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第千三百二十八話 謀反

 大陸暦五百三年二月十五日。

 王都ガンディオンからガンディア方面軍が出発した。

 大会議の決議によって定められたマルディアの救援に向かうためだ。

 ガンディア国王レオンガンド・レイ=ガンディアを総大将とする軍勢は、ログナー方面軍と合流しながら順調にガンディア国内からアバードへ移り、アバード王都バンドールにて各国の軍隊を合流、マルディア救援軍を結成したという報せが三月上旬、王都に届いている。直にバンドールからヴァルターへ移り、ヴァルターからマルディア国内へと移動するということも、報告に入っていた。

 三月中旬にはマルディア国内に至り、救援軍としての活動が本格化するということであり、王都ガンディオンにて政務に汗を流しながら報せを待つだけの身としては、ただただ、レオンガンドたちの無事の帰還を祈るほかなかった。

 救援軍が勝利することは、信じて疑っていない。

 ガンディアからはガンディア方面軍、ログナー方面軍の二方面軍と諸々の部隊しか参加していないものの、同盟国や従属国からも戦力を提供させており、一国の反乱軍を潰すには十分過ぎるほどの戦力に思えたからだ。もちろん、相手となる反乱軍がベノアガルドの騎士団に援軍を要請していることも考慮した上での判断だ。騎士団がどれだけ精強であろうとも、数の上で大きく上回るであろう救援軍が勝利しないわけがなかった。なにより、救援軍には黒き矛がついている。話によれば、黒き矛は真の姿になったというのだ。それがいったいなにを示すのか武装召喚師ならざるジルヴェールには理解の及ばないところではあるものの、セツナがさらに強くなったのだということだけはわかった。そして、それだけで十分だった。

 救援軍には、ガンディアの英雄たる黒き矛のセツナがいるのだ。ガンディアに幾度と無く勝利をもたらしてきたまさに戦争の申し子とでもいうべき存在。彼がいる限り、ガンディアが負けることなどありえない。

 騎士団が相手でも負ける気がしなかった。

 政務に忙殺される中、ジルヴェールは、北からの報告に対し、そのようなことばかり思っていた。救援軍の勝利は約束されたようなものであり、後は、どれだけ損害を抑えられるか。それだけが問題というようなものだったのだ。

 レオンガンドたちが王都を発した後、ジルヴェールの仕事は忙しさを増した。国王の代理人を務めなければならなくなったからだ。本来ならば政治の中心というのは、彼の父であるジゼルコートなのだが、ジゼルコートは決議の後、暴徒と化した貴族に襲われ、負傷していた。ジゼルコートは傷が塞がりきるまでは安静にしていなければならず、仕事をすることもできなくなったのだ。さらにいえば、傷が塞がったからといってすぐさま仕事に復帰できるような状態ではなかった。

 ジゼルコート襲撃事件は身から出た錆だ、と彼は考えている。

 ベノアガルドの諜者から情報を引き出すために無断で国内に引き入れたことが、襲撃事件を引き起こすきっかけとなっている。襲撃犯がどうやってその情報を手に入れたのかはわからないものの、知れば、ジゼルコートがベノアガルドと繋がっているのではないかと想像を膨らませたとしてもなんら不思議ではなかった。諜者を引き入れた結果、ベノアガルド内部の情報が手に入ったかと入れば、なにひとつ入手出来ていないのだ。十三騎士の詳細について判明したのは、ずっとあとのことだった。これではガンディアへの裏切りと見られても仕方のない側面もあるだろう。

 自業自得。

 ジルヴェールがジゼルコートへの襲撃事件に関して取り乱さなかったのは、そう見ていたからかもしれない。

 あるいは、ジルヴェール自身、ジゼルコートを疑っていたからだろう。

 襲撃事件の遠因となった物事を知ってからというもの、彼は、実の父に対し、疑念を抱き続けていた。

 といって、ジゼルコートの能力そのものを疑ったことは一度たりともない。

 父ジゼルコートは、立派なひとだ。彼ほどガンディアのために尽くしてきた人物を、ジルヴェールは知らない。尊敬しているし、父のようになるべく日々精進を積み重ねてきた。そして、自分はきっと父のようにはなれないのだと絶望もした。ジゼルコートほどには己を捨てることができず、半端な自我を残したまま、自分であることに固執していることに気づいたからだ。

