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第千三百二十話 こころ

「精霊合金製の装甲が損傷するとはね。まさかまさか。驚天動地の出来事だよ。まったく予想していなかった。十三騎士が話に違わぬ力の持ち主だったということだけれど、それにしてもだ」

 ミドガルド=ウェハラムは、調整器に横たわる美しい人形の右腕に視線を落としていた。魔晶人形ウルクの躯体は、三層構造になっている。基本となる骨格、骨格を保護するための内殻、そして内殻を保護するための外殻であり、現在、ウルクの右腕の外殻と内殻が破損し、鉄色の骨格が一部露出していた。幸い、骨格はまったく傷ついておらず、十三騎士も二層の精霊合金を突破するのがやっとだった、ということだろう。

 それにしても、規格外の力というほかないのだが。

 精霊合金は、精霊金と呼ばれる金属を特殊な製法で合成したものであり、ただそれだけでも硬いのに、波長の合う波光を浴びることで強度が増すという特性を持っている。そして、ウルクの躯体に用いられている精霊合金は、ウルクの心核が発する波光と同調するよう調整されたものであり、ウルクの躯体はこの世に存在する金属の中でもっとも硬い強度を誇るといってもよかった。その分、躯体ひとつを作り上げるのにとんでもない労力と資金が必要であり、彼女には小国家ひとつ傾くくらいの予算が投じられているといっても過言ではなかった。

 特別製なのだ。

 傷つくことはおろか、破損することなど想定したこともない。

 だから、ミドガルドは、戦闘後、彼女の損傷部を目の当たりにしたとき、意識が飛びそうなほどの衝撃を受けたものだった。そして、サントレアに入ってからはすぐさま検査を行い、躯体の骨格に傷が入っていないことを確認して、ようやく安堵したものだった。

 骨格さえ無事なら、ウルクの活動に問題はない。

 骨格も、精霊合金製だ。通常、損傷することはありえない。

「しかし、大したことがなくて良かったね、ウルク」

「はい。これでつぎにいつ戦闘が発生したとしても出撃可能です」

 調整器に横たわりながら平然と言い放ってきたウルクに、ミドガルドは、苦笑を禁じ得なかった。いつも通りの無表情に無感情な声音なのだが、妙にはりきっているように聞こえるのは、きっと気のせいだろう。彼女に感情があると思うようになってから、彼女の一挙手一投足に感情の片鱗を見出そうと必死になってしまっている。本来無感情であるはずの人形に心があるとわかったのだ。そうなってしまうのも無理からぬことだ、と彼は自分に言い聞かせるようにして納得していた。

 親心とは、こういうものなのかもしれない。

「わたしとしては戦闘がないに越したことはないがね」

「なぜです?」

「つぎに戦いがあるとすれば、また彼らが出てくるだろう。十三騎士だっけ? 君を傷つけた連中」

「セツナによれば、その可能性は高そうです」

 ウルクが、淡く発光する目をこちらに向けてくる。魔晶石の淡い輝き。魔性に満ちた、人類を誘惑する神秘の光。ミドガルドが魔晶石に魅入られたのは、魔晶石の発する光があまりに神秘的であり、幻想的だったからだ。その光を内部から発する彼女ほど魅力的な存在は、この世に存在しないと断言してもいいだろう。

「ミドガルドはわたしと十三騎士の戦闘を危惧していますね?」

「そうだね。わたしが研究の末、魔晶技術の粋を集めて作り上げたのが君だ。君の躯体も、君の躯体を守る装甲も、わたしの夢の結晶。こんなところで失いたくないというのが本音だよ」

「こんなところといいますが、わたしは、たとえ躯体が破壊されるとしてもセツナを護ることを優先します」

 ウルクが言い切るのは、当然のことだ。彼女には、生と死の概念がない。知識としては知っているはずだが、理解できないのだ。彼女は人間ではない。生物ですらない。魔晶人形という空虚な容れ物の中に突如として発生した自我。それがウルクだ。人間と同じような感性を期待してはいけない。反応を求めてはならない。人間らしくあれ、などと考えてはならない。彼女は人形だ。被造物だ。人造人間。人間ではない。

 自分の躯体が破壊されるよりも、主と認識している人物が傷つけられることのほうが我慢ならないのだ。それも感情のようなものかもしれないが、感情とは別の、もっと根源的ななにかのように思える。彼女は、目覚めたときから、まだ見ぬ主のことを語っていた。

 自分に命の火を灯したものがこの世界のどこかにいて、そのものに会い、そのものを護るのが自分の使命なのだ、と。

 ミドガルドは、その人物を探し続けていた。いや、人間かどうかすらわからないまま、とにかく、特定波光の発信源を探し求めた。やがて五百二年五月五日。ついにその日が訪れ、彼は歓喜を覚えたものだった。特定波光の発信源が判明したのだ。

 あれから十ヶ月。

 ウルクは主に会ったことで、間違いなく、変化した。

 感情の発露。

 ウルクという自我に感情が芽生え始めたのだ。それもこれも、セツナとの接触が原因であろう。自分が求め続けた主が目の前にいて、見てくれている。その事実が、彼女の自我に影響を及ぼし、感情を芽生えさせたのか、どうか。

 ミドガルドは、ウルクがセツナという名を発するたびに、考えさせられた。

「それに、躯体を失いたくないのであれば、もっと強固な装甲を開発するべきです」

「精霊合金製の装甲でも、本来なら十分なはずなんだがね」

 召喚武装の能力による攻撃にも耐えうるのだ。何度となく実験し、数多の武装召喚師が精霊合金に挑み、敗北していった。精霊金の装甲ならば破壊できる召喚武装も、精霊合金の装甲を傷つけることさえ不可能だった。通常運用する戦闘兵器としては破格の高性能といっていい。採算度外視。小国家が傾くほどの予算がつぎ込まれた特注品。彼女のためだけの躯体。

