第千三百十二話 サントレアの攻防(四)
敵は、五人。
味方は、約五十人。セツナ率いる《獅子の尾》に、セツナの従者たち。セツナ軍黒獣隊とシドニア戦技隊がセツナ側の戦力であり、それら五十人でたった五人の敵に当たっていた。敵は、十三騎士。かつての黒き矛を手にしたセツナと同等の力を持ったベノアガルドの騎士たちは、凶悪とさえいってよく、召喚武装を手にしていない黒獣隊士と戦技隊士には遠距離からの援護に徹してもらうほかなかった。でなければ、十三騎士の攻撃で一蹴され、無為に殺されることになる。十三騎士と直接交戦するのは、召喚武装の恩恵を受けたもののみであり、特にセツナは一度に二、三人の十三騎士の猛攻を捌かなければならなかった。
防戦一方だった。
特にセツナは、十三騎士の苛烈なまでの連続攻撃に晒されており、防御に専念するしかなかったのだ。攻撃に転じる隙がない。ドレイクの猛烈な斬撃を受け止めれば、シヴュラの竜巻が襲いかかってきたかと思えばカーラインの光の槍が飛んでくる。それらをなんとか捌くと、今度はハルベルトが盾を前面に突っ込んでくるのだ。セツナは、十三騎士の猛攻を辛くも受け流しながら、攻撃に転じる方法はないかと思案した。だが、完全なる黒き矛の力を持ってしても、複数名の十三騎士を相手にするのは困難であり、押し切られる可能性さえあった。
現状、なんとか持ちこたえることができているのは、セツナがひとりではないからだ。セツナがひとりであれば、とっくに押し負けていただろう。ファリアの雷撃、ミリュウの攻撃、ルウファの風弾や羽弾がセツナから十三騎士を引き剥がし、エスクの剣やシーラの斧槍が十三騎士の隙を突く。
セツナに攻撃する隙がなくとも、セツナの仲間たちには攻撃する機会があるのだ。それも、セツナが十三騎士の攻撃の大半を受け持っているからであり、十三騎士がセツナを倒すことに意識を集中してくれているからでもある。もし、十三騎士がセツナ以外の戦力を削ることを意識し始めたら、途端にこの戦術は瓦解する。
だからこそ、セツナは攻撃に転じなければならない。十三騎士に、黒き矛の脅威を認識させなければならないのだ。
ルヴェリスの細剣が虚空に走る。セツナは矛の切っ先を叩きつけて細剣を破壊すると、勢いに乗じて前に出た。五感がわずかな空白を見出している。十三騎士の猛攻の空白。数少ない攻撃の好機。体ごと突っ込んだ瞬間、ドレイクの巨躯が眼前に現れる。それも見えている。折れた大剣が頭上から降ってくる。強烈な一撃。左に半身をずらしてかわす。斬撃が大地を割る。十三騎士の攻撃は一撃一撃が凶悪極まりない。まともに喰らえば死ぬ。だがそれは、黒き矛とて同じ。セツナは透かさず黒き矛を旋回させた。至近距離。切るも突くも困難。
(だったら!)
セツナは、ドレイクの胸を矛の石突きで殴りつけた。黒き矛は、ドレイクの胸甲を破壊し、ドレイクの胸を破る。だが、貫くには至らない。ドレイクが後ろに飛んでいたからだ。彼は、兜の下で狂暴な笑みを浮かべていた。戦闘を楽しんでいる。彼が戦闘狂だということは、レコンドールの戦いからもわかっている。
「よっしゃあ!」
叫んだのはシーラだ。
「さすがだぜ、大将!」
「あらん、エーテリア卿の鎧を壊しただけじゃない」
「そりゃあそうだ」
鎧を壊し、胸に傷をつけることができたものの、致命傷には至っていない。重傷ですらなさそうなのは、ドレイクがすぐさま動き出したことからもわかる。そして、それを確認した時には、セツナはカーラインの突きをかわさなければならず、光の槍による連続攻撃も捌かなければならなかった。そこへ竜巻と化したシヴュラが突っ込んでくるのだから、十三騎士の手加減のなさには呆れるしかない。ファリアたちがどれだけ援護してくれても、彼らの攻撃対象はセツナからぶれることがほとんどないため、セツナは防御に徹するほかない。
(だが、通った)
セツナは、ドレイクの胸から流れる血を確認して、黒き矛の攻撃が届くことを改めて認識した。攻撃する隙さえあれば、十三騎士を倒すことは不可能ではない。が。
(その隙がねえ)
「防戦一方じゃな」
「まったくな」
「これでは勝てんぞ?」
「わーってる!」
ラグナに言い返しながら、つぎつぎと迫り来る連携攻撃をすんでのところで捌ききる。三叉槍の突きを柄で受け流し、剣による切り払いを矛の石突で叩き伏せる。大剣の振り下ろしの一撃を紙一重でかわし、竜巻を後退してかわす。カーラインの光の槍は、あらぬ方向に投げ放たれた。
(え?)
