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第千三百五十二話 真躯

 シドの姿が一瞬にして変化したのを見届けたセツナの脳裏には、レオンガンドの証言が浮かんでいた。ヘイル砦の戦いで、十三騎士のひとりの体が何倍にも巨大化したという証言のことだ。その証言を聞いたときは、レオンガンドの見間違いかなにかだろうと想っていたのだが、セツナは、その考えこそ間違いだったのだと思い知ったのだった。

 シドが、何倍にも巨大化していたからだ。グリフに比べれば一回り小さいものの、セツナから見るととてつもなく巨大に見えた。全長六メートルはあるだろうか。シドが身に纏っていた蒼白の甲冑も、全体的に鋭角的なものへと変貌しており、意匠も大きく異なるものになっていた。異形といっていい。だがそれも嫌悪を抱くような異形ではなく、畏怖を抱かせるような異形であり、光背を背負い、雷光を帯びた様は、神々しいとさえいってよかった。鎧の下の素顔は一切見えず、顔面も仮面で覆われている。剣も異形化しており、ただの直剣だったのが、稲妻のような刀身になっていた。

 まるで雷神だった。

 唖然とする。

 十三騎士が特異な能力を持っていることはわかっていた。召喚武装由来なのかどうかさえ不明ではあったものの、その力が強烈なのも知っていた。だが、まさか、姿形まで変貌する能力まで有しているとは、思わなかった。レオンガンドの証言があったとはいえ、だ。たとえそれが真実だったとしても、ハルベルトの能力だと思っていた。だが現実は違った。おそらく十三騎士共通の能力なのだ。ハルベルトではなく、シドが変異したのだ。それ以外には考えられない。

 そして、彼の発言がセツナの考えを裏付ける。

「これが我々十三騎士の真の力」

 シドは、天から大地を睥睨するかのようにこちらを見下ろしながら、告げてきた。威圧感も迫力もなにもかも、さっきまでとは比べ物にならなかった。

「真の力……」

 セツナは、矛を握る力が無意識に強くなるのを認めた。歯噛みする。黒き矛は、真の力を得た。だが、能力は使えず、全力を発揮することもままならない。この状況下で、真の力とやらを解放した十三騎士に対抗できるものなのか、どうか。ラグナの魔法を頼りに戦えば、切り抜けられるのか。

 さっきまでの余裕が一瞬にして消え失せたのは、真の力を解放したシドの力量が、一目でわかっからだ。わかってしまった。質量そのものが増大しているのだ。その一撃は、さっきまでのそれとは比較にならないだろう。

「ずるいよなあ、ひとりだけ許可もらってさあ」

「ひとりで十分と判断されたのだろう」

「我々は援護すればよい」

「そういうことだ、暴れん坊」

「だれが暴れん坊だ」

「おまえ以外にだれがいる」

 十三騎士たちの会話からも、真の力は、十三騎士のだれもが持つものだということがわかる。そして、行使にはなんらかの許可が必要であり、今回はシドだけが許可されたということも。もし、全員が許可されていたとすれば、セツナはどうなっていたのだろうか。

 為す術もなく殺されていたのかもしれない。

(そりゃいまも変わんねえか?)

 巨大化したシドの実力は、まだ不明だ。だが、彼に漲る力は、以前の比ではない。

「セツナ伯、あなたも全力を出すことだ。でなければ、死ぬ。この世を救うための犠牲となってな」

「こんなところで死ねるかよ」

 吐き捨て、矛を構える。

「死んでたまるか」

「意気や良し。だが――」

 雷光が、散った。

(え?)

 セツナは、なにが起こったのかわからないまま、熱い液体を浴びた。影が視界を覆っている。頭上、グリフの巨体があった。巨人の腕がシドの剣に貫かれている。セツナに向かって突き出されたのを受け止めたのだろう。セツナに降りかかった液体は、グリフの血だ。肉が焦げるにおいがした。シドの剣がグリフの肉を焼いているのだ。

「ぐおおおおお!」

「さすがは戦鬼といっておこう」

 咆哮とともに繰り出された巨人の右拳を軽々といなすと、シドは、無造作に剣を引き抜いた。そして、瞬時に巨人を切り刻み、雷光で灼いた。閃光と電熱がセツナの視界を焼く。シドのまなざしがこちらを見下ろしていた。その視線には慈悲があるように思えてならない。気配。周囲四方を十三騎士に包囲され、頭上には雷光の騎士がいる。逃げ場はなかった。

(だったら……!)

