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第千三百五十一話 雷轟

 迫り来る騎士団を発見して愕然としたのは、これまでにない陣容だったからだ。

 これまで、騎士団がサントレアにぶつけてきた陣容は、十三騎士四人と配下の兵士三千名というものばかりであり、それは第三陣に至るまで変わらなかった。毎回変わったのは十三騎士の顔ぶれくらいのものだった。だからこそ、セツナとラグナ、そしてグリフで対応できたのだ。四人の十三騎士のうち、セツナはふたりを相手にするだけでよかった。ふたりならば、どれだけ強かろうとも対処できるからだ。どれだけ苛烈な攻撃でも、捌ききることができる。これが五人、六人となると話は別だったろう。そう考えていた矢先のことだった。

 騎士団は此度、これまでにないほどの数の十三騎士を投入してきているようだった。

 紋章の異なる旗が十旗、数えきれない騎兵の群れの中に掲げられていた。

「凄まじい数じゃのう」

「凄まじいなんてもんじゃねえっての」

 セツナは悪態をつきながら、十人の十三騎士を相手にしなければならないことに憮然とした。十人。もちろん、そのすべてをセツナひとりで相手にするわけではない。グリフがいるのだ。不老不滅の巨人を封殺するためには、十三騎士を数名、ぶつける必要がある。つまり、騎士団がどれだけの人数をグリフに割くかが勝負の分かれ目といっていいのかもしれなかった。

(いや……)

 セツナは、黒き矛を握り締めながら、胸中で頭を振った。十三騎士がどれだけグリフにぶつけられようとも、セツナが窮地に陥ることは疑いようがない。最低でも四人はセツナにぶつけてくるだろう。それはわかる。

「どのみち、サントレアに篭ってる場合じゃなかったわけだ」

「くだらぬ芝居などしている場合ではなかったな」

「違いねえ」

 ラグナの辛辣な一言に苦笑を浮かべる。

 芝居とは、無論、スノウを人質に取ったことだ。

 王命により、セツナを拘束し、騎士団に引き渡さなければならなくなったスノウだったが、彼の本心としては、そのようなことはしたくなかったのだろう。彼が、セツナを始め、マルディア救援軍に心から感謝しているのは、日頃の言動からもよくわかっていた。マルディアにおける最高の騎士と呼ばれるだけの人格者である彼には、マルディア奪還の恩人ともいえるセツナを拘束するなどできるわけもなく、かといって、王命に背くこともできない。そんな彼の最大限の譲歩が、セツナに情報を流し、その上でセツナに人質にとられるということだったのだ。

 スノウが人質に取られれば、兵士たちも手出しできない。手出しできない以上、戦闘にはならない。戦闘になれば多くの兵士が死ぬのは必定。なにせ、黒き矛のセツナと戦鬼グリフを敵に回すことになるのだ。だが、王命である以上、戦わなければならない。

 スノウは、戦闘を回避しながら王命に従うという唯一の方法を考えだした、ということだ。

 セツナは、スノウを人質に取った卑劣漢という汚名を被ることになるかもしれないが、マルディア国内での評判など、知ったことではなかった。敵は殺す。敵として立ち向かってきたのであれば、殺す以外にありえない。が、殺さずに済むのであれば、殺さないに越したことはない。だから、スノウの策に乗り、彼を人質にしてサントレアを抜けたのだ。

 北へ。

 騎士団を放置することができない以上、ほかに取るべき道はなかった。

 マルディアがジゼルコートに通じていて、騎士団もまたジゼルコートに通じているのであれば、サントレアが騎士団によって攻め滅ぼされることなどないのかもしれない。その点を踏まえ、南に逃れるという手もなくはなかったが、南に逃れたところで同じことだということに気づいた。南に向かったところで、マルディアそのものがセツナの敵になったのであれば、どこにも安らげる場所などはない。レコンドールやシールダールも、救援軍の手からマルディア政府の手に渡っている可能性がある。どこへいっても同じならば、騎士団と戦い続ける道も悪くはない。そういう判断から、セツナはサントレアの北へ出たのだが。

 まさか、それに呼応するかのように騎士団が軍勢を差し向けてくるとは、想像していなかった。

 それも野営地に結集していた全戦力を繰り出してくるなど、想定の範囲外もいいところだ。

「兵数も膨大だな」

「八千ほどじゃ」

 とは、ラグナ。当然、十三騎士たちに見えないよう、最小化し、隠れている。頭髪の中に紛れ込んでいるらしい。魔力を吸いながら隠れられるということで一石二鳥のようだった。

