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第千三百話 ”王道”のハルベルト

 なにが起こったのか、瞬時にはわからなかった。

 相対する女武装召喚師の目の中に光が走った。それが最初だ。雷雨だ。最初、雷光なのかと思ったが、それにしてはあまりにも強すぎる光だった。違和感に導かれるまま振り返ると、ヘイル砦が光の柱に包まれていたのだ。

 雷雲を貫き上天より降り注いだ膨大な光が、巨大な柱のように見えていた。そしてそれがヘイル砦に破壊をもたらしていることは、ハルベルトの視力により明らかとなる。あまりにも幻想的で神秘的な光景に意識を持って行かれそうになるが、その光の柱が敵の攻撃だということがわかったとき、その凄まじさに圧倒されるほかなかった。そして、それが一度のみならず、何度なく起きたのだ。何本もの光の柱が立て続けにヘイル砦を攻撃し、破壊した。ヘイル山そのものを蹂躙し、焼き尽くすかの如く破壊し回った。光が消えた後、ヘイル山は炎に包まれたものの、豪雨が止んだわけではないため、すぐに鎮火するだろう。その点だけは安心するのだが、安心している場合でもなかった。

 光の柱による破壊は、反乱軍の戦意を喪失させたに違いない。

 ヘイル砦の指揮を任された反乱軍幹部ジード=アームザイストは、無能な指揮官だ。戦力差を理解しながら籠城に拘り続けた彼は、この惨状の中でもどこかで生き延びているのだろうが、生き延びていたとしてもここから反撃に転じようとはしないだろう。降参するか、サントレアに逃げようとするに違いない。

 どちらの選択肢も間違いではない。

 この反乱の無意味さを悟って救援軍に降るのも、反撃のためにサントレアの戦力と合流するのも、悪くはない。いずれにせよ、ヘイル砦は放棄せざるを得ないという事実に変わりはないのだ。

「まったく、恐ろしいですね」

 ハルベルトは、嘆息とともにファリアを見やった。勝ち誇った武装召喚師は、雨の中、美しい。

「わたくしたちを引きずり出し、その間に砦そのものを跡形もなく破壊する。それにより反乱軍の戦意を喪失させ、わたくしたちの戦う意味を奪う。それがあなたがたの作戦でしたか」

「まあ、ね」

 ファリアが困ったように笑った。伝説に謳われる戦乙女とは、彼女のようなひとをいうのかもしれない。ハルベルトは、ふと、そんなことを考えてしまう自分に苦笑するほかなかった。

「わたしもあそこまで強烈なのは想像していなかったけど」

「はい?」

「こっちの話よ。あとでミリュウを褒めてあげなくちゃね」

「ミリュウ? あれはミリュウ殿の仕業なの?」

「そうなんですよ、リノン様」

(ミリュウ……ミリュウ=リヴァイアか)

 ハルベルトは、ファリアとリノンクレア・レア=ルシオンの会話から、ヘイル砦を破壊した武装召喚師を特定した。ミリュウ=リヴァイア。ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートが気に入ったとかいう武装召喚師のことだ。今後、ガンディアと戦うことになった場合、黒き矛のつぎに彼女を警戒しなければならない、ということだ。

(そんな状況があるかはわからないけれど)

 ガンディアが拡大路線を継続するというのであれば、ベノアガルドの騎士団と交戦する可能性は低くない。ベノアガルドは救済のために騎士団を派遣する。ガンディアに攻めこまれた国がベノアガルドに救援を求めることもあるだろう。そうなれば、戦わざるを得なくなる。

 しかし、ガンディアが拡大路線を取りやめれば、交戦する可能性は極めて低くなるだろう。

 そして、ガンディアの領土拡大を推し進めているのはだれか。

 ハルベルトは、剣と盾を握り直すと、南方に視線を向けた。ヘイル平原の中央辺りに敵本陣があるのは既に判明している。敵本陣に救援軍総大将にしてガンディア国王レオンガンド・レイ=ガンディアがいるのも明らかになっている。だからシヴュラは本陣に特攻したのだし、シヴュラに移動力で劣るハルベルトが前線の大将軍を受け持つことになったのだ。

 救援軍の動きに変化はない。つまり、シヴュラの本陣特攻が成功しなかったか、途中で止められたかのいずれかだということだ。

(後者でしょうね)

