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第千二百九十七話 とっておき(一)

 ルウファは、十三騎士を相手にどこまでやれるものかと思いながら、第四軍団の兵士たちが動くのを認識していた。盾兵の展開と弓兵の布陣。接近戦は困難だが、遠距離戦ならばなんとかなると踏んだのか。

 ガンディア方面軍は弱兵という。

 だが、その弱兵の中にも変化の兆しは現れ始めている。度重なる戦争が弱兵たちの能力を引き上げたのは間違いなかったし、彼らは思った以上に強くなっている。あとは意識改革だけのことだ。自分たちが強いという意識さえ持てば、弱兵とはいえないくらいの戦果を挙げられるに違いない。

 そして、その変化の徴候こそ、十三騎士を前にして戦いを挑もうとしていることだ。以前のガンディア兵ならば、ルウファを見守っていただけに違いなかった。

(でも、ま、無理はしないことだよ)

 ルウファは、シヴュラが矛先をこちらに向けてきたことに安堵しながらも、第四軍団の兵士たちを巻き込まないように戦うことを考えていた。

 シヴュラの二つ名は“疾風”であるらしい。彼が単騎、本陣へと至ろうとしたことを思い返せば、長距離を高速で移動することも不可能ではないということだ。ルウファの全速力でやっと追いつけるような速度。なるほど、疾風を二つ名とするのは相応しい。攻撃手段はというと、疾風というよりは暴風。竜巻を発生させ、雨水や土砂もろとも兵士たちを巻き上げることさえ可能。しかし、先ほどの攻撃は、本気のものとは思えなかった。ルウファの出方を伺うための余興。

(いきなりオーバードライブは使えない)

 オーバードライブは、シルフィードフェザーの力を限界まで引き出す能力であり、使った瞬間、ルウファの力は激増し、シヴュラとも一対一で戦えるかもしれない。可能性としてはありうることだ。だが、もし、十三騎士がシルフィードフェザー・オーバードライブを上回る力を持っていた場合が悲惨だ。オーバードライブは強力極まりない反面、制限時間が短いという欠点がある。日頃の猛特訓によって制限時間の延長には成功しているものの、それでも八十秒しかない。

(八十秒じゃあ短すぎる)

 ルウファの目的は、時間稼ぎだ。

 ある程度の時間、十三騎士を引きつけておくことが目的なのだ。倒す必要はない。倒せるのであれば倒せばいいのだが、無理をしてまで倒そうとしなくてもいい。無理をして倒せる相手でもないのは明らかだ。八十秒で倒せるという算段があればいいのだが、その可能性は低い。

 ならば、時間稼ぎに徹するのが吉だろう。

 シヴュラが三叉槍をこちらに向ける。穂先に渦巻いていた風が爆発的に増大し、巨大な竜巻となって襲い掛かってくるが、ルウファは慌てず騒がず空中に逃げた。竜巻は地上すれすれを荒れ狂いながら、ルウファを追いかけるように軌道を変化させる。曲線を描き、迫り来る。ルウファは曲芸飛行しながら竜巻の追随を振り切りつつ、地上のシヴュラに向かって羽を飛ばした。シヴュラの注意をルウファに向けさせておくには、攻撃の手を休めるわけにはいかないのだ。数十の羽弾が雨のように降り注ぎ、シヴュラを狙う。シヴュラは飛び退きながら羽弾をかわすと、再び後方に向かって槍を薙いだ。彼の後方には第四軍団。旋風が巻き起こり、第四軍団兵士たちを打ち上げんとしたそのとき、爆発的な風圧がシヴュラを襲い、彼の細長い体を吹き飛ばした。

(やった!)

 ルウファは竜巻が明後日の方向に飛んで行くのを確認するとともに、シヴュラが難なく着地するのを見届けながらも胸中で拳を握った。なにが起こったのかというと、いざというときのためにルウファが設置しておいた風力転換網が発動したのだ。

 シヴュラが初手で第四軍団兵たちを打ち上げたあと、ルウファは兵士たちの落下死を阻止するために風力を用い、彼らを護った。そのとき、軍団兵の周囲に罠を張り巡らせたのだ。風力のみに作用する罠。シヴュラが風使いであることがわかった瞬間、ルウファの脳裏に閃くものが合ったのだ。

 別の相手を想定した能力。まさかここで役立つとは思わなかったが。 

(あのひとには効かないかもしれないしね)

 シヴュラが上空のこちらを一瞥した。気に入らないとでもいうような反応。自分の放った攻撃が倍増して跳ね返ってきたのだ。

(そりゃあそうなるよね)

