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第百三十一話 激動


「キースが……逝ったか」

 ガンディオンから最速で届けられた手紙を目で読みながら、レオンガンドはぽつりとつぶやいた。わずかにどよめきが起こる。

 室内にはいつもの面々が顔を揃えているだけではなく、右眼将軍アスタル=ラナディース、王立親衛隊《獅子の尾》の三名、それにレマニフラ王女ナージュ・ジール=レマニフラがいた。

「キース=レルガが……ですか」

「ああ」

 手紙には、キース=レルガが九月二日明朝に死亡しているのが発見されたこと、死体にはなんの外傷もなく、他殺ではないこと、また病気による死亡でもなさそうだということが記されていた。それ以外には、彼の部屋でなにかが燃やされたような跡があるものの、燃え滓から判別可能なものはなかったということも書いてある。そして、彼の握っていた紙切れには、「竜が息を吹き返した」とだけ記されていたということだった。

 竜とはザルワーンのことだ。五竜氏族に龍府。なにかと竜に縁のあるあの国を示すにはふさわしい言葉ではあった。息を吹き返す――つまりは、埋伏の毒が露見したということに違いない。いまザルワーンは、体内に蔓延した毒を除去するために血眼になっているか、既に除去されたと見るべきだろう。ナーレス=ラグナホルンは捕縛されたか、殺されたと見るべきだ。その上で、キースはヒースから情報が漏れるのを恐れて、自殺した。レルガ兄弟は、言葉だけでなく、生命も共有していたのだ。

 ザルワーンへの侵攻作戦が動き出したこの時期に、先王最後の策が破られるとは予想だにしていなかった。せめて、あと一月は潜入工作を続けていて欲しかったが、ばれたものは仕方がない。ナーレスの暗躍を前提とした戦略の見直しが急務となった。大幅な作戦の変更が必要だろう。

 衝撃は大きい。が、それよりもやらなければいけないことが多すぎて、衝撃を受けたという反応すらできない。側近たちは即座に理解しただろうが、彼らも厳粛な表情を浮かべていた。

「キース=レルガ? ヒース=レルガなら知ってるけど……」

「ヒースとキースは双子なんだよ。見た目もそっくりでね、どっちが兄とか弟とか言い出さない、仲のいい兄弟だった」

 セツナのつぶやきに答えたのはゼフィルだった。ゼフィルの表情が暗いのは、個人的な情によるものだろう。彼とキースは馬が合っていたらしく、会議の場以外でもよく話し込んでいた。

「そうだったんですか……」

 セツナが声を潜めたのは、さっきのつぶやきが思った以上に響いてしまったからに違いない。広い部屋ではあったが、静まり返っていれば、小さな音も大きく響くものだ。ファリアがセツナを小突く様が微笑ましかったが、和んでいる状況ではなかった。

 レオンガンドはバレットとゼフィルを一瞥し、それからアスタルを見た。彼女は、キースの死がなにを意味するのか、理解してもいないだろう。いや、彼女だけではない。セツナたち《獅子の尾》も、ナージュも、事情を飲み込めす、きょとんとしていた。ただ、緊急事態だというのはレオンガンドたちの様子からわかったのだろう。緊張感が、場を埋め尽くしていた。

 レオンガンドの頭の中を無数の考えが過る。さまざまな可能性が思考の網に浮かんでは消える。求めているものは、複雑なものではない。もっとも単純で、わかりやすい絵が答えだ。

 彼は、側近たちに命じた。

「全軍をマイラムに集結させる。大将軍を呼べ。左眼さげん将軍もだ」

「はっ」

 バレットが席を立ち、物凄い速度で室外へ消える。

「ルシオンとミオンに援軍要請。ベレルにも使いを出しておけ。せめて手を出すな、とな」

「は」

 今度はゼフィルが、風のような速度で部屋の外に向かった。

「左眼将軍、ログナー方面軍をレコンダールとマイラムにまとめよ。防衛戦力は最低限でいい。できるだけ多くの兵力をかき集めて欲しい」

「……ただちに」

 レオンガンドの説明だけで察したのだろう。女将軍もまた、颯爽と部屋を後にする。

 残ったのは、王立親衛隊と他国の姫君である。

「それから、ナージュ様」

 レオンガンドがナージュを見ると、褐色の王女は、ただ呆然としていた。成り行きについていけないのだろうが、いつもの余裕のある表情が崩れていて、それが愛嬌に感じられた。

