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第千三百一話 大将軍

 突如として視界が白く燃え上がったのは、なんだったのか。

 なんの前触れもなく上天より降り注いだ光がヘイル砦に突き刺さり、破壊の嵐を巻き起こしながら巨大な光の柱となって聳え立った。それも一本だけではない。二本、三本、いやもっと多くの光の柱が乱立し、ヘイル山上空の暗雲が吹き飛ばされるほどだった。光の柱は、雷雲のさらに上空から降り注ぎ、ヘイル砦を攻撃したのだ。

 ヘイル砦への攻撃ということは、救援軍のいずれかの戦力が行ったものに違いないように思えるのだが、救援軍のだれもが知らない攻撃方法であり、また、想像し得ないものだった。まるで神罰が下された瞬間を目の当たりにしたような衝撃が救援軍の行動を鈍化させた。敵軍に衝撃が走っている。当然だろう。ヘイル砦のみならず、ヘイル山そのものを粉々に打ち砕くかのような猛攻。

(猛攻……?)

 アルガザード・バロル=バルガザールは、戦況を一転させる破壊の嵐をそのような言葉で表現するのは不適切だと認識しながら、剣を掲げた。馬上用の大剣が雷光を帯びて輝く。

「敵が尻込みしたいまぞ、押しきれ! 全軍突撃!」

 大将軍の号令が前線の将兵に奮起を促した。

 味方の前線は、ガンディア方面軍第二、第三軍団、大将軍近衛、メレド白百合戦団、マルディア政府軍によって構築されており、相手は騎士団兵のみだった。騎士団兵は手強い。騎士団兵ひとりにつきガンディア兵十人分の働きをするといっても過言ではないくらい精強だ。しかし、軍団戦である。個人の武勇が戦況を動かせる状況ではなかった。数の上で圧倒しているのだ。戦闘は通常、数がものをいう。物量こそが力であり、正義なのだ。

 騎士団兵は総勢二千程度。

 対する救援軍は前線だけで五千を優に越えており、全軍団に武装召喚師が配備されている。武装召喚師たちはガンディア兵を圧倒する騎士団兵を凌駕する。数の上でも、質の上でも救援軍が上を行っているということであり、開戦当初から負ける要素は少ないように思えた。

 騎士団の二千にヘイル砦の反乱軍が加わっていたら、前線はもっと混沌としていただろうし、余裕を持って戦うことはできなかったかもしれない。ヘイル砦には少なくとも一千以上の反乱軍兵士が入っているのだ。二千と一千、合計三千となれば、五千では抑えきれなくなる可能性が高い。騎士団兵の力量ならば、二千の差くらい埋められるだろう。

 綱渡りのような戦い――というわけではない。

 ヘイル砦の反乱軍の指揮を取っているのは、反乱軍幹部ジード=アームザイストだということまでわかっていた。反乱軍幹部は、元聖石旅団の幹部であり、元聖石旅団についてはマルディアの天騎士スノウ・ザン=エメラリアがよく知っていた。幹部たちの性格、能力についても知りすぎるくらいに知っており、アルガザードは、今作戦を立てるに当たって彼の助言を聞き入れている。いわく、ジード=アームザイストは戦士としては優秀だが指揮官としては無能であり、追い詰められた場合、味方を頼るに違いない。

 この期に及んで味方を頼るということは、籠城に徹するということだ。ヘイル砦に篭もり、サントレアからの援軍を待つに違いない。ジードならばそうするだろう、と、スノウも断定するほどだった。

 ヘイル砦から迎撃に出てくるとすれば騎士団のみであり、一千の反乱軍兵士たちは砦から一歩も出ようとはしないはずだ。となれば、前線に戦力を集中させ、騎士団を撃破し、その勢いでヘイル砦を制圧するのがいい。単純な戦術。いや、戦術とさえいえないような作戦。相手の出方が限定される以上、複雑な戦術など必要ではない。アレグリア=シーンに伺いを立てたところ、彼女も納得の戦術だった。

 そこにアルガザードが前線に出て、レオンガンドを後方に置くということを追加したのはアレグリアだ。

『騎士団は、状況を打開するために打って出てくるはずです。打開するため、です。ヘイル砦を護るためではなく』

 アレグリアは、冷ややかにいったものだ。

『状況を打開するには、ヘイル砦に押し寄せる救援軍を沈黙させるためには、指揮官を討つのが最良。騎士団はそう考えるでしょう。大将軍閣下には前線に立って頂き、餌になっていただきます』

 餌。

 アルガザードは、アレグリアの策に目を見開いて笑ったものだった。

 だが、最後の戦に相応しい役目だとも思った。

 騎士団が敵指揮官を討つために投入するのは、十三騎士にほかならないだろう。ヘイル砦の十三騎士はおそらくふたり。ひとりが前線指揮の大将軍の命を狙えば、もうひとりは、後方のレオンガンドを討とうとするに違いない。大将軍はこのヘイル砦攻略の指揮官だが、レオンガンドは、救援軍の総大将だ。どちらかといえば、レオンガンドのみを狙うほうが効果的なのはいうまでもない。騎士団もそう考えるに違いない。しかし、そこでアルガザードの突出が効いてくる、とは、アレグリア。