 ルウファは、内心興奮を隠し切れなかったが、なんとか頭を冷やして相手の動きを見た。相手は十三騎士。手玉に取れるような敵ではない。いまのは、たまたま上手くいっただけだ。そう考え、戒める。調子に乗ってはならない。そんな簡単に倒せる相手であれば、アバードの戦場で二対一で押されることはなかったのだ。

 冷静に。

 ルウファは、翼を展開すると、風力を圧縮し、複数の弾丸を発射した。シヴュラが三叉槍を横薙ぎに振るう。竜巻が風弾を飲み込みながら虚空を薙ぎ払い、そのままルウファに迫ってくる。ルウファは翼で虚空を叩き、加速した。勢いをつけて竜巻の真横を擦り抜け、シヴュラに殺到する。竜巻がルウファを追尾するのであれば、シヴュラにぶつけてやればいい。

「単純だな」

 シヴュラの声が警告以外のなにものでもなく、ルウファは左に流れた。竜巻が爆ぜ、爆圧がルウファの右半身に叩きつけられる。一時平衡を失って着地すると、殺気を感じた。顔を上げる。豪雨の中、飛来する騎士の姿があった。まさに疾風の如き速度。二つ名は伊達ではないということだ。が、ルウファは恐怖を感じなかった。むしろ、勝機さえ感じている。といって、ルウファ自身はすぐには立て直せない。翼を前面に展開し、硬化させるので精一杯だ。シルフィードフェザーによる盾。

(受け止められるか?)

 シヴュラの攻撃の威力次第では、シルフィードフェザーごとルウファの肉体も破壊されかねない。分の悪い賭けだ。本来ならばこんな状況で賭けに出るべきではないが、シヴュラが盾を貫くために多少の時間を要することを考えれば、悪手ではない。

 むしろ、妙手。

“疾風”の如く殺到してきたシヴュラは、なんの迷いもなく、三叉槍でルウファを突き刺さんとした。上段から突き下ろすような一撃。翼の盾が受け止める。一対の翼による二重の盾。一枚目は難なく破壊された。羽が散る。二枚目は、一枚目よりは保った。が、破壊され、羽が舞う。三叉の穂先がルウファの視界に入り込んでくる。鋭利な切っ先。風が渦巻いていた。貫き、その上で肉体を徹底的に破壊するための一撃を叩き込む算段。肝が冷える。槍は眼前――。

 轟音が聞こえて、三叉槍が視界から消し飛んだ。

 ルウファは、自分の感覚を信じて良かったと心の底から思うとともに、安堵しながらゆっくりと立ち上がった。右半身の痛みは消え去っていないし、しばらくはまともに戦えないかもしれない。まさか、竜巻が爆発するとは思わなかった。シヴュラの一言に反応していなければ、まともに食らっていただろう。そして、まともに食らっていれば、いまどろ絶命していたに違いない。シヴュラが生かしてくれるとは思い難い。

 シヴュラは、左前方の地面に埋め込まれていた。豪雨によってぬかるんだ地面。鎧も服も台無しだが、気にしている場合ではあるまい。

「さっすが王宮特務。陛下の危機を察して即参上って感じですね」

 ルウファは、シヴュラを地面に埋め込んでいる相手を見遣りながら、翼を再生させた。シルフィードフェザーの翼を構成する羽は、弾丸として飛ばせることからも想像できるよう、簡単に再生することができた。羽弾は無制限に撃つことができるのだ。無論、ルウファの精神力が持ち続ける限りであり、実質的に無制限といったところだが。

 シヴュラを吹き飛ばし、あまつさえ地面に埋め込むような追撃を浴びせたのは、銀のドラゴンだった。もはやドラゴンというほかない異形の姿には、味方であるはずの第四軍団兵士たちからも不安の声が上がるほどだ。竜を模した仮面に竜を思わせる甲冑には尾があり、失った腕を補う篭手も凶悪だ。そしてなにより、今回は翼が生えていた。竜の翼を模したそれが追加されたことで、竜とひとの間の化物といった印象がより強くなっていた。

 カイン=ヴィーヴル。

 彼は、こちらを一瞥した後、すぐさま飛び離れた。暴風がシヴュラを包み込み、彼を浮かび上がらせた。彼の全身を濡らした土砂も吹き飛び、雨水も弾け飛ぶ。

(“疾風”っていうより、暴風のほうが相応しくない?)