 グリフの巨体が転倒し、大地が激しく揺れた。巨人が倒れたのだ。地震が起きたとしてもなんらおかしくない。そして、その震動が作ったわずかな隙をセツナは見逃さなかった。地を蹴り、飛ぶ。もちろん、シドに向かってだ。

「逃げなきゃいいんじゃねえかよ!」

「無駄だ」

 シドの冷厳な声は、幾重にも響き、無数に突き刺さる。仮面の双眸がきらめき、稲妻の如き剣が一閃する。セツナの眼前に雷光が走る。斬撃が雷光そのものだった。通常時よりも何倍も早い斬撃は、セツナが知覚したときには、セツナの体に到達していたのだが、セツナは切り裂かれることはなかった。不意に弾かれ、剣の上空へと至っている。

「無駄かどうかなど、やってみなければわからぬわ」

 グリフの声によって、自分の身に何が起きたのかを理解する。転倒したままの巨人が、跳躍したセツナを殴り飛ばし、シドの斬撃を回避させてくれたのだ。そして、痛みを感じなかったのは、ラグナの魔法防壁が身を守ってくれたからにほかならない。両者に感謝している暇はない。セツナの体は、凄まじい速度でシドに迫っている。止まらない。止まってはらない。思考も、肉体も、このまま突き進むしかない。背後をなにかが通過した。光熱。光の矢だろう。ベイン、ゼクシズ、フィエンネルの攻撃は、来ない。シドに任せきっている。それくらい、騎士の真の力というのは圧倒的なのは、巨人を一瞬で撃破したことからもわかる。だからこそ、セツナは、飛ぶ。黒き矛を掲げ、力を引き出す。

(限界を……!)

 制限を解除した瞬間、感覚が肥大した。あらゆる感覚がさっきまでとは比較しようのないほどのものとなる。視覚、聴覚、嗅覚、触覚――肥大し、鋭敏化した感覚が、真の騎士となったシドの動きを精確に捉え、加速する脳内に伝えてくる。捉えるのはシドの動きだけでいい。シドさえ撃破することができれば、それだけでいいのだ。あとのことはどうだっていい。だから、力を解き放ったのだ。制限を解除したのだ。

 制限を解除したことによって黒き矛から流れこむ力がさらに膨大なものとなり、全身の筋肉という筋肉を増強し、身体能力を極限以上に高めていた。

 これなら、やれる。

 セツナは確信をもって黒き矛を大きく振り被った。両手に力を込めながら、シドの顔面に接近する。接触まであとわずか。その瞬間、黒き矛の全身全霊の一撃を叩きつけてやるのだ。真の騎士がどれだけ強かろうと、制限を解除した黒き矛の一撃に耐えられるはずはない。耐えられるものなど、この世に存在するはずがない。確信がある。

 黒き矛は、最強なのだ。

「確かにそれは恐ろしい力だ」

 シドの声が聞こえた瞬間、彼の姿がセツナの視界から消え失せた。残るのは雷光。それもすぐさま消えて失せる。気配は頭上に移動している。爆走する超感覚が、シドの雷光の如き高速移動を捉えている。振り仰ぐ。真の騎士は、稲妻の剣の切っ先をセツナに叩きつけんとしていた。圧倒的な速度差は、セツナが空中にいて、自由に動けないというのもあるのだろうが。

「だからこそ、あなたを連れていかなければならない」

 声は、閃光の如き突きを叩きつけられたあとに聞こえた。突きは、セツナの背中に直撃し、セツナはそのまま落下し、地面に激突した。魔法防壁がセツナの身を守ってくれたものの、地面に叩きつけられるのは防ぎきれなかったのだ。セツナはラグナに感謝しながらも、背中から全身に伝わる痺れのようなものを感じて、はっとした。

