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第千三百二十四話 結婚のこと

 サントレアでの日々は、平穏そのものだった。

 救援軍が斥候などを駆使して入手した情報によれば、反乱軍はとっくにベノアガルド領内に逃げこむことに成功し、シギルエルに向かったと思われるものの、ベノアガルド領内マルディア領付近の防衛拠点に騎士団の部隊が野営地を設けているということがわかっていた。防衛拠点外に作られた野営地だ。国境防衛用とは別の用途の野営地であることは疑いようがなく、反乱軍に助勢した騎士団部隊の一部がシギルエルに向かわず、国境付近に残ったということを示していた。

 騎士団部隊のその行動は、まず間違いなく、サントレアに入った救援軍を監視、牽制するためのものであり、騎士団が救援軍のベノアガルド領への侵攻を予見していることの現れでもあった。反乱軍がベノアガルド領に逃げ込んだのだ。救援軍が反乱軍殲滅のためにベノアガルドに攻め込むことを企てていると予見したとして、不思議ではない。

 サントレア奪還によってマルディアの全土は反乱軍の手より解放され、マルディアには平穏が戻ったといっていい。マルディアを混乱のどん底に突き落としていた原因であるところの反乱軍がベノアガルド領に逃げ込んだことで、マルディア国内が戦火に包まれる可能性はほとんどなくなっている。だが、反乱軍は根絶されていない。息も絶え絶えといった状態ではあるものの、指導者ゲイル=サフォーが生きている以上、再びマルディアの地を戦火で包み込もうとするかもしれない。

 救援軍は、反乱軍の活動が完全に停止するまでは、合衆軍を解散させるわけにはいかなかった。

「というわけで、しばらくはサントレアに滞在することになります」

 エイン=ラジャールは、そういうと、茶器を口元に運んでいった。

 平穏な日常の優雅な午後。

 軍施設の中でありながらそのような感覚を抱くのは、軍施設そのものにもマルディアの特色が強く出ているからかもしれない。つまり、軍施設までもが宝飾品によって飾り立てられていて、どこを見てもきらびやかなのだ。

 セツナたちに充てがわれた建物もそうだったように、エインたち参謀局員たちに充てがわれた部屋もまた、宝石箱の中のようであり、落ち着こうにも落ち着けない緊張感が漂っていた。エインは随分気楽にしているようなのだが、彼にはきっと興味のないことだからだろう。セツナもさほど興味があるわけではないのだが、それでも人並みの感性は持ち合わせているほうだ。

「しばらく、ねえ」

 宝石の埋め込まれた卓に視線を落とす。なにもかも高級品に見えるのだが、マルディア国内では取り立てて高価なものではないらしい。それほどまでに大量の宝石に彩られた国であり、マルディアの政情が長らく安定していたのも、それが理由なのだという。財源になっているのだ。国内ではそれほど価値のないものでも、諸外国では高値で取引されているということで、諸外国に輸出するだけで暴利を得ているという。そうやって作った資金を国民のために投じていたのがユグス王であり、ユグス王を始めマルディア王家が国民の支持を集めるのは当然の成り行きだった、ということだろう。

 セツナがマルディア国民だったとしても、自国の利益を国民に還元する国王を支持しないはずがなかった。

「まあ、セツナ様には散々負担を強いることになったんですから、いまはゆっくりと休んでくださいよ」

 エインがにこやかにいってくる。

 確かに十三騎士との連戦は、セツナにとっても負担の大きいものだった。しかも、多人数の十三騎士を相手にしなければならず、防戦一方となることが多かった。負傷は数えるほどしかなかったものの、肉体的、精神的な負担や消耗は激しく、ここのところぼんやりしていることが多かった。その隙をミリュウやレムに襲われたりするのだが、抵抗する気力さえない日々が続いている。

 黒き矛は確かに強くなった。多数の十三騎士の猛攻を凌ぎきることができるほどだ。だが、それだけ消耗も多くなったのはいうまでもない。黒き矛を使いこなすためには、まだまだ力不足であり、そのための訓練は厳しさを増す一方だった。精神的にも肉体的にももっと成長しなければならない。

