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第千三百七十四話 死神は聖印を切るか(四)

 純白の閃光が視界を染め上げた瞬間、レムは違和感を覚え、即座に後方に飛んだ。

 同時に“死神”に攻撃を命じたものの、手応えはなかった。空振ったのだろう。ナダ=ラージャは、閃光とともにどこかへ移動している。一瞬にして場所を移すだけの速度。ナダラージャの移動速度は、常人のそれを軽く超えている。武装召喚師は、召喚武装によって身体能力を強化することができるのだ。常人よりも手強くて当然なのだが、それにしても、早い。早すぎるといっていい。しかも、レムが追撃しているときよりも早くなっているのは疑いようがなかった。でなければ、“死神”の奇襲を回避することなどできない。

(ホーリーシンボルの力……っていったわね)

 ホーリーシンボルの光が消え、夜の闇が周囲に戻ると、視界は必要以上に暗くなった。閃光による目潰しは、レムのような相手にも効果的だ。ただし、それは視力を一時的に奪うだけであり、視覚以外の感覚まで奪われるわけではなかった。視覚以外の全感覚を総動員して、周囲を確認する。聴覚、触覚、嗅覚、感覚――全周囲、変わったところはない。あるとすれば、ナダ=ラージャの居場所くらいのものであり、敵兵の居場所の先と変化なかった。

「なんだこりゃ」

「これはいったい……?」

「印のようでございますな」

「印?」

 レムは、後方から聞こえてきたエスクたちの会話に怪訝な顔になった。レム自身はナダを警戒しつつ、“死神”をエスクたちに向かわせると、エスクの右手のひらになにかが光っているのが見えた。“死神”の目を通して見ているのだが、それによれば、手のひらに光っているのは、ドーリンのいうようになにかの印のようだった。よく見ると、エスクだけではない。レムの左頬、ドーリンの首筋にも光る印が浮かんでいた。

(まさか)

 レムは自分の手を見下ろした。案の定、左手の甲に光る印が浮かんでおり、周囲を確認するとシドニア戦技隊の隊士たち全員の体に同じ印が浮かんでいた。手、足、頭――部位こそ違うが、浮かんでいる印は同じだ。

 はたと気づき、ナダを睨む。

 ナダ=ラージャは、余裕を取り戻したかのように悠然とホーリーシンボルを構えていた。いつの間にか、敵兵たちが彼の周囲に集まっている。たった十人。百人から十人まで減ったということだ。その大半がレムと“死神”によって殺戮されているのだが、その十人をよく観察すると、鎧の隙間に光っているなにかが見えた。印だ。レムたちの体に浮かぶのと同じ印。

「こりゃあ、ホーリーシンボルの印だな」

「そうとしか考えられませんね」

「嫌な感じだ」

「まったく」

「本当に……嫌な気分でございますね」

 レムは、エスクたちの会話を受けて、ひとりつぶやいた。この光の印がホーリーシンボルの能力だとすれば、いまさっきの閃光の際につけられたのだろう。閃光と同時に印をつけられたのだ。回避のしようがない。

「そう気味悪がるものではないよ。我がホーリーシンボルは、単純に身体能力を強化する印をつけるだけだ」

「……では、敵を強化する意図は?」

「俺たちを支配でもするつもりなのかもな」

 エスクの意見は、レムが導きだした考えのひとつでもあった。印による精神か肉体の支配こそ、ホーリーシンボルの能力なのではないか。でなければ、敵を強化するだけであり、ナダ=ラージャに利点がない。あるいは、印がなんらかの攻撃手段になるということだが、その場合、印を付加した直後にこそ攻撃してくるはずであり、そうでなかった以上、攻撃手段ではないということだ。とすれば、肉体化精神を支配するような能力があると考えるのが妥当だった。

