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第千三百七話 巨人

「なにごともなかったようで、安心したよ。知らせを聞いたときはぎょっとしたがな」

 レオンガンドが笑いながら手ずからお茶を入れてくれているのを、セツナはただただ感激しながら眺めていた。

 ウルクに抱きつかれた衝撃で意識を失い、回復してから半時間後のことだ。マリアの見立てによってなんの問題もないと診断され、安堵したのはセツナも同じだ。マリアによる手当と指圧を受け、それでどうにか動けるようになったところでレオンガンドからの呼び出しがあった。

 救援軍は合流地点に野営地を構築しており、セツナがレオンガンドの居場所に向かうと、無数の天幕が立ち並んでいるのが見えたものだった。奪還した各都市に残してきた防衛戦力を除く全戦力がこの野営地に揃っている。一万を優に越える将兵たちが入り乱れる様は、圧巻というほかなく、セツナはそれら将兵たちの視線を集めながらレオンガンドのいる天幕に足を踏み入れている。

 天幕の中には、レオンガンドひとりしかいなかった。側近のゼフィル=マルディーンもいなければ、大将軍などの軍幹部もいない。アーリアさえいないのは、セツナのことを信用してのことなのだろう。それがセツナには嬉しい。

「まあ、さすがにウルクも手加減はしてくれたようですし」

 セツナは、回復後、いつものように無表情、無感情に謝罪してきた魔晶人形のことを思い出しながらいった。ウルクは自分のせいでセツナが意識を失ってしまったことが衝撃的だったようだ。人間の脆さは知っていたものの、まさかあの程度で意識を失うことになるとは想像もできなかったらしい。一緒に謝ってきたミドガルドは、二度とこのようなことがないよう調整し直すといっており、ウルクもミドガルドに頼み込んでいた。

 ミドガルドによって調整し直されれば、ウルクが抱きついてきても意識を失うようなことはなくなるのだろう。そうなれば、ウルクも思い切りセツナに抱きついてきたりするのだろうか。想像すると、面白いような、なんともいえない光景が脳裏に浮かんだ。

「ウルク……彼女には感情があるそうだな。わたしにはわからないが」

「ええ。ありますよ。間違いなく」

「人間が創りだした人形に心が宿り、自我を得た……そんな奇跡のような話が実際にあるとは、到底信じられることではないな」

「でも、事実です」

 セツナは、言い切ったものの、レオンガンドの気持ちもわからないではなかった。ウルクは、ミドガルドらディール王国の魔晶技術者によって創りだされた人造人間だ。それも、本来ならば自我など生まれるはずのない存在だったのだ。術式による遠隔操作を基本とする戦闘兵器――それが魔晶人形なのだ。開発責任者であるミドガルドでさえ、彼女に感情が芽生えることなど想定していなかった。だが、ウルクには自我があり、心があり、感情がある。それは、セツナに抱きついてきたことからも明らかだ。

 ファリアの話によれば、ウルクはセツナに抱きつくかどうか迷っていた節があり、エスクが焚き付けた結果、彼女がセツナに飛びつき、セツナが意識を失うという惨事に発展したというのだ。意識を取り戻し、事情を知ったあと、セツナがエスクを問い詰めると、彼もまさかああなるとは予想していなかったと平謝りに謝ってきたものだった。彼としてはただ大騒ぎになることを期待したのだという。

 セツナは、エスクにウルクに謝っておくよう注意している。

「ウルクは人間ではありませんし、それでも心があり、感情を持っているんですよ」

「君や皆の報告を信じないわけではないさ。ただ、信じがたいことだと思ったまでのことだよ」

 レオンガンドが微笑みを浮かべた。隻眼の獅子王の笑顔はいつになく優しく、セツナをして安らぎを感じずにはいられないほどだった。天幕の中。ほかに比べて多少広いとはいえ、決して広すぎるわけではない。レオンガンドとアーリアが過ごすためだけの空間だ。特別なにがあるわけでもなかった。

 小さな卓の上に置かれた茶器にレオンガンドみずからが注いだお茶が、香り豊かな湯気を立ち上らせている。

「なんにせよ、人気者は大変だな。羨ましく思えないほどだ」

「はは……」

 セツナは、レオンガンドの冗談に笑顔を返しながら、茶器に手を伸ばした。レオンガンドの視線を意識しながらお茶を口に含み、喉を潤す。少しばかり喉が渇いていた。

 一服したあと、レオンガンドが口を開く。セツナがお茶を飲み込むのを待っていてくれたようだった。

「……敵にとっても、君は人気者らしいな」

「報告書、読まれましたか」

「当然だ。レコンドールの戦い、ご苦労だった」

「陛下に労りの言葉をいただくなど、恐悦至極です」

 セツナが感謝の言葉を述べると、レオンガンドが表情を綻ばせた。しかし、すぐに厳しい表情になる。天幕内の空気が重くなったのは気のせいではあるまい。

「……騎士団は、君を倒すことで救援軍の士気を下げようと考えた、ということだな」

「おそらくは、そうなります」

「十三騎士に対抗しうる数少ない戦力である黒き矛を沈黙させることができれば、反乱軍と騎士団は救援軍に対し優位に立てる。騎士団が君を真っ先に仕留めようとするのも道理だ。わたしのような素人でも、まずは君を狙うだろう」