『閣下が前線に出ているのであれば、まずは閣下の首を狙い、全軍の戦意を喪失させたところで陛下の命を頂こうとするに違いありません』

 アレグリアの読み通りになった。

 アルガザードは十三騎士のひとりに狙われたのだ。危ういところをファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアによって助けられたのだが、それもアレグリアの思惑通りだ。十三騎士には《獅子の尾》を当てる。《獅子の尾》の武装召喚師ならば、十三騎士とも戦えるはずだというアレグリアの考えを否定するものはひとりとしていなかった。《獅子の尾》は、ガンディア最強の戦闘部隊だ。所属する武装召喚師たちも強力極まりない。セツナの不在を補って余りある存在なのだ。

 とはいえ、十三騎士は凶悪だという。

 黒き矛のセツナと同等の力を持つという。

《獅子の尾》でも抑えきれないかもしれない。

『もし、《獅子の尾》の皆様で抑えきれないのであれば、他の武装召喚師と連携を取っていただきましょう』

 アレグリアが付け足したのは、そういう不安が彼女の中にもあったからだろう。

 ともかく、十三騎士はアレグリアの思惑通りに動き、アルガザードたちの敵は騎士団兵のみとなった。騎士団兵は前述したように強力だが、物量で押しきれぬ相手ではなかった。一対一ならばガンディア兵が押し負けるのは間違いないのだが、そのような状況に陥ることのほうが少ない。多対多ならば、数が多いほうが遥かに有利だ。

 多勢に無勢。

 救援軍が押していたとき、ヘイル山が壊滅状態に陥った。それがついさっきのことだ。アルガザードは好機と見た。騎士団兵は、背後で起こった異常事態に混乱していた。怒号とともに命令を発し、みずからも先頭に立って突撃した。後方ノ惨状と前方の敵の間で揺れ動く騎士団兵を思った以上に容易く蹴散らし、突破する。

「この勢いのまま、ヘイル砦を制圧しますか?」

「当然だ。征け、征けい!」

 アルガザードは、ジル=バラムの問いにうなずくと、全霊を込めて吼えた。みずからも軍馬を全力で進ませながら、泥沼のようなヘイル平原を突き進む。雨脚は弱まり始めていた。頭上、ヘイル山直上の雷雲は光の柱によって消え失せたままであり、雨雲の中に生まれた空隙には、青空が広がっていた。

 アルガザードたちは、その青空を目指すようにヘイル山を駆け上り、廃墟と化したヘイル砦へと至ろうとした。だが、そのとき、アルガザードたちの進路を塞ぐものたちがいた。騎士団とは異なる形状の鎧兜を纏った兵士たち。反乱軍の兵士たちなのだろう。恐怖に引きつった表情を浮かべながら、アルガザードたち数千の軍勢の進路に立ち尽くす。数は五十人にも満たない。

「これ以上は進ません!」

 反乱軍兵士のひとりが、槍を構えながら、叫んだ。部隊長なのかもしれない。ほかの兵士たちは、彼に付き従っているようだった。

「もはや勝敗は決した! 投降するならばよし。でなければ死ぬのみぞ!」

「はっ……! いまさら――」

 問答無用ということだろう。

 槍を構えた兵士は、なにを思ったのか、そのまま突っ込んできた。斜面を駆け下り、その勢いでアルガザードを討とうとでもしたのだろうが、彼の槍がアルガザードに届くことはなかった。アルガザードの後方に並ぶ弓兵たちが容赦なく射貫いたからだ。無数の矢を受けて倒れこむ敵兵たちを踏み越え、前進する。やがて砦の中へと至るが、どこもかしこも破壊されていて、廃墟としか言いようのない風景が広がっていた。

「これが……さっきの光ですか」

「あれは召喚武装の能力なのだろうが」

「だとすれば、とんでもないことですな」

 ガナン=デックスの顔から血の気が引いていた。

 それほどまでに凄惨な光景だった。圧倒的な力によって蹂躙された結果が、いま周囲に広がる光景なのだ。砦を構築していた建物はすべて残骸と成り果て、反乱軍兵士の死体がそこかしこに散乱している。ヘイル砦はもはや原型を留めておらず、拠点として利用することなど不可能に近い状態だった。

「やり過ぎだな」

 ジル=バラムが周囲を見遣りながら、いった。彼女のような感想を述べるのは、正常な感性を持っていれば当然のことだ。戦争とはいえ、破壊し尽くすことが目的ではない。むしろ、なにも破壊せず、なにも奪わず、なんの犠牲も払わずに勝利できれば、それが最善なのだ。無論、そんなことはありえないし、勝利のためには犠牲を払わなければならない。

