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第千三百六十六話 囚われのセツナ(三)

「それはともかく」

 セツナは、最初から気になっていたことを告げるべく、ラグナの目を見つめた。完全に人間の女性に変身したドラゴンの目は、やや大きい。顔立ちにしてもそうなのだが、セツナを取り巻く女性たちにどことなく似ているところがある。特に目に関して言えば、見ようによってはミリュウに見えるし、シーラにも似ているのだ。ミリュウとシーラの影響が強いのは、ふたりの眼力が強いからなのかもしれない。ふとそんな風に考えたのは、ラグナの目からふたりの目を想起してしまったからだ。

 ミリュウもシーラもどことなく強気な目をしている。

「む?」

「なにか着ろ」

「着る?」

 ラグナが怪訝な顔をした。セツナは想像通りのラグナの反応に小さくため息を浮かべつつ、簡単に説明した。

「ドラゴンにはわからんかもしれんが、人間は服を着る生き物だ」

「むう……わしにはわからぬ」

 ラグナは眉根を寄せ、難しい顔をした。一糸纏わぬ姿で何万年も生きてきたのだ。衣服を身に付けるなど、理解し難いことなのだろう。ラグナがセツナの従僕となったころには、彼女は既に人間社会にある程度順応していたこともあり、セツナやファリアといった周囲の人間が衣服を着ていることそのものには疑問を抱いてはいなかったようだが、それは、人間がそのような生き物だと認識していたからだろう。人間に変身したラグナが服を着る必要はないと思っているのは、人間そのものになろうというつもりがないからなのか、それとも、自分は人間とは違うという考えがあるからなのか。

 いずれにしても、セツナは彼女に服を着せる必要があった。でなければ、早急にドラゴンに戻ってもらうよりほかない。

 彼女の裸体は、セツナの目に悪い。

「なぜ、人間は服を着るのじゃ? このままでもなんの問題もなかろう」

 そういって、ラグナはその抜群の肢体を見せつけるように腰を捻らせた。大きな胸が弾み、主張する。やはり彼女は人間的な羞恥心など持ち合わせていないのだ。人間の言葉を発し、人間の考えを理解し、人間の姿になれたところで、本質的にはドラゴンそのものなのだろう。

「まあ、これは結構邪魔じゃがな」

 ラグナが胸を鷲掴みにして、告げてくる。

「だったら服を着ろって。服を着りゃあ、少しはましだろう」

 目を逸らしながら言い放つ。もっとも、下着を身に付けたところで、ラグナの胸ほど大きいものが邪魔にならないわけもない。いっそのこと、胸を小さくすればいいのではないか。

「むう」

「いっとくけど、人間の体ってのはドラゴンほど頑丈じゃないからな。ちょっとしたことで傷つくんだ」

 いいながら、セツナは、自分の首に手を触れた。ラグナの八重歯で突き破られた痕が残っているものの、痛みはない。傷口辺りはまだ麻酔魔法が効いているらしい。出血も止まっていた。止血までしてくれているのかもしれない。魔法というものの便利さがいまになってわかってくる。

「わしは頑丈じゃ」

「だろうな」

 予想通りの反応には苦笑するしかない。ラグナはドラゴンだ。人間の姿に変身していても、ドラゴンとしての身体能力は失われていないのだろう。竜の外皮はとてつもなく硬い。並みの武器では傷つけることすら叶わないほどだ。頬に触れた指や手の感触は、人間のそれと変わらない。しかし、彼女の肉体が人間の肉体ほど貧弱ではないことくらい、想像がつく。きっと、剣で斬りつけたところで傷ひとつつかないのだろう。

「しかしだな」

「なんじゃ」

「俺は、ラグナに服を着て欲しいんだ」

 着てくれないと、直視することもできないし、彼女とともにここから脱出することもできない。

「それは、命令か?」

「ああ」

「……むう。主の命令とあらば、仕方がないのう」

 ラグナは、胸の前で腕を組んで、落胆気味につぶやいた。素のままの裸のほうが、彼女的にはいいのだろう。何万年も全裸で過ごしてきたということを考えれば当然かもしれない。どことなく後ろめたいものを感じるのは、彼女に強制することになったからだ。

「とはいえ、服などどこにあるのかのう?」

「……それもそうだな」

 室内を見回す。

 高級そうな調度品の中には衣装箪笥もあるのだが、その中に女物の衣服が入っているかどうかはわからない。男物しかないかもしれないし、そもそも、衣服が入っていない可能性もある。セツナは、騎士団によって拘束され、幽閉されているのだ。なにも用意されていなかったとしても、なんの不思議もなかった。

 むしろ、ここまで綺麗な部屋に監視もつけず放り込まれていることのほうがおかしい。不思議という他ない。いくら黒き矛を確保し、セツナの喉を封印していたとはいえ、無防備にもほどがあるのではないか。