光の槍を受け止めたのはウルクだ。光の槍の爆発も耐え切った彼女は、連装式波光砲でカーラインに反撃するものの、カーラインは避けきってみせた。そこへレムの“死神”が襲いかかり、ミリュウのラヴァーソウルが畳み掛ける。連続攻撃がカーラインの攻撃をセツナから遠ざけることに成功した。そしてもうひとり、ルヴェリスがセツナから遠ざけられた。
ファリアの雷撃がルヴェリスを撃ち、ルウファの風弾が追撃となる。さらにエスクとシーラが猛攻を仕掛けたことで、ルヴェリスはセツナに攻撃する機会を失った。
いかに十三騎士が強力であろうと、武装召喚師やそれに匹敵する戦力に連携攻撃を畳み掛けられれば、無視することはできなくなる。
「さすがに、やる」
「こうでなくてはな」
「それでも、わたくしたちの優位はゆるぎませんが」
ドレイク、シヴュラ、ハルベルトの連携に対応しながら、セツナは、自分も同じなのだということを改めて認識した。黒き矛が完全体となり、以前にもまして強くなったとはいえ、複数の強敵を同時に相手にし、緻密なまでの連携攻撃を受ければ、防御に専念するしかなくなるのだ。
(五人じゃないだけましか!)
胸中で叫びながら、仲間たちの無事を祈る。猛攻中は、いい。押している間、相手は攻撃できないのだ。しかし、その攻撃が途切れ、反撃の隙が訪れた直後が危ない。十三騎士の攻撃は、まともに受ければ即死しかねない。
そのとき、セツナは一頭の馬が全速力でこちらに向かってくるのを認識した。感知範囲内を突き進んでくる軍馬に跨るのは、灰色の髪の男。レコンドールで交戦した記憶がある。トラン=カルギリウス。
「“剣聖”まで来るのかよ!」
セツナが叫ぶと、ハルベルトが怪訝な顔をした。
「“剣聖”殿が?」
「彼は反乱軍に属しているのではなかったか?」
「業を煮やしたんだろう」
ドレイクがシヴュラの一言に低く笑った。もちろん、セツナへの猛攻の手を休めることはない。よって、セツナは三騎士の連携を防ぎながら“剣聖”の到来を待つしかなく、“剣聖”の到着とともに不利に陥るのを自覚して、歯噛みした。
(安心せよ、わしがついておる)
(わかってるさ)
セツナは、唐突なラグナの囁きに、つい笑ってしまった。まさか彼に心配されるとは思っても見なかったからだ。だが、嬉しくもあった。ラグナがいる限り、セツナが窮地に陥ったとしても、死ぬことはない。そういう確信が、力になる。
(頼りにしてるさ、相棒)
(相棒……)
ラグナが感じいるように反芻するのを聞きながら、ドレイクの斬撃を受け止める。加減なしの猛烈な一撃。手が痺れるようだった。黒き矛だから受け止められているのだろう。黒き矛でなければ、柄ごと肉体も両断され、死んでいるに違いなかった。
トランを乗せた軍馬がセツナの視界に入ってくる。トランは、レコンドールで使った召喚武装を手にしてはいないようだった。トランに召喚武装を貸し与える武装召喚師たちは、ウルクとシーラが負傷させることに成功していた。アニャン=リヨンとクユン=ベセリアス。ふたりは戦線を離脱せざるを得ず、故にトランは召喚武装を手にしていないのだ。代わりに剣を帯びている。それも複数本だ。セツナはトランが軍馬から降り立つなり、脇目もふらずこちらに突貫してくるのを見た。が、トランがセツナに到達することはなかった。銀髪の“剣鬼”が、トランに跳びかかったからだ。
「セツナ! こっちは任せろ!」
「師匠!」
「おまえも、英雄の意地を見せろよ!」
ルクスは、こちらを一瞥すると、すぐさまトランをセツナの戦場から引き離し始めた。グレイブストーンの鮮やかな剣線が視界を切り刻む。トランは、少し残念そうな顔をしたものの、二本の剣を抜き、ルクスとの戦闘に応じた。トランは、召喚武装を手にしていないものの、ルクスの斬撃に対応しきっていた。さすがは“剣聖”という他ない。
「そうなりますよねえ」
「彼がきたところで、立ち入る余地はなかったのだ」
「そうだな」
セツナは、シヴュラの発言を肯定するとともに跳躍した。足元を掬うようなドレイクの斬撃をかわし、刀身に着地する。ドレイクがにやりとした。刀身を蹴って、飛ぶ。ドレイクは体勢を崩しもしない。
(なんちゅー膂力だよ!)