 シヴュラのことだ。本陣に到達さえできれば、間違いなくレオンガンドを討っただろう。討てていないということは、到達さえできなかったということであり、何者かに邪魔されたということだ。

(やはり、そう簡単にはいかないか)

 ガンディアという国を甘く見ていたつもりはないのだが、心の何処かで軽く見積もっていた可能性も否定出来ない。

 ハルベルト自身、ここで足止めを食らうとは想定していないことだ。無論、大将軍を簡単に殺せるとは考えてはいなかった。しかし、武装召喚師ひとりにここまで苦労するとは思ってもいなかったのだ。

 いや、ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアひとりならば、彼女だけならば、ここまで苦戦することはなかった。そこにリノンクレア率いるルシオン白聖騎士隊が参戦してきたことが彼に想定外の苦戦を強いたのだ。

(まったく。厄介ですね)

 厄介なのは、ルシオンの白聖騎士隊が強い上、女性のみで構成されており、さらに召喚武装の使い手が紛れ込んでいるということだ。ただの兵士ならばハルベルトの力を持ってすれば一蹴できるのだが、召喚武装の使い手がいることで、簡単にはいかなくなった。召喚武装使いと武装召喚師、それに白聖騎士たちの連続攻撃が、ハルベルトを手間取らせ、結果、ヘイル砦が落ちたのだ。

「ヘイル砦は落ちたわよ」

「そうですね。落ちますね。間違いなく」

「それでも戦うつもり?」

「ええ。わたくしたちは雇われの身。反乱軍が降参するまでは、戦うのみです」

 ハルベルトは告げるとともに盾を掲げた。幻装化した盾が閃光を発する。攻撃力など一切ないただの目眩ましだ。ファリアとソニアとかいう召喚武装使いには効果がないかもしれないが、女性騎士たちの足止めにはなるだろう。それだけで十分だ。大気が揺れた。前方に飛ぶ。斬撃音。ソニアの召喚武装。刀身が波打つ剣は、空間そのものを切り裂く能力を持っていることがこれまでの戦いからわかっている。前触れさえ察知できれば対処しやすい能力だ。続いて、無数の結晶体がハルベルトに襲い掛かってくるが、彼は食らうことを前提に疾駆し続けた。すべての救力を足に集中させ、脚力を得る。加速。とにかく、加速。再び大気がざわめくが、無視する。斬撃が聞こえた時には、遥か後方だった。結晶体の追撃がなくなる。雷撃。飛んでかわす。結晶体の攻撃範囲外に出たのだろう。ファリアが射撃に切り替えたのはそういうことに違いない。

(逃げに徹すれば、このくらいは)

 ハルベルトは、馬よりも遥かに速く平原を駆け抜けながら、胸中で勝ち誇った。救力は、身体能力を強化することができる。救力のおかげで武装召喚師とも対等以上に戦えるといってもいい。救力がなければ、武器を幻装化することもできないのだ。救力こそ、神卓騎士の力の源であり、救力を高めるためにもひとびとを救い続けなければならない。

 でなければ、この世界を救うことなんてできないのだ。

(そのためにはレオンガンド・レイ=ガンディア。あなたを討つ)

 長時間に渡る土砂降りによって泥沼化した平原を疾駆する。遥か前方、竜巻が上空を突き進むのが見えた。シヴュラだ。それを猛追するふたつの飛行物体。ルウファ・ゼノン=バルガザールと。

(もうひとりは……カインか?)

 カイン=ヴィーヴル。前歴不明の仮面の武装召喚師。ガンディア王宮特務に所属する人物だが、武装召喚師としては優秀であり、ルウファが彼と力を合わせてシヴュラの行動を封じたというのであれば、納得できるというものだ。

「待ちなさい!」

 背後から叫び声とともに雷撃が迫り来る。

(待てるわけがないでしょう)

 ハルベルトは内心苦笑しながら、背後を一瞥した。リノンクレアを乗せた白馬が猛追してくるのがわかる。白馬の後ろにファリアが乗っているのだろう。白馬は、泥沼化した平原を物ともせずに走り抜けてきており、少しでも気を抜けば追いつかれそうだった。

(素晴らしい駿馬ですが)

 追いつかれるわけにはいかない、と、彼は奮起した。前方、敵軍将兵が布陣している。ハルベルトは迷いもせずその真っ只中を突っ切った。

「な。なんだ!?」

「敵だ! 敵!」

「迎撃しろ!」

「迎撃ぃっ!」

 兵士たちが口々に上げる悲鳴とも叫びともつかない声を聞きながら、ハルベルトは盾を掲げた。盾の閃光により、兵士たちの視力を一時的に奪う。そして、兵士たちが混乱している間にその中を突き進む。やがて、前方に道が開けていることがわかる。シヴュラが吹き飛ばしてくれたらしい。

(さすがシヴュラさん!)