 だからこその統率力だったのではないか。

「いま、いったはずだ。我がホーリーシンボルにそのような能力はない」

 ナダは、しかし、エスクの意見を否定した。

「だが、あえていうならば、ホーリーシンボルは、印を付与した人数に応じて、使用者の能力を増大させる!」

 いうが早いか、ナダが地を蹴った。一足飛びにレムに向かってくる。猛然たる勢い。その速度たるや目にも留まらぬものであり、レムは、ナダの身体能力が数段強化されていることを実感した。が、関係なく、鎌を横薙ぎに振るう。手応えはなく、鎌が切り裂いたのはナダの残像。残像を浮かべるほどの速度。尋常ではない。気配が背後へ回るが、“死神”が対応した。ナダの進路上へと突撃した“死神”をホーリーシンボルが叩き伏せる。強烈な一撃に“死神”の体が四散した。そしてそのまま、ナダがレムに向かって長杖を叩きつけてくるが、“死神”への対応が、レムに反応する時間を与えていた。ホーリーシンボルの一撃を鎌で受け止め、鎌の柄が破壊されるのを目撃した。へし折れ、杖の先端がレムの腹を抉ったのだ。激痛に耐えるため、唇を噛みしめる。

「素晴らしい、素晴らしいぞこの力!」

 ナダが杖を振り抜き、レムの手から大鎌を弾き飛ばした。同時にホーリーシンボルの先端がレムの腹を引き裂いている。さらにナダは、振り抜いた長杖を腕の力で止めると、上半身の力だけで再度叩きつけてくる。後ろに飛んで、かわす。長杖が地面に激突し、地面に大穴を穿った。最初にかわした一撃と比較すると、段違いの破壊力だ。

「貴様たちに印を与えたのは正解だった! 貴様らの力が、わたしの力となるのだからな!」

 レムは、腹部の傷が復元するのを感じながら、強化されたナダの圧倒的な力を認めた。彼の発言を信じるならば、レムたちの体に印が刻まれたことで、彼の身体能力が強化されたということだ。そして、それは疑いようのない現実となって、目の前に現れている。

 レムの斬撃をかわし、“死神”を叩き潰し、さらにレムの大鎌を粉砕した力は、同一人物のものとは考えられなかった。

「なるほど、そういうことか」

「見えているぞ!」

 ナダは、どこからともなく迫っていたソードケインの刃を長杖で捌くと、勝ち誇ったように告げた。死角からの攻撃も、いまのナダには意味を成さないということだ。

「ちっ」

「矢もだ!」

「なんと」

 ドーリンの矢も軽々と叩き潰してみせると、ナダは、長杖を構え直し、レムに目を向けてきた。

「見たか。これが我が力。我が真の実力なのだ。貴様らなど、わたしひとりで十分だ。わたしひとりで、貴様ら全員、血祭りにあげくてれる……!」

 勝利を確信したのだろう。

 ナダは、レムたちを睨めつけるように見回し、そんなことをいってきた。

 レムは、そんなナダを見つめながら、その場に屈み込み、影の中に手を突っ込んだ。相手が勝利を確信し、余裕を持っているが故に、こちらも余裕を持って行動することが許される。影の中から大鎌を引きずり出し、構え直す。ナダはこちらが武器を手にしようが状況は変わらないとでも思っているらしく、牽制さえしてこなかった。

「それはわたくしの台詞にございます」

「なに?」

「あなた如き、わたくしだけで十分でございますわ」

 そういって、エスクたちに視線を送る。ナダは自分に任せ、エスクたちには、残りの敵兵の相手をして欲しいという合図であり、エスクはなにもいわずうなずき、部下たちに指示を出した。ナダがあれだけの超反応を見せる以上、エスクたちが相手にするよりは、レムひとりに任せたほうがいいと判断してくれたのだろう。レムは、心の中でエスクに感謝し、ナダが失笑するのを認識した。