「よく数えられる」

 あきれたようにいったのは、グリフだ。確かに八千もの兵を数えるのは、簡単なことではない。

「ふふん」

「偉いぞ」

「ふふーん」

 なにやら自慢気に鼻息を荒くするラグナをよそに、セツナは、敵軍との距離が急速に狭まりつつあるのを認めた。直に衝突するだろう。サントレアの北。東西を山脈に閉ざされた広い街道が、戦場となる。敵は十三騎士十名と、八千の騎士団兵。騎士団兵は、セツナにしてみれば雑魚も同じだが、さすがに八千もいるとなると、一筋縄ではいかない。もっとも、第三陣に至るまで、騎士団兵が攻撃を仕掛けてきたことはない。

 騎士団兵は、壁なのだ。

 セツナたちが戦場を北へと突破しないための、壁。セツナたちにその気はなくとも、警戒するのは当然の話だ。

 今回も、そのように運用されるらしいことは、大きく両翼に展開する布陣を見ればわかるというものだった。十名の十三騎士が大軍勢の先頭を走り、その後方に分厚い肉壁が聳えている。分厚く、幅の広い壁だ。街道の端から端へと至る肉壁は突破するのは困難を極めるだろう。

 が、突破する必要はない。

 もっと困難な戦いが待っているのだ。

 十三騎士たちが馬を止めると、後方の肉壁も足を止めた。盾兵が展開し、北への防壁はさらに堅牢なものとなる。意味はないが、圧力を感じないではない。

 十三騎士の中には、セツナの見知った顔は少なくない。シド・ザン=ルーファウスは当然いるし、ロウファ・ザン=セイヴァス、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートもいる。カーライン・ザン=ローディス、ドレイク・ザン=エーテリア、シヴュラ・ザン=スオール、ハルベルト・ザン=ベノアガルド、ルヴェリス・ザン=フィンライトもいた。あとの二名が初めて見る顔だった。先頭の騎士と、その右後方の騎士だ。

「我が名はゼクシズ・ザン=アームフォート。主命により、セツナ=カミヤ、貴殿を討つ!」

 そう言い放ってきたのは、先頭の騎士だった。朗々たる声が、山脈に囲まれた街道に反響する。騎士は腰に帯びた刀を抜くと同時に馬の腹を蹴った。セツナの反応など待ってくれはしない。実戦なのだ。ただ戦い、ただ勝利を目指すのであれば、名乗る必要さえない。

「律儀なものじゃな」

「名乗りなんて不要なのにな」

 だが、ありがたくもあった。

 これで、正体不明の騎士がひとりになったからだ。

(だからといって、それでなにが変わるわけじゃないが)

 矛を構え、疾風の如く迫り来る騎士に対応しつつ、ほかの騎士の動きに注意を向ける。十三騎士が十名。そのうち半数が、グリフに対応した。グリフは、ゼクシズが動き出すのと同時に跳躍し、セツナと距離を取っていた。そうすることで十三騎士の狙いを分散させようというのだろう。十三騎士の中には遠距離攻撃能力を持つものがいる。しかも範囲攻撃さえ可能であり、一箇所に纏まっていると、それらの攻撃をふたりで受けなければならなくなるのだ。余計な攻撃を受けないためには、離れるほうがいい。その結果、互いに援護しあえなくなるという難点もあるのだが。

 ほかに方法がない。

(いつまで寝てんだよ)

 セツナは、黒き矛の無反応ぶりに苛立ちながら、ゼクシズの馬による突進を右に避けてかわし、交差の瞬間に繰り出された斬撃を矛で受け流した。そして、その瞬間、ゼクシズの刀が炎を燃え上がるのを目撃した。思い出す。

(“烈火”のゼクシズ……!)

 それがゼクシズ・ザン=アームフォートの二つ名だったはずだ。二つ名が能力に直結するのは、シドやロウファのことを考えればわかったはずなのだが、すっかり忘れていたのだから仕方がない。十三騎士の二つ名については、サントレアで知ったことだ。サントレアは騎士団領に近く、北半分が騎士団領のような様相を呈している。それだけ、騎士団に関する情報も流れ込んできやすいということだ。

 ちなみに、フィエンネル・ザン=クローナの二つ名は“双戟”、テリウス・ザン=ケイルーンは“幻惑”が二つ名であり、騎士団副団長オズフェルト・ザン=ウォードは“光剣”らしい。騎士団長フェイルリング・ザン=クリュースの二つ名だけは判明しなかった。ないのか、伝わっていないのか。

 刀身の炎が矛から腕に燃え移らなかったことにほっとしながら、続けざまに飛び込んできた騎士の攻撃を辛くも回避する。横薙ぎの斬撃から、縦振りの叩きつけ。叩きつけの一撃は大地を砕き、大きな破壊跡を刻みつけるほどのものだった。まともに喰らえば即死してもおかしくはない。騎士が振り抜いたのは、二本の戟。