「ま、ありがたいっちゃありがたいんだけどな」

「なにが不満なんです?」

「不満なんてねえよ。俺としては、一日でも早く片付けて、王女殿下に安心して欲しいのさ」

「ユノ様のことですね」

「ああ」

 うなずく。

 セツナの脳裏に浮かんだのは、マルディアの国難を憂うユノの表情だ。国民の声に耳を傾け、善政を敷く名君ユグス・レイ=マルディアの血を色濃く受け継いでいるのか、その背中を見てきたからなのか、彼女もまた、マルディアのことを心から案じていた。国のためにみずからをなげうとうとまでしたのだ。痛々しいほどの気高さが彼女の中にはあった。

 すると、エインが少しばかり意地悪な顔をしてきた。

「そういえば、セツナ様。ユノ様となにかあったとか」

「……なんもねえよ」

「まったく、セツナ様ってば隅に置けないひとなんですから」

「うるせー」

 憮然とすると、エインが妙に嬉しそうに笑った。

 室内には、ふたりだけしかいない。なぜそうなったかというと、エインが神妙な顔つきで、セツナに相談を持ちかけてきたからだ。エインの様子から、どういうときでもついてくるレムとラグナ、ウルクに待機を命じたのだが、この調子だ。わざわざ下僕たちに待機命令を出す必要はなかったかもしれない。

「別に問題なんてありませんけどね。セツナ様がどれだけ女のひとに好かれようと、女の人たちを侍らせていようと。セツナ様が結果を出している限り、批判されることなんてありえませんし」

「あのなあ」

「英雄とは色を好むものです。むしろ、喜ばしいことですよ?」

 エインのにこやかな表情がどうも悪魔めいて見え、セツナは眉根を寄せた。悪魔が人間を堕落させようと甘言を囁いているのではないか。ふと、そんなことを思えたのは、エインが相も変わらぬ美少年だからだろうか。

 悪魔は、美しい容姿の人間に擬態して、ひとに近づくという。

「……エイン」

「はい?」

「さっきからなにいってんだよ」

 セツナが問うと、彼はしれっとした顔で告げてきた。

「ですから、セツナ様の将来についてのお話です」

「飛躍しすぎだろ。ですからってなんだよ」

「でも、大事なことですよ。セツナ様は現在ふたつの領地を持つ領伯です。ガンディアにおける領伯がどれほどの存在なのか、ご存じですか? これだけの領土を持ちながら、領伯はセツナ様とジゼルコート様のおふたりだけ。国王陛下に次ぐ地位にあるといっても過言ではないんですよ?」

「それは聞いたよ」

 領伯に任命された前後、散々聴いている。それこそ、耳が痛くなるくらいだ。領伯という聞き慣れぬ肩書の意味、由来、価値。様々なことを一度に聞かされたこともあって、いまやほとんど思い出せないが、いずれにしろ、ガンディアにおける領伯の重みというのは理解しているつもりだった。マルディア救援に向けての大会議でも、領伯の発言力の強さを実感したものだった。ユノがセツナを色仕掛けで落とそうとしたのも、セツナが領伯という立場にあったからだ。影響力が極めて大きいのだ。

「そんなセツナ様の将来を憂うのは、セツナ信者として当然のことじゃないですか」

 彼は当然のことのようにいう。

「アレグリアさんともいつもその話になるんですよね」

「俺の将来について未来の軍師様方に話してもらえるなんて、なんて幸せなんだろー」

 セツナは、天井を仰いだ。天井から吊り下げられた魔晶灯も宝飾品によって飾り立てられていて、マルディアの財力の凄まじさを見せつけられるかのようだった。ガンディアは派手好きといわれるが、マルディアに比べれば赤子のようなものかもしれない。それくらい、まばゆい。

