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第千三百二十二話 剣の道を征く者たち

 剣を掲げる。

 柄だけの剣。

 いや、短杖というべき代物。

 手のひらよりは大きく、前腕ほどの長さもないそれを短杖と言い張るのも難しいかもしれないが、最初の認識がそれなのだ。覆すことは、難しい。いまとなっては杖よりも柄と認識することのほうが多いものの、最初の認識というのは、そう簡単には変わらないものだ。

 ソードケインと名付けた。

 アバード動乱の最後、バンドールを巡る戦いで運良く拾った召喚武装は、そのまま彼の得物となった。ガンディア軍の一員として戦い、手に入れたものだ。本来ならばガンディア軍の所有となるものであり、戦後、セツナの支配下に組み込まれた彼は、戦闘中の拾得物ということで主であるセツナに提出している。が、すぐさま彼の手元に戻ってきて、扱い方を習熟するよう厳命された。

(俺が召喚武装の使い手になるなんてな)

 エスク=ソーマは、短杖を手の中で弄びながら、自嘲を禁じ得なかった。ソードケインを用いるようになって、はや半年以上が経過している。自分のものとなってから肌身離さず持ち歩き、ことあるごとに使用しているうちに、エスクはソードケインを自由自在に扱えるようになっていた。

 サントレア軍施設の一角。セツナ軍に充てがわれた建物の裏手に、彼はいた。気合の入った掛け声が彼の耳朶を震わせている。シドニア戦技隊の訓練の真っ只中だった。彼は部下たちの訓練を横目に見ながら、ソードケインと睨み合いをしていたのだ。

 シドニア戦技隊が発足してからも半年以上が経過している。

 アバード動乱後、セツナの配下となったシドニア傭兵団はシドニア戦技隊と名を改め、セツナ軍の戦闘部隊として日々、過ごしている。歴戦の猛者揃いの元傭兵たちは、ガンディアの英雄セツナ配下の戦士として恥じることのない自分を作るために余念がない。

 レミル=フォークレイもドーリン=ノーグもそうだ。

 レミルは剣を、ドーリンは弓を使う。レミルの剣は柔軟にして自在。あらゆる状況に対応できる剣士であり、さすがはラングリードの妹というべきかもしれない。ドーリンの弓の腕前は筆舌に尽くしがたく、彼の弓の才能と腕には、かの弓聖サラン=キルクレイドが注目するほどだった。残念ながら、その弓聖は現在レコンドールの防備に当たっており、ドーリンとサランが同じ戦場で弓の腕前を競い合うといった状況はなかったが。

 エスクは、ふたりと隊士たちの訓練の様子に目を細めると、ゆっくりと立ち上がった。ソードケインを握る手に力を込める。精神を集中させ、意識を統一する。脳裏に描くのは刃。望むままの軌道を描く伸縮自在の光の刃。短杖の先端から光が漏れたかと思うと、音もなく光の刀身が形成されていく。

「てめえら、一歩も動くなよ」

 エスクが告げると、隊士たちは怪訝な顔をしながらも、ぴたりと足を止めた。レミルとドーリンがなにか言いたそうな顔をしたが、エスクの気迫に押されたのか、なにもいわなかった。シドニア戦技隊は隊士含め二十四名の部隊。エスクを除く二十三人が、彼の前方で木剣や木槍を用いて訓練を行っていたのだが、それら全員が全員、手を止め、足を止めてこちらを見ていた。

 エスクは、ソードケインを握る右手を真横に掲げると、刀身を伸ばせるだけ伸ばした。伸ばせば伸ばすほど切れ味は悪くなるものの、精神力の続く限り伸ばし続けることのできる刀身は、遠距離の敵を攻撃することも可能とした。剣士のエスクが不得手とする中・遠距離戦闘も、これにより問題はなくなったということだ。

 しかしながら、伸ばせば伸ばすほど消耗が激しくなり、切れ味が悪くなるということもあって、あまり使い勝手のいいものとはいえない。

(だが……こういう使い方ならさ)

 エスクは、隊士たちの視線を感じながら、ソードケインを水平に薙いだ。レミルやドーリン、隊士たちが、あっ、という顔をした。伸びきった光の刃が二十四名の部隊長、隊士たちを撫で斬りにする――かにみえたが、エスクは、だれひとり、わずか足りとも斬りつけた感触を覚えず、にやりとした。

