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第千三百三十話 敗残者たち(二)

「……だから、あなたが行動を起こしたというのか?」

 ジルヴェールは、ジゼルコートを睨めつけた。湧き上がる感情を押し殺し、平静を保つ。勝手な言い分に怒りを覚えるが、ここで激発すれば、どのような目に合うかわかりきっている。怒りに身を任せたところで、なにもいいことはない。第一、ジルヴェールにはなんの武器もないのだ。護身用の剣さえ奪い取られ、丸裸も同然だった。怒りをぶつけるとすれば、殴りかかる以外にはなく、殴りかかろうとすれば、彼と父の間に立つゼルバードに止められるだけだろう。身体能力に関しては、ジルヴェールよりもゼルバードのほうが遥か上を行く。ジルヴェールは生粋の文官で、ゼルバードは生粋の武官なのだ。

 無論、ジルヴェールが怒りに任せて殴りかからないのは、そういった結果がわかりきっているから、というわけではない。

 意味がないからだ。

 ジゼルコートを力任せに殴りつけることができたところで、状況はなにひとつ好転しない。むしろ、悪化するだけのことだ。拳一発叩き込んで謀叛を終わらせることができるというのであれば、それにかけてもいいのだが、そうでないのなら、冷静さを見失わないよう、己の感情を制御することに意識を向けたほうが遥かに利口だ。

「わたしは、陛下の性急過ぎるやり方が、結局はこの国を滅ぼすといっているのだよ」

 ジゼルコートは、冷ややかだ。ジルヴェールの内心に渦巻く怒りを熟知しているかのような口ぶり。嬲るような、煽るような、冷笑。

「前に進もうとする力と後ろに戻ろうとする力がぶつかり合えば、どうなると思う?」

 前に進もうとする力とは、レオンガンドのことだろう。レオンガンドは、とにかく前進することを考えている。一歩でも、半歩でも前に進むことが正義だと信じている。そして、レオンガンドの正義こそ、ガンディアの正義であり、ガンディアはレオンガンドの望むままに前進を続けている。

 一方、後ろに戻ろうとする力というのは、反レオンガンド派のことなのだろうが、どうやらそれだけではないらしい。反レオンガンド派という少数勢力だけでは、問題など起きようはずもない。前に進もうとする力との差が大きすぎて飲み込まれるだけだ。

「歪が生じ、いずれ破綻する」

 ジルヴェールは、ジゼルコートが顔色一つ変えず告げてきた言葉に目を細めた。反レオンガンド派だけでは、破綻など起きようはずもない。それ以外の勢力が彼に加担しているのは明らかだったし、その代表がエリウスなのは一目瞭然だ。エリウスはログナー人の代表という側面もある。ログナー人は、ガンディア人に対抗意識を持っている。ログナー人の不遇を嘆くものもいる。そういったものたちがジゼルコートに協力している可能性を考えるのだが、そんなことを考えたところでどうなるものでもないと、ジルヴェールは胸中で嘆息した。

 破綻とは、いま、この状況そのものではないのか。

「ガンディアがそうならないようにするためには、ここで一度速度を落とし、地盤を固める必要があるのだ。だが、陛下はわたしの言を聞き入れようとはすまい。陛下には、待っている時間がないからだ」

