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第千二百九十六話 獅子の尾が揺れる限り(二)

 オーロラストームを構え、雷撃を放つ。

 降り頻る雨の中、紫電の矢が複雑な軌跡を描きながら闇を切り裂いていく。目的地に敵はいない。敵は、彼女が矢を放ったと同時に動いている。矢を放ったと同時に、矢の終着点を見切って、動いているのだ。オーロラストームの射線から着弾点を割り出しているのか、それとも、直感的なものか。

(前者ね)

 ファリアは、雨水を吸って重くなった隊服に辟易しながら後退した。幸い、距離を保つことには成功しているし、敵の意識を自分に集中させることにも成功していた。アルガザードへの急襲を阻止した一撃が、相手の癪に障ったらしい。

「近接攻撃手段しかない相手に遠隔攻撃とか、卑怯じゃないですか?」

「卑怯?」

 ファリアは、オーロラストームの雷撃を平然と避ける相手の言い分を鼻で笑った。

「あの一撃を受けても無傷のあなたにいわれる筋合いはないわ」

 ファリアが指摘したのは、アルガザードへの急襲を防ぐために放った雷撃のことだ。現在、騎士を牽制するために連射している雷撃とは比べ物にならない威力の一撃だった。そして、確かに直撃したのを彼女は確認している。オーロラストームによって強化された目と耳で確かに見たのだ。間違いなく、雷光の奔流は彼を飲み込み、吹き飛ばした。

 だが、彼は無傷だった。鎧に傷ひとつついていなければ、ぴんぴんしている。さすがにその姿を見たときは、ファリアも愕然としたものだった。周囲を巻き込まないため、全身全霊を込めた一撃ではなかったものの、それでもかなりの威力を持った雷撃だったはずだ。常人ならば死ぬこと間違いない。それなのに十三騎士は、平然とファリアの前に現れたのだ。

「いやあ、無傷ってわけじゃないですよ。びりびりきてますし」

 彼が肩を竦めた。雷撃を放つ。盾で受け止められた。彼の右手に持つ円盾は、牽制の雷撃程度ならば軽く受け流せるようだった。

「信じられないわね」

「そんなあ。どうやったら信じてくれるんです?」

「そうね。感電死してくれれば、信じてあげる」

「それはさすがに無理ですよ。わたくしにはまだまだやらなければならないことがありますので」

 彼は、さすがに笑いもしなかった。

「そうよね。死ぬわけにはいかないわよね」

「ええ。ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアさんも、そうでしょう?」

「もちろん」

 肯定し、後ろに下がる。彼が剣を構えたからだ。これまでの経験から、十三騎士の武器にはなんらかの能力があることは明らかだ。雷撃をものともしない円盾も、それだろう。そうに違いない。剣にもなんらかの能力があるかもしれない。近接攻撃手段しかないというのは、方便に過ぎないのではないか。

 ファリアが警戒していると、彼は思わぬことをいってきた。

「ちなみに、わたくしの名は、ハルベルト・ザン=ベノアガルド。どうぞ、お見知り置きを」

 ハルベルトと名乗った青年が大地を蹴って、跳んだ。凄まじいというほかない跳躍力は、人間業ではない。並大抵の召喚武装の補助では、こうはいくまい。やはり、十三騎士が黒き矛を持ったセツナと同等という彼の見立てが正しかったのだ。

(さすがはセツナね)

 ファリアは、飛び退きながら上空目掛けて雷撃を乱射すると、後方から迫り来る気配に身を委ねた。

 雷撃のうちハルベルトに殺到したものは尽く盾に弾かれ、騎士を減速させることさえできないまま、接近を許す。だが、ファリアは窮地とも思わなかった。むしろ好都合だとすら思っていた。ハルベルトとの間合いが狭まり、遠距離攻撃よりも近接攻撃の独壇場となるその寸前、激しい雨音の中、大地を揺るがす軍馬の群れがファリアの左後方から迫ってきたのだ。怒涛の如く疾駆する騎馬の群れに飲み込まれるように、ファリアは、その騎馬隊の中に身を埋没させるとともに、ハルベルトが盾で騎馬を押し退け、剣で斬りつけるのを目撃した。物量がファリアへの接近を阻んだのだ。そしてその直後、一頭の白馬がファリアの頭上を飛び越え、ハルベルトに突進を駆けた。

