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第千三百二十一話 この世界

 サントレア奪還から二日後の三月二十七日。

 反乱軍から解放されたことによる大騒ぎも落ち着きはじめ、サントレアは、普段の姿を取り戻しつつあった。サントレア市民の多くは、救援軍と政府軍への感謝を忘れず、市内を出歩く兵士たちに温かい言葉を投げかけては感謝を示した。ザントレア南部にある軍施設内にいると、そういった話をよく耳に挟み、自分たちの戦いがなんら間違いではなかったことを証明されているようであり、単純に嬉しく思ったりした。

 セツナは、軍施設内に留まり続けている。

 戦いから二日が経過し、体力もほぼ回復しきったといってもいい。

 十三騎士たちとの戦闘は苛烈であり、肉体への負担は大きかったものの、黒き矛の能力を使わなかったことが功を奏したのか、精神力の消耗は黒き矛の維持費だけで済んでおり、精神力そのものの回復に時間はかからなかった。消耗した体力も、昨日一日たっぷりと休んだだけでほぼ全快といっていい。戦いそのものが長時間に及ぶものではなかったからであり、短期決戦のおかげといっていい。精神力の消耗の少なさも、短期決戦が影響している。

 もちろん、一番の理由は、黒き矛の能力が使えなかったからだが。

 セツナは、セツナ軍に充てがわれた建物の屋上から施設内を見渡しながら、そのことについて考えていた。施設内で一際目を引くのは、セツナ軍の建物の目の前に鎮座する巨人の威容だ。眠れぬ巨人は日がな一日、目を閉じたまま沈黙している。セツナたちが話しかければその限りではないが、彼は普段、自分から口を開くといったことはなかった。胡座をかき、瞑目し、沈黙する様は、まるで巨大な仏像そのもののようであり、セツナはそんな彼を見ながら、この世界の不思議さを感じたりした。

 神秘と幻想に包まれた異世界。

 召喚されたことそれ自体が神秘そのものであり、武装召喚術や皇魔の存在もこのイルス・ヴァレが幻想世界であることを認識させるものなのだが、いつの間にか慣れ親しみ、そういう世界であることを半ば忘れていたといってもよかった。飛竜が現れ、認識を改めたのも約一年前のことであり、それからラグナが身近になるに従い、竜も幻想の存在からきわめて近しい存在へと変わっていった。

 巨人も、グリフと親しくなれば、身近な存在となり、幻想から現実へと置き換わるのかもしれない。

 黒き矛のように。

 セツナは、己の右手を見下ろして、握ったり開いたりした。感覚は正常に働き、意識するままに動く。なんの問題もない。問題があるとすれば、黒き矛の能力がいまだ一切使えないということだ。黒き矛そのものは、以前より遥かに強くなったという実感がある。使い手次第ではセツナが用いるよりも圧倒的に強力な武器となることがわかる。それくらいの潜在能力が秘められているのだ。セツナは、暴走しないよう力を抑えて使っているのだが、それでも三人の十三騎士を相手に防戦一方ながらも立ち回れるだけの力を見せていたし、セツナの身体能力や五感も強化されていた。

 黒き矛の完全化による強化は、セツナが想像していた以上に凄まじかったということだ。

 現状、扱いきれる範囲内でそれなのだ。セツナ自身が強くなり、扱える力の範囲が拡大すれば拡大するほど、黒き矛はその本来の力を発揮するようになるだろう。最大まで引き出すことができるようになればどうなるのか。セツナには皆目見当もつかない。

 能力が使えずにそれなのだ。

 能力が使えるようになればどうなるのか。

 十三騎士など相手にならないのではないか――と想像する一方、十三騎士も本領を発揮していない可能性があることに思い至り、難しい顔をする。

「良い風じゃのう」

「そうねえ」

 吹き抜ける風に、頭の上の定位置でラグナがいえば、左腕に腕を絡ませ、強く抱きついているミリュウが相槌を打つ。セツナが屋上に出たときからそんな調子であり、彼は、なんともいえない表情で眼下の町並みに視線を戻した。サントレアは救援軍による解放以来、日常を取り戻しつつある。反乱軍の占領下では、不安と緊張が横たわり、日常と呼べるようなものではなかったのだという。それでもマルディア政府を信じ、いつか反乱軍を撃退してくれるものだと思っていたというサントレア市民の声は、マルディア政府がいかに国民に支持されていたかがわかるというものだった。

 ユノがマルディア王家を誇りに想い、反乱軍を非難していたのも理解できる。そして、ユノが自分の体を使ってでもセツナを動かし、ガンディアを動かそうとしたことも、マルディア王家がこの国と国民を愛し、大切に想っていることの現れだったのだ、と、想ったりした。ユグス王も、ユリウス王子も、ユノも、皆、この国を愛しているのだ。

 静謐に包まれる町並みを見渡しながら清々しい気分になれるのは、やはり、マルディア王家のひとびとが国と国民のためを想っているということが伝わってくるからかもしれない。

