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第千三百十五話 グリフ

「巨人だな」

 セツナは、近づくたびに巨大化しているのではないかと思えるそれを仰ぎ見ながら、思ったことを言葉にした。ラグナの同意が頭上から聞こえる。

「巨人じゃな」

 前方、救援軍の前線にそれは座り込んでいた。成人男性の平均身長の数倍はあろうかという巨躯を誇る存在。その圧倒的な質量以外は人間とほとんど変わらない姿形をしており、顔立ちから肉体の有様まで人間そのものといえるものだった。セツナは、兵士たちに囲まれながらも堂々と座り込み、胡座をかいているその姿に、奈良の大仏などの巨大な像を想起せざるを得なかった。現実離れしすぎているのだが、それは大したことではない。

 セツナはこれまで何度となく想像を圧倒的に上回る巨大な存在と戦ってきたのだ。ザルワーンの守護龍に始まり、クルセルクの巨鬼、ラグナも巨大といえば巨大だった。それらに比べれば、巨人の大きさはまだ可愛い方だとさえいえた。しかし、それら異形の存在に比べると、巨人はあまりに人間に酷似しており、そのことが妙な違和感を覚えさせるのかもしれない。

 胡座をかいて座る巨人を囲む兵士たちは、巨人の圧倒的な質量に気圧されながら、彼の協力によって騎士団を撃退できたことを感謝している風でもあった。

「おまえの知ってる巨人か?」

「いんや、知らぬ。そもそも、わしの知っておる巨人より一回りも二回りも小さいわい」

 ラグナの発言にセツナは愕然とした。

「は?」

「なんじゃ?」

「あれで小さいのかよ」

「子供じゃな」

「まじかよ」

「嘘じゃ」

 しれっと、ラグナ。セツナは憮然と頭上を睨んだが、当然、ラグナの顔が見えるわけもない。

「なんだと」

「いっておくが、子供、というのが嘘じゃというておる。巨人の子供でも、あれより大きいからのう」

「は……」

「いまのは、嘘ではないぞ」

「冗談だろ」

「真実じゃ」

 ラグナの言葉のどこからどこまでが本当で嘘なのか判断のしようもなく、セツナは徒労を感じながら巨人に近づいていった。


「セツナ様、よく来てくだされた」

 巨人をぐるりと取り囲む救援軍兵士の群れの中に、ログナー方面軍大軍団長グラード=クライドが待ち受けていた。セツナは、彼に呼ばれて巨人に近づいていたのだ。どうやらグラードは巨人と意思疎通することに成功し、巨人がセツナに用事があるということを伝えてきたということだった。それで、セツナの元にグラードの使いが寄越されたというわけだ。

「巨人が呼んでいるそうですね」

「ええ、なんでもセツナ様に話があるとか。セツナ様の知り合い……ではありませんよね?」

「まさか。俺に巨人の知り合いなんているわけないじゃないですか」

 セツナは、グラードの疑問を笑い飛ばした。もちろん、グラードの疑問もわからないではない。救援軍に味方した巨人がセツナのことを知っていたのであれば、そう疑いたくもなるだろう。

「竜の知り合いはおるがの」

「下僕がな」

「うむ」

 否定しないどころかどこか誇らしげに頷くラグナに、グラードも呆気にとられたような顔をしていた。グラードにとってはドラゴンのラグナも巨人と同じくらい意味不明な存在かもしれない。

「グラードさんは、巨人とはどうやって意思疎通を?」

「どうもこうも。人間の言葉はわかるようです。共通語が通じます」

「なるほど。それで……」

 セツナは、グラードの説明を聞いて、納得した。共通語が通じるのであれば、だれでも意思疎通ができるというものだ。グラードから巨人に視線を向け、遠巻きに取り囲んでいる兵士の輪の中に進む。

 兵士たちが口々に気をつけるよう囁いてくる。小声なのは、巨人に聞こえないように、という配慮だろうが、セツナは巨人の耳に届いていないはずがないと思ったりもした。巨大な分、聴覚も優れているのではないか。

 兵士たちの気遣いに感謝しながら、巨人の前に進み出ると、セツナは、改めてその巨大さに圧倒された。成人男性の四倍はあろうかという巨躯は、胡座をかいていても、セツナよりもずっと巨大であり、威圧感があった。

 巨人は、こちらを見た。大きな目がぎょろりと動く。端正な顔立ちは、そのまま人間大の大きさになるだけで女性が放っておかないのではないかと思わせるものなのだが、巨大なだけで異形に見えなくもなかった。巨人が口を開く。

