第千三百三十八話 第一陣
マルディア政府軍の兵士たちに見守れながらサントレア北門の外へ出たセツナは、いまにも日が落ちようとする中、広々とした街道に展開した敵軍勢の様子に厳しい表情になった。
敵兵の数は、三千ほどだ。前方と左翼、右翼に千人ずつの大部隊が布陣している。そのまま前進することでセツナたちを包囲し、押し潰すつもりなのかもしれない。いや、ただの賑やかしという線も考えられる。十三騎士の布陣を見ていると、その考えがあながち間違いではないかもしれないと思えた。
十三騎士は、四人。
馬上にて大剣を携えているのは、ドレイク・ザン=エーテリアだろう。その右手に三叉槍の騎士シヴュラ・ザン=スオール、その右後方に剣と盾を持つ騎士ハルベルト・ザン=ベノアガルド。そして、ドレイクの左後方には、ドレイクに並ぶ巨漢の騎士がいた。兜を被ってもいない大男は、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートだった。
「あやつは……」
ラグナの囁きが、まるで頭の中に直接響くかのようだった。
「騎士団の増援だろうな。たぶん、あいつだけじゃない」
シドも、ロウファもこちらに向かっている最中かもしれない。
騎士団の目的は、ガンディア軍の足止め。中でも、最高戦力たるセツナをこの場に引き止めておくことこそが、ジゼルコートにとって有利に働くものだと見ているはずだ。そのためには、騎士団も出し惜しみをしている場合ではない、ということだろう。騎士団が本腰を入れて戦力を差し向けてくれば、ガンディア軍としても、戦力を惜しんではいられない。最低でも、セツナは出撃させなければならなくなる。そして、それによって騎士団の目的が果たされるのだ。
「これは、気合を入れないとな」
「うむ。安心せよ、わしが応援しておる」
「ああ、頼もしいよ、まったく」
「本気で思うておるのか?」
「想ってるよ」
そういいながら、セツナは、頭の中に響くラグナの声に苦笑を返した。ラグナはいま、だれの目にも捉えられない姿になっている。セツナの追求を逃れるために隠れていたときと同じ方法で、完全に姿を消し、セツナの頭に張り付いているのだ。
それは、セツナが考えた作戦だった。
ラグナの存在を敵の目から隠すことで、ラグナの魔法防壁が発動することがあったとしても、まるで黒き矛の能力を駆使したかのように錯覚させ、それによって十三騎士の警戒を誘い、戦いを有利に運ぶという狙いがあった。
(有利に運べるかどうかはともかく、ラグナを隠すことには意味があるはずだ)
騎士団は、ラグナの存在そのものは認知しているだろう。ラグナの存在は、既に有名になりすぎている。竜殺しに仕える小飛竜の噂は、ガンディア中を走り回り、ガンディアの内情を調べていた騎士団が知らないわけがなかった。ラグナが魔法を行使することを知っているかどうかはともかく、ドラゴンがセツナに協力しているという驚くべき事実に対し、なんらかの対策を練っている可能性もなくはない。
ならばいっそのこと、存在そのものを隠し通し、ラグナの魔法を黒き矛の能力と誤認させ、戦いを有利に運ぶ。
「厄介なのは十三騎士だが、兵士たちも手強い。サントレアの城門に取り付かれると厄介だ」
サントレア市内には、マルディア政府軍が待機しているとはいえ、当てにはできないとセツナは考えている。マルディア兵が弱いというわけではなく、騎士団兵が強いということだ。サントレアの戦いは、数の上で圧倒していたからこそ勝利したのであり、数で押されているいま、まともにぶつかり合って切り抜けられる保証はない。セツナたちがなんとかしなければならない。
「我が北門の守備に当たろう」
「頼む。俺は、十三騎士の相手をする」
「正気か?」
とは、ラグナ。ひとりで四人の騎士を相手にするのは、さすがに困難だということをいっているのだ。三人でさえ押され気味だった。四人となれば、セツナが攻撃に移る隙など皆無となるだろう。そして、押され続けた挙句負傷しては、つまらないことになる。
「正気だよ。っても、四人全員と戦うつもりはない」
「どうするのじゃ?」
「ひとりかふたりはグリフに受け持ってもらうさ」
「良かろう」
グリフが鷹揚にうなずいたとき、前方でドレイクが背に帯びた大剣を抜くのが見えた。刀身が光を帯び、光の刀身はそのまま巨大化する。何倍にも巨大化した光の剣。ドレイクがレコンドール、サントレアの戦いでその能力を使わなかった理由がなんとはなしにわかる。巨大過ぎる故、周囲の味方を巻き込む可能性があるからだろう。その点、今回はだれも巻き込む可能性がない。ドレイクが騎士団の先頭に出ている。