 ルウファは、暴風の中で浮かんでいる騎士を見遣りながら、そんな感想を持った。

「まあこの程度、わたくしの狗ならば当然のこと」

 と、予期せぬ声に真横を見ると、喪服のような黒衣を着込んだ美女が立っていた。雨に濡れ、妖艶な雰囲気を漂わせるその女は、カインと同じ王宮特務のひとりだ。確かウルという名前で、カインの補佐を務めているらしい。

「だれが君の狗なのだ」

 カインは、ルウファとウルの間に着地するなり、彼女に向かっていった。異形さが増した仮面の武装召喚師には、圧倒されざるを得ない。

「あなた以外のだれがいて?」

「そうだな。あれを狗にできないか?」

 あれ、とはシヴュラのようだった。ウルが小首を傾げる。

「どうかしら。やってみる価値はあるけれど……あなたが邪魔かもね」

「だが、価値が有るのなら、やるべきだ」

「そのために連れてきたんでしょう? 雨の中は嫌だっていうのに、無理やり連れだすんだから」

「雨の中も嫌いではないといったのはどこのだれだ?」

「だれかしらね」

 ウルがそっぽを向く。ふたりの会話は世間話か、他愛のない恋人同士のやり取りのようにも思えて、ルウファは、カインに目を向けた。この状況下で世間話を繰り広げられるふたりの度胸には、唖然とする。

「なんの話です?」

「こっちの話ですよ。あれが十三騎士ですね?」

「ええ。シヴュラ・ザン=スオール。ご覧のとおり、風を使うことができるようです」

 簡潔な説明に、ウルが疑問符を浮かべてきた。

「武装召喚師なんです?」

「よくわかりませんね。そうかもしれませんし、そうではないかもしれない」

「武装召喚師様にわからないのであれば、武装召喚師ではないのでは?」

「一概にそうとはいえませんよ」

「ふむ。それで、相手の力量は?」

「隊長の評価通りな上、遠近ともに相手の独壇場といったところです」

「なるほど。わかりやすい」

「こちらも遠近ともに戦えるんですけどね。あっちのほうが上位互換っぽくて」

「王宮召喚師様ともあろうおひとがそのような弱気な言葉を吐くべきではありませんわ」

「そりゃあそうだ」

 ルウファは、ウルにたしなめられるとは思ってもいなかったことも合って、苦笑するしかなかった。確かに彼女の言うとおりではある。

「では、強気に行くかね」

「行って頂戴」

「では、ルウファ殿、援護を」

「必要なんですかねえ?」

「必要だから、頼んでいる」

「はいはーい」

(倒せなくとも、時間稼ぎは十分に可能……!)

 ルウファは、再生を終えた翼を広げると、前方に両腕を掲げた。腕を掲げるのは、力を集中するとき、目標となるものがあるほうがいい、という師の教えが染み付いているからだ。手の先に風力を集中する。敵は既に動き出している。空中での動作の制御はやはり難しいらしく、地に降り立つなり、ルウファではなくカインに跳びかかっていた。ルウファよりもカインのほうが厄介だと判断したのだろうし、その判断は極めて正しい。

 ルウファの召喚武装はひとつだが、カインはなんと、三つの召喚武装の恩恵を得ているのだ。失われた左腕を補う篭手ドラゴンクロウ、半身を覆う軽装鎧ドラゴンスケイル、そして竜の翼。ドラゴンスケイルそのものにも擬似的に翼を生み出す能力があったはずだが、それよりも翼型召喚武装を更に追加したほうが効率的だと判断したのだろう。常識的に考えれば非効率極まりないし、普通の武装召喚師ならば三種同時召喚など負担が大きすぎて試みようともしないのだが。

 カインは、やってのけている。

 それはつまり、カインは三つの召喚武装の補助を得ているということであり、ひとつの召喚武装よりも多大な恩恵があるということだ。身体能力、五感、あらゆる面でルウファを遥かに凌駕しているといっていい。

 だから、ルウファは援護など必要なのかと問うたのだ。

 カインひとりに任せてもいいのではないかと思うくらいだった。

(いや……そういうわけにはいかないな)

 ルウファは、心の中で気を引き締めなおすと、カインと激突し、凄まじい攻防を繰り広げるシヴュラの背後に回った。がら空きの背中に向かって最大威力の風弾を叩き込む。シヴュラは、暴風に包まれて急上昇することで風弾をかわすと、その勢いのままにルウファに殺到してくる。風弾は、カインを弾き飛ばしていて、ルウファは目を細めた。完全に見切られている。

「この程度ではな」

「まったく、その通りだ」

 ルウファは、迫り来る相手に向かってにやりとした。どこからかウルの非難の声が聞こえるが、黙殺する。

「けどまあ、時間稼ぎにはちょうどよかったんだよ、これで」

 竜巻とともに急接近してきたシヴュラは、ルウファの一言を鼻で笑った。シヴュラの攻撃を止めさせるための方便だとでも思ったのだろうが。

 ルウファは、眼前まで迫ったシヴュラの顔が驚愕に見開かれるのを目の辺りにするとともに、彼の瞳の中を光芒が埋め尽くすのを見た。

 いや、光芒は、雷雲に包まれた戦場そのものを包み込むかのようだった。



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