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第千三百四十話 セツナの戦い

 疲労が残っている。

 十三騎士との戦いは、苛烈を極めるからだ。

 ひとりならばまだしも、二対一だ。

 肉体を極限まで酷使しなければ、相手の攻撃を捌きつつ攻撃することなどできるわけがない。そしてそれができるのは、黒き矛あってのことであり、ほかの召喚武装ならば太刀打ちできないだろう。それくらい、十三騎士というのは強い。

 ドレイク・ザン=エーテリアも、シヴュラ・ザン=スオールも、化けもののように凶悪で、無慈悲だ。セツナが一瞬でも隙を見せようものならば、喜び勇んで攻撃を差し込んでくるし、それを辛くも捌いたからといって事態が好転することはない。ドレイクにせよ、シヴュラにせよ、サントレア攻防のときよりも余計に手強くなっているような感覚があり、セツナは、胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。

 何時間くらい、戦っていたのだろうか。

 日が落ち、闇が空を覆うと、戦闘はますます激しさを増したのだが、それも長続きはしなかった。唐突にドレイクとシヴュラが武器を収め、セツナから離れたのだ。見ると、グリフと激闘を演じていたベインとハルベルトも、巨人から離れていた。

「今宵はここまでだ」

 ドレイクが、そんな風にいい、軍を退いた。

 三千ほどの騎士団兵ともどもサントレア北側から撤退する十三騎士たちを、セツナはグリフとともに見送るほかなかった。セツナとしては、十三騎士を倒す必要はない。セツナの目的は、レオンガンドたち解放軍が無事マルディアを脱出するまでの時間稼ぎであり、そのために騎士団の追撃を防ぐことにある。わざわざ十三騎士を追いかけ、戦闘を続行する道理はないのだ。

 疲労も溜まっていた。

(今宵は……か)

 それはまるで、明日も戦いに来るといっているように聞こえて、セツナは笑えないと思ったりした。せめて二日に一回くらいならばまだしも、毎日来られると、いつか消耗に回復が追いつかなくなるのではないか。

 そんなことを想いながら、セツナはグリフとともにサントレア市内に戻り、その際、北側城壁に刻まれたドレイクの斬撃に目を細めた。ドレイクの本気の一撃がそれなのだろう。つまり、セツナとの戦闘では、本気を出せていないということなのかもしれない。

 サントレア市内に入ると、マルディアの兵士たちに賞賛を持って出迎えられた。スノウ・ザン=エメラリアは、ふたりを労るとともに、そんなことよりも疲労を回復することのほうが大事だろうと宿所へと案内してくれた。戦場は、サントレアの北となる。宿所もサントレア北部に用意されていた。

 セツナの宿所となったのは、広場に面した宿の一室であり、それはグリフの休憩場所を考慮してのことらしかった。巨人は眠らないが、疲労を回復するためには休む必要があり、そのためには場所を取った。とにかく彼は巨大だ。ただ座るだけでも面積が必要だった。

 用意された一室で眠り、朝を迎えた。

 起きても、疲労が完全には取れていないことに気づき、セツナは愕然としたものだった。疲れたままでは、つぎの戦いで苦戦を強いられるかもしれない。

 つぎは、二対一を維持できるのかわからないのだ。

 セツナは、寝ぼけ眼の飛竜の翼を引っ張ったりして遊びながら、今後のことを考えていた。

(騎士団の目的が俺をここに引き止めておくことだけなら)

 それだけならば、騎士団が本腰を入れて攻撃してくるようなことはないかもしれない。昨夜だって、投入された十三騎士は四人だけだ。もちろん、四人でもセツナひとりならば持て余し、時間切れまで戦い抜けたかどうかはあやしいものだが、七人、八人となれば、グリフがいたとしても、耐え抜けるものかどうか。

 一方、グリフは、二対一でも苦にもしなかったようだ。

「あの程度であればなんとでもなる」

 伝説の戦鬼の言葉は、頼もしいというほかなかった。

 巨人は、巨体故の鈍重さというものを持ち合わせていなかった。むしろ俊敏であり、十三騎士の高速戦闘にも十二分に耐えうる速度を誇っていた。あの質量が俊敏に動くのだ。凄まじいというほかなく、巨人の拳の一撃が大地を割り、地響きを起こすのを見て、ベインが興奮し、大声を上げたのが印象に残っている。巨人との戦いが白熱するほどベインの攻撃は苛烈さを増し、やがてセツナでは手に負えないほどのものになっていたようだが、グリフにはそれさえもなんとでもないという。

 しかし、戦いが終わったあとにみると、巨人は全身に傷を負っていた。常人ならば致命傷になりかねない傷もあったが、彼は笑っていった。

「呪われているのだ」

 聖皇ミエンディアの呪い。

 不老不滅の呪い。

 心臓を貫かれても、首を切り落とされても、なにをされても決して死ぬことなく、再生し、復元してしまうという不死身の肉体。朝になると、彼の傷だらけの体は完全に回復していて、彼が呪われているのが事実として伝わってきた。

