第千三百十話 サントレアの攻防(二)
救援軍の全部隊は、開戦と同時に戦術通りに動き出した。参謀局第一作戦室長エイン=ラジャールと第二作戦室長アレグリア=シーン肝いりの戦術は、サントレアの奪還を主眼に置いたものであり、騎士団の撃滅と反乱軍の殲滅は二の次にされている。まずは、マルディアの領土を回復すること。それが一番であり、反乱軍の殲滅はそのあとでいいという考えが、救援軍にはあるのだ。
マルディア救援軍の目的は、反乱軍を撃退し、マルディアの領土を回復することにある。
反乱軍は既に風前の灯といっていい。マルディア軍聖石旅団を元とする反乱軍は、聖石旅団幹部がそのまま反乱軍幹部となった。その反乱軍幹部の多くが、これまでの戦いで命を落としている。元聖石旅団副団長ミラ=ルビード、ネオ=ダーカイズ、ジード=アームザイストの三名は、反乱軍にはなくてはならない人材だったはずだ。それら幹部を失ったうえ、反乱軍独自の戦力も数多く失っており、もはや反乱軍のみでは政府軍に拮抗することさえできなくなっているだろう。
問題は、反乱軍に肩入れしている騎士団の存在だが、それも、反乱軍を殲滅することができれば問題ですらなくなるだろう。救援対象がいなくなれば、騎士団もマルディアに戦力をよこしてくるようなことはあるまい。ベノアガルドが領土拡大の野心を持っているのであれば別の話だが、その可能性は低い。ベノアガルドに野心があるのであれば、十三騎士の力だけで圧倒的な速度で領土拡大できたに違いないのだ。
十三騎士は黒き矛のセツナと同等の力量を持っている。
少なくとも、セツナがこれまで対峙してきた五人は、そうだ。シド・ザン=ルーファウス、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート、ロウファ・ザン=セイヴァス、カーライン・ザン=ローディス、ドレイク・ザン=エーテリア。五人だけが特別強いという可能性も皆無ではないが、報告を見た限りでは、シヴュラ・ザン=スオールもハルベルト・ザン=ベノアガルドも同等の力量を持っていると見ていい。
黒き矛のセツナが十三人もいると考えると、ベノアガルドの戦力は小国家群において並ぶものなしといってもいいだろう。ベノアガルド以上の戦力を保有するのは困難だ。領土拡大を続け、戦力の増強に余念のなかったガンディアですら、ベノアガルドには及ぶまい。それほどの戦力を有しているのだ。
だから危険であり、まともに戦うべきではないのだ。
十三騎士を撃破する必要はない。
倒せるのであれば倒してしまえばいいが、相手は五人。そのような機会が訪れるとは、到底思えない。故にセツナに与えられた使命は、こうだ。
十三騎士を封殺し、救援軍の勝利を導け。
ウルクの砲撃が合図となって戦闘が始まると、まず敵軍が動き出した。
それに気づいたセツナはすぐさま馬を走らせ、部下と配下に進軍を命じた。
そして、迫り来る騎士団部隊の注目を一身に浴びるため、どの部隊よりも早く前進し、敵軍の先頭をひた走るカーラインの部隊と接触。激戦の幕開けとなった。
吹き荒れる粉塵はルウファが吹き飛ばして視界を確保し、ファリアの雷撃がカーラインの光の槍を発射させた。そこへレムの“死神”が襲いかかり、カーラインを馬から下ろすことに成功する。馬から飛び降りている最中のカーラインに向かってエスクのソードケインが殺到するも、カーラインは右手でソードケインを掴んでみせた。そのときには、セツナは彼の眼下に身を投じている。矛を突き上げ、防がれる。
「カーライン・ザン=ローディス!」
「覚えていただき、光栄ですよ、セツナ伯」
カーラインが微笑を浮かべてきた。兜の下、紳士然とした男の柔和な笑みが憎らしいほどの余裕を見せていた。そして、カーラインは空中を蹴って、飛び離れた。どういう原理かはわからないが、彼は空中でもう一度跳躍してみせたのだ。それによってファリアの雷撃とウルクの砲撃を回避した。砲撃は、連装式波光砲によるものであり、光の奔流だった波光大砲とは異なり、いくつもの光の弾丸がカーラインを狙って虚空を奔った。しかし、弾丸はすべてカーラインにかわされ、カーラインは着地と同時にセツナに向き直った。セツナは透かさず地を蹴って跳躍すると、カーラインに肉薄、投げ放たれた光の槍を黒き矛で叩き壊すとともに滑り込み、カーラインの胸元に矛の切っ先を突きつける。背後では、雪崩を打って迫ってきていたカーライン配下の騎士団兵がシドニア戦技隊、黒獣隊との戦闘を開始し始めていた。シーラの雄叫びが聞こえた。
「いやはや、なかなかどうして、一対一では分が悪いようですね」
「そのようだな」
