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第千三百三十五話 夢護る者(三)

 サントレアのマルディア軍施設から、マルディア救援軍に参加していた各国の軍団が出て行く。メレドの白百合戦団、ルシオンの白聖騎士隊が軍施設を離れると、続いてガンディア軍ログナー方面軍が続々と後に続く。ログナー方面軍に続くのは、ガンディア方面軍であり、膨大な数の将兵がサントレアの町並みを埋め尽くすかの勢いで、南へと流れていく。

 セツナは、そんな様子をサントレアの南門付近で見守っていた。

「セツナ様の武運長久を祈っております」

「どうかご無事で」

「無理などなさらぬよう」

「必ず、生きて会いましょう」

「王都で待っていますよ、セツナ様」

「王都は我々にお任せを」

 南門を通過する将兵たちは、たったひとり殿に当たるセツナに対しなにか思うところがあるのか、深々と敬礼したり、セツナの手を取って激励したものだった。だれもが黒き矛のセツナの実力は知っている。サントレア攻防において十三騎士を一手に引き受けたのがセツナだ。だれひとりとしてセツナの力量を疑ってはいない。だが、それでも、たったひとりで殿軍を務めるというのは、通常有り得ないことであり、セツナのために戦力を残していこうと考えるものも少なからずいた。たったひとりでサントレアの防衛線を守り切るというのは、無茶苦茶な話だ。相手が通常戦力ならば、まだ、いい。万魔不当のセツナならば、雑兵がいくら押し寄せてこようともなんとでもなるだろう。しかし、相手が騎士団であり、十三騎士が複数名、こちらに向かっているということが判明している以上、セツナであっても苦戦を強いられることは疑いようがなく、よって、ガンディア解放軍の将兵たちは、セツナに向かって敬礼し、激励の言葉をかけるのだ。戦力の提供は、無論、断った。それでは、ひとりで残る意味がないからだ。

 たったひとりで騎士団の追撃を食い止めるのが、セツナの役割なのだ。

(相変わらず無茶苦茶だが)

 レオンガンドの夢を護るためだ。

 ここでセツナが南下に加われば、多大な戦力を失わなければならなくなる。それならば、セツナひとりでここを受け持つほうが、遥かに効率的ではないのか。セツナの頭のなかでは、そういう結論に至っている。確かに黒き矛とセツナは強い。だが、ひとりでは、多方面の戦いに対応できないのだ。長期戦にも不向きだ。王都に辿り着くまで、どれくらいの戦闘があるのかはわからないものの、一戦や二戦では済むまい。セツナひとりでは捌き切れないだろう。

 それならばいっそ、セツナひとりで騎士団の追撃を防ぎ、残る全戦力をガンディアの解放に注ぎこむほうがいい。

 セツナは、自分の部下と配下にそのように説明している。当然、シーラもエスクも猛反発した。特にエスクは、こここそ、自分たちの死に場所ではないのかとセツナに詰めより、怒りを露わにしたものだ。彼を納得させるのは一苦労だったものの、最終的には、セツナの命令ということで渋々受け入れ、ガンディア軍とともにサントレアから撤退することを了承してくれた。

 シーラも、反対した。彼女の場合は、セツナとともにあることが自分の役目だといい、こういうときこそ配下を上手く利用するべきだといってきたが、だからこそ、シーラにはガンディアの奪還に全力を上げてほしいとセツナはいった。シーラと黒獣隊は戦力として優秀だ。サントレアに残ってくれれば、心強いこと間違いない。しかし、サントレアに残るのはセツナひとりと決めたのだ。シーラを説得するのも、少しばかり骨が折れた。

 ファリア、ミリュウもだ。

 特にミリュウは未だ納得しておらず、最後までセツナと一緒にここに残ると言い続けていた。ファリアはなんとか受け入れてくれたものの、ミリュウを納得させるのは、彼女をもってしても不可能に近いようだった。頭ではわかっていても、心では理解できない、とでもいうべきか。

 ミリュウがそこまでセツナひとりの殿軍に反対しているのは、十三騎士の圧倒的な強さがわかっているからこそだ。セツナひとりでは対処しきれないと考えている。

 それでも、セツナひとりでやるべきことなのだ。

 でなければ、ガンディアを取り戻すことが困難になる。

 最悪、セツナがここで討死したところで、ジゼルコートを討ち、反乱を鎮めることさえできれば、ガンディアの歴史は続くし、レオンガンドの夢も終わらない。が、サントレアに多大な戦力を注ぎ込んだ挙句、すべてを失えば、たとえジゼルコートを討つことができたとしても、損害は極めて大きく、犠牲も膨大なものとなる。夢は終わらないかもしれないが。

 犠牲を最小限に抑えるには、セツナがここを受け持つ以外にはないのだ。

「まったく、セツナ様も毎度毎度大変ですね」

 南門の門前で、セツナに向かってそんな風に話しかけてきたのは、ログナー方面軍第四軍団長ドルカ=フォームだった。彼は、ニナ=セントールともども、セツナに敬礼してくると、セツナの無事を祈ってくれたものだった。