 まさに夢の結晶。

 十三騎士との戦闘で損傷するとは、想定の範囲外の出来事だった。

 つまるところそれは、十三騎士の力が、精霊合金の運用試験に使用したどの召喚武装よりも強力だということだ。信じがたいことというほかない。

「ミドガルド。装甲が損傷したのは事実です。現実から目を逸らさないでください。新たな装甲の開発と躯体の改装を要求します」

「要求……君がかね」

「変ですか?」

「いや……」

 そういうことではない。と、ミドガルドは彼女の躯体を見つめながら頭を振った。ウルクはこれまでミドガルドになんらかの要望や要求をしてきたことはない。たとえ躯体に不満点があったとしても、意見さえいってこなかった。

(主のため、か)

 それと、初めて躯体が損傷したことが大きいのだろう。右腕の外殻と内殻が破壊されたことで、彼女はセツナに心配をかけてしまったことを悔いているようでもあった。いや、セツナが心配してくれたことが嬉しいのかもしれない。

 嬉しいという感情がわからないのだとしても、そのことを報告してきた際のウルクの様子は、どこか喜んでいるようだったからだ。

「まあ、確かに、精霊合金以上の装甲については、考える必要があるね。たとえ十三騎士との戦いがこれで終わるとしても、戦闘で損傷するような躯体など、不完全極まりない。わたしとしては、君の躯体は完璧で完全なものにしたい」

 完璧な魔晶人形の創造と量産こそ、ミドガルドの目標だ。そのためには、十三騎士の攻撃にも耐えうる装甲を開発しなければならない。もちろん、その上で量産可能でなければならず、極めて難しい話になることは間違いなかった。ウルクの現在の躯体さえ、彼女だけの特注品なのだ。量産を視野に入れていないからこその性能といってもいい。

 もしすぐさま量産するのであれば、ウルクのように躯体三層とも精霊合金を使うのではなく、外殻のみ精霊合金を用いることになるだろう。とはいえ、現状、魔晶人形の量産の目処は立っていない。まず、特定波光を人為的に発生させる手段を確立しなければ、量産に踏み切れるわけもない。特定波光の発生源がセツナしかないのであれば、魔晶人形を安定的に起動させ、稼働させることなど不可能だからだ。そのためにミドガルドはセツナの体を徹底的に調べあげたのだ。あとはこれらの情報を用いて特定波光を発生させられるかどうか。それが完成すれば、魔晶人形の起動にセツナは不要となる。そのときようやく魔晶人形の量産が可能となるということだ。

 遠い道のりだが、辿りつけないとは思わなかった。

「この戦いが終われば、ディールに帰ろう。君の躯体を修理するのは、ガンディアでは不可能だからね」

「はい」

「しばらくセツナ伯サマと逢えなくなるが、我慢してくれるね?」

「セツナのためです」

 ウルクの言葉には淀みがない。

「いい子だ」

「ミドガルド。わたしはあなたの子供ではありません」

「そういうと思ったよ」

 ミドガルドは笑いながら、上体を起こすウルクを見ていた。彼女は徐ろに立ち上がると、椅子にかけてあった服を手に取り、慣れた手つきで着こみ始めた。黒い上下は、黒獣隊の隊服であり、ウルクの所属を偽るために貸し与えられているものだった。ウルクには衣服も防具も必要ない上、彼女には羞恥心やそういった感情がないため、裸のままでもなんの問題もないのだが、人目もあり、隊服だけは着せていた。ディールにいたころも、ガンディアまでの道中も、そうだった。衣服を身につけさせていなければ、彼女は人形そのものだ。

 どれだけ精巧に作られていても、金属の装甲に覆われた躯体には、生物としての生々しさというか、みずみずしさというものがない。皆無だ。躯体には、女性の身体的特徴がある。隆起した胸やくびれた腰、臀部や太腿に至るまで、女性の体型を模して作られている。しかし、その無機的な外見は、たとえなにも着ていなかったとしても、人間が劣情を催すものではない。

「それではミドガルド。セツナの元にいってまいります。ディールに戻るまで、セツナを満喫(、、)しておかなければなりません」

 驚くべきことに、彼女はそのような発言をしてみせた。だれに感化されたのかは、聞き出さずともわかる。セツナを取り巻く女性たちに、だろう。ウルクの精神性は女性のそれであり、まだまだ幼いとはいえ、女性らしく振る舞うということを覚えつつある。しかもセツナの恋人たちに影響されているものだから、セツナへの態度もそうなりつつある。とはいえ、いまのところ目に見えた変化ではないのだが。

「……ああ、そうだね」

「ミドガルド。体調にはくれぐれもお気をつけを」

「あ、ああ、ありがとう」

「では」

 ウルクは、ミドガルドの驚きをよそにガンディア式の敬礼をすると、あっという間に部屋を出て行った。

 ミドガルドは、開け放たれたままの扉を見つめながら、ウルクの中に生じている変化について考えざるを得なかった。

 ウルクは、間違いなく変わった。

 彼との接触。彼との日々が、彼女の中に変化をもたらしているのだ。

 それは喜ぶべきことなのだが、なにか複雑な感情が動いていることに気づき、彼は小さく動揺する。そのわずかな波紋が消え、心の水面に静謐が戻ったとき、彼はゆっくりと息を吐き出し、小型演算器に視線を戻した。


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