「エスク、これは……」

「隊長、ヒヤヒヤしましたぜ」

 レミルとドーリンが口々に感嘆の言葉を漏らす。

 エスクは、ソードケインを水平に振り抜いている。通常ならば軌道上にいるすべての物体はソードケインの光の刃で切り裂かれ、彼の眼前は血の海になっているはずだ。だが、エスクの目の前には亡骸ひとつ落ちていない。自由自在の光の刃は、一瞬のうちに無限に変化し、隊士たち障害物だけを回避しながら切っ先をエスクの右手の先に到達させたのだ。湾曲した刀身に包まれるような格好になった隊士たちが、緊張感を持った目でこちらを見ている。わずかでも動けば、光の刃に斬りつけられるからだ。

「まあ、こういう使い方もできるってわけだよな」

 エスクはソードケインの刀身を消すと、柄を目の前に投げて左手で掴み取った。

 極限の緊張から開放された隊士たちがその場にへたり込む中、レミルとドーリンだけは立ち尽くし、こちらを見て、茫然としていた。

「乱戦じゃあ、ちと、難しいがな」

 激戦真っ只中、味方を回避しながら敵を攻撃するのは、困難を極めるだろう。

 つまり、こういう使い方ができるとはいっても、使える状況というのは限定されるということだ。

 しかしながら、ソードケインにはただ対象を斬る、突く、といった以外にもさまざまな使い道があるということがわかっているだけでも御の字というべきかもしれなかった。

 エスクの戦い方は、これにより無限の広がりを見せるのだ。

「おそろしいことするなあ」

 不意に投げかけられた声に左後方を見やると、銀髪の青年がひとりの男を伴って歩いてくるのが見えた。彼が連れている人物は灰色の髪の中年男性であり、見知った顔だ。ルクス=ヴェインとトラン=カルギリウス。

“剣鬼”と“剣聖”。

「間違って部下を斬ったらどうするつもりだったんだか」

「俺は間違えないよ。部下も、俺を信用してくれているからな」

 嘯いて、短杖を腰帯に括りつけた鞘に収める。ソードケイン用の鞘は、ソードケインがエスクのものになってから特注で作らせたものだ。刀身もないのに鞘が必要なのかといわれれば、まったく必要はない。しかし、短杖を腰に帯びるという格好が許せない彼には、必要不可欠な代物だった。黒塗りの鞘は、シドニア戦技隊の隊色が黒だからだ。隊色を黒にしたのは、当然、主たるセツナを象徴する色だからにほかならない。つまり、黒獣隊と同じような理由ということだ。

 黒獣隊といい、シドニア戦技隊といい、《獅子の尾》といい、黒を象徴色とする部隊が多いのは、それだけセツナに関わりを持つ部隊が多いということだ。セツナを主と仰ぐエスクには誇らしいことといってもよかった。

「へえ」

「信じてねえな?」

「さてね」

「だれひとり微動だにしなかったんだぜ? 俺のいうことを聞いてくれたってことだ」

「そりゃあ動いたら死ぬかもしれないなら、動かないだろ」

「むう……そういわれりゃあぐうの音も出ねえが」

 エスクがうなると、レミルが苦笑するのが彼の視界の端に映った。彼女が笑ってくれるのであれば、それはいいことだ。エスクはそんなふうに考える。レミルほど彼に尽くしてくれた人間はほかにはいない。だから、エスクは彼女だけは幸せにしてあげたいと思うのだが。

「で、《蒼き風》の突撃隊長殿が俺なんかになんのようだ? 敗残者なんて連れて来てさ」

 ルクスを見て、トランを一瞥する。銀髪の美青年と、灰色の髪の男。“剣鬼”のほうはまだまだ若い。エスクよりも年下で、二十代半ばくらいだったはずだ。エスクはもうじき三十路だが、体力の衰えを感じるような年齢ではない。対して、“剣聖”はというと、見たところ老いを感じさせない瑞々しさと若々しさがあるのだが、実際の年齢ではエスクよりもずっと年上だったはずだ。記憶が定かではないが、エスクが傭兵として戦場に出始めたころには、彼の逸話が小国家群に流れてきていたことから、まず間違いない。三十代どろころではないだろう。四十代。それも五十代目前といったところか。しかし、それにしては老いを感じさせない体格であり、さすがは“剣聖”と謳われるだけのことはある、というべきかもしれない。

「せっかく味方に加わってくれたんだし、仲良くしようと想ってね」

「味方に? 敗残者が?」

 ルクスが突拍子もないことをいってきたので、エスクはレミルを見た。彼女はなにも知らないといった風に首を横に振った。エスクたちには下りてきていない情報をルクスが知っていたとしても、おかしなことではない。ルクスはガンディア傭兵局において局長を務めるシグルド=フォリアー率いる《蒼き風》の幹部であり、エスクはセツナ軍に属し、ガンディア軍とは距離を置いているからだ。

