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第千三百十三話 戦鬼

 それは突如として、出現した。

 前触れがなかったわけではない。

 突然、影が周囲を覆った。頭上に現れた巨大な影が意味するものを理解するよりも早く、それが現れた。それは、地上に激突するように着地し、大地を激しく揺らした。局地的な大地震でも起きたかのような衝撃が大地を駆け抜け、グラードたちは一瞬、身動きが取れなくなった。身動きが取れなくなっただけならばまだしも、それを目にした瞬間、驚きのあまり動転するものも数多くいた。

 それは人間だった。

 とてつもなく巨大な人間だったのだ。

「巨人……」

「巨人だ」

「巨人が出たぞーっ!?」

 敵味方関係なく飛び交う悲鳴にも似た叫び声が、それを端的に言い表していた。

 それはまさに巨人だったのだ。

 成人男性の数倍はあろうかという巨躯は筋骨隆々というほかなく、鍛え上げられたのであろう肉体は山のように巨大で、人間と比較しようもなかった。巨大というところを除けば、人間の男性によく似た姿形をしているのだが、巨大なだけで圧倒された。鎧を身につけているが、得物はない。おそらく、武器など不要に違いなく、実際、それが拳を振り下ろしただけで騎士団兵が為す術もなく潰され、死んだのを目の当たりにして、確信を得る。

 巨人は、その巨大な肉体そのものが兵器となりうるのだ。

 ぼさぼさの髪が背中辺りまで伸びきっており、顔はよくわからない。男だということは、その体型からも想像がつくのだが、本当のところは不明だ。そもそも、巨人などというものが現存しているという話など聞いたこともなければ、そんなものがこのマルディアの地にいるという情報などなかった。

「巨人……」

 グラードは、呆然と、巨人が騎士団兵のみを蹴散らしていく様を見ていた。


「なんだあれは……」

 ドレイクは、大剣を振り抜いてセツナを後退させるとみずからも飛び退いて、戦場に起きた変化に目を細めた。

 突如出現した巨大な戦士が、一方的な暴力によって騎士団を圧倒しているのだ。騎士団騎士は、十三騎士と比較にならないとはいえ、通常戦力よりも遥かに強いはずなのだが、それでさえも、巨大な戦士は赤子の手を捻るような簡単さで蹴散らしていく。圧倒的な質量差がそのまま戦闘力の差になっている。道理だが、理不尽にも思える。

 巨大な戦士の出現そのものが、理不尽なのだ。

「巨人ですね」

「巨人……」

「あれがグリフですよ。エーテリア卿も噂くらいは聞いたことがあるでしょう。戦鬼グリフ」

 と、説明口調で話してきたのは、もちろんカーラインだ。彼はセツナ配下の武装召喚師たちに引き離されていたはずだが、なんとか振り切ることができたようだ。ところどころの負傷は、武装召喚師たちとの激闘の証だ。多対一で押されれば、さすがの十三騎士も押し負ける。相手は歴戦の武装召喚師たちなのだ。容易く倒せる相手ではない。

「戦鬼グリフだと」

 ドレイクは、カーラインの言葉を反芻するようにつぶやきながら、巨人に視線を戻した。鎧を纏った巨人は、騎士団騎士だけを蹴散らしながら、少しずつこちらに向かって進んできている。騎士団を敵と認識しているということは、救援軍が雇い入れていたということだろう。

 戦鬼グリフ。

 彼は、伝説的な存在だった。その物凄まじい戦いぶりから、歴史上はじめて“鬼”と呼ばれた人物であり、彼の伝説は大分断直後の時代から現代に至るまで、数多く存在する。数百年に渡って積み上げられてきた伝説の数々は、彼の存在が空想上のものであると位置づけ、実際には存在しないものと認識させるに至る。しかし、伝説が生まれるたびに実在が確認されていることから、何百年にも渡って生きているのではないか、グリフの名を受け継ぐものたちがいるのではないか、などとまことしやかに囁かれていた。

 故に、いま戦場を席巻する巨人が本物のグリフなのかどうか、ドレイクには判別しようがなかった。しかし、伝説に謳われた人間の数倍はある巨躯を見る限りは、彼が本物のグリフだとしてもなんらおかしくはないし、むしろ彼がグリフであるべきだった。グリフ以外に巨人がいるなど、考えたくもない。

 グリフは、かつて巨人の末裔を自称していたという。

「ええ。反乱軍の話によれば、ネール山脈の奥地にあった小さな街にいたところを確保した、ということだったんですが」

「聞いていないな」

「報告していませんでしたからね。なにせ、伝説の巨人が反乱軍の手で拘束できるなど、考えられないことですから。反乱軍幹部の皆様もこれっぽっちも信じていませんでしたよ」

「そりゃあそうですよね」

「しかし、確認だけはしておくべきだったな」

「確認しにはいきましたよ。当然。本当にグリフを拘束していたのなら、それは、我々の望みに叶うことですし」

 カーラインを見ると、彼は苦笑交じりに目を細めた。

 戦鬼グリフが実在するのであれば、戦力に加えたいというのは、騎士団長フェイルリング・ザン=クリュースの願望だった。無論、騎士団に加えるのではない。救済のための戦力として、招き入れたいというのだ。

 救済は、必ずしも騎士団のみで行うものではない、というのがフェイルリングの考えであり、騎士団の理念ともなっている。

「ですが、確認しにいった先で見たのは、滅ぼされた村と、反乱軍兵士たちの無残な死体のみ。反乱軍兵士たちは皇魔によって殺されたものと判断したのですが……どうやら、グリフの手による犯行だったようですね」