「やっぱり、長く生きるっているのは、辛いのか?」

「巨人族は元来長命の種族。その生命力は極めて強く、小さきものどもよりも何倍も長く生きる。五百年程度長生きしたところで、特に問題はない。だが」

 彼は、眠れないのが辛いのだ、という。

 彼は、不老不滅のみならず、不眠の呪いまでかけられている。レヴィアとは扱いが違うということなのか、それとも、レヴィア――つまりリヴァイア一族にも、不老不滅以外の別種の呪いがかけられているかもしれない。そういう可能性に思い至り、セツナは、ミリュウのことを考えた。

 ミリュウは、リヴァイアの“血”を受け継ぐことはなかったものの、“知”を継承するはめになったのだ。もしかすると、“知”こそレヴィアのもうひとつの呪いなのかもしれない。普通、子や孫に記憶が受け継がれることなどありえない。相手を不老不滅にすることさえできる聖皇の呪いならば、記憶を受け継がせるということだってできるのではないか。だから、リヴァイアの一族は、連綿と積み重なっていく記憶の重みに耐え切れなくなるのではないか。

 そんなことを考えながら、マルディアを南下中のミリュウたちに思いを馳せた。

 セツナはしばらくは、ここに留まらざるをえない。

 少なくとも、騎士団がマルディアへの攻撃を停止するまでは、離れることはできなかった。ここを離れるということは、マルディアを見殺しにするも同じだ。セツナがサントレアを離れれば、騎士団は遠慮なくマルディアを攻撃するだろう。たとえセツナやガンディアがそれに反応しないのだとしても、マルディアの反乱軍の目的を達成することはできるからだ。

 そこまで考えて、セツナは怪訝な顔をした。

 騎士団の目的が、まるでわからない。

「騎士団ってなんなんだろうな」

「わしに聞かれても困るぞ」

 巨人の足に腰掛けたセツナの膝の上で、ラグナが首をもたげた。

 三月三十一日の昼下がり。空は晴れ、風は穏やかだ。サントレア北側の広場に胡座をかいて座る巨人の周囲には、マルディア政府軍の兵士たちやサントレアのひとびとが集まっていた。巨人という伝説的な存在を一目見ようと集まってきたものたちもいれば、セツナたちがサントレアを防衛していることに感謝を述べてくるものもいる。微動だにしない巨人にお供え物をするものまで現れる始末だったが、巨人はなんの反応も示さなかった。グリフにとっては見慣れた光景なのかもしれなかった。

 マルディア政府軍は、ただサントレアにこもっているだけではない。物見を出し、騎士団の様子を窺ってくれており、様々な情報がセツナたちの元にもたらされている。マルディア領内に野営地を築き上げた騎士団の陣容は、時間とともに増大しつつあるということだった。

 昨夜の戦いは、十三騎士ドレイク、シヴュラ、ハルベルトに加え、ベインが参戦したが、つぎの戦いにはさらに十三騎士が参加するかもしれない。報告によれば、野営地にシド・ザン=ルーファウスとロウファ・ザン=セイヴァスの紋章が描かれた隊旗が掲げられており、ふたりの部隊が合流しているということが明らかになっていた。つぎの戦いでは、シドとロウファが出てくるかもしれないということだ。

 シドといえば、セツナに救済者の可能性があるとかなんとかいっていて、まるでセツナのことを認めるような態度を取っていたものだが、団長命令ということであれば、敵に回ることも辞さないだろう。シドは頑固で融通の効かない人物だ。いや、それ以前に組織の人間なのだ。騎士団という枠組みの中で生きている以上、それを破壊するような真似はできない。

 それは、セツナも同じだ。

 セツナとて、ガンディアという枠組みの中で生きていて、レオンガンドの命令には従うしかない。たとえそれがどのような命令であったとしても、だ。それが組織に組み込まれた人間の生き方であり、そのことをどうこういうつもりもない。

 ただ、救済を掲げる組織が、なぜジゼルコートの反乱に与し、ガンディアの平穏を脅かそうとしているのか、それがセツナには理解できない。

 そもそも、騎士団の掲げる救済とはいったいなんなのか。

 アバードでもそうだった。彼らのいう救いとは極めて一方的で、理不尽な面が際立った。セツナには到底受け入れられないものだったし、そんなものを救いを認めることはできなかった。

