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第千三百五話 合流(一)

 救援軍第二別動隊がレコンドールを発したのは、レコンドール奪還の四日後、三月二十三日のことだ。激戦による疲労の回復と部隊整理に手間取ったこともあるが、まずは第一別動隊との合流を優先した。

 第一別動隊はシクラヒムを戦闘もなく手に入れたことで、シクラヒムに防衛戦力を残しただけでレコンドールへの移動を開始しており、合流に時間はかからなかった。二十一日には合流を果たしている。

 シクラヒムには、シールウェールの防衛に当たっていたベレル豪槍騎士団が入り、防衛任務についている。それまで豪槍騎士団が受け持っていたシールウェールは、王都からきたマルディア軍に任せたのだ。シクラヒムが救援軍の手に落ちたことで防衛線が引き上げられ、政府軍も安心してシールウェールに入ることができたということだ。

 そこまでしなければ動けない正規軍とはなんなのかと考えないではないが、反乱軍討滅を救援軍に任せきっているということだと思えば、納得出来ないことではない。

 ともかく、セツナたちは第一別動隊のエインたちと合流を果たしたことで、別働隊としてサントレアを目指して進軍を再開した。それが二十三日のことであり、その頃には、本隊がヘイル砦の奪還に成功したという報せも届いている。

「奪還……といえるようなものじゃないらしいですが」

 セツナの元に報せにきたのはエインであり、彼の困ったような笑顔が印象的だった。

 報告を聞けば、エインが笑いたくなるのも当然とうなずけるものであり、セツナは皆と顔を見合わせたものだった。

「砦を破壊か……」

 報告によれば、ミリュウがヘイル砦奪還戦で勝利を呼び込むほどの活躍をしたという。ヘイル砦そのものに壊滅的打撃を与えることで砦に篭もる価値、護る理由を失わせて動揺を誘い、そこを大将軍らが敵指揮官を討ったことで勝利したという話だった。結果、ヘイル砦は砦としての機能を失ったものの、救援軍本隊の損害は最小限に抑えられ、死傷者の数も想定よりずっと少なく済んだということであり、報告書はミリュウの活躍をこれでもかというくらいに褒め称えていた。本人に見せたいほどだが、ミリュウはその報告書を見たところでどうも思わないかもしれない。彼女には、そういうところがある。

「さすがはミリュウ様でございますね」

「ミリュウがのう」

「なんつーか、すげえな……」

 ミリュウの活躍内容を知った皆の反応は、セツナの驚きと同じようなものだった。レムは手を叩いて喜び、ラグナはセツナの頭の上で丸まったまま動かず、シーラは報告書を手に取って呆然とした。そうもなろう。報告書を信じる限り、ミリュウがたったひとりで堅牢な砦を破壊し尽くしたということなのだ。詳細は不明ながら、ミリュウにそれだけの力があるということにほかならず、いままでの彼女からは想像もつかないことだった。

 ミリュウは確かに強い。優秀な武装召喚師で、単純に優れた戦士でもある。しかし、砦に壊滅的な被害をもたらすような召喚武装が扱えるなどという話は聞いたこともなかった。いまのいままで隠し通していたのか、新たに得た力なのか。

 おそらくは後者だろう。

 龍府の旧リバイエン邸に籠っている間に得た力がそれなのかもしれない。

「はっはっはっ。大将も大変ですな」

 大笑いに笑ったのはエスクだ。彼は報告書に目を通すなり、セツナの背中をばしばしと叩いてきたものだった。エスクのそういう気安さは、むしろセツナ好みであり、好き放題させているのだが、レムとラグナはともかく、ウルクはそんなエスクを常に警戒の目で見ていた。セツナの護衛を優先に考えるウルクには、エスクの粗暴さが目に余るのかもしれない。もちろん、ウルクはセツナの命令こそ最優先にしてくれることもあり、彼女がエスクに拳を繰り出すようなことはない。そんなことがあれば一大事だ。いかに“剣魔”とはいえ、常人には違いないのだ。通常武器で傷一つつかない精霊合金製の拳で殴られれば、骨のひとつやふたつ簡単に粉砕されてしまうだろう。

「なにがだよ」

 セツナは、エスクを仰ぎ見た。当然だが、エスクのほうが遥かに上背がある。そういう意味でも、彼はルクスとは大きく違った。ルクスの身長もセツナよりは高いのだが、それでも仰ぎ見なければならないほどではない。エスクは身の丈も筋肉の総量も、セツナの遥か上を行く。そんな彼が上からにやりとしてきた。

「ミリュウ殿は大将に首ったけなわけでしょ?」

「あ、ああ……」

 肯定する。否定しようがない。ミリュウとはあまり親しそうにないエスクから見ても、彼女のセツナへの愛情は隠し切れないものがあるのだろう。エスクだけではない。だれがどう見ても、ミリュウはセツナにぞっこんなのだ。セツナが照れくさくなるくらい、彼女の愛は野放図で熱烈で狂暴だ。ミリュウがセツナの愛人と噂されるのは、そういった彼女の言動が原因なのだろうが、ミリュウとしては愛人とされるのも悪くないと想っているようなのだから、どうしようもない。それに純然たる好意でしかないのだ。邪険にもできない。