「そういえば」

 セツナは、ふと、ミリュウに視線を向けた。彼女は、セツナの左肩に頭を乗せ、目を閉じ、幸せそうな表情を浮かべている。ミリュウがそうしているのは、マルディア到着以来不足していたセツナ分を補充するためであり、セツナを満喫するためだ、という。最近、ウルクが彼女のそんな発言を真似ているのだが、ウルクは言葉の意味もわからずにいっているようであり、ウルクはただセツナの護衛をすることがセツナを満喫することに繋がると考えているふしがある。それはそれで構わない。ウルクに抱き締められたら悲鳴を上げるしかない。ウルクは力加減というものがあまりわかっていないからだ。

 ウルクはいまも、セツナを後方から見守ってくれている。十三騎士との戦闘で損傷した右腕は隊服の袖で隠れており、外見上、なんの問題も見当たらない。表情はいつも通りの無表情だが、表情など作りようがないのだから当然だろう。淡く発光する目も、相変わらずだ。

 ちなみに、レムはセツナの部屋を掃除していて、ここにはいない。セツナの部屋は、ミリュウ、ラグナ、シーラ、ウルク、レムのせいでめちゃくちゃになっていた。主に寝込みを襲ってきたミリュウのせいだが。

「どうしたの?」

「ヘイル砦、どうやって落としたんだ? とんでもなかったらしいじゃないか」

 ヘイル砦奪還戦におけるミリュウの活躍は、ヘイル砦を担当した本隊の将兵の間で語りぐさになっていたほどだ。合流後、どこからともなくミリュウの活躍を賞賛する声、畏怖する声が聞こえたりしたものであり、そのことを彼女に伝え、褒めると、子供のように喜んだものだ。

 ヘイル砦を破壊した一連の攻撃は、まるで神の裁きのようだったというものもいた。天を白く染めた光が瞬く間にヘイル山を貫き、あっという間にヘイル砦を壊滅させ、救援軍に勝利を導いたのだという。彼女が愛用する召喚武装ラヴァーソウルの能力とは考えにくい。だが、ファリアによれば、彼女が事前に召喚したのは紛れも無くラヴァーソウルであり、ヘイル砦を破壊した能力は、間違いなくラヴァーソウルによるものだろうということだった。

「んーとね……秘密」

「俺にも教えてくれないのか」

 セツナが落胆すると、彼女は慌てたようにいってきた。

「えーと、そうじゃなくて、セツナにはちゃんと教えたいんだけど、それはさ、もう少し完璧に制御できるようになってからにしたいのよね。胸を張ってさ、これがあたしの力だっていえるようになってから、セツナには見せたいのよ」

「そうだったのか」

 納得し、理解する。彼女の考えもわからないではなかった。確かに失敗の可能性や暴走の危険性がある能力を胸を張って説明できるかといえば、どうだろう。完璧に制御できるのであれば、鼻高々に説明できるものだろうが。

「だってさ、せっかくお披露目したのに失敗したり、暴走したりしたら、嫌じゃない?」

「そりゃあそうだな」

「そうじゃなあ。格好わるいのう」

 ラグナが細長い首をセツナの額に押し当てながら、うなるようにいった。ひんやりとした感触は、むしろ心地いい。

「そうなのよ。格好わるいのよ。だから、いまは秘密。ヘイル砦だと上手くいったけど、つぎも上手くいくとは限らないしね」

「わかったよ。ミリュウが納得できるくらい完全なものになるのを期待して待ってる」

「うふふ。期待してて。絶対にものにして見せるから」

 ミリュウがセツナの腕から体を離し、前に回り込んで、笑いかけて来た。

「そうしたら、あたしはもっと、セツナに役に立てると想うもの」

「いまでも十分力になってくれてるけどな」

 セツナが告げると、彼女ははにかんだ。

「そう? そうかな?」

「うん」

 すると、どういうわけか、ラグナが頭の上から転がり落ちてきた。セツナが透かさず両手で受け止めると、彼は平然とした様子でセツナの顔を覗きこむようにしてきた。

「わしは?」

「おまえにも助けられてるよ」

「じゃろうな!」

「ふふ」

 ふんぞり返る小飛竜にミリュウが笑う。

「セツナ」

 今度は、ウルクだ。セツナはすぐさま彼女に向き直る。

「ウルクにも、感謝してる」

「いえ、当然のことをしているまでです」

 ウルクは微動だにせず、いつもどおりの反応を示しただけだ。感情のかけらも感じることはできないのだが、彼女が話に入ってきたことこそ、彼女の感情の発露なのだと思えば、彼女には間違いなく感情があるのだと認識できる。心を持つ人造人間。まるでSFだが、この世界ならありえないことなどなにひとつないように思えた。

 ドラゴンがいて、平然と言葉を話すことを思えば、なんだってあり得るのではないか。

 巨人もいる。

 化物もいる。

 神と称されるものも存在する。

 なにがあっても不思議ではなく、なにが起きたとしても、おかしくはない。

 そんな世界。

 それがイルス・ヴァレなのだ。

 



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