「全騎、抜剣!」

 雄々しい掛け声とともにハルベルトに斬りかかったのは、ルシオン王妃にして白聖騎士隊長リノンクレア・レア=ルシオンそのひとであり、彼女の突撃を援護するように白聖騎士たちがそれぞれに攻撃を繰り出していた。ハルベルトは、リノンクレアの猛烈な突進と斬撃を盾で受け止め、いなすと、剣でもって彼女に斬りかかろうとしたが、白聖騎士が繰り出した不可思議な攻撃が彼に回避行動を取らせる。ハルベルトのいなくなった虚空に波紋が走り、斬撃が閃くのが見えたが、どういう原理なのかわからない。

 おそらくは召喚武装だろう。

 白聖騎士隊にはひとり、出自不明の召喚武装を扱っている人物がいた。

 白聖騎士隊のうち、馬を失った騎士以外は騎馬のまま、ハルベルトを包囲した。白聖騎士隊は総勢五百人の騎馬隊であり、勇壮な女性騎士のみで構成されている。馬上用の長剣を持つものが多く、リノンクレアもそのひとりだった。

「援護するわ、ファリア」

 リノンクレアは、ファリアの目の前で武器を構えると、こちらを一瞥することもなくいってきた。ハルベルトから一瞬も気を逸らさないという決意の現れだろう。ハルベルトから注意を外せば、その瞬間、攻撃を受ける可能性がある。

「心強い限りです。ですが、くれぐれもお気をつけを」

「十三騎士ね?」

「はい」

 ファリアは、たった一言で状況を認識したリノンクレアの洞察力が嬉しくなって、つい表情を綻ばせた。かつてガンディアの獅子姫と謳われ、ルシオンにおいては剣の王子妃などと呼ばれていたという現在のルシオン王妃は、熟練の戦闘者といってもいい。ガンディアの王女時代は、“うつけ”を演じていたレオンガンドに代わって戦場に出ていたし、ルシオン王子ハルベルクの元に嫁いでからは、ハルベルクが彼女のために結成した白聖騎士隊の隊長として数多くの戦いに参加している。剣士としての腕前もさることながら、指揮官としての能力も素晴らしいものがあり、ハルベルクが王妃となった彼女を白聖騎士隊長に据え置いたのもわからないではなかった。

 リノンクレアは、馬上、剣を構え直すと、ハルベルトに向き直った。ハルベルトは、剣と盾を構えつつも、どこか所在無げに佇んでいる。余裕の現れかもしれない。

「我が名はリノンクレア・レア=ルシオン。尚武の国ルシオンが王妃にして、王立親衛隊・白聖騎士隊の隊長。ベノアガルドの十三騎士よ、武勇を示したくば、我が首、取ってみせよ」

「リノン様……?」

「えーと……なんていうか、そういうのはちょっと苦手なんですが」

「なんだ? ベノアガルドの騎士というのは、それほど不甲斐ないものなのか?」

「不甲斐ないとか、そういうことではなくて、ですね」

 ハルベルトが当惑したようにいってくるのだが、一切、油断はできなかった。言葉だけかもしれない。あるいは、油断を誘うつもりなのかもしれない。しかし、彼からやる気が感じられないのは事実であり、ファリアはどうしたものかと思ったりした。

「困ったな。そもそも、女性相手に戦うのは遠慮願いたいんですが」

「わたしも女よ」

 ファリアが告げると、ハルベルトがこちらを一瞥してきた。兜の奥で、瞳がきらめいている。頭上、稲光が走ったのだ。続く雷鳴。雷雨だ。この上なく最悪な天候ではあるが、オーロラストームとの相性を考えると必ずしも悪くはない。オーロラストームは雷を打ち出す召喚武装。雷雨が、雷撃の出力をあげてくれる。

「武装召喚師相手に手を抜くだなんて、できるわけがないでしょう? 死ぬわけには参りませんからね。その上、退くわけにもいきませんし」

「それはこっちも同じよ」

「ですよね? 戦うしか、ないんですよね?」

「そういうことね」

 ファリアがうなずくと、彼はがっくりと肩を落とした。女と戦いたくないというのは本音なのかもしれない。これまで戦ったことのある十三騎士たちとはまったく異なる性格の持ち主だが、別人なのだから当然だろう。すると、リノンクレアが囁くように聞いてきた。豪雨の中、届く声は途切れがちだ。