「まあ、それだけセツナ様には頼りがいがあるということではあるんですがね。しかし、相手が相手です。くれぐれも、命をお大切に」

「ありがとうございます。ドルカさんこそ、ご無事で」

「ははっ、俺はまだまだ死ねませんよ。なにせ、将来の大将軍ですから!」

「軍団長……」

 だいそれたことを平然と言い放つドルカとそんな上司を頼もしく想っているようなニナのふたりを見送ると、つぎはグラード=クライドが部下を引き連れて、セツナの目の前を通過しようとした。真紅の鎧を着込んだ大軍団長は、ドルカの発言を聞いていたらしく、妙に嬉しそうに笑っていた。

「ドルカめ、いい意気よ」

「本当に」

「セツナ様、たったひとりの殿など、本来あるべきことではありませんが、状況が状況です。ここは、あなたさまの武勇を信じ、我らは国を取り戻し、謀叛人を打ち取ることに専心致しましょう」

「ええ、そうしてください」

「では、ご武運を」

「グラードさんこそ、ご武運を」

 そういって、グラードと別れた。ログナー方面軍がサントレアの南門を出ると、ガンディア方面軍がその後を続いた。各軍団長、大軍団長と敬礼を交わし、ときには手を握られ、涙さえ流すものもいた。セツナがどれほどの覚悟でこの場にいるのか、察しないわけにはいかないのだろう。そういった将兵の反応こそ、セツナの戦う力となりうる、

 ガンディア方面軍の後、右眼将軍アスタル=ラナディースが供回りの兵とともに南門をくぐった。その際、アスタルはセツナの生還を祈り、そして、セツナの覚悟に敬服するというようなことをいってきて、セツナは驚いたものだった。

 アスタル将軍の後には、傭兵局に属する《蒼き風》、《紅き羽》が続いた。《蒼き風》のシグルド=フォリアー、ジン=クレール、そしてルクス=ヴェインからそれぞれ励ましの言葉をもらい、《紅き羽》の団長ベネディクト=フィットラインからも激励された。ベネディクトとは直接の関わりはほとんどないのだが、ベネディクトがルクスに惚れているということもあって、彼女はルクスの弟子であるセツナについて多少なりとも興味を持っているらしかった。

 ルクスからは、セツナでも生き延びるのは厳しいだろうという現実を叩きつけられたものの、

「おまえは俺の唯一の弟子だからな。必ず生きて帰ってこいよ。まだまだ鍛えたりないんだ」

 などといってくれたこともあって、セツナは俄然やる気をだしたものだった。

 傭兵局につづいては、王宮特務のふたりがセツナの前に現れた。カイン=ヴィーヴルとウルのふたりだ。アーリアは、レオンガンドの護衛についているのだろう。

「君に相応しい戦場だな」

 竜を模した仮面の男は、そんな風に笑いかけてきた。長衣を着こむことで失った腕を隠している。戦闘になれば召喚武装で補うことができるとはいえ、常に召喚しているわけにはいかないのは当然のことだ。召喚には精神力が必要だ。召喚を維持するということは精神力を摩耗し続けるということであり、莫大な精神力でもない限り、召喚武装の常時使用などできるわけがないのだ。

「地獄のような戦場こそ、君にはお似合いだ」

「まあ、それではまるでセツナ様が獄卒か悪鬼のよう」

 ウルが驚いたようにいったが、その表情は極めて穏やかだ。まるでカインの言動が想像通りだといわんばかりだった。カインがにべもなく告げる。

「そういっている」

「酷いいいざまだこと。セツナ様、どうかお気になさらないでくださいまし。このひと、口が悪いだけなんです」

「口が悪いことは知ってますよ」

 ウルに返答しながら、胸中で付け足す。

(性格もね)

 カインのいいところなど、ひとつとして思いつかなかった。口も悪ければ性格も悪い。許されざる過去もある。戦闘能力の高さがいいところというのなら、そうだろうが。

「悪いのは口だけではないとでもいいたそうだな」

「その通りじゃない」

「ふむ……」

「そういうところが可愛いんだけれど」

「可愛い?」

 セツナは、ウルの発言に驚愕せざるを得なかった。ウルとカインはほぼ常にふたりで行動しており、尋常ならざる関係にあるということは知っていたものの、まさか、可愛いなどと想っているとは、想像しようもなかった。

「まあ、セツナ様には関係のない話でございましたね。セツナ様、どうかご武運を。セツナ様にここで亡くなられては、つまらないこと限りありませんので」

「は、はあ……」

 セツナは、ただいうだけいってさっさと離れていったウルを目で追いながら、きょとんとした。ここに至るまで生還を祈られたことは多々あったが、死ぬとつまらなくなるといわれたのは彼女が初めてだった。カインが鼻で笑った。

