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第千二百九十八話 とっておき(二)

 オーロラストーム・クリスタルビットは、射撃戦特化のオーロラストームが中近距離戦に対応するための能力といっても過言ではない。オーロラストーム本体と電光によって繋がった数十個の結晶体を自由自在に操り、敵を攻撃する。ただそれだけの能力。ただそれだけだが、重力を無視して自由自在に飛び回る結晶体群を相手にするのは、簡単なことではない。

 操作すること自体が困難だが、その分、威力も性能も申し分なかった。

 ファリアは、ハルベルト・ザン=ベノアガルドがクリスタルビットに翻弄されているのを認識しながら、意識が途切れないよう全神経を集中させ続けた。

 雷光を帯びて飛翔する結晶体の群れがハルベルトの周囲を飛び交い、攻撃しては離れ、離れては攻撃するを繰り返す。ひとつひとつは小さいものの、その一撃の威力は決して侮ることはできない。実際、ハルベルトの鎧は傷だらけになっていたし、彼の余裕も少しはなくなっているようだった。だが、さすがは十三騎士というべきか。彼は少しづつではあるが、クリスタルビットの動きに対応し始めていた。結晶体の軌道が予測できるようになってきたというのだろう。ファリアは結晶体の軌道経路を別形式に変更して、ハルベルトの対応を力技で圧倒した。

 結晶体の奔流の中で、ハルベルトが苦笑した。

「やれやれ」

 彼は、盾を掲げた。円盾は眩い光を発すると、周囲の結晶体を強引に吹き飛ばし、ファリアへの血路を開いて見せる。が、そんなものは読みきっている。ファリアはオーロラストームの雷光を発射した。莫大な光量の雷撃がハルベルトを正面に捉える。ハルベルトは盾で受け止めたが、それが悪手となる。ソニアの斬撃がハルベルトの横腹を捉えたのだ。激突音がして、彼の鎧に亀裂が入る。さらにリノンクレアが馬ごと突撃してハルベルトを吹き飛ばし、そこへクリスタルビットの群れが襲いかかる。嵐のような暴力の果て、それでもハルベルトは着地してみせると、ぼろぼろになった鎧のまま、無傷の剣と盾を構え直した。

「まだまだ、これからですよ」

 ハルベルトの声音は、元気そのものであり、彼がまったくへこたれてもいないことがわかった。あれだけの猛攻をくらってもなんとも思っていないどころか、むしろやる気になっているところを見ると、彼の精神性の一端がわかるような気がした。ハルベルト・ザン=ベノアガルド。その名からわかる通り、ベノアガルド王家の出身なのだろう。ベノアガルドはかつて、王家によって支配された国だった。しかし、騎士団の革命によって王家は倒れ、ベノアガルドは騎士団が統治運営する国となった。ハルベルトの親族は騎士団によって討たれたということだ。にも関わらず騎士団の入り、十三騎士として活動しているのだ。並大抵の精神力ではやっていけまい。

 とはいえ、ファリアは、彼の言葉を否定した。

「いえ、ここまで」

「はい?」

「わたしたちの勝ちよ」

 ファリアは、ハルベルトのさらに後方を見ていた。ヘイル平原北部のさらに北には、ヘイル山が聳え、山そのものを要塞化したヘイル砦が存在している。雷雲と立ち込める闇の彼方、ヘイル砦を見ることは不可能に近い。だが、ファリアは、確かに見たのだ。

 ヘイル砦上空に瞬く光を。

「なにを――」 

 ハルベルトが言葉を飲み込んだのは、ファリアの目に映る光を見たからだろうか。

 彼は咄嗟に背後を振り返り、愕然としたようだった。

 ヘイル砦上空に瞬いた光は、ファリアが見ているうちに膨大化し、ヘイル山上空を白く塗り潰すかのように膨れ上がったかと思うと、降り注ぎ、巨大な光の柱の如く聳え立った。なにが起きたのか、だれにもわからないだろう。少なくとも、ファリアとルウファ、そしてミリュウを除く三人には、まったく予期せぬ出来事だったに違いない。

 事前にある程度は知っていたファリアでさえ、ここまでのものとは想像していなかったのだ。

(やったわね、ミリュウ……!)