 レオンガンドの言葉にセツナはうなずくことで同意を示した。セツナであったとしても、そうしただろう。まずは敵の主力中の主力であるセツナを倒すというのは、定石といってもいいのではないか。本隊との合流の間、エインと話し合ったのだが、そのエインにしてもセツナを落とすことに注力しただろうといっていた。黒き矛のセツナは、救援軍の中でも飛び抜けて強力な駒だ。しかも、ガンディアの英雄として、ガンディア軍全体への影響力も強い。セツナ自身ではわからないことだが、エインがいうのだから、そうなのだろう。

 セツナが落とされれば、ガンディア軍の士気は激しく低下するといい、その影響で救援軍全体の士気も下がるに違いないとのことだ。

 セツナひとり死ぬことで戦力そのものも、低下する。

『特にガンディア軍はセツナ様に頼りきりですからね。セツナ様を失うのは、大損害というほかない』

 エインは、セツナの目を見つめながら、そう告げてきた。彼が本当にそう想っていることの現れなのだろうが、それにしても褒め過ぎなのではないかと思わないではなかった。もちろん、セツナは自分の戦力としての価値をある程度は認識している。しかし、みずからを過大に評価するようなことはなく、エインによる評価でさえ過剰なのではないかと思ったりした。

「さて、問題はつぎだ」

「つぎ?」

「サントレアだよ」

 レオンガンドは、静かにいってきた。サントレア。つぎの戦いのことをいっているのだろう。サントレア奪還こそ、マルディア救援軍最後の戦いとなるだろう。

「サントレアには、ベノアガルドが反乱軍に寄越した十三騎士が集合していることだろう。君がレコンドールで抗戦した二名に、本隊がヘイル砦で戦った二名。それに元々サントレアにいた一名――合計五名の十三騎士が待ち受けているというわけだ」

「五名……」

 サントレアが激戦地となるのは、想像していたことではある。十三騎士が結集していることもだ。しかし、五人というのは考えてもいなかった。そもそも、ヘイル砦にふたりの十三騎士が待ち受けていて、なおかつ本隊が勝利することができるなど、想像の範疇を超えている。それもこれもミリュウの活躍のおかげだというのが本隊の下した結論であり、ミリュウがいなければもっと困難な戦いになっていただろうとのことだ。

 そこまで評価されているのだ。

 ミリュウには、この一連の戦いが終わったら、なにかしらしてあげるつもりだったが、いまのところなにも考えていなかった。考えられる余裕がない。いっそミリュウに考えさせるのもいいかもしれない、とも想っているが、ミリュウのことだ。なにを求めるのかわかったものではない。彼女に任せるのも考えものだ。

 それはそれとして、レオンガンドとの話だ。

「その五名が全員、君を狙ってきた場合、君は対処しきれるか?」

「御命令とあらば」

「そういうことをいっているのではない」

 セツナの即答に、レオンガンドは眉を顰め、ため息をついてきた。

「わたしは、不安なのだ」

 レオンガンドがセツナの目を見据えてくる。透き通った碧眼は、いつ見ても美しく、吸い込まれるような感覚さえある。

「十三騎士の実力をこの目で見た。十三騎士は、確かに君のいうとおりだった。君の評価通り、かつての黒き矛に匹敵する力量の持ち主たちだ。ヘイル砦で戦ったシヴュラ・ザン=スオールも、ハルベルト・ザン=ベノアガルドもな。おそらくは、十三騎士全員の実力は拮抗しているのだろう。どういう理屈なのかは知らんが、そんな気がする」

「ドレイク・ザン=エーテリアも、カーライン・ザン=ローディスも、シドたちと同程度の力を持っていました。陛下の考えておられることで間違いないでしょう」

「理屈は、わからんがな」

「わたしにも、わかりかねます」

「きっと、我々には窺い知れない秘密があるのだろうが、いまは、そのことそれ自体はどうでもいい。問題は、サントレアの奪還において、君が五人の十三騎士と戦わなければならないかもしれないということなのだ」

 レオンガンドの不安も理解できないものではなかった。確かにレオンガンドのいうことももっともだ。十三騎士ふたりを相手にして防戦一方にならざるを得なかったということ考えれば、十三騎士五人が相手ともなれば、さらに一方的な戦いとなり、押し負けることも考えられた。

 黒き矛は、完全なものとなり、強くなった。それこそ、以前とは比較にならないほどだ。だが、それはセツナが制御しきれないほどのものであり、制御できるように力を絞れば、途端にそこまでのものではなくなる。十三騎士ふたりと“剣聖”を同時に相手にして、防戦一方にならざるをえなくなる。