「あれも口が悪いだろう。俺も手を焼いている」

「あんたがいくら手を焼こうがしったこっちゃないが」

「だろうな」

 またしても、彼は笑った。そして、こちらを一瞥する。仮面の向こうから視線を感じるが、瞳は見えた無い。

「死ぬなよ、セツナ。こんな戦場で死んでくれるな」

「こんな戦場?」

「そうだろう。ただ敵の追撃を払うだけの戦場。君の死に場所には相応しくない」

「そうかい」

 さっきとは真逆の言葉に、セツナは目を細めた。

「俺の死に場所には、持って来いかもしれんがな」

「だろうな」

 セツナが肯定すると、カインは妙に嬉しそうに笑った。そして、ウルの後を追いかけていった。

 その後を参謀局、王立親衛隊が続いた。参謀局の第一作戦室長エイン=ラジャールと第二作戦室長アレグリア=シーンは根っからのセツナ信者だということもあってか、セツナの生還を疑わないといい、自分たちは自分たちの役割を果たすのみ、などといってきたものだった。

 そう、サントレアを撤退したからといってそれで戦いが終わるわけではないのだ。むしろ、新たな戦いが待っているというべきであり、参謀局の仕事はこれからだった。セツナは、エインとアレグリアの健闘と、ガンディア解放軍の勝利を祈った。

《獅子の爪》隊長ミシェル・ザナフ=クロウ、《獅子の牙》隊長ラクサス・ザナフ=バルガザールとも言葉を交わした。王立親衛隊の隊長同士ということもあって、ふたりはセツナを激励するとともに無事の帰還を祈ってくれた。《獅子の牙》といえば、リューグもいて、いつもの軽口でセツナを鼓舞してくれたものだった。

 そして、大将軍アルガザード・バロル=バルガザールが副将二名を伴って、セツナの目の前に現れた。白髪の大将軍は、今回の戦いで役目を終え、引退する予定だったのだが、ジゼルコートの反乱によって王都及びガンディア本土が落ちたということもあり、引退は延期することになったのだ。ガンディア本土を奪還し、反乱を鎮圧してようやく、安心して引退できるということだ。アルガザードは、その大きな手をセツナの肩に置き、たったひとりの殿という異常事態に込められた覚悟を称えるとともに、セツナの武運を祈った。そして、ガンディア本土は必ず取り戻し、ジゼルコートを討つと約束した。

 大将軍の後に続いたのはレオンガンドだ。レオンガンド・レイ=ガンディア。ガンディア国王にして、セツナの唯一の主君は、馬上セツナのほうを見て、手だけを上げて、南門を潜り抜けていった。ここに至るまで、散々話し合っている。もはや語るには及ばない、ということだろうし、セツナのことを信頼しているということだろう。セツナは、レオンガンドのそんな態度こそ嬉しくてたまらなかった。

 最後を務めるのは、《獅子の尾》とセツナ軍であり、エスク率いるシドニア戦技隊がその最初を飾った。エスクは不満を隠さなかったものの、セツナが必ず生きて戻ることを約束すると、当然だといって笑った。

「大将、あんたが俺の居場所なんだ。だから絶対に生きて戻りなよ。でないと、大勢が悲しむ。俺だけじゃなく、ね」

「ああ、わかってる。死ぬつもりなんてないさ」

「セツナ様、わたくしどもにはこのようなことしかいえませんが……どうかご無事で。

「無茶だけはなさりませぬな。セツナ様は我らが主であるとともに、ガンディアになくてはならぬ逸材ですからな」

 レミル=フォークレイ、ドーリン=ノーグらの激励にも笑顔で応えた。

 続いて、シーラ率いる黒獣隊がサントレア南門に至る。漆黒の隊服を身につけた女性ばかりの戦闘部隊。女性ばかりということもあって、戦力的にはシドニア戦技隊よりは多少落ちるものの、隊員の数から考えれば破格の戦闘力を誇るのが黒獣隊だ。きっと、ガンディア解放軍の戦力となるだろう。

 シーラは、南門を潜り抜ける直前、セツナに歩み寄ると、睨みつけるようにしてきた。

「約束、守れよ」

「俺が約束を破ったことなんてあるか?」

「ねえよ。だから、心配なんてしてやんねえからな」

 そっぽを向いて、吐き捨てるようにいってくる。怒っているのは、やはり、納得できていないからだろうが。クロナ=スウェンが後ろから声を投げてくる。

「隊長、そんなこといって心配しっぱなしじゃないか」

「そうですそうです、素直になりましょうよお」

「素直が一番……」

「うるせー!」

 囃し立てる黒獣隊幹部たちに対し、シーラは顔を真っ赤にして反撃を開始したが、幹部たちは嬌声を上げながら、蜘蛛の子を散らしたように離れていった。ただひとり、ウェリス=クイードだけが残っていて、彼女は穏やかな微笑みを浮かべて、セツナを見つめてきた。

「そんなわけで、隊長もわたくしたちも、セツナ様のご無事を心から祈っております」

「ありがとう。ウェリスたちも、どうか無事で」

 セツナは、ウェリスの心遣いに感謝しながら、黒獣隊が門を通過するのを見届けた。

 あとは、最後尾を待つだけだった。

 獅子神ガンディア軍の最後尾を飾るのは、やはり、《獅子の尾》しかない。

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