 ジゼルコートのその言い分は、わからないではない。小国家群を第四の大勢力にし、拮抗状態を作るという夢を叶えるためには、急ぐしかない。三大勢力は数百年に渡って沈黙を続けているが、それがこの先無限に長く続くとは思えない。五百年近く続いたのだから、千年、二千年と続くとは限らないのだ。明日にでも動き出すかもしれない。そうなれば終わりだ。小国家群統一の夢も、ガンディアという国そのものも歴史の闇に埋没するよりほかない。だから、レオンガンドには待っている隙がない。加速度的に国土の拡大を推し進めるしかない。従属国や同盟国を増やすという手もあるが、とにかく、小国家群の統一を急がなければならない。三大勢力が動き出すよりも早く小国家群を統一することができれば、そうなれば、ようやく落ち着くことができるのだ。そうなってからやっと、足を止め、休むことができる。それまではただひたすらに駆け続けなければならない。それでも足りないかもしれないのだから、休んでいる暇などない。休んでいる間に三大勢力が動き出せば、すべてが水の泡だ。そういう可能性が出てきた。ザイオン帝国の皇子が現れ、神聖ディール王国の使者がガンディアを訪れた。いずれもセツナが目当てだったとはいえ、両国とも、未活動状態ではないということが明らかになった。聖王国などは魔晶技術の研究によって軍事力を高めようとしているのは明らかであり、必要なだけの戦力が整ったら小国家群に攻め込んでくるかもしれなかった。ディールが動けば、帝国も動くだろう。そして、ヴァシュタリア共同体も動かざるを得なくなる。均衡を維持するには、他勢力と同等の領土を得なければならないのだから。

 そうなってからでは遅い。

 だから、足を止められない。

 前に進むしかない。

 立ち止まり、振り返っている場合ではないのだ。

 取り残された者達に手を差し伸べている時間など、ないのだ。

「いまはまだ、いい。歪は小さく、無視できる程度のものだ。なんの問題にもなるまい。わたしが行動を起こさなければ、歪があることにさえ気付きはしなかっただろう。現状、それくらい些細なものだ」

「だったら……!」

「だからといって黙殺していいものではないから、わたしは立ったのだよ、ジルヴェール」

 ジゼルコートの目が幾分、優しくなった。だが、それも瞬時に消える。ジルヴェールが幻覚でも見たのではないかと思うほどの一瞬だった。

「わたしがいま立たねば、いまやらねば、我々のような敗残者が彼らのような勝利者に立ち向かうことなどできない。いましかないのだ。いま、この瞬間しか」

 ジゼルコートが断言する。

「この機を逃せば、ガンディアの前進は加速し続けるだろう。それこそ、多くのものを取り残し、置いてけぼりにしながら、前進を続けるのだ。歪は次第に大きくなり、気づいたときには、取り返しの付かないものになっている。そうなってからでは、遅いのだ」

「それならば、父上が陛下に進言なされるだけでよいではないですか!」

「進言か」

「陛下は、父上のことを信用され、重用されておられます。父上の言にならば、耳を傾けてくださるでしょう。そのことは、父上が一番よく知っているはずではないですか!」

「そうだな。その通りだ、ジルヴェール。進言すれば、陛下も聞く耳を持ってくれるだろう。だが、な」

 ジゼルコートがジルヴェールに背を向けた。長身痩躯。しかし、その背はとてつもなく大きく見え、そこに王者としての威厳があることを感じて、ジルヴェールは、不思議な気分に陥った。ジゼルコートの謀叛を糾弾する想いがある一方、父の威厳に満ちた姿には尊敬の念すら抱くのだ。複雑な感情が、胸中に渦巻いている。

「ガンディアは、止まれないのだ。いったはずだぞ、ジルヴェール。小国家群の統一は一刻を争うものだ。三大勢力が動き出せばそれですべてご破算なのだからな。歪を是正するには、膨大な時間が必要だ。それこそ、小国家群の統一を遥か未来に託してもいいという覚悟がなければ、できることではない。そして陛下には、そのような覚悟はあるまい。そんな時間があるなどとは、考えておられぬ」

「しかし……」

「三大勢力があと五百年、眠ったままでいてくれると約束してくれるのであれば、陛下も考えを改めるだろうが、そんなことはありえぬ。いつ動き出すのかわからない以上、ガンディアは拡大を推し進めるほかないのだ。それはレオンガンド陛下の夢を叶えるためには仕方のないことだろう。故にわたしは陛下に敵対すると決めた。陛下の考えを改めさせるには、行動を起こすしかない。その結果、国は荒れ果てようが、将来の破綻を考えれば、いま、この段階のほうがましだろう」