「はい?」

「同盟を結びます。あなたの名でも構いませんか?」

「それは困ります。メニッシュをガンディオンから連れて来ませんと」

 さすがにしっかりした姫だ、とレオンガンドは思った。事態は飲み込めなくとも、自分の関連する話題となると思考が切り替わるのだ。彼女の表情が、艶めかしい笑顔に変わる。

「それに、陛下のお目当ては王都に留まったままですもの」

 ナージュは頭の切れるようだ。レオンガンドの目的を一瞬で見抜いている。いや、この程度察知できて当然かもしれない。この状況下で、いままで渋っていた同盟を決断する理由など、数えるほどしかない。戦力の増強だ。ナージュは、五百名からなる精鋭部隊とともに、遥々ガンディアまでやってきていた。その、ガンディアにとって喉から手が出るほど欲しくなる兵力は、同盟の際の手土産であり、同盟交渉を円滑に進めるためのレマニフラ王イシュゲルの策に相違ない。そして、その策に乗っかろうというのがレオンガンドの出した結論だった。

「ふむ……わかりました。ガンディオンに鳩を飛ばします。それと」

「今度はなんです?」

「結婚しましょう」

「はい!?」

 レオンガンドが告げると、彼女は目を丸くした。ひゃあという声さえ聞こえなかったが、心の中ではそう叫んでいてもおかしくなさそうな表情だった。

 端的に言えば政略結婚である。国同士が縁戚関係になれば、その紐帯も強くなるというものだ。現にそうやってガンディアはルシオンとの絆を深めている。とはいえ、唐突なことだ。レマニフラからの申し出でも、結婚については同盟が実り、軌道に乗った暁でいいということだったのだ。

「お互いのことを知るのは結婚してからでも遅くはありません。それで気に喰わないのなら国に戻るなりしてくださっても構いません」

「こ、こ、これはどういう風の吹き回しなんですか!?」

 ナージュが錯乱気味に叫んだのは、レオンガンドがこれまでのらりくらりと逃げてきたからなのだろうが。

 彼女は侍女を探して視線を巡らせたのだが、ナージュの侍女は部屋の外で待機しているはずだった。ナージュがいること自体、特別といっていい。同盟を結ぶという前提があったればこそ、このような場に呼んだのだ。

「状況が動きました。我々はすぐにでもザルワーンに攻め入らねばなりません」

 戦場は領土外にせよ。

 シウスクラウドの教えであり、ナーレスの考えでもある。

 そして、ナーレスが長年、毒としてザルワーンに潜んでいたのも、あの国を戦場とするためにほかならない。

 しかし、そのためには少しでも多くの兵がいる。兵は、彼女が持っている。しかし、同盟国の兵としてではなく、自分の国の兵として使いたかった。それにはどうすればいいか。彼女と結ばれるのがいい。家族になれば、彼女の兵も気兼ねなく使えるだろう。

 もっとも、打算と計算だけでこのような決断をしたわけではない。レオンガンドは、ナージュという奔放な女性が気に入り始めていた。

 他人の命を振り回すのが王の務めだ。が、他人に振り回されるのも、存外悪い気分のものでもない。

「陛下は、わたくしでよろしいのですか?」

 ナージュの目は、まるで恋する乙女のように輝いていて、セツナたちの唖然とした様子などどこ吹く風といった有り様だった。

「もちろん。姫君は、わたしでは不服ですか?」

 問い返すと、彼女は顔を真っ赤にして部屋を飛び出していった。しばらくすると、部屋の外からナージュの侍女たちが歓声をあげるのが聞こえた。だれもが祝福しているところを見ると、彼女は慕われ、愛されているのだろう。そういうところも、彼女を后と迎えることにした理由のひとつだ、ナージュならば、母グレイシアとも上手くやっていけるという期待がある。

「やはりわたしは駄目だな」

「なにがですか?」

 セツナが純粋な顔で聞いてきたので、レオンガンドは微笑みを返した。

「結局は、国のことしか考えていない」

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