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第千三百二十六話 想定の内と外

「ジゼルコート様が反乱?」

 セツナは、レオンガンドの発した言葉を反芻するようにつぶやいて、驚愕のあまり腰を抜かしそうになった。まったく予想だにしていないことだったからだ。

「まさか……!」

 セツナが驚くのは当然のことだった。

 ジゼルコート・ラーズ=ケルンノール・クレブールといえば、ガンディアの二大領伯のひとりであり、セツナと並んでガンディアを代表する人物であり、その上、ガンディア王家出身の大人物だ。それこそセツナとは比にならない出自は、彼の立場を不動のものとしていたし、かつては影の王として君臨し、ガンディアを影から支え続けてきた実績がある。レオンガンド即位後は一線から遠のいていたものの、最近になって王宮に復帰し、政治家として辣腕を振るってガンディアを盛り立てていた。彼がいなければ内政の充実はなかったというのは、ナーレス=ラグナホルンやレオンガンドの評価からもわかるとおりであり、政治に詳しくないセツナでさえ、彼の実力はよく知るところだった。

 もちろん、セツナは、ジゼルコートに疑わしいところがあることも知っている。ベノアガルドからの諜者でありアルベイル=ケルナーと名乗った十三騎士テリウス・ザン=ケイルーンを匿い、御前試合はおろか、王宮晩餐会にまで参加させたという事実がある。ジゼルコートの話によれば、ベノアガルドの動向を掴むために泳がせていたということだが、それも信じがたいものがあるということだった。

 だが、それだけなのだ。

 それ以降、ジゼルコートがガンディアに不利益をもたらしたことは一度としてなく、むしろ、利益ばかりを出していた。アザーク、ラクシャのガンディアへの従属は、ジゼルコートの外交手腕が成し遂げたものであり、ガンディアの軍事力、時勢が背景にあるとはいえ、ジゼルコートでなければ短期間でふたつの国を従属させるなど不可能だっただろう。そこまでしてガンディアのために力を尽くすジゼルコートが反乱を起こすなど、完全に想定外の出来事であり、セツナには理解できなかった。

「そのまさかだよ」

 レオンガンドは、極めて冷静だった。彼は手にとった報告書に視線を落とし、告げてくる。

「報告によれば、我々がマルディア領内に到着した前後、三月十二日、ジゼルコートが反乱を起こし、王宮を制圧したとのことだ」

 レオンガンドの話は、一々、衝撃を与えてくるものだった。三月十二日。つまり二週間ほど前のことだ。救援軍がマルディオンに辿り着いた頃合であり、救援軍がようやく反乱軍掃討作戦とでもいうべき戦いを始めようとしている矢先。まさか王宮がジゼルコートによって制圧されていたなどとは、想像しようもない。セツナは、そんなことも知らないまま、シールウェールに向かった別働隊の勝敗を気にしていたのだ。

 無論、想像しようのないことだ。ジゼルコートが反乱を起こすなど、セツナには思いも寄らない事だったのだ。それに、想像していたところで、マルディアにいる以上、ガンディアでの反乱を止めることなどできるわけもない。

 十二日の出来事が今日になってようやく届いたのだ。それほどの距離が、ガンディアとマルディアの間には横たわっている。

「そんな……!?」

「だが、案ずるな。これは、想定の範囲内の出来事なのだ」

 レオンガンドはまたしても予想外のことをいってきたため、セツナはいよいよ混乱した。想定ん範囲内。だからレオンガンドは冷静なのだろうが、反乱が想定通りというのは、どういうことなのだろう。セツナには、理解できない。

「え……?」

 セツナの反応もまた、想定の範囲内のものだったのだろう。レオンガンドは、微笑さえ浮かべるほどの余裕を持って、セツナを見ていた。

「なぜ、たかがマルディアの救援のためにわたしが出張ってきたと想う? なぜ、大将軍を筆頭に、戦力という戦力をこちらに投入したのか、不思議ではなかったか? マルディアだぞ。マルディア如きの救援にこれほどの大軍勢を用いる必要があると、想うか?」