「いやいや、本当なんですって」

「なんでだよ!」

「へ?」

「俺の将来なんて、気にすることじゃねえだろー」

「気にしますよ。セツナ様はガンディアになくてはならないお方ですよ? 英雄ですよ? 俺たちにとっては神に等しいお方ですよ? 気にしないわけないじゃあないですか!」

 どん、と彼が拳で卓を叩き、茶器が揺れた。エインのお茶がわずかにこぼれ、彼は、失礼、といって手ぬぐいで卓を拭った。囁くようになにかをいう。

「まあ、アレグリアさんの場合は、俺以上に重要な問題のようですが」

「ん? アレグリアさんがどうかしたのか?」

 セツナの耳にははっきりとは聞こえなかった。エインは手ぬぐいを卓の脇に置くと、にこやかに話題を転換してきた。

「いやいや、こちらのことです。それで、セツナ様はどうなされるおつもりなんですか?」

「どうって……なにが」

「ですから、将来的に、ですよ」

「将来……ねえ」

 今度は、窓に目線をやる。飾り立てられた窓枠も眩しい窓硝子の向こう側は、夕焼けの赤に染まっていた。もうすぐ夜が来る。夜を越えれば朝となり、そのつぎは昼だ。昼飯はどんなものだろう。マルディアの料理は、絢爛豪華な建物とは違って質素なものが多い。味付けは薄く、しかし、決してまずくはないため、楽しみでもあった。なぜそんなことを考えてしまったのかというと、将来のことを考えたくないからだろう。

 いまは、目先のことしか考えられない。

 それで精一杯だ。

 そんなセツナの心情が理解できているのか、エインが話題を提供してきた。

「結婚は、されますよね?」

「そりゃあ……するんじゃねえかなあ」

 とはいうものの、明日のことさえどうなるかわかったものではないのだ。結婚するかどうかなど、断言できるものではない。しかしながら、自分の立場を考えれば、結婚しなければならないのはわかっている。領伯なのだ。領伯という立場にある以上、結婚し、子を成し、血を残していく必要がある。場合によっては、黒き矛を受け継がせていかなければならないだろう。そういう想像はあまりしたことはなかったが、すると、奇妙な感情が渦を巻いた。

 将来。

 だれと結婚するのだろう。

「いつか、だれかとさ」

 脳裏に浮かぶのは自分を取り巻く女性たちだ。好意を寄せてくれている女性たち。セツナの勘違いでなければ、彼女たちの愛情は本物だ。本当に、セツナのことを好きでいてくれている。それが痛いほどわかるから、だれも邪険にはできない。だれかを特別扱いすることもできない。心に決めたひとがいるとしても、それを強く打ち出すことができなかった。

 単純に、いまある幸福を壊したくないという考えが働いているからだ。

 いまは、幸福だ。少なくとも、セツナはそう感じている。だから、現状の維持にこそ全力を注ぐ。それが彼女たちにとってひとつの不満になっていることも認識しているのだが、セツナには、これ以上どうしようもない。

「別に結婚相手はおひとりと決まっているわけじゃないですが」

「へ?」

「ファリアさんにミリュウさん、シーラさんにレムさんとだって結婚してしまえばいいのでは?」

「なにいってんだ、おまえ」

「ガンディアでは重婚が認められていますよ。まあ、ガンディアだけでなく、小国家群のほとんどの国で認められていることですけどね」

「重婚……」

「そりゃあそうでしょう。大陸小国家群は、戦国乱世を数百年に渡って継続してきたんですからね。ということはどういうことかというと、王族のみならず、将も兵も子を成し、血を繋いでいく必要に迫られるというわけです。兵はともかく、優秀な将ならば子は多ければ多いほどいい。多くの妻を娶り、多くの子を成すのは、優秀な人材であれば当然のこと。義務です」

「義務……」

 反芻するように、うなる。

 それは、知っていたことだ。わかっていたことだ。力あるものの義務。セツナほどの立場になると、結婚とは、政治的配慮によってなされるものになる。ガンディアが、セツナを政略結婚の駒に使うことだってありうるということだ。もちろん、セツナが出向くのではなく、ガンディアの領伯夫人を迎え入れる側として、だ。エインが、セツナの考えを肯定するようにいってきた。

