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第千三百三話 サントレア

 サントレアは、マルディア最北の都市だ。

 ベノアガルドとの国境に連なるネール山脈の出入口とでもいうべき場所に位置していることから、古くからマルディアとベノアガルドの交流の中心として機能していた。そのことから、交流が活発になると栄え、両国間の仲が悪くなると寂れるという循環を繰り返しながら、歴史を刻んでいる。

 ネール山脈の出入り口であり、東西に聳える峻険な山々がある種の防壁として機能しているため、南北に走る道しかなく、都市の門も南北にしかない。もちろん、北に向かえばベノアガルド国境があり、南に向かえばマルディアの各都市に通じている。

 ベノアガルドとの縁が深い土地柄か、サントレアの北側はベノアガルド色に染まっており、ベノアガルド様式の建築物で埋め尽くされている。一方で、南側はマルディア色が濃く、宝飾品の数々で彩られている。年々ベノアガルドの色合いが強くなり、南部も侵食され始めているといい、サントレアがベノアガルドの都市になるのも時間の問題といわれているほどだった。

 特に反乱軍がサントレアを制圧し、騎士団の援軍を受け入れてからは、騎士団の拠点として機能し始めており、騎士団兵士たちが出歩くことも多くなったこともあって、まさにベノアガルドの一地方都市のような有様になっていた。

 ベノアガルドの人間にとっては過ごしやすくなったということだが、生粋のマルディア人にとっては到底受け入れられるようなものではあるまい。しかし、反乱軍は、騎士団の助力がなければ政府軍と戦うことすらできない以上、サントレアの現状を受け入れるしかなく、反乱軍幹部は、サントレアの現状に不満ひとつ漏らさなかった。

(可愛いものです)

 カーライン・ザン=ローディスは、会議室の張り詰めた空気の中、反乱軍幹部たちの様子を伺いながら、胸中で他人事のようにつぶやいた。

 サントレアの政府軍施設内の一室に、反乱軍幹部の生き残りと、騎士団幹部が顔を揃えていた。反乱軍は、救援軍とのこれまでの戦いで幹部を二名、失っている。ネオ=ダーカイズ、ミラ=ルビードの二名の戦死により、反乱軍の士気が大きく低下したことはいうまでもない。特に元聖石旅団副団長だったミラ=ルビードの死は、元団長ゲイル=サフォーやヌァルド=ディアモッドに衝撃を与えた。もちろん、ミラが戦死したのは、騎士団のせいではなかったし、ミラが戦死したからこそゲイルが生き延びることができたのだと考えれば、悪いことではない。反乱軍としては痛いだろうが、反乱軍の指導者であるゲイルを失うよりは、いいだろう。

 シクラヒムからレコンドール、サントレアに流れてきたカオン=ハルバも、反乱軍幹部として会議に呼ばれていた。つい先日までは幹部ですらなかった彼が幹部としての扱いを受けることに、彼自身皮肉な思いがあるようだったが、ゲイルの命令を聞かないわけにはいかないということで、会議に出席しているようだ。

 騎士団からは、カーラインのほか、彼とともにレコンドールからサントレアまで後退したドレイク・ザン=エーテリアと、もともとサントレアを受け持っていたルヴェリス・ザン=フィンライトが会議に参加しており、相変わらず華々しい格好のルヴェリスだけが重苦しい空気感の中で浮いていた。格好だけは空気を読まないのがルヴェリスという人物であり、彼のそういうところは嫌いではなかった。

「なぜ、レコンドールから撤退したのだ」

(やはり、その話ですか)

 カーラインは、煮えたぎる感情のぶつける先を探すかのように視線を巡らせるゲイルを眺めながら、胸中で嘆息を浮かべた。

 カーラインたちがレコンドールから撤退し、サントレアに辿り着いたのは、つい先程のことだった。ゲイルたちがサントレアに辿り着いた数時間後のことであり、ゲイルとヌァルドは、驚きをもってカーラインたちを受け入れたことを覚えている。彼らとしては、カーラインたちが救援軍を撃破してくれるものと信じきっていたのかもしれない。

「あの状況、あれ以上戦えないと判断した」

 答えたのは、ドレイクだ。このような追求の場面では、ドレイクの鉄面皮ほど役に立つものはなく、カーラインは沈黙し、口を挟まないことにしていた。ドレイクは、どのような場面でも動じることがない。自分に自信を持っているし、確信を抱いているからだ。揺らぎようがないのだ。十三騎士の中で彼ほど自己を確立しているものは、フェイルリング・ザン=クリュースかオズフェルト・ザン=ウォードくらいしかいないのではないか。

「我が方の戦力はおよそ二千五百。対し、敵は五千を越えており、なおかつ護るべき都市が陥落したのであれば、戦いようがない」

「再度奪還すればよかったではないか!」

「不可能だった」

「不可能? よもや騎士団からそのような言葉を聞くとは思わなかったな!」

「戦力差を考慮せよ。我が方は負傷者多数。まともに戦えるのは、我とローディス卿、トラン=カルギリウスくらいのもの。これで黒き矛、獣姫、死神、“剣鬼”と“剣魔”を相手にしろというのは、無理な話だ。我らに死ねというのであれば、話は別だが」