 もちろん、それでも十二分に強い。

 完全化するまえの黒き矛ならば、一対二の時点で押し切られ、負傷していた可能性も高い。それくらいの違いはあるのだが、それでも、まだまだ足りない。

 十三騎士を相手にしようと考えるのであれば、もっと力を引き出さなくてはならない。

「無論、君がひとりで十三騎士を請け負う必要はない。君には優秀な部下がいて、配下がいて、従者たちがいる。それらを駆使し、一対多数にならないよう立ち回ってくれればいいのだ」

「そのようにするつもりです」

「そうしてくれたまえ。エインもアレグリアも、そのように戦術を立てるだろう」

 レオンガンドは、少しばかり安堵したようにいってきた。だが、それだけで話は終わらなかった。

「ただ、ひとつ、気がかりなことがあるのだ」

「気がかりなこと、ですか?」

「ヘイル砦奪還戦における詳細な報告書には目を通したか?」

「はい」

「報告書にはこう記されていたはずだ。ミリュウによる砦の破壊後、シヴュラ・ザン=スオールが本陣に特攻してきたが、これまたミリュウが撃退したことでわたしや本陣にいたものたちは無事だった、と」

 報告書では、ミリュウの二度に渡る活躍が賞賛されており、ひとつは砦破壊であり、もうひとつが本陣防衛だった。シヴュラ・ザン=スオールがどういうわけか竜巻となって本陣に殺到し、レオンガンドは窮地に立たされたのだが、突如として噴き出した光がシヴュラを竜巻ごと本陣から吹き飛ばしたのだという。それがミリュウの仕業だというのは後で明らかになり。ミリュウは攻防ともに最大の活躍をしたとして褒め称えられている。

「はい。それがなにか……?」

 セツナは、レオンガンドの険しい表情から彼の考えを読み取ろうとした。しかし、レオンガンドがなにを危惧しているのか、さっぱりわからない。

「報告書には書いていないがな、わたしは見たのだ」

「なにをですか?」

 慎重に、尋ねる。緊張感が天幕内の空気を包み込み始めていた。

「ミリュウが発した光の中に突如として別の騎士が現れ、シヴュラを庇い、本陣から飛び去るのをな」

「突如として……つまり、空間転移ということですか?」

「おそらくはそうだろうが、わたしが気にしているのはそこではないのだ」

「え?」

 セツナは、レオンガンドがなにをいいたいのか、まったく想像もできなかった。空間転移はそれだけで脅威に値する能力なのだが、それではないという。

「光の中に現れた騎士は、常人とは思えなかった」

「どういうことです?」

「シヴュラよりもずっと大きかったのだ。シヴュラは長身の男だが、その彼の何倍もの体躯があり、シヴュラを包み込むことで光の攻撃から彼を庇ってみせたのだ」

「何倍も……?」

「まるで伝説でいうところの巨人族のようだったよ」

「巨人族……」

 そんな種族がこの世界に存在していたということさえ知らなかった。神やドラゴンだ存在する世界だ。なにがあってもおかしくはないし、不自然なことではない。そして、伝説上で語られることについてセツナが知らなかったとしても、不思議ではない。セツナはこの世界に召喚されて約二年になるが、この世界のすべてを知り尽くしたわけでもなんでもない。まだまだ知らないことはたくさんあり、巨人族の存在もそのひとつだったというだけだ。

 しかし、巨人族なるものが存在したという可能性を考慮しなかったのは、セツナの落ち度かもしれない。イルス・ヴァレは幻想の世界だ。魔法めいた力があり、神がいて、ドラゴンがいる。巨人がいたとしてもなにひとつ不自然ではない。むしろいて当然なのではないかとさえ思える。

 巨人といえば、セツナの世界でも数多の伝説や神話に現れる。

 この世界にいないわけがなかった。

「そんなものがいるのかどうかはともかく、騎士団の中に巨人族の末裔でも紛れ込んでいたのかととも考えたが、どうやらそうではないようなのだ。開戦から戦後に至るまで、そんな騎士は目撃されていないのだ」

 レオンガンドは、険しい顔つきになった。

「十三騎士の能力のひとつなのかもしれない」

「……十三騎士の能力」

 反芻し、その可能性を認める。

 十三騎士は、特異な能力を持っていた。シド・ザン=ルーファウスは雷光の剣を用い、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートは人間技とは思えない剛力を誇った。ロウファ・ザン=セイヴァスは光の矢を放ち、カーライン・ザン=ローディスは光の槍を発射した。ドレイク・ザン=エーテリアの能力は不明だが、セツナに対応することができるというだけで、異常だ。シヴュラ・ザン=スオールは竜巻を生み出し、ハルベルト・ザン=ベノアガルドは、盾から閃光を放ったという。

 それらとは異なる能力として、身体を巨大化することができるとでもいうのだろうか。

「もし、五人の十三騎士がその能力を駆使してきた場合のことを考えるとどうもな」

 視線を落とし、セツナは己の両手を見た。なぜ、自分の手を見たのか、わからない。わからないが、レオンガンドの不安に反応している自分がいることには気がついていた。

「不安でならない」

 もし、五人の十三騎士が巨人化する能力を持ち、駆使してきた場合、セツナは対応できるのだろうか。

 いや、セツナだけではない。

 救援軍はそれに対応できるのだろうか。


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