「うぬが、セツナだな?」

 巨人の声は、低く、分厚い。そして重く、質量があるかのようだった。強烈な圧力を感じるほどであり、セツナは、彼の言葉を聞くたびに足を踏ん張らなければならなかった。だが、聞き取れない声ではない。むしろ、聞き取りやすいほうであり、それだけがありがたかった。

「セツナ=カミヤ」

「ああ。そうだ。あんたはグリフだったか」

「うむ」

 巨人は、大仰に頷く。わずかに動くだけで大袈裟に見えるのは、巨体故しかたのないことなのだろう。たとえば、いまの声も彼からしてみれば囁くようなものかもしれない。しかし、人間の耳には重く、強く響くのだ。質量の違いがそこに現れている。

「待っていたぞ」

「待っていた? 俺を? っていうか、なんで俺のことを?」

旧友ともから聞いた。うぬが来ると」

 巨人の言葉は、要領を得ず、セツナは彼の言葉を反芻した。

「とも……?」

 巨人の友人がセツナのことを知っていた、ということなのだろうが、巨人を友人とするセツナの知人などいるとは思えなかった。そもそも、この世界におけるセツナの知人など、そう多くはいない。そして、知人と呼べる数少ないひとびとは、ガンディアにいて、この戦いに参加している。そんな風に考えていると。セツナの頭の上でもぞもぞとラグナが身動ぎした。

「あやつが、うぬに助力しろというから力を貸してやったのだ。感謝せずともよい」

「あやつ……だれのことだ」

「アズマリアじゃな」

 セツナは、ラグナが会話に割り込んできたことにぎょっとした。そして、彼が発した名前にも驚いた。アズマリアの名前が出てくるとは想像もしていなかったからだ。さらに巨人の反応、それに続くラグナの言葉にも、立て続けに驚くことになる。

「……うぬは、ラグナシアか。久しいな」

「うむ。久しいのう。何百年ぶりじゃ」

「忘れたわ」

「相変わらず記憶力のないやつじゃ」

 ラグナが呆れ果てたようにいって、嘆息した。

 セツナは、なんの変化もない巨人の顔を見上げ、それからラグナを睨もうとする。が、ラグナの姿はセツナの視界に入っては来ない。

「知り合いだったのかよ」

「顔を見て思い出したのじゃ。そう怖い声を出すでない」

「別に怒ってねえよ」

 告げてから、巨人に視線を戻す。

 実際、怒ってはいないし、怒るようなことでもない。ラグナは何百年どころか何千年、何万年もの時を生きてきたドラゴンだ。巨人に知り合いがいたとしても不思議ではない。巨人は滅亡したとかいう話だったし、グリフはそういった巨人よりも一回りも二回りも小さいらしいのだが、それとこれとは別の話と認識しておくべきだろう。

 しかし、目の前にいる巨人が、ラグナと、アズマリアの知り合いだったという事実は、驚きとともにある種の納得を抱かせるものだった。

「アズマリアの知り合いだったのか」

 問い直しながら、冷静になってみればほかに考えようのないことでもあるのではないかと思えた。アズマリアは数百年、肉体を乗り継ぎながら生きてきたという。巨人の知り合いのひとりやふたりいても不思議ではないように思えた。そもそも、ラグナもアズマリアの知り合いといえば、知り合いだったのだ。アズマリアがけしかけてきたのが、ラグナとの出逢いであり、彼との交友の始まりでもあった。

 巨人が、静かに頷く。

「うむ」

「それで、なんでまたアズマリアがあんたに俺への助力を?」

 セツナは、問いながら、アズマリアの顔を思い浮かべた。ウルクに並ぶ絶世の美女の考えは、いつだって読めない。彼女がなにを考え、なにを求め、なんのために行動を起こしているのか。彼女の言葉を信じれば、この世の理不尽を排除するため、ということなのだろうが、いまいち信じられない。

 というのも、アズマリアのことがよくわかっていないからだ。紅き魔人。竜殺しの異名を持つ伝説的な人物であり、数多の二つ名によって彩られた武装召喚術の始祖。多くのことが謎に包まれた彼女は、リョハンの敵であり、また、ファリアの母親の肉体に取り付いていることもあって、ファリアにとっても明確な敵だった。セツナも、ファリアのことを思えば、アズマリアを許せないという想いもある。一方で、アズマリアのおかげで助かったこともあるし、ラグナと知り合えたという点でも感謝したいくらいだった。