「それは……」

「いいたいことはわかる。騎士団という要素もあった。戦力は必要だ。だが、わたしやアルガザードまでが出張る必要は、あるまい?」

「あ……」

 言われてみれば、確かにその通りだった。

 マルディアの救援にレオンガンドが総大将として同行する道理はない。ガンディアの王都で勝報を待っていればいいのだ。ガンディアはマルディアに比べて大国であり、大国の君主たるものが、わざわざマルディアの反乱軍を撃退するというだけで重い腰を上げる必要などはなかった。

 騎士団と十三騎士との戦闘が予見される以上、セツナ軍、王立親衛隊《獅子の尾》の参戦は絶対条件だっただろうが、それ以外の戦力に関してはいくらでも考慮の余地はあった。少なくとも、大将軍とレオンガンドの参加は必須ではなかったのは、間違いない。

 レオンガンドは、微笑を消し、告げてくる。

「救援軍にガンディアの主力を投じ、わたしや参謀局の面々、大将軍らまですべて投入したのは、このときのためなのだ」

 衝撃的な事実を聞いているような気分だった。

 セツナは、なにも知らなかったし、想像もし得なかったことだ。セツナがいかに目の前のことしか見ておらず、状況や情勢を理解していないかがわかるというものであり、彼は己の無能さを噛みしめるようにして、レオンガンドの告白を聞いていた。

「ガンディオンからマルディアは遠い。強行軍で向かったとしても、十数日はかかる。いや、もっとか。辿り着き、反乱軍を撃退し、それから王都に戻るとなるとさらに一ヶ月以上はかかるだろう。その間、王都は、王宮はがら空きになる。叛意を持つものが行動するには絶好の機会となるのは、わかるな?」

「わざと、反乱を起こさせたのですか?」

「そういうことだ」

 レオンガンドが、平然とうなずいてきたことにセツナはただ驚くよりほかなかった。

「ガンディアは、加速度的に国土を拡大させてきた。それもこれも、君やナーレスのおかげだが、それはそれとして、我々はなにもかもを受け入れることで、その加速的な拡大に対応してきた。清濁併せ飲むことで、表面的にはなんの問題もないかに振る舞うことで、問題を先送りにしてきたのだ」

「問題……ですか」

「そう。問題だ。ガンディアはなにもかもを受け入れたのだ。味方だけでなく、敵さえもな」

 味方か敵か。

 レオンガンドは、セツナに何度かそのようなことを囁いたことがあった。レオンガンドにとっての味方か、敵か。味方のように振る舞いながらも内心では敵意を抱き続けているものが国内に、それも自分の身近にいたとしても不思議ではないのだ、と彼はいった。レオンガンドの足を引っ張ることばかりを考え、行動に出る瞬間を伺っているものたちがいる、と。セツナは、レオンガンドのいう敵とは、かつて太后派と名乗った反レオンガンド派のことだとばかり思っていたのだが、いまの話を聞く限りでは、そうではないらしかった。

 ジゼルコートを疑っていたのだ。

「いままでも、わたしの敵が問題を起こしたことはあっただろう。君には覚えがあるはずだ。ラインス=アンスリウスの策謀によって、君は死にかけた。敵を野放しにすれば、また同じようなことが起きるかもしれない。だから、敵を滅ぼす必要がある。身中の敵ならばなおさらだ。放っておけば、害は大きくなる一方だからな」

 レオンガンドは、いう。

「ガンディア国内の敵を炙りだし、一掃する。そのためには、反乱を起こさせるのが手っ取り早い。わたしの敵対勢力ならば、わたしと、我がガンディアの主戦力が不在のいまを好機と見るだろう。見逃すまい。いましかないのだ。いまを逃せば、二度と、このような好機は訪れまい。そう、判断するだろう」

 レオンガンドを始め、大将軍、右眼将軍、セツナ軍、王立親衛隊、ガンディア方面軍、ログナー方面軍が出払っているのだ。ガンディア方面ががら空きで、反乱を企てるような敵対者には絶好の機会というのも納得ができる。

