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第千三百十七話 目的(二)

「なにもかも順調だな」

 レオンガンドは、サントレア市内を一望しながら、マルディア様式の建築物群の中に存在する違和感に少しばかり驚き、すぐに思い返してほっとした。違和感の正体とは、巨人の存在だ。グリフ。伝説的な戦鬼は、先の戦いに突如として参戦し、全軍が驚く中、救援軍に助力してくれた上、セツナに助力するといっていた。グリフほどのものがなぜセツナに助力するのかといえば、グリフがアズマリア=アルテマックスの知人であり、アズマリアが彼にセツナへの助力を要請したから、であるらしい。レオンガンドとしては、ガンディアに戦力が増えることは嬉しかったし、グリフが味方になることほど頼もしいことはなかった。

 その彼がいま、サントレア市内に入り込んでいるのだが、歩くことすら困難な様子だった。

「まったく、順調すぎて怖いくらいですよ」

 とは、エイン=ラジャール。アレグリア=シーンともども、マルディア救援においては戦術の立案、部隊の編成、情報の収集に至るまで、八面六臂の活躍を見せている。ふたりとも、ガンディアになくてはならない存在であり、今後も彼らを中心にガンディア軍は回っていくに違いなかった。

 レオンガンドたちが顔を突き合わせているのは、サントレアの南側――つまり、マルディア色の強い区域にあるマルディア軍の施設に聳える塔の上層だった。一階層が丸々会議室になっており、そこに救援軍の首脳陣が揃っている。救援軍の総大将たるレオンガンドを始め、ガンディア軍からは大将軍アルガザード・バロル=バルガザール、右眼将軍アスタル=ラナディース、参謀局第一作戦室長エイン=ラジャールに第二作戦室長アレグリア=シーン、傭兵局長シグルド=フォリアー、ルシオン王妃にして白聖騎士隊長リノンクレア・レア=ルシオン、マルディア政府軍指揮官にして天騎士スノウ・ザン=エメラリア、メレド白百合戦団長アーシュ=イーグイン。

「これでマルディアの全土を反乱軍の手より奪還することができました。なにもかも救援軍の皆様のお陰です。マルディアの臣民を代表して、感謝を」

 スノウ・ザン=エメラリアは、会議室を見回して、深々とお辞儀をした。レオンガンドは、そういったスノウの一挙手一投足に好感を抱くのだ。どれをとっても礼儀作法に則った振る舞いであり、美しく洗練されてもいる。マルディアの王女ユノ・レーウェ=マルディアもそうだったが、マルディア王家に関わる人間というのは、礼儀作法にうるさいのかもしれない。

「いや、スノウ殿、まだです」

「まだ……?」

「まだ、反乱軍を根絶できておりませんよ」

 そういって微笑したのは、アレグリアだ。軍師候補のひとりにして、最近になって戦の魔女と囁かれるようになった人物は、平時においては常に余裕を持ち、堂々としている。戦時になると途端に挙動不審になるのが彼女の彼女たる所以であり、彼女はそういった姿を見せたくないから、後方に待機し、皆の前から姿を隠すのだ。戦術立案者が恐怖に青ざめていると、戦術に不備があるのではないかと不安を煽ることになる。アレグリアはそういった機微を知っているからこそ、戦場には出来る限りでないのだ。防戦に適性があるのも、そういう性格的なものも関係しているのかもしれない。

 一方、もうひとりの軍師候補は、むしろ戦場のほうがいきいきとしているのではないかというくらいであり、前線に出過ぎないように注意しなければならないほど、前に出たがり、周囲を困らせた。

「反乱軍の指導者はゲイル=サフォーでしたね?」

「ええ、そうですが……」

「ゲイル=サフォーの死が確認できるまでは、救援が完了したとはいえませんよ。なにせ、反乱軍はベノガルドの騎士団を頼っている。たとえ反乱軍そのものの戦力が大したことがなくとも、騎士団は強力だ。反乱軍がマルディア領土の半分を手中に収めることができたのも、騎士団の助力があったからこそなのでしょう?」

「その通りです。反乱軍が、独自の戦力のみで反乱を起こしたのであれば、我々だけで鎮圧することも不可能ではなかったはずです」

 スノウは断言した。反乱軍と政府軍の戦力は半々といったところだったが、国民から圧倒的支持を得ている政府軍が負ける可能性は極めて低かった。

「しかし、そうはならなかった。騎士団の力が圧倒的に過ぎたのですね」

「そういうことです」

「つまり、いまここで救援軍を解散することは、先の政府軍の敗北の二の舞いを演じることになりかねないということです。ゲイル=サフォーを討ち、反乱軍を根絶やしにしない限り、彼らは何度だって騎士団とともにマルディアを攻撃してくるでしょう」