 複雑な思いがあるのだ。

「それは知らぬ。ただ、うぬがこの地に現れることを予見し、この地に現れたのであれば、手助けしてやってほしいと頼まれただけだ。あやつの頼みとあらば、断るわけにもいかん」

「なるほどのう。そういうことか」

「わかるのか?」

「だれもじゃ」

 ラグナが告げてくる。

「我らのうちのだれも、あやつの頼みを断ることはできん。そういう約束じゃからな」

「どういうことなんだよ。それに我らってだれだよ」

「それがあやつとの約束」

「それだけのことじゃ」

 巨人とドラゴンは、セツナの質問には答えてくれなかった。ただ、巨人がラグナの言葉を肯定したところを見る限り、彼の語ることに間違いはないということがわかっただけだ。グリフとラグナが口裏を合わせていないかぎりは、だが、その点では心配していない。ラグナはついさっきまでグリフの存在を忘れていたようなのだ。それさえも隠していたというのならどうしようもないが、ラグナのことだ。そこまで考えて行動することはないだろう。

 セツナは、ラグナのことを信用しきっていた。ラグナとは一年近くずっと一緒にいて、彼の性格は知り尽くすくらいに知っている。彼がセツナを裏切るようなことは、考えにくい。

「よくわからんが……」

「ともかく、この地にいる間は、我が力を貸そう。騎士団など、我が敵に非ず」

 グリフがそういうと、セツナの周囲で歓声が上がった。救援軍の兵士たちにしてみれば、グリフが味方に加わるのだ。心強く、頼もしいことこの上ない。巨人の実力に関しては、だれも疑いを持たない。ついさっきまで騎士団の兵士たちを蹂躙していたのだ。一蹴といっていい。一撃で何人もの騎士団兵を吹き飛ばし、叩き潰していた。それほどの戦力が味方に加わるということの頼もしさたるや、凄まじいものがある。

 セツナは、周囲の反応とグリフの様子を伺いながら、ラグナに手を伸ばした。ラグナは抗うことなくセツナの手に抱えられる。セツナがラグナを目の前まで持ってきたのは、囁くためだった。

(……心強いけど、信用してもいいのか?)

(心配するな。万が一の時はわしがおる。わしがおぬしを護るのじゃ。なんの心配もいらぬ)

 ラグナの言葉は、心強い。

(……わかったよ。ありがとう)

(礼には及ばぬのじゃ。わしはおぬしの下僕故な)

 ラグナが茶目っ気たっぷりに片目を閉じてくる。

「話は終わったか」

「聞こえてたか」

「当たり前だ。しかし、案ずるのも無理はない。我がひとに力を貸すのはそうあることではない故な」

 巨人が笑う。端正な顔立ちに刻まれる笑みは、大きく、人好きのするものだった。それだけで印象ががらりと変わる。セツナが抱いていた緊張感が和らぎ、安心さえ覚える。

「だが、安心せよ。アズマリアとの約定、違えたりはせぬ。そこなドラゴンと同じよ」

「ラグナと同じ……か」

 セツナは、ラグナとアズマリアの関係を思い出した。ラグナがセツナの下僕となる以前、彼はアズマリアの下僕だったのだ。そしてアズマリアにけしかけられてセツナに襲いかかり、敗れたためにセツナの下僕となった。瞬時に生まれ変わることができたのは、偶然だったようだが。

「わ、わしは違うぞ」

 ラグナが慌てた様子でいってきた。

「ん?」

「わしは、わしの意志でセツナについておるのじゃ。そこにあやつの意志は介在せぬ」

「なにをどう取り繕おうと、うぬがそこにいるのは、あやつの意志によるもの。我にはわかる」

「違う……違うぞ。セツナ。わしは、違う……」

「わかってるよ、ラグナ」

 セツナは、ラグナを片手で持つと、右手の指先で彼の小さな頭を撫でながらいった。

「俺はおまえを信じてるよ」

「セツナ……」

 ラグナが、宝石のような目を潤ませた。美しい目がより美しく輝き、セツナがはっとするほどだった。

「まあ、よい。さて、セツナよ。うぬは我を受け入れるか?」

「ああ、よろしく頼む。っても、あんたに頼るような戦いはもうないかもしれないけどな」

「うむ?」

 巨人が小首を傾げるのを見届けてから、セツナは戦場の北端を見やった。

 サントレアには、ガンディアとマルディアの軍旗が翻り、救援軍によって奪還が成功したことを告げていた。

 それにより、マルディアの地は、完全にマルディア政府のものとなったのだ。


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