 シドの攻撃が、ラグナの魔法防壁を貫通している。

 セツナは、すぐさま立ち上がり、シドを警戒したものの、もはやそれどころではないことに気がついた。

「ありえねえなあ」

 ベインの胡乱げな声が響く中、セツナは、自分を包囲する十人の気配に矛を構え直した。空中のシドと、地上全周囲に散らばった九人の十三騎士。グリフと戦っていた五人の騎士も、グリフがシドの攻撃を防ぐためにこちらの戦いに参加したことで、セツナの包囲陣に合流したということだろう。グリフは、既に立ち直っているものの、シドと睨み合ったまま、動くに動けないという状況にあるようだった。現状、シドの力は圧倒的というほかない。グリフですら太刀打ち出来ないらしいのだ。十三騎士五人を相手に平然と戦っていた巨人が一蹴されるほどの力なのだ。それがどれだけ凄まじいのか、考えずともわかるというものだ。

「真躯の一撃を食らって無傷かよ」

 ベインが悪態をついてくる。

(真躯……?)

 ベインが発したそれがシドの現在の姿を示す呼称なのだろう。真躯。許可云々といっていたことから、使用には騎士団長か誰かの許可が必要なのだろうが、セツナにはその能力の行使に許可が必要なのもわかった。それくらい絶大な力だ。許可もなしに使いたい放題であれば、あらゆる事情が大きく変わっていただろう。アバードでは騎士団が圧倒的勝利を得ただろうし、マルディアでも騎士団の勝利は揺るぎなかったはずだ。投入されたすべての十三騎士が、この真躯という状態になれるのであれば、という前提ではあるが。

 いや、真躯を行使できるのがひとりであったとしても、結果は変わらなかったかもしれない。

 真の力を得た黒き矛を用いても、対応するのがやっとなのだ。もちろん、黒き矛の力を引き出しきれず、制御しきれていないというのも大きいし、能力を使えないというのも、セツナが押し負けている理由のひとつだ。万全の状態ならば、どうだったか。

「絶大な攻撃力に強大な防御力――とてもひとつの召喚武装の能力とは思えないわね」

「まったく、どうなってるんでしょうかね?」

「ルーファウス卿の考え通り、竜の加護を受けているのやもしれん」

「単純に黒き矛の能力という可能性も、ある」

 ルヴェリス、ハルベルト、カーライン、ドレイクなどの会話が聞こえてくる。十三騎士による包囲陣。抜け出すには、いずれかを撃破した上でシドを振り切らなければならないのだが、まず、速度でシドを越えることなど不可能なのではないか。また、振り切ったところで、どこへ逃れるというのか。

 騎士団を撃退し、時間を稼ぐのが目的であるはずだ。逃げては、意味がない。

(戦うしかない)

 戦って、騎士団が後退するまで粘るしかないのだ。

 力は、まだ残っている。有り余るほどの力がある。制限を解除した黒き矛から流れ込む力は膨大かつ圧倒的で、これまでにない力をセツナに与えてくれている。制御しきれないのが難点だが、シドを除く十三騎士を撃破すること自体は、難しくはないだろう。問題は、そのシドなのだ。

 真躯。

 巨大化し異形化した甲冑の騎士は、雷神そのもののように頭上に君臨している。

「手応えはあった。だが、あなたの防御を打ち破るには、あの程度ではいけないようだ」

「そうだぜ。あれじゃあ、俺は殺せねえ」

「殺す?」

 シドが苦笑する。

「いっただろう。あなたには、救済者の資格があるのだ。同胞を殺す道理などはないよ」

「ふざけんなっての! 殺す気がないなんてさ!」

 セツナは、憤りながら、シドを睨みつけた。いまの一撃、ラグナが守ってくれなければセツナは即死していたはずだ。それくらいの威力がなければ、ラグナの魔法防壁を突き破ることなどできるわけがない。