「しかし……ゲイルらはベノアガルド領に逃げ込んだのでしょう? どうされるのです?」

「彼らが軍勢を率いてマルディア国内に向かってくるのを待つのもいいでしょうが……そうなると、場合によっては何年も待たなければならないでしょうね」

「流石に救援軍を何年も維持するのは不可能だな」

「なので、ベノアガルドに攻め込み、ゲイル=サフォーのみを討つというのが一番でしょうね」

「だろうな」

「な、なにを仰られるのです? いくら反乱軍を根絶させるためとはいえ、ベノアガルド領に攻め込むとなれば、ベノアガルドと敵対するということですよ?」

「もちろん、まずはベノアガルドにゲイル=サフォーの引き渡しを要請しますけどね」

 エインが微笑む。

「ゲイル=サフォーは、マルディアの国賊であり、政治犯であり、売国奴でもあります。マルディア政府からベノアガルド政府に引き渡しを要請して頂き、その結果次第では、救援軍の活動もそれまでとなるでしょう」

「ベノアガルドが応じてくれるでしょうか?」

「どうかな。やってみなくてはわからん」

(おそらくは、応じないだろうが)

 ベノアガルドは、普通の国ではない。独自の正義を信仰し、その正義に殉じることを厭わず行動を起こしている。かといって、アバード動乱の顛末を見れば、ベノアガルドが必ずしも頑なではないことは明らかだ。動乱当初はアバード王家の要請によってシーラの殺害に終始し、シーラが生存したまま動乱が終結すると、今度は打って変わってバンドールの復興に尽力している。バンドールの復興がベノアガルドに寄与することなどなにもないと思えるのだが、復興に協力する騎士たちの姿は晴れ晴れとしたものであり、アバードのひとびとは感銘を受けたという。

 奇妙な国といわざるをえない。

「もし、応じてくれなかった場合は、実力行使するほかありませんよ。たとえベノアガルドと敵対することになったとしても、ね」

 エインは、にこやかに告げた。

 ベノアガルドは、とてつもなく強大な戦力を秘めた国だ。十三騎士という規格外の戦力を十三人も有し、国土のわりに膨大な兵数を誇る騎士団を持つ。その戦力はおそらくガンディア以上といってもよく、全面戦争となれば、ガンディアが敗北する可能性だって、大いに有り得る。黒き矛のセツナと同等の戦力が十三人もいるのだ。その時点で勝ち目がないように思える。

 しかし、必ずしもガンディアに勝ち目がないわけではない。ガンディアは、一国だけが戦力ではないのだ。同盟国、従属国の全戦力を動員することができれば、たとえベノアガルドであろうとも圧倒できよう。騎士団兵がいかに精強であろうと、数で圧倒できるのはこれまでの戦いで証明済みだ。

「マルディアとしてはなにもそこまで……という気持ちもありますが」

「反乱の芽は、摘んでおくべきです。むざむざ禍根を残す必要はない」

「それは……そうなのですが」

「なに、いざとなれば交渉すればいい。マルディアの方々が心配することはなにもありませんよ」

 レオンガンドは、居心地の悪そうな顔の騎士を見つめながら、救援軍参加国をこれ以上巻き込みたくないと考えているらしい彼のことを快く思った。マルディアにおいて騎士の中の騎士と呼ばれる人物だけあって、よく状況が見えているし、理解できているというべきだろう。マルディアの領土は回復できたのだ。これ以上、救援軍に頼るべきではない、と彼は想っているに違いない。

 しかし、救援軍としては、反乱軍を根絶するべきだと考えている。

 救援軍を解散した途端、再びマルディアが戦場となり、反乱軍に各地を奪い返されては目も当てられないからだ。

(とはいえ……)