 ハルベルトは歓喜しながら突き進んだ。敵陣のど真ん中を進んだことが功を奏したのか、ファリアの追撃を振り切ることに成功している。味方の兵士たちを蹴散らしながら追いかけてくることなどできるわけがないのだ。その点、ハルベルトは敵兵を打ちのめすことに躊躇はない。進路を塞ぐ敵は蹴り飛ばすなり、切り倒すなりして道を切り開く。

 敵本陣へ。

 前方、シヴュラの竜巻が敵兵を吹き飛ばしながら本陣最奥へと至るのが見えた。総大将レオンガンド・レイ=ガンディアの静かな佇まい。肉薄する竜巻。シヴュラそのもの。騎士ふたりが吹き飛ぶ。それでもなお、レオンガンドは身じろぎひとつしない。まるで勝利を疑ってもいないかのような態度。ハルベルトは、とてつもなく嫌な予感がした。

「シヴュラさん!」

 気が付くと、彼は、すべての力を解き放っていた。

 シヴュラの元への転移。

 そして、光を目撃した。まばゆいばかりの光の濁流がシヴュラを包み込む瞬間、ハルベルトは彼を後ろに引っ張り、身を挺して庇った。光の暴圧が全身を包み込み、蹂躙する。破壊の限りを尽くされる。

「だいじょうぶです、わたくしがついていますから!」

 圧倒的な暴力の奔流の中でそう言い切ったのは、生き延びる確信があったからだ。

 この力を用いたからには、この程度の攻撃なんとでもなる。でなければ、嘘だ。ハルベルトより長身で筋肉もあるはずのシヴュラの体をやけに小さく感じながら、ハルベルトは、己の防御力を信じきった。

 そして、光の奔流の中、移動する。奔流の外へ。豪雨の中へ。飛び出し、さらに移動する。できるだけ救援軍本陣から離れなければならない。本陣に敵主力が集まるのは目に見えている。現状では対応しきれないだろう。互いに消耗しすぎた。

 本陣から遠く離れた場所まで移動して、追撃がないことを確認してから、ハルベルトはシヴュラを下ろし、真躯を解いた。凄まじいまでの脱力感と倦怠感、それとともに全身の骨と筋肉がばらばらになるような感覚に襲われる。すべての救力を使ってしまったがための反動。許しなく力を使ったことも大きい。いや、それが一番なのだろう。反動が物語っている。

 ハルベルトは、その場にへたり込むと、立ち尽くすシヴュラを見上げた。降り頻る雨の中、ぼろぼろの甲冑を纏ったシヴュラの姿は、幽鬼のようですらある。彼は、こちらを見下ろしているようだった。闇の中、表情はわからない。救力も使いきってしまったのだ。視覚も常人程度しかない。

「卿……使ったか」

「はい。使うよりほかはないと判断しました」

 もちろん、許されないことだということはわかっている。だが、転移も防御もあの力なくしては、できなかったことだ。あの力を用いなければ、ハルベルトはシヴュラの元に辿りつけず、シヴュラを庇うことなどできなかったのだ。シヴュラを失うわけにはいかない。十三騎士が欠けることなどあってはならないし、ハルベルト本人にとっても、シヴュラを失うことはできなかった。

 たとえ許されざることだとしても、彼を守らなければならなかった。

「越権行為だ」

 シヴュラの声は、冷ややかだ。降り注ぐ雨よりもことさらに冷たく、ハルベルトの耳に突き刺さり、心に沈む。

「わかっております。処罰は覚悟の上」

「だが、あれを使えたということは、許しがあったということだ」

「……そうなんですか?」

「許しがなければ、あの力は使えない。そういうものだよ」

 シヴュラの穏やかな声にハルベルトは落ち着きを取り戻す自分に気がついた。やはり、自分にはシヴュラがいなくてはならないのだ。シヴュラがいてくれたからこそ、いまの自分がある。これからもそうだろう。シヴュラという手本がいて、はじめて、ハルベルト・ザン=ベノアガルドは生きていけるのだ。