「死にはしないさ。そういう風に、できている」

 シドの姿が、またしても掻き消えた。残光がわずかに見えただけで、気配さえ余韻を残さず消え失せる。そして瞬時に、彼の巨躯はセツナの背後に出現する。稲妻の剣の切っ先が頭上にあった。突き下ろしてくる。セツナは咄嗟に矛を掲げた。剣の切っ先を矛の柄で受け止める。破壊的な稲光が視界を白く染める。電熱の嵐が巻き起こっているのがなんとはなしに理解できる。だが、セツナは無傷だ。ラグナの魔法防壁がセツナを守ってくれている。彼には感謝してもしきれない。セツナがシドの剣を受け止めている最中、グリフが動いた。切り刻まれ、焼かれたはずの彼は、既に完全に回復していた。聖皇の呪いの回復能力には呆れるほかない。が、いまは、そんな彼がとてつもなく、頼もしい。

「おおおおっ!」

 つぎの瞬間、咆哮とともにグリフの拳がシドの顔面に叩きつけられた。だが、シドは、まったく動かなかった。反応ひとつ見せない。そして、グリフの前腕が切り飛ばされるのが見えた。断面から大量の血液が噴き出し、豪雨となって降り注ぐ。グリフの腕を切り飛ばしたのは、ドレイクの大剣だった。

「グリフ!」

「気にするな。我は死なぬ……!」

 グリフが右手で左腕の断面に触れると、出血が収まった。彼は左の前腕を拾うと、切断部に接着させた。するとどうだろう。みるみるうちに癒合していくではないか。圧倒的な回復力にセツナはおろか、十三騎士たちも呆れる想いがしただろう。

「不死の存在か。そのようなものが存在するのは、知っている。だが、だからどうだというのだ」

 シドが冷ややかに告げ、剣を引いた。セツナは、やっとの思いでシドの攻撃から解放されたものの、ほっとしている暇はなかった。シドから解放された瞬間、ベインが殺到してきていたからだ。腕を振りかぶり、迫り来る騎士は猛獣というほかなく、彼よりも先に飛来した光の矢を右に流れるように移動してかわし、続けざまに放たれた光の槍を矛の石突きで叩いて落とす。ベインの全身全霊の一撃は、後ろに飛んで回避し、彼の拳が地面に大孔を開けるのを感覚だけで見届ける。竜巻が迫ってきている。シヴュラだ。いや、シヴュラだけではない。ハルベルトも、竜巻に運ばれてきていた。盾を前面に掲げて猛然と突っ込んできたハルベルトには、黒き矛を斬りつける。盾を手ごと紙切れのように切り裂くと、さすがの十三騎士も鼻白んだようだった。指がぼろぼろと落ち、血が噴き出す。それでも、ハルベルトの動きは止まらない。シヴュラとともに接近してくると、右手の剣だけで攻撃を繰り出してきたのだ。左手の指を失ったことなど気にも止めていない。

「不死であろうと、不滅であろうと、あなたが我々に勝つことは不可能」

 シドの声が、雷鳴のように響き渡る。そして幾重もの雷光。シドの斬撃が巨人を再び打ち倒したのだ。真躯の力の凄まじさには言葉もない。その上、シドとグリフの戦いにかまっている隙がないのだ。間断なく押し寄せる十三騎士の攻撃を捌き、迎撃するので精一杯だった。

 それが悪手だということにも気づいている。

「そしてそれはあなたもだ。セツナ」

 シドの言葉は、冷酷な宣告のように思えた。

 ハルベルトとシヴュラの猛攻を凌ぎ切り、ドレイク、ゼクシズ、フィエンネルの連続攻撃をなんとか捌ききった直後だった。

 シドの手が、セツナを掴んだのた。そのまま持ち上げられ、彼を視界に収めることになる。雷神の如く神々しい姿をしたシドの真躯。光背から放たれる雷光が、彼の姿をより荘厳なものに見せている。

(しまっ――)

 セツナが反応するよりもずっと早く、シドの巨大な手が光を発していた。

「これで終わりにしよう」

 シドの双眸が、閃光を発したように見えた。


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