「“双戟”のフィエンネルか!」

「よく知っているな……」

 空振った双戟をそのままに突っ込んできた十三騎士の目は、鋭く輝いている。その輝きの異常さに気づいた瞬間、セツナは左に飛んでいた。紫電が視界を掠める。シドが飛来したのだ。

「よくかわした!」

 シドの賞賛を聞きながら、さらに飛ぶ。光の矢が足を掠めた。光の矢は地面に直撃して、小さく爆発する。直撃を喰らえば、当然、足を破壊されていただろう。ロウファだ。

(となれば……)

「どおりゃあああああああああ!」

 獰猛な雄叫びとともに降ってくる殺気は、ベインのものであり、セツナは彼の拳を嫌って後ろに飛んだ。透かさず背後に矛を振り抜く。激突音。ゼクシズの炎の太刀がセツナの首を狙っていた。直後の破壊音は、ベインの拳が地面を貫いたからだ。刀身から吹き出す炎を上体を反らして回避するとともに、背後に倒れこむようにしてフィエンネルの斬撃を避ける。矛を地面に突き立て、足で地を蹴って飛び上がると、セツナが倒れかけた場所に光の矢が突き刺さっていた。まだ、終わらない。中空に浮かんだセツナをシドが逃すわけもなかった。雷光となって突進してきた彼の斬撃を矛の柄で受け止め、そのまま空中で押し込まれる。地面への激突。衝撃はない。ラグナの魔法防壁が背中だけに展開したようだった。

(うまいぞ)

 胸中でラグナを褒めながら、シドを蹴り飛ばし、左に転がる。覆い被さるように繰り出されてきたベインの拳を避けたのだ。何度か転がって、跳ね起きたときには眼前に光の矢が迫っていた。セツナは、左手を翳し、光の矢を受け止めて見せた。手の先の虚空で光の矢はなにかに激突したかのように爆発した。衝撃も爆風も熱も感じない。ラグナの魔法防壁。さすがはドラゴンといわざるをえない。呼吸もぴったりだ。

 五人もの十三騎士を相手にしているというのに、負ける気がしなかった。

 騎士たちがそれぞれの武器を構えたまま、攻勢を止めた。圧倒的な有利な状況で攻撃を止めることができるのは、冷静な証だろう。冷静に状況を見極め、判断を下すことができている。厄介な相手というほかない。

「セイヴァス卿の矢を防ぐとは……黒き矛の能力か?」

 ゼクシズが問うと、フィエンネルか興味もなさ気にいう。

「知らんな……」

「アバードで見ましたが、あれも黒き矛の能力だったのでしょうか」

「どうかな」

 ロウファの疑問にシドが怪訝な顔をした。

「セツナ伯は、竜使いだという。竜は魔法を用いるというな」

「見当たらねえぜ?」

「どこかに潜んでいるのかもしれん」

「だとしても、我々がすることに変わりはありませんよ」

「そうだな。どちらにせよ、関係のないことだ」

 シドがロウファの言葉を肯定し、剣を構え直した。どこにでもありそうなただの直剣だが、黒き矛の柄による打撃には耐え抜いてみせたのだ。ただの直剣ではないのか、雷光を帯びることで強化されるのか、ふたつにひとつ。

(後者だろう)

 セツナは、そう認識するとともに、直剣が雷光を帯びる瞬間を見ていた。シドの雷光は、どうやら彼の体から発生しているようだった。そして、その雷光を剣に纏わせているのだ。つまり、剣は召喚武装ではない。それは、ドレイクとの戦いでもわかったことだ。ドレイクは剣を破壊されたにも関わらず、光で刀身を補ってみせたのだ。ドレイクの大剣が召喚武装ならば、破壊された時点でその能力は使えなくなるか、限定的なものとなるはずだ。

 それが、召喚武装の掟なのだ。

「セツナ伯、今日こそ、あなたには観念していただく」

「冗談!」

 セツナは、シドを睨み返して、叫んだ。

「だれが諦めるもんかよ!」

 どのような状況でも諦めない。

 それがセツナという人間なのだ、と、セツナは自分を鼓舞し、雷光の斬撃を受け止めた。そして、つぎの瞬間、強烈な気配を感じ取って、大きく飛び退いた。全身が泡立ち、嫌な汗が流れていく。胸騒ぎがする。

「轟け、オールラウンド」

 シドの声が、雷鳴のように響く。

(なんだ……?)

 全身で受け止めた違和感の正体は、シドの全身が異様な光に包まれたことで明らかとなった。

 シドそのものが巨大化したかのような変化が起きていたのだ。

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