「拘束されていたのは事実で、けれど、グリフにとっては拘束を解くくらい容易だった、ということですかね」

「だろうな。あの様子を見る限り、反乱軍の兵士たちではどうすることもできまい」

 ハルベルトの憶測を肯定したシヴュラは、巨人の様子を見遣っているようだった。巨人は、圧倒的だ。騎士団騎士たちでは手も足も出ない。巨人が軽く暴れるだけで騎士団部隊は半壊し、あっという間に壊滅的打撃を被る。このままでは為す術もなく殲滅されるだろう。

「さて、どうする?」

 そういってルヴェリスが話に入ってきた。彼も敵の猛追をようやく振り切ったらしい。鎧がところどころ破壊され、傷も複数箇所に負っている。苦戦したようだが、それも当然だろう。十三騎士といえど、無敵ではない。最強無比ではないのだ。

 十三騎士が最強無比であるならば、ほかの戦力など不要だ。

「決めるのはローディス卿だ」

「わたしですか?」

「マルディアは卿の担当だからな」

 ドレイクは、カーラインの目を見つめながら告げた。

 十三騎士たちは現在、休戦中だった。巨人が出現してからというもの、セツナとの戦闘さえも放棄していた。もちろん、セツナの動きは常に警戒しているのだが、セツナも巨人のことが気になるらしく、手を止めていた。もしかすると、巨人は救援軍が雇い入れたのではないのかもしれない。セツナや彼の部下たちの反応を見ている限りは、そうだ。

「……こういう難しい判断だけわたしに任せるの、やめていただけませんかねえ」

「担当なんだから、当然でしょ」

 ルヴェリスがいうと、ハルベルトが乗っかる。

「そうですよ、担当なんですから」

「そうだな、担当だからな」

「……スオール卿」

 カーラインがなにかいいたげにシヴュラを一瞥すると、シヴュラは彼の視線の意図がわからないとでもいうような顔をした。

「なんだ?」

「いえ、なんでもありませんよ」

 カーラインは取り付く島もない事を理解したのか、肩をすくめ、嘆息してみせた。それから、言葉を続ける。

「では、皆さん、わたしの指示に従って下さいますね?」

「ああ」

「一旦、サントレアまで退きます」

「一旦?」

「救援軍にグリフが参戦したとあれば、こちらも戦力を再度調整するべきです。場合によっては、他の十三騎士の投入も見当しなければなりません。現有戦力では、黒き矛を抜いて、なおかつグリフを抜くというのは、極めて難しい」

 カーラインの説明は、道理だった。彼のいうことに間違いはない。戦鬼グリフは強い。それも圧倒的といっていいくらいの強さを現在も見せつけている。あれを倒すには十三騎士が力を合わせなければならず、となれば、黒き矛を倒すことは困難となるだろう。二兎は追えない。現有戦力ではどちらかひとりを倒すので精一杯であり、それでは救援軍総大将を討つのは不可能と考えるべきだろう。

 もっとも、巨人も黒き矛も出し抜く方法はある。あるが、推奨はされないし、やるべきではないだろう。

「あなたもそう想いませんか?」

「敵に聞いてどうするよ」

 カーラインに問われたセツナが、当たり前の反応を見せた。頭の上のドラゴンがうなずく。

「そうじゃそうじゃ」

「それに、ここであんたらを逃がすと思うのか?」

 セツナが黒き矛を翻し、構えてみせた。殺気に満ちた構え。戦う気満々といった様子だ。逃がすつもりはないとでもいうのだろうし、実際、逃したくはないのかもしれない。十三騎士をひとりでも多く斃しておきたいのは、彼の本音ではあるのだろうが。

「ええ、逃がすでしょう。逃がすしかありませんよね? あなたがたの戦力で、我々を撃滅するのは不可能」

 カーラインの言葉を、セツナは否定も肯定もしなかった。つまり、不可能ということだろう。実際、十三騎士五人を殲滅するのは、簡単なことではない。十三騎士ひとりならば、セツナが部下と力を合わせれば不可能ではないだろう。しかし、五人となればそういうわけにはいかない。だから、ここまで戦闘が長引いている。

「ということで、此度の戦いはこの辺でお開きにいたしましょう」

 カーラインが告げると、シヴュラが三叉槍を掲げた。渦巻く暴風が五人を包み込み、天へと運ぶ。ウルクという女の砲撃や、ルウファの風弾、ファリアの雷撃が襲い掛かってくるが、ドレイクたちを包み込む暴風圏を突破することはかなわなかった。

 ドレイクたちはシヴュラの竜巻に包まれたまま前線へ赴くと、巨人を牽制するとともに全軍に撤退を命じた。そして、騎士団の各部隊が後退を始め、前線から大きく離れるまで、巨人の相手をするべく対峙した。

 しかし、戦闘には発展しなかった。

 なぜならば、巨人は、騎士団の撤退を見るやいなや攻撃を止めたからだ。

 ドレイクは、沈黙を保つ戦鬼グリフの様子を伺いながらも各部隊が前線を離脱し、サントレアに向かって移動し始めたことに胸を撫で下ろした。

 セツナたちによる妨害も考えられたが、それはなかった。

 だれもが消耗していた。

 敵が撤退を始めた以上、わざわざ戦闘を継続しようとは考えなかったのだろう。

 ともかく、サントレア防衛戦の第一次攻防は、騎士団の惨敗で終わった。


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