「だが、おかげで我々は勝利できるのだ。感謝しよう」

「はっ」

 ジル=バラムの返事は、小気味がいい。ガナンもそうだが、そういうとき、アルガザードは自分が部下に恵まれていることを実感するのだ。ジルは己の発言の不用意さを恥じるような顔をしていたが、アルガザードはそれ以上なにもいわなかった。わかっているのなら、それでいいのだ。

「勝利? 勝利だと!?」

 激昂した声が左前方から聞こえてきた。

 ヘイル山中腹の開けた場所に、アルガザードたちはいる。声の主は、ヘイル山の頂から下りてきたところのようだった。軍勢を率いている。数百人。反乱軍兵士の生き残りだろう。残りは、光に飲まれて死んだのか、それとも、別の場所を移動しているのか。

 アルガザードは、目を細めながら、激昂する男を見やった。他の兵士たちよりも派手な鎧は、彼が部隊長以上の地位にあることを示しているようだった。

「……あれは」

「彼がジード=アームザイストです」

 マルディアの天騎士が馬を寄せてくるなり、教えてくれた。アルガザードの読み通りだった。

「やはり、砦の奥に隠れていたようですね。彼らしいといえばらしいですが」

 スノウ・ザン=エメラリアは、そういいながらも苦い顔をしていた。協力を要請した騎士団に戦いを任せ、自分は安全なところに隠れているというジードのやり方が気に食わないのかも知れない。天騎士スノウ・ザン=エメラリアは、マルディアの騎士の中の騎士と謳われ、“護国の天騎”と呼ばれることもある人物だ。責任ある立場の人間としては、ジードのようなものを嫌うのは道理だろう。

 ただ、ジードのやり方が悪いとは、思えない。

 騎士団の力を信じ、騎士団ならば成し遂げてくれるだろうと思えば、反乱軍の幹部であり、ヘイル砦の指揮官である彼が己の身の安全を確保することに専心するのは、悪くない判断だ。それで勝利できれば、の話だが。

 現実は、救援軍が騎士団を出し抜き、ヘイル砦は壊滅、彼も隠れている場合ではなくなり、姿を見せざるを得なくなった。

「これが……! この惨状が貴様らのやり方か!」

 ジードは、廃墟と化したヘイル砦を見回しながら、叫んだ。彼が激怒するのもわからなくはない。なにもかも破壊されてしまった。多くの兵がなすすべもなく死んでいった。蹂躙。徹底的な破壊と蹂躙。その結果、残されたのは瓦礫であり、成れの果てでしかない。そんな惨状を見せつけられれば、彼のように激怒するのも当然のことだ。ありふれた反応といっていい。

 彼は、青空を反射する泥を踏みしだくように前進しながら、身振り手振りで大いなる怒りを表現した。

「やはり、やはりゲイルのいっていることは正しかったのだ! マルディア王家はこの国を売るつもりなのだ。だから、このヘイル砦を破壊することも躊躇しなかった……!」

「それは違う」

「なにが違うのだ! 見よ、この惨状を! この状況を見てなおそのようなことがいえるのか!?」

「違うのだ。これは、この惨状は、我々の成したこと。マルディア王家は一切関係がない」

「貴様らを呼び寄せたのは王家だろう!? 関係がないなどと――!」

 そう咆哮したときには、ジードは、アルガザードを射程に捉えていたのだろう。彼は、手にしていた大斧を掲げ、こちらに向かって跳んだ。思い切りの良い跳躍。紫金石のように美しい紫色の斧刃が、陽光を帯びて輝く。雲間の青空から日が差していた。

「いわせぬ!」

「いうさ。何度でも」

 アルガザードは、ジード=アームザイストの渾身の一撃を大剣で受け流すと、数多の矢が彼の体に吸い込まれるのを見届けた。アルガザードが剣を振るうまでもない。優秀な弓兵たちは、先ほどと同じく弓射の機会を伺っていたのだ。

「なぜ……」

「なぜもなにも、こうなることは、我々も予測していなかったのだからな」

 血を吐きながら地面に落下したジードを見下ろしながら、告げる。もはや聞こえてはいないだろうし、意味のないことだが。

 それから、アルガザードはジードが伴ってきた兵士たちに視線を向けた。ジードの行動に一切反応を示さなかったところを見ると、戦意喪失しているのは疑いようがない。

「反乱軍兵士諸君、諸君の指揮官は死んだ。投降せよ。悪いようにはせぬ」

 アルガザードは、大将軍権限でそう宣言すると、反乱軍兵士たちがなんとも言いようのない顔でその場にへたり込むのを見た。

 頭上、晴れ間が広がっていく。

 吹き抜ける風の妙な爽やかさに、彼は、瞑目した。

 勝利の余韻に浸るのは、もう少し先の事になるだろうが、いまは、この風を感じていたかった。

 



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