 ジゼルコートの超然とした振る舞いに、ジルヴェールは、表情を消し、冷静さを見失わんとした。言い分は、わかった。当然、納得できるものではないが、理屈としては理解できないわけではない。いや、なにひとつ理解できないかもしれない。ジゼルコートは結局、なにがしたいのか。取り残されたものたちの代弁者などではあるまい。そんなことのために行動を起こしたわけではあるまい。このまま突き進めば将来的に破綻が起きる、というのも、よくわからない。それこそ、取り越し苦労ではないのか。考え過ぎなのではないか。色々な考えが脳裏を過る。

 レオンガンドが足を止められないというのは、わかる。だが、だからといって、そのために反乱を起こすなど、道理ではない。破綻を逃れるために破綻を起こす。本末転倒とはこのことであり、故にジルヴェールは、ジゼルコートに多少の失望を抱いた。

 まるで、反乱の理由を跡付けしたような不自然さがある。

 そう思ったものの、ジルヴェールはそのことは問わなかった。別のことを、問う。

「父上……いや、反逆者ジゼルコート。あなたの言い分はわかった。だが、王宮を落とした程度で上手くいくとでも想っているのか?」

「まさか。その程度で勝ち誇るつもりなどありはせん。だが、考えても見よ。わたしが行動起こしたのだぞ。勝算もなしに行動を起こすと思うのか? このわたしが。このジゼルコート・ラーズ=ケルンノール・クレブールが」

「政治家としてのあなたは、ガンディアに並ぶもののいない手腕の持ち主だ。それは認めよう。しかし、戦略家としてのあなたが有能であるかはまた別の話」

「そうだな」

「陛下が、あなたの反乱を見越していないわけがないのだ」

「そうだろう。そうだろうとも。レオンガンド陛下が、わたしの謀叛を想像しないわけがない。わたしはとっくに敵対者の可能性を見せているのだ。警戒せず、放置するなど、無能の極み。その点、陛下は無能ではなかった。わたしを警戒し、常に監視していた。そして、此度のマルディア救援に際しても、わたしへの警戒を怠らなかった」

 ジゼルコートは、レオンガンドを臆面もなく賞賛する。

「が、わたしを警戒するあまり、ほかが疎かになってはな」

 といって、ジゼルコートが一瞥したのは、エリウスだ。エリウスの裏切りを認識していなかったことをいっているのだろう。側近内部に内通者がいることを把握していながら、結局突き止められなかったのだ。そういわれたとしても、仕方がない。

 ジルヴェールは、エリウスの涼しい顔を見据えた。

「あなたも、同じ考えなのか。エリウス」

「すべてはガンディアのため、ですよ、ジルヴェール殿」

 彼の反応は、思った以上に穏やかだった。悪びれてもいなければ、後ろめたさも感じていないような反応。

「ガンディアのため……だと」

「そう。ガンディアのため。ガンディアをより良くするためには、いま行動を起こすしかないということをエリウス殿も理解してくれたのだ。そして彼も」

「彼……?」

 そのとき、大広間にどよめきが起きた。大広間の南側の出入り口に注目が集まり、ジルヴェールも自然、そちらに視線を向けた。そして、愕然とする。

「遅くなりましたが、クルセルク方面軍の配備が完了しましたよ、ジゼルコート伯」

 大広間に入ってきたのは、豪壮な鎧を着込んだ武人――左眼将軍デイオン=ホークロウだった。

「デイオン将軍……!? 馬鹿な……!」

 ジルヴェールの受けた衝撃は計り知れないほどのものであり、彼は、デイオン=ホークロウの無表情を見据えながら、しばらくなにも考えられなかった。

 そうして、王都ガンディオンは落ちたのだが、ジルヴェールを襲う衝撃は、これだけではとどまらなかったのだ。


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