「ですから、セツナ様には近い将来、国のためにも結婚して貰わなければなりません」

「国のためにか」

「はい。もちろん、セツナ様の意思は尊重したいと想いますし、陛下がこのことについて口にされないのも、セツナ様の心情を配慮してのことかと想われますが」

「軍師候補様は、俺の心情なんざどうでもいいってか」

「そんなわけないじゃないですか。ただ、いっておきたかったんですよ」

 エインは、つとめて冷静に告げてきた。

「セツナ様は、いまやただの個人ではないということ」

「……そりゃあ、わかってるよ」

「ええ。セツナ様は聡明な方ですからね。理解していらっしゃるとは、思っていましたけどね」

 エインがあっけらかんといってくる。理解していると想っているのなら、一々いってこなくてもいいのに、などと想いながらも口には出さず、セツナは首の後で手を組んで、椅子の背もたれに上体を預けた。天井を仰ぐ。

「しっかし……結婚かあ」

 ため息混じりにつぶやく。いずれ考えなくてはならないことであり、いつかは直面する問題だということもわかってはいた。想像してはいた。頭を悩ませることになるだろうことも、理解していた。だからだろう。意識の隅に追いやり、深く考えないようにしていたのだ。しかし、軍師候補みずからに突きつけられるとなると、考えざるを得なくなる。

「想像、できませんか?」

「そりゃあなあ。目の前のことで精一杯だからさ」

 いまは、とセツナは続けていった。

 いまは、目の前の戦いに意識を向けるだけで精一杯だ。戦時でなくとも、平時であっても、同じことだ。つぎの戦いに備えて自身を鍛え、また、黒き矛を完全に扱えるように訓練を繰り返さなければならない。ほかのことを考えている精神的余裕などはないのだ。

「ですよねえ。セツナ様には負担ばかりかけることになって、本当に申し訳なくて」

「申し訳ないって想ってんなら、そんなこといってくんなっての」

「でも、参謀局の人間としては、いっておかなければならないことですし」

「わかってるよ

「まあ、でも、いますぐ結婚しろ、っていってるわけじゃありませんからね」

「そりゃあそうだろ」

 告げて、エインを一瞥する。

「いますぐなんて、無理だよ」

 セツナは、ぼんやりと窓の外を眺めながら、大きくため息をついた。まさか、この期に及んで将来的な結婚の話を突きつけられるとは想像だにしていなかった。もちろん、考えなくてはならないことだということくらいはわかっていたし、頭の隅っこにぼんやりと浮かんでは消えていた。いずれ、そういうときが来るだろうということくらい、想像できないわけがない。

「将来の話です。時間はたっぷりありますから」

「将来……」

「そのときには結婚相手がもっと増えてたりして」

「ねえよ」

「いやいや、セツナ様のことだから、ありえそうで」

 エインのなんともいえない微妙な笑顔を見つめながら、セツナは返す言葉も思い浮かばず、ただ呆然とした。

 それから、しばらく雑談して、部屋を出た。出ると、飛竜が顔面に飛びついてきたかと思うと、ひんやりとした感触が顔面を襲った。ラグナだ。

「長いのじゃ」

「色々話すことあんだよ」

 セツナは、顔面からラグナを引き剥がすと、頭の上の定位置に乗せた。すると、小飛竜は嬉しそうにセツナの頭の上で丸くなり、尻尾で耳を叩いたりしてきた。セツナはそんなラグナの反応に顔を引きつらせながら、目の前に佇むメイド服の少女に意識を向けた。レム。その隣には人形めいた美女が立ち尽くしている。そちらは、ウルク。

「エイン様との会談、お疲れ様でございます」

「疲れちゃいねえよ」

「疲労の色が伺えますが」

 そういって顔を近づけてきたレムは、手でセツナの額に触れた。熱を測るような仕草だ。レムの手は妙に冷たい。もちろん、彼女は生きている人間だ。再蘇生し、仮初の命を原動力としているとはいえ、心臓は動き、全身に血を巡らせている。彼女に抱きしめられれば、体温を感じることだってある。いまセツナの額に触れている手がたまたま冷えていただけなのだろう。

「気のせいだろ」

 セツナは、これ以上のやり取りは藪蛇になりかねないと判断し、話を打ち切った。レムから逃れるようにウルクを見ると、彼女はなにもいわず、ただ首肯し、セツナの背後に立った。彼女はいつだってセツナの後ろを護ってくれている。十三騎士との戦闘で損傷した腕は、隊服の袖によって隠されており、外見上、無傷に見えた。