(それだけ俺に逃げられない自信があるってことか)

 だとすれば、大きな誤算だろうというほかない。

 まさか魔法の使い手たるドラゴンが身を潜めており、セツナの喉に施した封印があっさりと解除されるとは想像してもいないはずだ。

 ここからセツナの逆転劇が始まるなどと、考えてもいまい。

「……とりあえず、退いてくれ」

「むう」

 ラグナは、至極残念そうな顔をしながら、セツナの腹の上から体を移動させた。あやうく彼女の全身をくまなく見そうになったものの、それだけはなんとか阻止する。ラグナはどうやら人間の女性の体を完全に再現しているようなのだ。

 ラグナは、雄として見られていた。セツナだけでなく、ファリアもミリュウも、レムさえも、雄に違いないと断定していた。それはラグナの言動による影響が大きく、また、ドラゴンの生態を知らなかったことも関係するだろう。しかしながら、ラグナはときにミリュウたちと一緒に風呂に入ることがあり、そういうとき、女性陣の体をよく観察していたのかもしれない。

 ラグナが人間の女性に変身することを考え始めたのは、最近の話のようではあるのだが。

 セツナは、ラグナの裸体を視界に収めないよう努力しながら、寝台を降りた。ラグナが動こうとする気配を感じて、すぐさま制する。

「おまえはそこで待ってろ」

「む」

 ラグナには悪いが、裸のまま動き回られると、セツナが困るのだ。ラグナは、きっとミリュウやシーラたちの体を参考に自分の変身後の姿を創造しているのだろうが、だからこそ、男にとって刺激的過ぎる肢体になっている。

 眼福だが、同時に猛毒でもあった。

 衣装箪笥を開けると、男性物の衣服しかなかった。仕方なくそれらから適当に見繕う。今後のことを考えると、騎士団の制服でもあればよかったのだが、見当たらなかった。

 騎士団の制服があれば、ここから脱出するのも多少は楽なのだが。

「これを着てくれ」

「うむ。わかったのじゃ。しかしのう……」

 ラグナは、セツナから上下を受け取ると、それらをまじまじと見つめながら、困り果てたような顔をした。

「どうやって着ればいいのか、わからんのじゃ」

「……だよな」

 愕然としながらも、セツナはうなずくほかなかった。

 ラグナがドラゴンということを考えれば当然の話だ。ドラゴンは衣服を着ない。常に裸だ。それに人間の姿になったのも今回が初めてなのだ。

 セツナは彼女の着替えを手伝うしかないと覚悟を決めた。



「むう……きつくて苦しいのじゃ」

 着替え終えたラグナが、胸の辺りを強調させるように身動ぎした。男性物の衣服だ。上は詰め襟の服で、下はぴっちりとしたものだが、ぴっちりとしているのはラグナの下半身の肉付きがいいからにほかならない。もちろん、下着も身につけさせたのだが、男物のため、上半身には肌着を着せただけにとどまっている。その上から詰襟服を着せたのだが、着替えを手伝うのは色々と大変ではあった。

 相手がラグナとはいえ、女性の体であることに変わりはないのだ。しかもラグナは衣服を着るということが理解できていないため、一から教えなければならず、下着を履かせるのも苦労した。そうした苦労のおかげもあって彼女はしっかりと衣服を着こむことができたのだから、よしとする他ないが、着替えている最中、ラグナがくすぐったがるのが厄介だった。

「だったら胸を小さくしとけ」

「嫌じゃ」

「なんでだよ」

「おぬしはここが大きいほうがいいのじゃろう?」

「はあ?」

 セツナは我ながら素っ頓狂な声を上げたものだと自覚した。ラグナは、突き出た胸を両手で鷲掴みにしている。羞恥心もなにもあったものではないが、仕方のないことだ。自分の行動が恥ずかしいことだと認識していないのだ。人間とドラゴンの違いがそういうところに現れている。

「先輩から聞いたのじゃ。間違いないのじゃ」

「レムがそんなことをいったのか」

「故に先輩は自分のここの小ささを気にしておったのう。これでは御主人様を満足させてあげられないとか、なんとか」

「……はあ」

 セツナは、今日何度目かのため息をつくと、レムもくだらないことで悩むものだと思った。そもそも、なぜ自分が胸の大きさに拘りを持っているなどという勘違いをしたのだろう。そこが気になったが、もしかすると、周囲の女性陣の影響なのかもしれない。ファリアもミリュウもシーラもマリアも、皆、豊かだ。レムにはそれが羨ましかったりするのだろうか。

 レムの身体的な成長は約十年前に止まったままだ。胸は小さく、体は華奢だった。それはそれで彼女の可憐さを際立たせているのだが、それが気に入らないというのかもしれない。

「違うのか?」

「……俺は大小に拘らないよ」

 妙にぐったりとしながら、セツナは告げた。


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