セツナは、カーラインの軽口を聞きながら起き上がり、矛を突き入れたが、当然、カーラインは後ろに飛んで距離を取る。カーラインの得物は槍だが、能力によって現状のセツナよりも広い攻撃範囲を持っている。光の槍による遠隔攻撃は、厄介なことこのうえない。
後方で始まった騎士団兵との戦闘には、レムとミリュウも参加していた。黒獣隊とシドニア戦技隊では対応しきれないからだ。物量差には、質で対抗するしかないのだ。もっとも、しばらくの辛抱だ。すぐにログナー方面軍が黒獣隊、戦技隊に合流し、騎士団兵に当ってくれるだろう。そのときには、レムもミリュウもこちらに加勢してくれる。
そのとき、紫電の雷光がカーラインの足元に突き刺さって小さな爆発を起こし、それを避けようとしたカーラインを強烈な突風が吹き飛ばした。光弾がカーラインの鎧に突き刺さり、爆発を起こす。その瞬間を見逃すセツナではない。大胆に距離を詰め、矛を伸ばす。金属音と火花。やはり受け止められる。
「いえ、多勢に無勢、ですか」
飛び離れながら光の槍を放ってきたカーラインの声には、まだまだ余裕があった。連装式波光砲の光弾の直撃を食らいながら、苦痛の表情ひとつ浮かべない彼の様子にセツナは険しい顔になるのを自覚した。カーラインの鎧が特別分厚いわけではないのは、破壊跡を見れば一目瞭然だ。右脇腹の辺りの装甲が無残に爆砕され、脇腹が露出している。焼け焦げた傷口は、しかしながら致命傷には見えない。
光の槍をかわしながら、再び距離を詰める。が、詰め切れない。頭上と左前方から殺気の塊が飛来してきたからだ。左前方からは馬に跨ったドレイクが、頭上からは竜巻となったシヴュラが、セツナに向かってきていた。ハルベルトもルヴェリスもその進路はセツナに向けられている。
「ですので、こちらもそうさせて頂くとしましょう」
カーラインは槍に光を纏わせながら、そう告げてきた。シヴュラの接近は近い。竜巻となって上空を移動してきたのだ。地上を進むより遥かに早く、セツナとの距離を詰めることができたということだ。
「そう来ると思ったよ」
「なんじゃ、あやつらも同じことを考えておったのか」
「まずは俺を殺す。そうすりゃ救援軍の士気もガタ落ちなんだとさ」
「むう……確かにのう。おぬしを失うのは、わしも嫌じゃな」
ラグナの声を聞きながら、セツナは左に飛んだ。光の槍が右肩を掠め、竜巻が真横に着弾する。暴風が渦を巻いて天に上り、粉塵が舞い上がる。その中心には、シヴュラ・ザン=スオール。三叉の矛を携えた十三騎士は、セツナを見上げながら槍を伸ばしてきた。穂先から小さな竜巻が伸びてくる。破壊力を持った力の渦。さらに左に飛ぶ。左前方から接近してきていたドレイクと鉢合わせする形となる。馬上、大剣を振りかぶった巨躯の騎士が兜の下で目を光らせているのがわかった。彼が叫ぶ。
「いざ、尋常に――!」
「どこが尋常なんだ?」
「だれもかれもが異常という意味では、尋常かもしれんのう」
「おまえがいうなよ!」
「なんじゃと!」
「――勝負!」
「でえい!」
ラグナの非難の声を無視するように、セツナは矛を振りかぶった。馬上から振り下ろされた大剣を矛の切っ先で受け止め、さらに力を込めて切り上げる。黒き矛の切っ先は、ドレイクの大剣を見事に断ち切り、刀身を真っ二つにして見せた。ドレイクが驚嘆するのがわかるが、セツナは彼の表情を見ている場合ではなかった。シヴュラの竜巻と、カーラインの光の槍を注意しつつ、移動する。
十三騎士が三人、セツナの周囲にいるのだ。気を抜いた瞬間、殺されること疑いようがない。それほどの緊迫感がセツナを襲っている。
(だが、それこそ望み通り)
セツナは、ドレイクが馬から飛び降りるのを感覚だけで認識しながら、カーラインとシヴュラの動きをも知覚していた。カーラインにはファリアの雷撃が、シヴュラにはルウファの風弾が牽制攻撃となって襲いかかる。一対三ではない。三対三。しかしながら、敵の三人はセツナに意識を集中しているようだった。ファリアやルウファには目もくれない。
しかし、それこそが、救援軍の戦術なのだ。
救援軍総大将であるレオンガンドが狙われる可能性は十分にありえることがヘイル砦の戦いでわかったため、本陣は主戦場から遠く離れた後方に設けられていた。十三騎士が本陣を襲撃しようにも簡単には襲いかかれない位置。それならばいっそのこと、セツナを狙い撃ちにするほうが簡単ではないかと思わせるほどの距離。
(エインもアレグリアさんもやってくれる)
ふたりの軍師候補は、敵の狙いをセツナに集中させることを考えている。セツナの負担は増えるが、味方の負担は減るという寸法だ。そしてそれは、セツナにとって望むところという他ない。
三人の十三騎士に囲まれながら、セツナは、闘志が湧き上がってくるのを認めた。まだまだ追いつめられてもいない。無論、十三騎士が強敵なのは承知の上だ。ウルクの波光砲をまともに食らってもものともしない当たり、尋常ではない。