「とはいえ、卿の先の行動、報告せねばなるまい。厳罰を覚悟しておくのだな」

「はい」

「しかしながら、卿の行動がなければわたしが死んでいたのも事実」

 シヴュラは、そういうと、腰をかがめて、手を差し伸べてきた。

「ありがとう。感謝しているよ」

「はっ……はいっ!」

 ハルベルトは嬉しさのあまり飛び上がったが、とっくに限界を超えていた体力のせいでその場でつんのめって地面に倒れこんだ。全身、泥だらけになるが、まったく気にならない。泥は雨が流し落としてくれるが、弾む心が雨に落とされることはないのだ。

 嘆息が、雨音に混じって聞こえてくる。呆れられたところで構いはしない。ハルベルトはすぐさま起き上がって、手についた泥が流れ落ちるのを待ってからシヴュラの手を掴んだ。シヴュラに引っ張られるまま立ち上がり、笑顔を見せる。シヴュラにはすぐさまそっぽを向かれたが、構いはしない。

「しかし、あれはなんだったと思う?」

 あれ、とはヘイル砦に落ちた光と本陣に突撃したシヴュラを襲った光のことだろう。どちらも強烈な光であり、おそらくは源泉を同じとする現象に違いない。

「召喚武装の能力……では?」

 ハルベルトは思いつくままにいったが、そうとしか考えられないことだった。召喚武装以外にあのような現象を起こすことができるとは思えない。多大な救力を用いれば同等の破壊を引き起こすこともできるだろうが、神卓の加護なきものたちに救力を用いることができるわけもない。であれば、召喚武装と考えるしかないだろう。

 召喚武装の能力だとしても、規格外というほかないが。

 黒き矛でもあれほどの破壊を引き起こすことができるのかどうか、疑わしいものだ。

「だろうな。だが、だとしても強力極まるものだ。戦場のどこにでも攻撃できる召喚武装など、あるものなのだろうか」

「そういわれてみれば、そうですね」

 その点では、“天弓”とは大きく異なるものだ。“天弓”はその名の通り、天空から狙撃することに特化したものであり、定点攻撃なのだ。もちろん、それで十分過ぎるのがロウファ・ザン=セイヴァスの“天弓”なのだが、今回、ヘイル砦を破壊し、シヴュラたちを圧倒した攻撃は、“天弓”と比べても遜色のないものだった。そんなものが十三騎士以外の人間に使えるというのが恐ろしいし、警戒しなければならない。

「使い手はミリュウ・ゼノン=リヴァイアだそうだ」

「はい。これからはセツナ伯のほか、ミリュウ・ゼノン=リヴァイアも警戒しなければなりませんね」

「ラナコート卿の喜ぶ顔が目に浮かぶよ」

「はは」

 ハルベルトは、シヴュラが肩を竦めるのを見て、笑わざるを得なかった。ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートは、アバード動乱にて対峙し、交戦した武装召喚師ミリュウ・ゼノン=リヴァイアとセツナの従者にして死神レムのことを高く評価しており、シド・ザン=ルーファウスがセツナを救済者に相応しいと推すのであれば、自分はミリュウとレムを推すとまでいっていた。もっとも、ベインの場合は雑談の中での話であり、神卓会議での議題としたシドとは大いに異なるが。

 ただひとり、ロウファ・ザン=セイヴァスだけは、交戦した武装召喚師を評価しながらも、救済者に相応しいなどとはいわなかった。といって、ルウファ・ゼノン=バルガザール、ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアを黙殺しているわけではなく、警戒に値するという高評価を下している。

 そして、彼らの評価の正しさはこの一戦で明らかになった。

 少なくとも、《獅子の尾》の武装召喚師たちは、ただの武装召喚師ではない。十三騎士を相手に一歩も引かず、(時間稼ぎに徹していたとはいえ)互角に戦い抜いて見せたのだ。素晴らしいというほかない。

「どうされます?」

「本陣の防御が完璧とわかったいま、レオンガンドの首を狙うのは現実的ではないな。それにわたしも卿も消耗しすぎた。これ以上の戦闘は不可能だ」

「一度、砦に戻りますか?」

「そうしよう。戻ったところで、護る価値もないかもしれんが」

 シヴュラの一言にハルベルトは苦笑を返しながら、雨脚が弱まりつつあることを感じていた。

 雨が上がる頃には、戦いも終わっているかもしれない。



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