ドレイクが無造作に大剣を振り下ろす。遥か前方。とても斬撃が届く距離などではないが、セツナは、嫌な予感を覚え、その感覚を信じて跳躍した。グリフも空高く飛び上がっている。斬撃が虚空を伝播し、セツナたち後方の城壁へと至る。凄まじい激突音。振り向く。サントレア北側の城壁に巨大な破壊跡が刻まれていた。斬撃の軌跡通りの破壊跡は、ドレイクの斬撃が届いたという証明だった。
「なんつー力だよ」
「これほどまでとはのう」
攻撃範囲、距離、威力ともに申し分ない――というより、強烈過ぎるといってもいいくらいの一撃だった。
着地とともにドレイクを見やる。ドレイクはまた剣を掲げている。遠距離からあの斬撃を連発されれば、こちらが不利だ。
巨人が着地すると、周囲の大地が揺れた。グリフの質量は圧倒的だ。
「距離が離れていては、不利だ」
「わかってる!」
「では、いくぞ」
「へ?」
セツナは、巨人の巨大な手が自分の体を掴むのを認めたものの、彼がなにを考えているのかまでは想像できなかった。そのまま軽々と持ち上げられたかと思うと、巨人は、おもむろに投擲体勢に入り、セツナを騎士団に向かって投げつける。
「う、わああああああああああ!」
「な、なんじゃあああああああああ!」
セツナは、物凄まじい速度で空中を進んでいった。絶叫しながら、巨人に呪詛を送りながら、ただ進む。サントレアと騎士団の間に横たわる長い距離をあっという間に詰め、十三騎士たちの唖然とした顔が脳裏に焼き付いた。馬上の騎士たちの後方の地面に激突しそうになるが、矛の切っ先を突き立てることで事なきを得る。黒き矛が地面への激突の衝撃を吸収してくれたらしく、セツナは安堵の息を吐くとともに体勢を立て直し、十三騎士に向き直った。
四人の十三騎士のうち、ふたりがセツナを見た。ドレイクとシヴュラだ。残るふたりは、頭上を見やっていた。夕闇を、巨大な影が飛んでいる。巨人の跳躍力の凄まじさは、セツナにはよく知るところだった。グリフがサントレア市内に入れたのは、城壁を軽々と飛び越えることができたからだ。そうでもしなければ、サントレアに入ることなどできなかった。サントレアの城門は、巨人が潜り抜けるには小さすぎるのだ。その方法の難点を上げるとすれば、着地点の地面が破壊されるということであり、セツナは、衝撃と震動に備えながら、ドレイクとシヴュラが馬を下りるのを見ていた。
巨大な質量が迫り、大地に激突する。衝撃が震動となって着地点周囲の大地を揺るがし、馬たちが竿立ちになっていなないた。そのころには、十三騎士は四人とも馬を降りており、ベインが馬を後ろに逃すと、ほかの三人もそれに習った。馬を戦闘に巻き込みたくないのだろう。ベインが率先してそのような行動に出るのは以外に思えたが、彼のことなどほとんどなにも知らないも同じだ。以外も何もないだろう。
「予想外の間合いの詰め方だな」
シヴュラが呆れるようにいってきた。三叉槍の穂先に大気が絡まり、小さな渦を形成する。シヴュラの能力は既に判明している。竜巻を操る能力であり、竜巻によって攻撃したり、自身を竜巻で包み込んで飛んだり、移動することもできるらしい。
「だろ? 俺にも想定外のことだよ」
「しかし、むしろ好都合だ」
「セツナ伯、貴公にはここで我々と戦って頂く」
そういったのは、ドレイクだ。彼は大剣に纏わせていた光を収束させると、ゆっくりと構えてみせた。巨大な光剣は遠距離攻撃専用の能力ではない、ということだろう。そういえば、ドレイクの大剣を破壊したとき、光の刃で刀身の欠けた部分を補っていたことを思い出す。
「望むところだ」
セツナは黒き矛を握る手に力が篭もるのを意識しながら、ベインとハルベルトがグリフに向かってかけ出すのを見てほっとした。四対一ならば圧倒的に不利でも、二対一ならばまだなんとかなるからだ。
そして、騎士団兵士たちが一向に動き出さないことを認識し、セツナの脳裏にある考えが過る。それはセツナにとって都合が良すぎる考えかもしれなかったが、騎士団の目的がガンディア軍の戦力を割かせることで、セツナをこの場に留め置くことならば、考えられないことではなかった。
考えとは、騎士団はセツナをサントレアに留まらせることだけを目的としており、サントレアそのものに攻撃するつもりはないのではないか、というものだ。でなければ、騎士団兵たちの沈黙の理由がわからない。
単純に戦いが始まったばかりで、動いていないだけかもしれないが。
「行くぞ」
ドレイクが告げ、シヴュラが槍を薙いだ。
竜巻が襲い掛かってくる。