 それはおそらく、父への反発もあったのだろう。

 なんでもできる父を超えるには、父とは異なるなにかを持たなければならない。

 それがジルヴェールという自己なのかどうかはわからないものの、いまは、それに固執するだけがジゼルコートに対抗する手段だと信じた。

 対抗しなければならない。

 相剋しなければならない。

 でなければ、ジゼルコートの真実に近づくことなどできないのだ。

 そんな風にして、ジルヴェールはレオンガンド不在の王宮を切り盛りしていたある日のこと。

 忘れもしない三月十二日。

 その事件は起きた。

 ジルヴェールが執務室で政務に没頭しているときのことだった。室内には、彼と、彼の秘書官だけがいて、ほかのだれもいなかった。彼が書類に筆を走らせる音だけが響くほどの静寂が横たわり、秘書官のファナ=エリコンは、書類を纏める際に音を立てないよう細心の注意を払っているようだった。いつもの沈黙。心地よく、これほどまでに快い時間はなかった。彼が彼女を秘書官に選んだのは、彼女の静寂が彼の環境に馴染んだからに他ならない。

 そんなとき、部屋の外で物音がした。扉の向こうを何人かの人間が駆け抜けるような音。

「騒がしいな」

「見て参りましょうか?」

「いや……いい。王宮警護の訓練だろう」

 ジルヴェールは、ファナにいうと、書類に視線を戻した。王立召喚師学園に関する書類だった。開校してからというもの、ほぼ毎日のように授業が開かれており、生徒の出席率もよく、順調そのものだということであり、五年後、十年後が楽しみだということだった。武装召喚師の育成は、一朝一夕にいくものではない。だからこそ多数の武装召喚師を抱える《大陸召喚師協会》が重宝され、《協会》所属の武装召喚師の取り合いでちょっとした戦争が起きたりもするのだ。幸い、ガンディアには既に多数の武装召喚師が所属していることもあって、武装召喚師が原因での戦争に直面するようなことはなかったが。

 不意に部屋の扉が叩かれて、彼は顔を上げた。ファナ=エリコンが怪訝な顔を扉に向けたそのときだった。扉が勝手に開けられると、武装した兵士たちが室内に雪崩れ込んできたのだ。

「な、なに!?」

「どういうつもりだ?」

 混乱するファナに対し、ジルヴェールは、努めて冷静な態度を崩さなかった。冷静に状況を確認しながら、執務室を制圧する兵士たちの様子を伺う。武装した兵士たち。王宮警護などではなかった。輝く丘の紋章。ケルンノールの紋章。ジゼルコートの私設軍隊。

「なるほど」

 ジルヴェールは、浮かした腰を元の位置に戻しながら、小さくうめいた。ジゼルコートが謀叛を起こしたのだろう。そうとしか考えられない。レオンガンドのみならず、ガンディアの主力が王都を空けているいまこそ、反乱を起こす唯一無二の好機だった。この機会を逃せば、つぎはない。あるとしても、遥か未来のこととなり、ジゼルコートの元には訪れないだろう。ジゼルコートがレオンガンドに打ち勝つには、いま行動を起こすしかないのだ。

 彼は、兵士たちの後方からひとりの青年が現れるのを待った。父のことだ。ジルヴェールの元には最低でも彼を寄越すだろう。

「兄上、どうか、おとなしく我々に従ってください。手荒な真似はしたくありませんのでね」

「まるでわたしが暴れるのを期待しているような口ぶりだな」

「……まあ、そうですね」

「ゼルバード……」

 ジルヴェールは、扉の向こうから姿を表した実の弟を冷ややかに睨みつけると、その皮肉げな表情に目を細めた。ゼルバード=ケルンノール。ジルヴェールの実弟であり、当然、ジゼルコートの実の息子だ。幼いころは、ジルヴェールともども王宮に出入りし、レオンガンド、リノンクレアとともに遊んだ仲だった。ゼルバードは、リノンクレアと同い年ということもあって、遊び友達に選ばれていたのだ。それもいまは昔。いまとなってはゼルバードはジゼルコートの手足に過ぎず、、手駒に過ぎない。