「敗残者なればこそ、勝利者に従うのだ」

「なるほど。道理だな」

 エスクは、トラン=カルギリウスの鋭いまなざしを見つめながら、口の端を歪めた。自分も同じだ。敗残者だからこそ、勝利者であるセツナに付き従うことになった。敗者には道を選ぶ権利などない。死ぬことさえ許されず、生を与えられ、生きていかなければならなくなった。それが不満なのではない。負けたのだ。これ以上ないくらいあっさりと、決定的な敗北をつきつけられた。それもただの敗北ではない。

 すべてにおいてセツナに負けた。

 だから、エスクは彼を大将と仰ぎ、人生のすべてを捧げようと想っている。そのためにもソードケインを使いこなさなければならず、日夜、ソードケインの研究に時間を費やしているといってもいい。

「あんたと同じってわけ」

 ルクスが、エスクの想っていることをそのままいってきたので、エスクは苦笑した。

「否定しねえよ。俺は大将に負けて、大将に従うと決めた。それこそ、道理だろ?」

「そうだな。道理だ。うちの弟子は強いだろ?」

「つええよ。色んな意味でな」

 肉体的な強さだけではない。

 精神面でも、エスクは彼に負けた。惚れるということは、そういうことだろう。完敗だった。清々しいまでの負けっぷりだった。だから、すっきりとすべてを受け入れることができるのかもしれない。

 トランが怪訝な顔をする。

「“剣鬼”の弟子といえば、黒き矛のことか?」

「ああ。黒き矛のセツナが俺の大将で、こいつの弟子。俺の弟子でもあるんだけどさ」

「そういえば、セツナのこと、あんたも訓練してるんだっだな」

「そうさ。あんたとは違って、長物の使い方を教えてあげてるよ」

「俺は剣の使い方しか知らないからなあ。矛や槍の手解きなんて、まともにできるわけがない」

 ルクスが少しばかり後悔を込めて、いった。彼としても、セツナには長物の扱いを習熟させるべきだと考えていたのだろう。だが、ルクス自身が長物の使い手ではなかったことが、不幸だった。それでもセツナにはなんの問題もなかったところが、セツナと黒き矛の恐ろしいところだ。ルクスは、セツナの基礎を固め、高めたのだが、それだけでも十分すぎたということだ。そして、エスクは高次に纏まった基礎能力を持つセツナに、長物の扱い方を叩き込み始めている。もっとも、セツナはこれまで、我流なりにも矛を使ってきたのだ。基礎を教えるまでもなく、十二分に扱えている。エスクはそれをさらに引き上げていやればいいだけのことだった。

「だから、木剣?」

 エスクは、ルクスが右手に持っている袋に目をやった。長い袋の口から木剣の柄が除いていた。

「そういうこと」

 三本、入っているらしい。“剣鬼”と“剣聖”と“剣魔”。ちょうど三人だ。

「三人で?」

「楽しそうだろ?」

「そりゃあ、まあ」

 エスクは、ルクスの屈託のない笑みに引きこまれかけながら、彼が投げて寄越した木剣を受け取った。戦技隊の隊士たちが訓練の手を止め、場所を開けるように一斉に動く。

「エスク、頑張ってください!」

 レミルの声援に手を上げて答えると、赤い髭の大男が朗らかに告げてきた。

「隊長殿、ボロ負けを期待しておりますぞ!」

「てめえこのドーリン野郎!」

「慕われているのは、間違いなさそうだ」

「だろ? 覚えとけよこんちくしょうが」

 エスクは、吐き捨てるようにいうと、木剣を弄びながら移動した。トランもルクスから木剣を一本受け取ると、ゆらりと流れるように移動し、距離をとった。ルクスは最後の一本を取り出すと、袋を投げて捨てた。そして、剣を構え、笑みを浮かべる。戦闘狂の笑み。きっと、エスクも同じような表情なのだろう。狂暴で、凶悪な笑顔。トランさえ、そんな顔だった。皆、狂っている。正気と狂気の間で、狂気に傾ききっている。

“剣鬼”、“剣聖”、“剣魔”の苛烈な戦いは、やがてマルディア軍施設中から将兵を呼び集めるほどの騒ぎとなり、三人の実力を大きくしらしめるものとなるのだった。


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