胸中で驚嘆しながらも、セツナはドレイクの頭部に向かって矛を突き出している。至近距離。ドレイクには避けようがない。彼は、身動ぎひとつせず、右腕を矛の軌道上に差し出した。矛の切っ先が篭手を突き破り、腕を貫く。ドレイクが拳を握る。突きの勢いが死に、切っ先が頭部に至る直前に止まる。セツナは舌打ちした。ドレイクの腕の筋肉に阻まれたらしかった。つまり、ドレイクはわざと腕を貫かせたのだ。咄嗟の判断。頭を破壊されるくらいならば、腕を失うほうがましだということだろうが、だれでも真似のできることではない。セツナは、矛を手放して着地するなり、矛を送還した。透かさず唱える。
「武装召喚!」
全身が光を発し、右手の内に収斂する。黒き矛の再召喚と同時にセツナは後ろに吹き飛ばされていた。シヴュラの竜巻だ。幸い、直撃ではなかったらしく、負傷は大したものではなかった。鎧が砕け、皮膚に裂傷が刻まれただけだ。ドレイクの腕一本と引き換えにしては、軽い。もっとも、直撃ならばラグナが魔法を使ってくれただろうが。
着地と同時に矛を構え直す。息を整え、騎士の出方を見る。
ドレイクが右腕を掲げていた。セツナが破壊した篭手の傷口から血が溢れていた。
「素晴らしい」
ドレイクは、嬉しそうにいった。やはり、彼は戦うのが好きなのだろう。戦闘が好きで、それも、強敵と戦うのが好きなのだ。戦闘狂という認識に間違いはなかったということだ。
「エーテリア卿に傷を負わせるなんて、さすがとしかいえませんね」
「確かにな」
ハルベルトとシヴュラの反応から、十三騎士の中でもドレイクが一目置かれているということがわかる。
(“神武”のドレイク……か)
セツナは、ドレイクが大剣を構え直すのを見つめながら、彼が右腕の傷をものともしないことに少しばかり愕然とした。流れる血も、傷のこともまったく意に介していないようなのだ。負傷など、とるに足らないとでも言いたげな様子だった。
(あやつ、効いておらんのか?)
(そんなわけないだろ)
(しかし、あの反応……)
「ああ。効いているとも」
ドレイクが話に割り込んできたところをみると、彼らの耳は常人より優れているらしい。
「しかし、だからどうだというのだ? この程度では、我らを倒すことなどできんよ」
ドレイクは自負するように告げると、大地を蹴った。
瞬間、大地が激しく揺れ、セツナは、ドレイクが何らかの力を使ったものかと認識し、彼と距離を取ろうとした。だが、ドレイクがセツナへの接近を諦め、ハルベルトとシヴュラのふたりが攻撃を取りやめたことから、いまの地震がドレイクとは無関係だということが判明する。視線を巡らせる。強化された視力は、視線の先の先までをセツナにはっきりと認識させ、地震を起こしたものの正体も明らかにした。
「あれは……」
セツナは、騎士団兵たちが巨大な人影によって空高く打ち上げられるのを目の当たりにして、ただ呆然とした。
傲然と聳え立つそれは、まさしく巨人だったのだ。