「さすがは黒き矛。我が剣を真っ二つにするなど、並大抵のことではないぞ」
大地が揺れるような野太い声は、ドレイクのものだ。馬から降りた彼は、堂々と歩いてセツナ包囲網に参加すると、刀身の半ばで折れた大剣を胸の前に掲げた。水平にして、折れた部分に目を向けている。セツナは、ドレイクが攻撃に参加してこないことに感謝しながら、竜巻と光の槍の猛攻を回避し、ドレイクではなく、カーラインに襲いかかった。だが、カーラインへの攻撃は竜巻によって妨げられ、シヴュラへの攻撃は光の槍によって防がれてしまう。攻防一体とでもいうべき連携は、十三騎士としての団結力や経験がものをいうのだろうが。
「あんたごと真っ二つにしたかったんだがな」
「そううまくはいかんさ」
「いってくれればいいのにな」
「ならば、つぎこそは我を真っ二つにするがよい」
ドレイクは、折れた刀身にそって右手を走らせた。刀身に不透明な光が奔り、刀身の折れた部分を補っていく。淡い光の剣。シドの雷光の剣やロウファの光の弓、カーラインの光の槍があるのだ。ドレイクにそのような能力が使えたとして、驚きにも値しない。
「できるのであれば、の話だがな」
ドレイクがそう告げてきたのは、彼自身の自信の現れでもあったのだろうが、それ以上にセツナ包囲網の分厚さに起因するような気がしてならなかった。
「我が名はハルベルト・ザン=ベノアガルド! 十三騎士がひとりにして、“王道”」
どこからともなく飛んできた騎士が、剣と盾を掲げながら告げてきた。兜の下の顔には溌剌としたものがあり、好青年らしいことを予感させる。声も若く、活気があり、ほかの十三騎士に比べても眩しいくらいだった。すると、別方向から馬に乗って現れた騎士が、ハルベルトと名乗った騎士を見遣りながら、なんともいえない声でつぶやくのが聞こえた。
「えーと、あたしもやったほうがいいのかしら」
「もちろんです!」
ハルベルトが全力で肯定する。
「仕方ないわね。我が名はルヴェリス・ザン=フィンライト。十三騎士がひとりにして、“極彩”」
女性みたいな口調だが、声は低い男の声そのものであり、ルヴェリスが男性だということは間違いなさそうだった。十三騎士は揃いの蒼白の甲冑を身に纏っているようなのだが、彼の鎧だけ、ほかの騎士の鎧とは色々と違っている。改造しているらしく、他に比べると華々しさがあった。得物は細身の刀身が特徴的な剣。レイピアだろう。
ルヴェリスが名乗りを上げると、カーラインが徐ろに槍を掲げた。
「ふむ。我が名はカーライン・ザン=ローディス。十三騎士がひとりにして、“絶槍”」
「よかろう。我が名はドレイク・ザン=エーテリア。十三騎士がひとりにして、“神武”」
なぜか、ドレイクまでも続けて名乗り、大剣を構えてみせた。十三騎士それぞれの名乗りには迫力があり、セツナは、気圧される想いがした。攻撃する隙が一切見えないのだ。もし隙があったとしても、それこそセツナを誘い込むための罠にすぎないだろう。
セツナは黒き矛を握る手に力が篭もるのを認め、静かに息を吐いた。緊張感が筋肉を固め、反応が鈍るようなことが合ってはならない。
間が、あった。
場の視線が、ひとりの騎士に集中する。まだ名乗りを上げていないシヴュラにだ。
「……やらんぞ」
彼は事も無げに言い放つと、槍の穂先に竜巻を発生させた。
「ええ!? なんでですか!?」
「そうよ!? なんでよ!?」
「ここは空気を読んでしかるべきでしょう、スオール卿」
「これだから卿は困る」
シヴュラを除く四人が、猛烈な勢いで彼を非難する。戦場の緊張感はどこへやらといった感じだが、かといって、騎士たちはだれひとりとして気を抜いてはいないし、注意をそらしてもいない。五人が五人、セツナたちの動きを完全に把握している。セツナが隙を見せれば、反射的に襲い掛かってくるに違いない。
「なぜわたしが非難されなければならないのか、不可解極まりないな」
「そりゃああんたの乗りが悪いからだよ」
やれやれと頭を振るシヴュラに対して、セツナは同情しつつも言い切った。それから、矛を構え直す。
「我が名はセツナ・ゼノン・ラーズ=エンジュール・ディヴガルド。ガンディアの黒き矛なり!」
「おお!」
「素敵よ!」
「素晴らしい」
「良いな」
「……まったく、戦闘中になにをしているのか」
拍手喝采とでもいうべき四人の反応に対し、シヴュラは深々とため息を浮かべた。
「本当、どうかしているわね」
背後から聞こえてきた嘆息に、セツナは苦笑を浮かべた。
「セツナ、状況、わかってるの?」
「わかってるさ」
告げる。
「史上最悪の状況だってことくらいはな」
十三騎士五人が相手とはつまり、かつてのセツナを五人相手にするようなものなのだ。