「はっ、わたしを捉えられぬものがなにをいったところで」

「捉えられない?」

「そうだろう!」

「さて……なんのことやら」

 レムは、大鎌を軽々と振り回してから、柄頭でみずからの影を叩いた。影の中から“死神”が出現する。少女めいた“死神”は、レムと同じ鎌を手にしている。

「あなた様は、既にわたくしの術中にございます」

「ふ……ふはは、同じではないか!」

 ナダが地を蹴る。一瞬の跳躍。つぎの瞬間には、彼はレムの眼前に到達している。ナダが勝ち誇るのも無理はなかった。それほどの速度だ。レムにも“死神”にも捉えきれなかった。しかし、ナダが飛びかかってくることがわかっているのであれば、速度は問題なかった。対応するのではなく、先読みし、動く。衝撃波の如く殺到してくる相手に向かって、“死神”を飛ばす。闇の衣がひらりと揺らめき、レムの視界を黒く染める。白い閃光が“死神”を横薙ぎに吹き飛ばしたかと思うと、ナダの勝ち誇る顔が見えた。死神部隊の黒装束を纏った偽りの死神。レムは笑わない。ナダが振り抜いた長杖を平然と返し、レムに叩きつけんとする。もちろん、そんなものではレムは殺せない。死なないのだから、殺せるはずもない。それは、ナダも理解しているはずだ。だが、ナダはレムを殺さなければならないのだ。殺さなければ、真の死神を名乗ることなどできない。

 囚われている。

 まるで永遠の夜に囚われていたころの自分のように、死神という名と立場に縛られ、とらわれ、迷妄している。

 だから、というわけではないが、レムはナダが振り上げ、全霊を込めて振り下ろした一撃を、上体をわずかに逸らすことで胸で受け止めた。長杖の先端についた光輪のような装飾が皮膚を突き破り、肉を裂き、内臓を刳り、心臓を損壊する。凄まじい痛みも生きているからこそだろうし、死ねないからこそ、必要以上に痛みを受け入れるしかない。脳が痛みを拒絶し、一瞬、あらゆる感覚が途絶する。死にもっとも近づいた瞬間かもしれない。その永遠にも等しい一瞬の中で、レムは、ナダの両手首を掴んだ。強く、きつく。ナダが両目を見開き、勝ち誇った顔を強張らせる。レムの握力、腕力が長杖を振り下ろさんとするナダの腕の力に辛くも拮抗している。そのことが彼には信じられないのだ。

「馬鹿な!?」

 愕然としたナダの声を聞きながら、レムは、彼の周囲に“死神”を具現させた。

「死神を名乗るのであれば、死を超克してみせてくださいませ」

 壱号を除く零号から陸号に至るまでの六体の“死神”と、レムの“死神”が同時にそれぞれの得物をナダに叩き込む。レムの“死神”が鎌を振り下ろせば、零号は剣を突き入れ、弐号が戦輪を投げつければ、参号は長棍を叩きつけ、肆号は両刃槍で斬りつける。伍号の双刀が閃き、陸号の拳がナダの背中を突き破り、腹をも貫いたときには、ナダは絶命していたのだろう。彼は物言わぬ肉塊と成り果て、“死神”たちが姿を消すと、血を流しながらその場に崩れ落ちた。

“死神”たちは、ただ姿を消したのではない。

 ひとつの闇人形の姿へと統合されたのだ。

 レムの“死神”は、セツナの闇人形と同化したことで、変質した。

 闇人形こそが“死神”となり、本来の“死神”たちは闇人形へと統合されたのだ。以前は、壱号から陸号まで、“死神”の形態変化に過ぎなかった。それが闇人形とひとつになったことで、大きく変化している。壱号を除くすべての“死神”を同時に顕現することができるようになったのだ。その代わり、その間は闇人形たる壱号は呼び出せないし、個々の力は壱号に劣るようではあるが。

 ようは、使いようなのだ。

 そして彼女は、闇人形たる壱号をも影の中に消した。


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