「ぐ……」

 ゲイルが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのは、反論の余地がなかったからだろう。救援軍の戦力が凶悪なのは、ゲイルにもわかっていることだ。黒き矛のセツナの強さを知らない彼ではない。彼も、戦いは見ていたはずだ。あの巨大な城壁の上から、カーラインとセツナの激闘を目撃していないわけがない。

 そして、カーラインとセツナの戦いを目にしているということは、救援軍の戦力の異常なまでの凶悪さも認識していることだろう。獣姫率いる部隊も精強極まりなく、特異な能力を持つ死神と、レコンドールの城壁を謎の力で破壊した女。それに“剣鬼”と“剣魔”が加われば、手のつけようがない。

 こちらの戦力は、ドレイクのいうとおり、彼とカーライン、それに“剣聖”の三人だけだったのだ。“剣聖”のふたりの弟子は、戦闘不能にまで追い込まれていたし、カオン=ハルバなど、モノの役にも立たない。

「そ、そもそもそのような状況になったのは、貴公がシクラヒムを放棄したからではないのか!」

「救援軍を出し抜くには、それ以外に方法はなかった。そも、我らがシクラヒムを守り抜いたところで、レコンドールが落ちたのは疑いようもない。そうだろう、ローディス卿?」

「え、ああ、そうですね。わたしたちだけでは抑えきれなかったでしょう。エーテリア卿が力を貸してくれたからこそセツナ伯を圧倒しえたのですから、わたしひとりでは、とてもとても」

「そういうことだ」

「しかし……」

「それとも、貴君は、我らがシクラヒムに籠もり続けている間にレコンドールが落ち、ヘイル砦もサントレアも失いたいというのかね?」

「な……なにを……!」

「我とローディス卿を持ってしても抑えきれなかった敵がフィンライト卿とカーライン卿で倒せるはずもない」

 ドレイクの言い分を聞きながら、カーラインはルヴェリスを覗き見た。ルヴェリスは、その化粧を施した中性的な顔になんともいえない微妙なものを浮かべていた。ドレイクの居丈高な態度に戦々恐々としているのかもしれない。

「一度、頭を冷やすことだ。冷静にならなければ、何事もはじまらんよ」

 ドレイクは告げると、一方的に話を打ち切った。

 会議室はしばらく沈黙に包まれ、そのまま一端お開きとなった。



「よくああもいえたものね」

 ルヴェリス・ザン=フィンライトが、壁にもたれかかったまま腕組みして、大きくため息を付いた。長い髪が揺れる。女性物の衣服を着込んだ彼は、化粧をしていることもあって、女性に見えないこともなかった。しかし、彼の喉から発せられる声は、低い男のそれであり、声さえ聞いてしまえば男と認識せざるを得ない。とはいえ、女性に見えなくもない姿から発せられる男の声には、むしろ違和感を覚えることもありそうだった。

 反乱軍の拠点と化した軍施設内の一室。軍施設はサントレアの南側にあるということもあって、ベノアガルド化は進んでおらず、むしろマルディアらしさでいっぱいだった。つまり、宝石類によって飾り立てられているということだ。ルヴェリスなどは、夢の様な場所だと喜んでいるが、ドレイクの趣味には合わなそうだ。

 そんな宝飾品もきらびやかな一室には、ルヴェリス、ドレイク、カーラインの三人しかいない。

「なにがだ」

「あそこまで堂々としていられるんだもの、尊敬しちゃうわ」

「卿に尊敬されてもな」

 ドレイクが面白くもなさそうにつぶやくと、ルヴェリスがむっとしたように眉根を寄せた。

「皮肉に決まってるでしょ」

「そうか」

 ドレイクの反応は、いつものように薄い。

 カーラインはそんなふたりのやり取りを見遣りながら、ふと、笑ってしまった。それを見逃すルヴェリスではない。

「なにがおかしいのかしら、ローディス卿?」

「いや、会議中の卿の反応を思い出してしまいましてね」

「相変わらず趣味の悪いひとね」

「すみませんね」

「別にいいけど」

 そういって、ルヴェリスは肩を竦めた。女性物の衣服を着込んでいるからといって、彼が華奢な体つきをしているというわけではない。鍛え上げられた肉体は引き締まり、全身、筋肉を纏っている。とはいえ、ドレイクのような重量感を感じさせず、どことなくほっそりとしているように見えるのが、ルヴェリスのルヴェリスたる所以なのかもしれない。