 彼女ほど頼もしい護衛もいないかもしれない。

 そんなことを想いながら、部屋の前から移動する。参謀局が詰め所として利用している部屋の前には、セツナたち以外の人気はない。

 通路を進みかけると、レムが背後から耳元に口を寄せてきた。

「それで、御主人様はどなたと御結婚なされるおつもりですか?」

「聞いてたのかよ」

 愕然と彼女を見やると、レムは平然とした顔で告げてきた。

「ラグナの耳が良すぎるのでございます」

「ふふん」

「はあ……やっぱ、部屋に待機させとくべきだったか」

 セツナは、ラグナたちをここまで同行させたことを後悔した。ラグナの耳の良さは、随分前にわかっていたことだ。ここよりも防音効果の高いだろう獅子王宮の一室におけるユノとの会話さえ、ラグナの耳には届いていた。せめて、彼だけでも連れて来るべきではなかったかもしれない。

「わたくしは御主人様の下僕壱号でございます故、御主人様がどのようなお方と御結婚なされようとも、一生、つかず離れず、御主人様の後をついていく所存ですので、御安心なされませ」

 レムの笑顔は、いつもよりも深く、あざやかだ。彼女がなにを考えているのか、その表情、声音から判断するのは難しい。本当に嬉しく想っているのか、胸中では別の感情が渦巻いているのか、彼女ほどわかりにくい相手もいなかった。

 ラグナが、頭の上で羽と尻尾を叩きつけてくる。ただの感情表現であり、まったく痛くはない。

「そうじゃぞ。セツナよ、わしも先輩と同じじゃ。下僕弐号たるもの、おぬしがどのような道を選ぼうともついていかぬはずがない」

「セツナ、わたしは、あなたを護衛するのが役目。どのような状況に置かれようとも、それは変わりません」

 ウルクまでもがそんなことをいいだしてきたものだから、セツナは頭を抱えたくなった。

「……だからだな」

 なんといってひとりと一匹と一体を黙らせるべきかと思案していると、ラグナが首を巡らせるのがわかった。彼がなにかを思いついたように口を開く。

「そうじゃのう。ウルクよ」

「なんです、ラグナ」

「おぬしもセツナの下僕にならぬか?」

「下僕?」

 ウルクが反芻する。彼女に理解できる言葉なのかどうか、セツナにはわからない。が、そんなことよりも、ラグナの思いつきはろくでもないと思うセツナだった。しかし、レムにとっては喜ばしい思いつきだったらしく、死神メイドは、手を叩いて声を上げた。

「まあ、それは良い提案です、ラグナ。ウルク様も御主人様の身辺警護を目的として行動なされるというのであれば、御主人様の下僕となるのは悪くないことかと」

「おまえら――」

「どうじゃ? 下僕参号にならぬか?」

「下僕というものがどういうものかわかりませんが、それでセツナの護衛が捗るというであれば」

「もちろん、捗るに決まっています! なにせ、御主人様の下僕になるということは、常に御主人様に付き従うということなのでございますから!」

「うむ!」

 ウルクを下僕仲間に引きこみたいのか、力強く告げるレムと力強くうなずくラグナの様子に、ウルクは小首を傾げた後、しばらくしてから了承した。

「わかりました。わたしはたったいまよりセツナの下僕です」

 セツナは、ただ、唖然と成り行きを見守るほかなかった。元々、ウルクは下僕のようなものだった、などと口を挟む暇もない。レムがウルクの手を取って飛び跳ね、ラグナがウルクの頭に飛び移る。

「下僕参号の誕生でございますね!」

「仲間が増えたのは喜ばしいのじゃ! これからはよろしくなのじゃ、後輩!」

「よろしく、先輩」

 ウルクが案外ふたりのやりとりを理解していることに驚きながら、セツナはウルクの頭の上で翼をばたつかせている小飛竜を睨んだ。

「……後輩を作りたかっただけじゃねえか」

「ふふん。なんとでもいうがいいわ」

 ラグナは、ウルクの頭の上でふんぞり返っていた。


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