「現に、彼は行動を起こした」

 レオンガンドは、そういって、ため息を吐いた。

「もちろん、ジゼルコートが反乱を起こさないなら起こさないでよかった。これほどの好機を逃すのであれば、ジゼルコートに叛意がなく、敵ではないということの証明だったのだからな。むしろ、わたしとしてはそちらの結果になるほうが良かったのだ。ジゼルコート――叔父上の能力もお人柄も、領伯として非の打ち所がなかった。敵に回したくなどはなかった」

 それは、レオンガンドの本心だったのだろう。敵に回したくないという彼の表情には、深い哀しみが現れていた。

 ガンディア王家の人間は、情に深いという。

 情の深さ、愛の深さが、王家に連なるものの増長を許し、セツナの暗殺未遂事件へと繋がったという。愛ゆえにラインス=アンスリウスらの暗躍を見逃してしまっていた、ということらしい。それによってセツナは生死の境をさまようことになったものの、レオンガンドを恨んだことはなかった。ラインスはレオンガンドの母の兄だ。情愛を持つのは当然だったし、その結果、目が曇ったとしても仕方のないことだ、とセツナは想っている。

「だが、実際に反乱を起こしたのであれば、対処するしかない。ガンディア王家の敵として、我が敵として打ち倒すしかないのだ」

 レオンガンドの目には、強い決意があった。

「それがさだめとあれば、喜んで受け入れよう」

 彼の決然たる覚悟の言葉に、セツナは拳を握った。

 セツナもまた、覚悟を改めたのだ。

 レオンガンドとの話は、それで終わった。ジゼルコートの反乱は予定通りのものであり、当然、対応策も練ってあり、なんの心配もいらないということだった。ただ、他言は無用だ、とだけ注意された。夜の内に情報が広まり、救援軍に動揺が広がるのは抑えたいのだ。ならばなぜセツナには知らせたのか、とセツナが聞くと、レオンガンドは笑ってこういった。

『君を信頼しているからだよ。英雄殿』

 レオンガンドのそんな一言がセツナの心を奮い立たせるのだが、その結果、セツナはその夜、中々寝付けなかった。興奮が体に熱を帯びさせ、眠りを妨げたからだ。

 ひんやりとしたラグナの体を額の上に乗せたりしながらして、なんとか眠りについたセツナだったが、夢を見ないまま朝を迎え、しっかりと眠った気がしなかったりした。

 ラグナを叩き起こし、部屋を出ると、レムとウルクが待っていた。ふたりと挨拶を交わし、ファリアの部屋の前を通りかかると、室内からミリュウが飛び出してきたかと思うとセツナに抱きついてきて、後から出てきたファリアが嘆息を浮かべたものだった。その後、ルウファ、エミル、マリアと合流し、エスクやシーラたちとともに食堂に入った。

 セツナは、ジゼルコートの反乱についてだれにもなにもいわなかったが、ファリアやミリュウがセツナの態度の不審さに気づき、なにか隠し事をしているのではないかと聞いてきたりした。セツナは取り繕うので必死だったが、その必死な態度が逆に怪しく映ったようで、レムたちにまで警戒させてしまったのは、悪手というほかない。

 もっとも、セツナがなにか悪いことをしたわけではない以上、隠し事をしたからといってなんら後ろめたいことはなかったが。

 そんな風に朝を過ごしていると、セツナに招集がかかった。

「司令室?」

「つぎの戦いのための軍議でしょ?」

「だと思う」

 ファリアとミリュウに適当に相槌を打って、セツナは司令室に向かった。

 おそらくは、違うだろう。

 つぎの戦いよりも、まずはジゼルコートの謀叛をどう対処するのか、話し合わなければならないはずだ。

 セツナは、従者たちと通路を軍施設内を歩きながら、ジゼルコートの冷淡な表情を思い浮かべて、胸の内に渦巻く感情に目を細めた。

 すべからくレオンガンドの敵は、討つべきだ。

 でなければ、レオンガンドの夢を叶えるというセツナの夢は、泡の如く消えて失せる。




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