「どういう状況か、賢しいあなたならわかりましょう。兄上」

「父上か」

「ええ。親父殿が、立たれたのですよ」

「立った……だと?」

 ジゼルコートは、ゼルバードの父によく似た顔立ちを見つめながら、薄ら笑った。

「ただの謀叛人がなにを偉そうに」

「謀叛人も謀叛人ですが、大義は我らにあり」

「はっ……大義か」

 またしても、嘲笑う。謀叛。反乱。そのようなものに義があってたまるものではない。

「謀叛に大義も正義もあるものか」

「ありますよ。大義も正義も、だれにだってあるものです」

 ゼルバードは、涼しい顔だった。そのまま、続けてくる。

「善と悪の違いなど、立場の違いに過ぎない。兄上だって、わかっておいででしょう?」

「だからなんだというんだ、ゼルバード。わたしにとって、おまえと父上のやっていることは、悪以外のなにものでもない」

「まったくもってその通り。ですから、断罪してくださっても構いませんよ」

 彼は、ジルヴェールを嬲るようにいってくる。まるでこの状況を楽しんでいるようだった。いや、実際、楽しんでいるのだろう。なにが楽しいのか、ジルヴェールには皆目見当もつかないが。

「ただし。わたしたちに刃向かうということは、多くのものを失うということです。たとえば彼女」

「わたくしに人質の価値などあるものですか」

 ファナ=エリコンの強気な口調は、彼女の性格そのものを表してはいたが、ゼルバードは気にもとめなかった。

「あるさ。兄上には、あなたを見殺しにすることなどできない」

「ジルヴェール様! 謀叛人など……!」

「……わかった。ここはおまえに従おう」

 ジルヴェールは、告げると、すかさず立ち上がった。得物の切っ先を向けてくる兵士たちに向かって両手を上げ、武器を手にしていないことを示す。室内の緊張感は限界に達そうとしている。余計なことをして刺激すれば、暴発する可能性もあった。

「さすがは兄上。物分りが良くて助かります」

 などといいながら、内心は残念極まりないとでもいうかのようなゼルバードの反応に、ジルヴェールは肩を竦めた。そのまま、ゆっくりとファナに近づく。秘書官は理解できないというような顔をした。彼女にしてみれば、自分がどうなろうと知ったことではなく、謀叛人のいうことを聞くことのほうが問題のようだった。彼女は、正義のひとなのだろう。そういうところが気に入ってもいるのだが。

「ジルヴェール様……どうして……」

「君を失うのは、国にとっての多大な損失だ。そして、そんなことを許すのは、国に対する反逆行為にほかならない」

「ジルヴェール様……」

 なにかいいたげなファナに対し、ジルヴェールはそれ以上なにもいわず、ゼルバードに目を向けた。弟は、つまらなそうな顔でこちらを見ていた。

「まあ、兄上が他人を犠牲にできない性格なのは、わかりきったことですが、博愛主義もここまでいけば眩しいものですな」

「なんとでもいえ。わたしはわたしの戦いをする。ただそれだけだ」

「戦う? 我々と?」

「ふん……おまえや父上の謀叛、上手くいくとでも想っているのか?」

「ええ」

 ためらいもなく、うなずいてみせる。

「そのための準備。そのための策略。そのための潜伏。そのための――なにもかも、今日のこの日のために用意したんですよ、兄上。我々が負けることなど、万にひとつもありえません」

「その自信、すぐに崩れるさ」

 ジルヴェールは不敵に笑ったが、ジルヴェールのその自信こそ、すぐに崩れ去った。

 執務室から連れだされたジルヴェールは、ファナ=エリコンとともに王宮大広間に連行された。

 大広間への道中、ジゼルコート軍と王宮警護が王宮の各所を占拠し、制圧している様子が見受けられていた。それにより、王宮警護が完全にジゼルコートの手中に収まっていることがわかったのだ。襲撃事件後の管理官の変更から二ヶ月足らずの内に掌握したというのならば、ゼルバードの手腕を褒め称えるよりほかにないだろう。ゼルバードにそのような才能があったとは、ジルヴェールは驚くしかなかった。そんなジルヴェールの胸中の想いを察してのことなのか、ゼルバードが苦笑気味に告げてきた。

「わたしも、ただ父上の駒だったわけではないのですよ」

 彼も彼なりに苦労しながらも経験を積んできたとでもいいたかったのかもしれない。

 大広間に入ると、ジゼルコートが待っていた。ジゼルコートだけではない。ジゼルコートの謀叛に与したと思しき貴族や軍人たちが顔を揃え、ジゼルコートを取り囲んでいたのだ。



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