「それで、本当のところはどうなの?」

「なんの話だ?」

「撤退の理由よ」

 レコンドールからサントレアに引き上げた理由だろう。ルヴェリスには引っかかるものがあったのだ。

「至極まっとうな理由だったはずだが」

「嘘にしか聞こえなかったわよ」

「そうか。卿にはやはりそう聞こえたか」

「当たり前でしょ」

「ふむ」

 ドレイクは困ったとでもいうように組んでいた腕を解いた。そして、彼が本音を述べる。

「実のところ、わたしとしては戦い続けたかった」

「やっぱりね」

「戦力差はあるものの、覆せないものでもない。セツナさえ潰せば、あとはどうとでもなる。ローディス卿もそう見ていた」

「そうなの?」

 ルヴェリスに驚かれて、カーラインは苦笑した。

「セツナ伯さえ打倒できれば、の話ですよ」

 強調する。

 セツナを倒すことができれば、あの状況は一転しただろう。セツナこそ、救援軍の要なのだ。

「なるほどね。それができそうにないから、撤退した、と」

「それに、我々には使命がある」

「……それが本命でしょ?」

 ルヴェリスが、冷ややかなまなざしをドレイクに注ぐ。ドレイクは表情ひとつ変えない。相変わらずの鉄面皮。頼りになるというほかないが。

「そういうことだ」

「まあ、反乱軍の皆さんには、大いなる救いのための犠牲になってもらうほかないわね」

「哀れではあるが、そもそも、この反乱に大義はない」

「まったく」

 カーラインは、ドレイクの断言に相槌を打った。ふたりの視線を感じながら、言葉を続ける。

「まったくですよ」

 カーラインは、十三騎士の中でマルディアを担当していた。マルディア国内にみずから赴くこともあれば、部下を派遣し、様々な情報を集め、国内情勢を常に見張っていたのだ。それら彼が得た情報によれば、マルディアほど安定した国はないというくらいのものだった。若き国王は名君、賢君であり、常に国民の声に耳を傾け、必要であればすぐさま手を差し伸べ、その声に応じた政策を行う。外征などに国力を割くことはなく、国内のことに全力を注いでいるから、国民もだれひとりとして不満を上げていなかった。だれもがマルディア王家、ユグス王を支持していたのだ。

 聖石旅団が反乱を起こす理由など、どこにも見当たらない。

 聖石旅団としては、切羽詰まった事情があり、どうしてもマルディア王家を打倒しなければならないのだが、カーラインには信じがたいことだった。だが、救援を求められ、応じた以上は、反乱軍の戦力となってマルディアの平穏を乱さなければならず、カーラインとしては心苦しい戦いの連続だったことを覚えている。だから、というのもあるだろう。カーラインは反乱軍を快く思っていなかった。

 そのとき、扉が激しく叩かれた。

「報告!」

「報告? わたしたちに?」

 ルヴェリスがきょとんとしたのは、騎士団の人間など、反乱軍の中では部外者でしかなく、丁重に扱われながらもどこか遠ざけられているような感覚があったからだろう。まっさきに報告に来るわけがない。

 しかしながら、緊急の報告というのであれば、聞かないわけにもいかず、カーラインは扉を開き、兵を迎え入れた。迎え入れてみると、兵は、反乱軍の兵士ではなく、騎士団の従騎士であり、カーラインはルヴェリスと目線を合わせてうなずきあった。これならば納得もいく。

「ヘイル砦が陥落したとのこと!」

「あら」

「スオール卿とベノアガルド卿は?」

「無事です! 夜にもサントレアに到着される模様!」

「了解した。受け入れ準備を急がせたまえ」

「はっ」

 従騎士は、敬礼すると、そそくさと部屋の前から姿を消した。騎士団幹部に直接命令を下され、緊張しきっている様子が見て取れて、カーラインはなんだか昔の自分を思い出した。カーラインの騎士団人生ももちろん、従騎士から始まっている。騎士団はどのような家柄であっても従騎士からはじめなければならない。たとえ王族であっても、騎士団に所属する以上は、騎士団の掟に従わなければならず、一足飛びに正騎士になれるものはいない。従騎士から准騎士を経て、正騎士となってようやく一人前の騎士であり、騎士と胸を張って名乗れるのも、正騎士と任命されたものだけだ。

 カーラインが扉を閉じると、ドレイクが口を開いた。

「ヘイル砦も落ちたか」

「残すところはこのサントレアのみですね」

「ふたりして負けたってことは、黒き矛以外にも伏兵がいた、ということかしらね」

 ヘイル砦は、反乱軍の重要拠点ということでふたりの十三騎士を派遣していた。シヴュラ・ザン=スオールとハルベルト・ザン=ベノアガルドのふたりだ。ふたりとも十三騎士の名に相応しい力量の持ち主だが、ハルベルトは若いということもあって無茶をしがちなところがある。それを老練なシヴュラが補助することで釣り合いが取れているといってもいいだろう。そのふたりが派遣されている以上、そう簡単に落ちるものではないと思っていたのだが。

「だろうな」

 ドレイクが厳かにうなずく。彼としても驚きに値することだったのが、彼の反応からも窺える。

「さて、ここまで追いつめられて、反乱軍はどうするのかしらね?」

「提案、して参りましょうか」

 カーラインがいうと、ルヴェリスが小さくうなずいた。

 ときがきたのだ。


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