 騎士団とは一体なんなのか。

 そして、アズマリアはなぜ、セツナと騎士団の戦闘を予測することができたのか。予測した上で、グリフに接触し、セツナへの助勢を頼み込んだのか。

 アズマリアの目的もわからない。

 セツナを窮地に追いやりたいのか、セツナを護りたいのか。

 わからないことが多すぎて、セツナは、少しばかり途方に暮れた。


「やはりセツナ伯は手強いな」

 ドレイク・ザン=エーテリアは、昨夜の戦いの感想をもらした。

「でしょう」

 シド・ザン=ルーファウスが静かにうなずいたとき、妙に嬉しそうで自慢気な表情を浮かべていて、ドレイクは、笑いそうになった。敵が強いと認めることは大事だが、なにもそこまで肩入れしなくてもいいのではないか。そんな風に考えたりもするが、シドのことだ。そういったところで受け入れはしないだろう。

 マルディア領サントレアの北側、ベノアガルドの国境とのちょうど真ん中辺りに構築された騎士団野営地には、現在、十三騎士が七人も揃っていた。昨夜、サントレアへの攻撃に参加したドレイク以下の四人以外に、野営地に残っていたルヴェリス・ザン=フィンライトに加え、シド・ザン=ルーファウス、ロウファ・ザン=セイヴァスが中央から派遣されてきている。

 七名もの十三騎士が一作戦に参加するなど、通常、ありえることではない。十三騎士は、ただのひとりで戦局を左右するだけの力を持った存在だ。それだけの戦力を多数投入するような戦場など、そうそうあるものではない。救援の申し出があったとしても、十三騎士をひとりかふたり派遣すれば、大抵片付くものだ。十三騎士は強い。圧倒的に強い。にも関わらず、倒せない相手がいる。

 それが黒き矛のセツナなのだ。

「ルーファウス卿の見立てが正しいかどうかはわからんがな」

 ドレイクがいうと、シドは眉根を寄せただけでなにも言い返してこなかった。彼自身、セツナに肩入れしすぎていることは自覚しているのかもしれない。シドは、アバードからの帰国以来、セツナのことを賞賛すること数えきれず、十三騎士は皆、彼にセツナの話を聞かされたものだった。テリウス・ザン=ケイルーンなどは、シドにセツナの話を聞かされることが嫌で、シドに近づかないようにしていたくらいだ。それくらい、シドはセツナに感化されている。

 アバードでなにがあったのか、についても、詳細に知らされており、シドがセツナに感化された理由についても察しがついた。

「しかし、セツナ伯の実力は認めよう。彼ならば、我らとともに並び立つ資格がある」

「エーテリア卿も、賛成?」

 ルヴェリスが面白おかしそうに笑った。長い髪が揺らめき、彼の美しい容貌を際立たせる。

「わたしが賛成したところでどうなるものでもないがな」

「そうねえ。セツナ伯が応じてくれないことには、どうにも」

「彼が応じてくれれば、この世を救うのも難しくはなくなるでしょう」

 シドが、確信を持って、告げてくる。

 ベインはそんなシドを横目に見ながらにやにやしているが、ロウファはどことなく不安そうな目をしていた。シドの仲間たちの間でも、意見が割れていることなのだろう。シヴュラはいつもの鉄面皮だったし、ハルベルトは柔らかな笑顔を浮かべている。彼の笑顔は、場を和ませるためのものであり、彼の処世術である。彼はその笑顔で生き抜いてきたのだ。

「では、こういうのはどうでしょう」

 笑顔を湛えたまま、ハルベルトが口を開いた。

「セツナ伯を説得して、騎士団との協力を取り付けた方が今作戦の勲一等、というのは」

「セツナ伯を説得……ねえ。こっちの話に耳を傾ける余裕なんてねえと思うがな」

「だが、面白そうだ」

「やる気なのね?」

「なるほど。セツナ伯を説得か」


「悪くない案だ。少なくとも、彼と殺し合うよりは、余程いい」

「とはいっても、戦闘の最中ですからね。簡単にはいかないかと」

「そりゃあそうだろうよ。セツナ伯にしてみりゃあ、いい迷惑だ」

 ベインが大口を開けて笑う。

 ドレイクもベインに同意だったが、ハルベルトの提案も面白いものだと思ったりした。

 セツナが騎士団の考えに同調してくれれば、これほど頼もしいことはない。

 救済は、必ずしも騎士団のみの力で行う必要などはない。

 特にこの世界のことだ。

 世界中の人間が協力して行ってもいいはずなのだ。

 しかし、それは叶わぬ願いだ。だれしも、自分のためならばともかく、他人の、それも世界のために命を投げ捨てることなどしたいとは思わないだろう。だれだって自分が可愛い。自分の命が大事だ。そしてそれが人間という生き物なのであり、悪いことでもなんでもない。むしろ、この世を生きる他人のために人生のすべてを費やそうという騎士団のほうが、異常といっていい。

 セツナが正常な価値観の持ち主であれば、騎士団に同調することはないだろう。

 たとえガンディアのために命を投げ打つだけの覚悟があったとしても、だ。

 国のためと、世界のためは、まったく別のものだ。



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