 レオンガンドは、エインを一瞥した。エインがほかのだれにもわからないよう、小さく頷く。

 ベノアガルドに戦場を移すかどうかは、今後の展開次第であり、情勢によっては、救援軍を急遽解散しなければならなくなるだろう。

 そういうことも視野に入れた上で、エインは会議を進めていた。



 サントレアを巡る戦いから一夜が明けた。

 マルディア救援軍のうち、もっとも損害を被ったのは、前線を担当したログナー方面軍であり、また、もっとも勝利に貢献したのもまた、ログナー方面軍だった。ドルカ=フォーム率いるログナー方面軍第四軍団によるサントレアの制圧と、ログナー方面軍各軍団による踏ん張りが戦いを優勢に運んだのは間違いなかった。もっとも、敵軍として出張ってきた騎士団兵を数多く撃破し、そのうちの大半を一撃の元に沈黙させたのは、戦いの途中から参加した巨人であり、戦鬼とも呼ばれる彼の参戦と救援軍への援護は、救援軍そのものの士気を高め、戦意を昂揚させた。また、戦鬼グリフの参戦が騎士団を撤退させる最大の要因になったのはだれの目にも明らかであり、戦後、グリフの周囲は彼の参戦に感謝するもので絶えなかった。

 勝利に犠牲は付き物だ。騎士団兵は精強なログナー兵よりも余程強力であり、数の力を頼みにようやく五分以上の戦闘を展開することができたのだが、それでも数多くの兵が負傷し、命を落とした。死者の数は二百人以上に上るといい、重軽傷者だけでも数百人に及ぶという。マルディア政府軍によって取り戻された軍施設の病院はすぐに満員となり、仮設病院が作られることとなった。マリア=スコールとエミル=リジルは、セツナたちの手当をしたのち、仮説病院に駆り出され、夜を徹して医療行為に従事したようだった。

 一方、セツナたちには報告書を纏め上げなければならないという重要な仕事が残っていたものの、それ以外にやるべきことはなく、負傷者は傷の手当をし、それ以外のものは充てがわれた部屋で休息することがゆるされた。

 サントレアの戦いにおいて、セツナ軍の中から死者が出ることはなかった。十三騎士五人との激闘は、セツナが防戦一方でありながら三人を受け持ち、残るふたりを数人ずつで担当したことにより、十三騎士の苛烈な攻撃を分散することができたのだ。それによって、損害を最小限に抑えることができた、ということだ。通常戦力である黒獣隊やシドニア戦技隊の隊士たちが近接戦闘を挑まず、遠距離からの支援に徹してくれたことも大きい。彼らが十三騎士との戦いに真っ向から参加し、近接戦闘を挑むようなことがあれば、何人もの死者が出たことだろう。いくら黒獣隊、戦技隊の隊士たちが歴戦の猛者で、屈強な戦士であったとしても、十三騎士相手にどうにかできるわけもないのだ。為す術もなく打ちのめされ、殺されるだけのことだ。

 それは、黒獣隊、戦技隊だけの話ではない。

 救援軍の死傷者が四桁を越えなかったのは、五人の十三騎士がセツナ狙いで動いたからにほかならないのだ。もし十三騎士がセツナのことなど無視し、救援軍の殲滅に動いていれば、もっと多くの死傷者が出ただろうし、場合によっては壊滅した可能性だってあるのだ。もちろん、セツナたちは十三騎士による殺戮を防ぐために動いただろうが、五人の騎士を完全に抑えきることができたかというと疑問が残る。何人かはセツナたちでは抑えきれず、救援軍に多大な被害をもたらしたことは疑いようがなかった。

 十三騎士がセツナを集中的に狙ってくれたからこその損害の少なさであり、大勝利だった。

 セツナがそのことを実感したのは、サントレアの戦いに参加したセツナ軍がだれひとり欠けることなくサントレアの門を潜り抜けることができたからであり、翌朝、皆の顔を見ることができたからだ。

 サントレア南部政府軍施設の一角にセツナ軍に充てがわれた建物がある。約五十人を収容するには十分すぎるほどの広さを持つ建物には、セツナ軍以外にも《獅子の尾》の隊士たちが集まり、勝利を喜ぶとともにつぎの戦いに備えていた。

 戦鬼グリフも、その施設の目の前にいる。

 成人男性の四倍はあろう巨躯を誇る巨人は、当然、人間用の建物内に入ることなどできず、屋外で待機するしかなかった。大きいのは背丈だけではない。手も足も大きく、太い。体積そのものが常人の四倍以上あり、彼が建物の外に待機するために胡座をかいているだけで場所を取り、通行の妨げになったりしたが、勝利に大きく貢献した彼に文句をいうものはひとりとしていなかった。そもそも、圧倒的な迫力と威厳を持つ巨人を相手に不満をこぼすことほどおそろしいことはない。彼の怒りに触れれば最後、赤子の手をひねるような容易さで殺されるだろう。

 セツナは、二階の窓からグリフの様子を見遣りながら、肩を竦めた。

 アズマリアの目的が、よくわからない。


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