「大将がミリュウ殿に隠れて浮気なんてしようものなら領地ごと消し飛ばされそうじゃないっすか」

「怖いこというなよ」

 セツナは、エスクの発言に寒気を覚えた。たとえセツナにその気がなくとも、ミリュウが勝手にそう思い込むことだって十分にありうる。そして、思い込んだ結果、領地ごと消し飛ばされるなど、想像したくもなかった。

「そうですよ。御主人様に浮気をするほどの甲斐性があるなどと買い被らないでくださりませんか!」

「お、おう……」

 レムの剣幕に、エスクが気圧され、セツナは憮然とした。言葉の内容が内容だ。彼女がまるで主を主とも思っていない発言をするのは、いまに始まった話ではないが。

「それは褒めてるのか貶してるのかどっちだ……」

「ご想像にお任せいたします」

「そ、そうか……」

 シーラが青ざめた笑みを浮かべたのは、レムが満面の笑みで応対したからだろうが。

 セツナは、そんなレムにも寒気を覚えたりした。

 そんなときだ。ウルクが机の上に投げ出された報告書を手に取り、まじまじと見つめているのがセツナの視界に飛び込んできた。ウルクは、文字を読むこともできるらしい。共通語は完全に把握しており、古代語もある程度はわかるくらいだといい、ミドガルドはウルクの学習力は驚嘆に値するものだといっていた。そんな彼女にとって興味を引くものでもあったのかとセツナが見ていると、ウルクは、報告書を手にしたまま、こちらに目を向けてきた。

「セツナ」

 美しい無表情の中で淡く発光する双眸は、妙な静けさを感じさせる。

「どうした?」

「セツナが命令してくだされば、都市くらい破壊しますが」

「は?」

 セツナは、ウルクの発言に一瞬我が耳を疑った。が、すぐに聞き間違いでもなんでもないことを理解し、理解するとともに小さく混乱する。彼女がなぜそんなことをいってきたのか、どうも脈絡がない気がする。

(いや……)

 セツナは、胸中で頭を振ると、彼女が手にしているものに意識を向けた。報告書。彼女は報告書の内容を理解し、さきほどの話題を理解したのだろう。

「あ、ああ……ウルクはいまでも十二分に役立っているよ」

「そうですか」

「だから、なにも心配しなくていい」

「心配?」

 ウルクが小首を傾げる。無機的な声、無感情に見える反応。しかし、彼女には確実に感情が存在するということが感覚的にわかる。だから、セツナは彼女の扱いにも慎重にならざるをえない。

「いまのままでいいってことだよ」

「そういうことですか。理解しました」

 ウルクは、セツナの説明に納得したのか、報告書を机の上に置くと、部屋の隅まで下がっていった。彼女はいつも部屋の端か隅にいる。部屋全体を見渡すことができる場所が定位置なのだ。

「なんじゃ? ウルクのやつ」

 セツナの肩に下りてきたラグナが怪訝な顔をした。

「御主人様がミリュウ様を称賛されたことで対抗意識を持たれたのでしょう」

「うん」

 おそらくは、そうなのだろう。厳密にいうと、部屋の隅にいた彼女は、セツナたちが賞賛している内容が気になり、報告書に目を通したのだ。そして、報告書に書かれている内容から、セツナたちがミリュウの砦破壊を褒め称えていることを理解した。そこでなぜ対抗意識を燃やすのかはわからないが、ともかく、ウルクは対抗意識を持ったのだ。

「やっぱ、感情あるよな」

 セツナは、部屋の片隅で室内を見渡す魔晶人形を見遣りながら、つぶやいた。レコンドール解放後のことからいまのことまで、彼女の中に感情があるということは明らかだった。ただし、感情があるといっても、普段のウルクの言動は相変わらず無感情であり、声に抑揚もないため、彼女の感情を感じ取るのは困難というほかない。

「しかも、可愛らしい」

 レムがどことなく嬉しそうにいった。

「かもな」

「むう」

「ラグナまで対抗意識を燃やすなよ」

「わしがそんなものを抱くわけがなかろう」

「だったらなんだよ」

「なんでもないのじゃ」

「なら、いいけどよ」

 とはいいながらも、セツナはラグナの反応が気になった。彼の目には、魔晶人形はどのように映っているのだろうか。人間と同一の存在とは思っていないようだが、生物として捉えているのか、無生物として認識しているのか。

 そんなことが気になったりした。

 それはレコンドール出発前のことであり、そういったあれこれを経て、別働隊はレコンドールからサントレアへの進軍を開始した。

 


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