「ぐだぐだと話し合っている場合?」

「いいんですよ、むしろ」

「どういうこと?」

「いえ、こちらの話です」

 ファリアは、自分たちの策を伝えようと思ったが、止めた。相手は十三騎士だ。この豪雨の中とはいえ、聞かれているかもしれない。白聖騎士隊の接近に気が付かなかったのは、ファリアに意識を集中していたからだろうし、全周囲に意識を向けなければならない現在、ファリアたちの話し声を聞き取るくらい簡単にできるだろう。もちろん、十三騎士の五感が召喚武装の使い手並みに強化されているという前提の話だが、これまでの戦いを見ている限りはその考えで間違いなかった。

 だからなにもいわないまま、オーロラストームを掲げ、雷光を発射した。蛇行する雷の帯が豪雨の中を飛翔し、ハルベルトに襲いかかる。ハルベルトは雷撃を盾で受け止めた瞬間、後ろに下がり、なにもない虚空に向かった剣を振るった。彼の剣がなにかに激突し、火花を発する。金属音。斬撃が走っている。

「ソニアの召喚武装よ。遠距離攻撃も可能な剣って、ちょっと卑怯よね」

 リノンクレアの愚痴混じりの一言にファリアは苦笑するしかなかった。ファリアの召喚武装は、遠距離攻撃特化であり、相手によっては卑怯としかいいようのない代物だったからだ。

 後退したハルベルトの元へ、白聖騎士たちがつぎつぎと突っ込んでいくのだが、その流れるような連携攻撃の尽くがハルベルトの剣と盾によって防がれ、いなされ、切りつけられた。斬りつけられた馬が棹立ちになり、いななく。落馬する騎士は多く、地面に投げ落とされてしばらく動けなくなるものもいた。豪雨。ヘイル平原の地面はぬかるみはじめている。上手く立ち回らないと足を取られることもあるだろう。

 ファリアは、白聖騎士隊の連携の隙を塗って雷撃を発射するのだが、それもハルベルトの盾に吸い込まれるようにして激突し、霧散した。

「なるほど、強い」

 リノンクレアが納得したようにいった。十三騎士の実物を見たことがない人間には、十三騎士の評価は納得出来ないものだったということだろう。

 黒き矛のセツナと同等というのは、だれしも納得のいかないものだ。

(セツナみたいのが十三人もいるなんてね)

 信じがたいし、いまでも嘘だと想いたかった。

 黒き矛のセツナが十三人もいるのであれば、ベノアガルドが領土拡大に本腰を入れた途端、小国家群はベノアガルドに膝を屈するのではないか。セツナひとりでもガンディアの領土は大きく広がった。もちろん、ガンディアのそれはセツナひとりの力ではないとはいえ、セツナの活躍によるところが大きいのは周知の事実だ。そして、セツナが十三人もいれば、セツナを補っていた戦力以上のものがベノアガルドにはあり、ガンディア以上の速度で領土拡大することは難しくないだろう。十三騎士を数名ずつ、他方面に派遣するだけで事足りる。

 ベノアガルドが救済などというよくわからないものに現を抜かし、自惚れてくれていることに感謝しなければならないのだろう。

(とはいえ)

 ファリアは、目の前の十三騎士に自分の攻撃が一切通らないことに対し、悔しさを感じざるを得なかった。いくら黒き矛のセツナでも、雷撃の直撃を受けて無事で済むわけがないのだ。

(強すぎないかしら)

 大出力の雷撃は、大きく飛んでかわされた。着地した瞬間を狙ったソニアの空間攻撃は盾で裁かれ、そこへ殺到した白聖騎士たちも鋭い剣撃で何人かが致命傷を負った。

 ハルベルト・ザン=ベノアガルドは、息ひとつ切らしていない。

 ファリアは、オーロラストームを両手で握ると、全神経を召喚武装に集中させた。オーロラストームの翼を形成する結晶体――クリスタルビットを本体から解放し、周囲に展開する。雷光を発する無数の結晶体がファリアを包み込むように布陣する。

 オーロラストーム・クリスタルビット。

 結晶体を自由自在に操るためには凄まじい精神力が必要であり、操作に集中しなければならないため、ファリア自身は無防備になりかねない。だが、リョハンでの修行の成果が、クリスタルビット展開時の弱点を軽減してくれていた。負担が以前よりも軽くなっている。その上、以前よりも多くのクリスタルビットを同時に動かすことができそうだった。

(いまこそ、成果を)

 セツナの力になる。

 ただそのためだけの修行の成果。


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