け取ると、だれもいない方向に向かって構えてみせた。弓だ。オーロラストームのような弓型の兵器ではなく、紛うことなき弓なのだ。ドーリンは背に帯びた矢筒から一本の矢を掴み取ると、慣れた手つきで弓に番えた。

「どうだ?」

「いまのところ、普通の弓ですな」

「なんだ。ただの弓か」

「どうでしょう?」

「射ってみますぞ」

「ああ、やれ」

「では」

 ドーリンが無造作に矢を放つ。

 瞬間、爆風でも吹いたかのように矢が放たれた。矢は、一瞬にしてレムたちの視界から消え、レムの感知範囲外へと飛んでいってしまった。夜の彼方、夜空の彼方へと、飛翔していったのだ。どこまで飛んでいったのかもわからない。それほどの速度と飛距離は、通常の弓では考えられないものだった。たとえドーリンの腕前を持ってしても、あの速度、あの飛距離を出すことは不可能だ。弓聖サラン=キルクレイドと剛弓でも不可能なのではないか。そう思わせるほどのものだった。

 しばしの沈黙が、レムたちを包み込んだのもそのせいだ。

「てめえ、いまなにした?」

 エスクが沈黙を破り、ドーリンの頭を小突いた。

「なにもしてませんが」

「いや、だって、おまえ」

「召喚武装なのでございましょう」

 レムは、ドーリンのが掲げたままの弓を見つめながらいった。通常の弓ではないことは確かだ。であれば、召喚武装と考えるのが妥当だろう。だれが召喚したものかはわからないが、偽りの死神たちの中にいたのかもしれない。隊長が武装召喚師だったのだ。隊員に武装召喚師がいたとしても何ら不思議ではない。しかし、この召喚武装が猛威を振るわなかったことが気にかかった。レムたちのだれひとりとして、高速で飛来する矢の猛威に曝された記憶がないのだ。

 もしかすると、召喚武装を駆使する前に死んでしまったのかもしれない。死ねば、武装召喚師といえどなんの脅威にもならない。

「そういうことだろうが……なんだありゃ」

「なんでしょうね」

「矢が凄く早く飛ぶ召喚武装なんて、ありうるのでしょうかねえ」

「まあ、あるんだろうよ。現実に目の前にあるんだからな」

「はあ」

 ドーリンは気のない返事を浮かべながら、弓を眺め、もう一度矢を番えた。そして、放つ。またしても神速の矢が放たれ、目にも留まらぬ速さでレムの視界から消えた。ドーリンはその感覚を掴むためか、さらに何度か矢を放ち、やがてある程度の感覚を掴んだらしく、矢の速度を落として見せた。

「矢の速度はある程度変更が利くようですな」

「ほう……っても、速度を落とす理由はないだろうが」

「ですな」

 ドーリンが苦笑とともに、矢を放つ。最初よりも更なる速度で飛翔した矢は、瞬く間に感知範囲外へと消えた。

「よし、そいつはてめえにくれてやる」

「はい?」

「はいじゃねえよ。喜べよ。これでてめえも召喚武装使いの一員だ」

「あのですね、隊長殿?」

「んだよ」

「そんなこと、勝手にしてもいいのでしょうかね?」

「いいだろ。俺達が手に入れたんだ。なあ、レム殿?」

 エスクに同意を求められて、レムは困ったような顔をした。それから、適当に理由を考え、同意する。

「まあ、わたくしどもはセツナ様配下の軍隊でございますし、ガンディア軍には報告だけしておけばよろしいかと」

 問題があれば、そのときはセツナのほうで対処すればいいだけのことだ。セツナが欲すれば、だれも嫌とはいえまい。セツナ軍の強化は、ガンディア軍の強化そのものでもある。セツナがジゼルコートのようにガンディア軍を裏切るようなことがなければ、だが、セツナがレオンガンドを裏切る理由がない以上、杞憂以外のなにものでもない。

「っつーことだ。なに、問題があろうと、大将がなんとかしてくださるさ」

「セツナ様に迷惑をかけたくはありませんがね」

「俺たちゃ身を粉にして働いてるんだぜ。たまにゃあ、大将に迷惑をかけたって怒られないさ」

「わたくしが怒りますよ」

 レムが微笑みを浮かべたまま告げると、エスクが肩をこけさせた。

「あら」

「冗談はともかくとして、ひとまず、スルークに向かいましょう。スルークの皆様方を安心させてさしあげなくては」

「それもそうですな」

 エスクは同意すると、部下たちに撤収命令を出した。龍府とスルークを繋ぐ街道のまっただ中。数多の死体を放置することになるのだが、仕方がない。偽りの死神部隊の死体の処理は、スルークの無事を確認してからで十分だろう。そもそも、この人数では死体を処理するだけで日が暮れかねない。

 レムたちに与えられた任務は、スルークの解放と維持であり、任務はなによりも優先するべきだった。

 そうしてスルークに至ったレムたちは、翌日、スルークの住民たちがだれひとり無事であることを確認し、ジベルの支配から解放されたスルークのひとびとが歓喜の声を挙げるのを聞いた。スルークの住民は、スルークを制圧したジベル軍が龍府に向かったのを見て、心底不安だったらしい。龍府まで落とされれば、ザルワーン方面がジベルの手に渡るようなものだ。ザルワーン方面のひとびとというのは、ザルワーン人が多い。ザルワーンは長らくガンディアと敵対していた国であるものの、併呑後のガンディア政府による統治を評価するザルワーン人は少なくなく、そんなひとびとからすれば、ジベルに支配されるなど以ての外という声が多いのだ。ジベルは、ザルワーンを少なからず恨んでいる。ジベルがザルワーン方面の支配者となれば、ザルワーン人がどのような目に遭うかわかったものではないのだ。その点、国民同士で些細な諍いや反発はあるものの、政府としては国民の融和を積極的に行っているガンディアによる支配のほうが遥かに良いものだと考えられている。

 そういったひとびとの感情がスルークの歓喜の輪へと繋がっているのだ。

「そういや、ジベルの連中、ナグラシアも制圧してたんだっけな」

 スルークのひとびとが輪になって踊る様を見遣りながら、エスクがぽつりといった。

「ナグラシアも取り戻せば、大将もさぞお喜びになられるだろうな」

 エスクのそんな一言がレムたちをさらなる戦場に駆り立てることになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