 ファリアは、光の柱がヘイル砦を蹂躙するのを見遣りながら、ミリュウの秘策が炸裂したことを心から喜んだ。



『要するに、ヘイル砦を落とせばいいのよね?』

 ミリュウがヘイル山を睨みながら、難しい顔で行ってきたのは、開戦目前のことだった。

 全軍、開戦を目の前にして緊張のまっただ中という状況で、ミリュウもなにか思うところがあるようで、ファリアは彼女の緊張を解すべく、ミリュウの肩に手を置いた。緊張のし過ぎは筋肉を萎縮させ、身体能力を著しく低下させる。

『そうよ。ヘイル砦さえ落とせば、わたしたちの勝ち。反乱軍は、サントレアに逃げこむしかなくなるわ』

『でもそのためには十三騎士をなんとかしないといけませんし、大変なことですよ』

『砦だけを落とすっていうのなら、あたしに考えがあるんだけど』

『考え?』

『どんな?』

『内緒』

『内緒ってあなた』

『上手くいくかどうか、まだ自信がないのよね。実戦で試したこともないし、準備に時間がかかるし。でも、成功すればあたしたちの勝利間違いなしよ』

 ミリュウの言い方に引っかかるものを覚えた。そして、脳裏にあのときの光景が過る。旧リバイエン邸倉庫の地下室で見た光景。数多の光に包まれたミリュウの姿。彼女は成功したといった。セツナの力になれると喜んでいた。ラヴァーソウルの新たな能力。それがどういったものかは、今日に至るまで明かされていない。

『もしかして、あれのこと?』

『あれってなんです?』

 ルウファの質問は、ミリュウがファリアの問いを肯定したことで流された。

『うん。あれのこと。どう? あたしに賭けてみない?』

 ミリュウが得意げな顔で提案してきたからというわけではないが、ファリアは即座に否定した。

『賭けなんてしないわ』

『ええー、どうしてよう。上手く行けば、十三騎士を倒す必要なんてなくなるわよ?』

 十三騎士が倒すのも困難な強敵なのは、ミリュウは身を持って知っている。だから、そういう発想になるのであり、《獅子の尾》だけで十三騎士に当たるというのがいかに無謀なのかをよくわかっている。セツナがいるのであればまだしも、この三人だけでふたりの騎士に当たるのは、無理難題といっていい。だからこその提案なのだろうが。

『賭けなんてして、失敗したらどうするのよ。だから、賭けなんてしない』

 ミリュウの目を見つめながら、告げる。

『あなたを信じる』

『ファリア……』

『セツナのいない場所でのお披露目なんて嫌かもしれないけれど、よろしく頼んだわよ』

『だいじょうぶよ。セツナには、ふたりきりのときにお披露目するから』

 そういって、彼女は嬉しそうに笑ったものだった。

 そのあと、ミリュウから作戦の概要について説明があった。

 十三騎士はふたりいるという想定の元、それぞれにファリアとルウファが当たり、出来る限り時間を稼いで欲しいというものだ。無理をして倒すのでなく、十三騎士の注意を引き、時間を稼ぐことだけに専念する。倒そうとするのではなく、生き延びることに意識を向ける。難しいことだが、倒すよりはまだ可能性が高い。

 ファリアとルウファは、ミリュウの作戦に賛同し、行動を開始した。

 それが開戦直後のことだ。

 それからファリアは運良くハルベルトと遭遇した。運というよりは、ある程度想定されていたことだ。敵軍がこの状況を勝利に導くには、前線指揮官と総大将を狙うに決っている。十三騎士ほど尖った性能を持った駒があるのなら、その手に出るのは、ある意味では当然だろう。セツナを用いて敵指揮官を狙うのと同じことだ。

 そのあと、ファリアは時間稼ぎに専念した。十三騎士の実力は折り紙つきだ。まともに戦っていい相手ではない。少なくとも一対一では押し負けるのがわかりきっている。故に多対一に持ち込んだのだが、それでも相手を消耗させることさえできなかった。

 十三騎士はやはり、強い。

 まともに勝負してどうにかなるような相手などではなかった。

 だから、彼女の策に乗ったのは正解だったのだ。


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