第千二百九十四話 状況確認
「現状、反乱軍のほうが圧倒的に不利。だそうですが、どうされます?」
「どうするもこうするもないだろう」
シヴュラ・ザン=スオールはあきれるでもなく、告げた。
ヘイル砦内の一角。騎士団に開放された区画の中の一室には、シヴュラほか騎士団騎士たちが会議のために集まっていた。
「我々は与えられた任務をこなすだけだ」
当然のことを当然のようにいうのは、いつものことでもあった。彼が当然のことを尋ねてくるのだから、当然の答えを返すしかない。相手もそれがわかっているくせに、なぜか嬉しそうな顔をしてくるのが奇妙というほかない。昔からそうだった。ハルベルト・ザン=ベノアガルドは、そういう若者だった。
「反乱軍の勝利を信じて戦うってことですか?」
「勝利するかどうか。そんなことは問題ではないといっている」
「ええ!?」
ハルベルトが大袈裟に驚くのを見て、彼は肩を竦めた。それもまた、いつものことだ。いつものことだが、場所をわきまえてもらいたいものだと思わないではない。幸い、周囲には騎士団の騎士たちしかいないものの、さっきまで反乱軍幹部が居座っていたのだ。場合によっては聞かれていたかもしれない。別に聞かれて問題があるような話をしているつもりもないが。
「どういうことですか?」
「どうもこうもないさ」
シヴュラは、ハルベルトの秀麗な顔を見つめながら、いった。
現状は、確かに彼のいうとおりだった。反乱軍のほうが圧倒的に不利だ。戦力差を考えると道理というべきものだ。反乱軍の総兵力は五千程度であり、そこに騎士団が五千の援軍を送ったところで二万近い敵戦力を上回ることはできない。焼け石に水といっていい。しかも、各都市に戦力を分散していることが反乱軍の不利を呼んでいる。兵力差を考えると、敵軍は、部隊を分散した上でこちらを上回る戦力を保つことに成功するに違いなく、まともに戦えば、反乱軍側が負けるのはだれの目にも明らかだ。
そのための十三騎士であり、五人もの十三騎士を投入したのは、それこそ、戦力差を覆すためなのだが、それも敵軍の戦力次第では上手くいくものかどうか。
敵、マルディア救援軍の母体は、ガンディア軍だ。救援軍は、マルディアに鳴り物入りで到着しており、黒き矛のセツナが参戦していることを大々的に知らせていた。黒き矛のセツナの雷名が小国家群に鳴り響いて久しい。彼の参戦だけで反乱軍の士気が低下するくらいには、黒き矛のセツナは有名であり、強い。
ただひとり、十三騎士と拮抗する力を持つのが、彼なのだ。
「我々は眼前の敵を排除することだけを考えるのだ」
「その先についてはどうでもいい、と?」
「その先を考えるのは、反乱軍の仕事だ。我々は援軍として派遣されたに過ぎん」
勝とうが負けようが、それは反乱軍の責任だ。無責任な考えかもしれないが、それがシヴュラの考えだった。もちろん、騎士団の理念はわかっているし、そのためには勝利しなければならないことも理解している。とはいえ、この戦力差で打ち勝つには、少々厳しいといわざるをえず、反乱軍の無謀さにあきれるほかないのも事実だった。そもそも、反乱軍は騎士団を頼りに反乱を起こしたという側面があり、そこがシヴュラの気に喰わないところだった。
「それもそうですね」
「あまり考え過ぎないことだ。他国に派遣された騎士団など、傭兵と大差ないのだからな」
「傭兵……ですか」
「卿には、不似合いかもしれんが」
「え? そうですか? 格好良くないですか? 傭兵騎士!」
「……卿がそう思うのであれば、なにもいわんよ」
シヴュラは、目を輝かせる青年騎士から視線を逸らすと、ハルベルトの反応ににこやかな笑顔を浮かべるハルベルト隊の正騎士たちを一瞥した。ハルベルトの部下の多くは、ハルベルトを慕っている。ハルベルトの人柄が、彼らをしてハルベルトを盛り立てていかねば、という自覚を持たせるらしい。ハルベルトを慕う騎士は、ハルベルト隊の外にも多く、シヴュラ隊の騎士の中にも、ハルベルトを応援するものは少なくなかった。シヴュラ隊はハルベルト隊と作戦をともにすることが多い。そのことが、ハルベルトの支持者を増やすきっかけになっているようだが、別段、悪いこととは思っていなかった。
ハルベルトは、若く、まだまだ頼りないとはいえ、実力的には他の正騎士たちとは比べ物にならないものがある。十三騎士に名を連ねているのだ。彼は今後、様々なことを経験して、十三騎士の名に恥じぬ騎士に成長していくだろう。そのためにも数多くの騎士と交流を深めるのは、決して悪いことではなかった。
「それはそれとして、だ」
シヴュラは、卓上に広げられた地図に視線を戻した。
地図には、ヘイル砦付近の地形が事細かに記載されており、戦術を練るには十分すぎるほどの情報量だった。ヘイル砦の構造もしっかりと記載されているのが、外部の戦力である騎士団にはありがたい。ヘイル砦はヘイル山そのものを要塞化したものであり、複雑に入り組んでいた。構造をしっかりと頭に叩き込んでおかないと、迷うこと間違いなしといった複雑さであり、シヴュラたちがヘイル砦到着後に真っ先にしたことは、砦の構造の把握だった。もちろん、砦に籠もって戦うことを前提にしていたわけではないが、可能性を考慮すれば、必要なことだった。
「主戦場は、ここだ」
ヘイル山の南部に広がるヘイル平原を指し示した。
反乱軍の物見と、騎士団斥候の報告により、敵軍の配置はほぼわかりきっていた。敵軍の全容も、それとともに明らかになっている。数は一万を軽く超えており、兵力差は約三倍。籠城したとしても長く持ちこたえられるとは思い難い。そもそも、籠城とは、援軍を期待して行うものだ。サントレアからの援軍は、期待できない。
「砦から出るんですか?」
「せっかくの砦だが、篭っていても仕方がない」
「ええ。籠城戦じゃないんですか」
ハルベルトが肩を落としながら、力なくつぶやく。
「なにを残念がっているのか知らないが、そういうことだ。援軍を期待できない以上、籠城に意味がない」
「サントレアからは?」
「フィンライト卿が援軍を寄越してくれると思うか?」
シヴュラは、地図に視線を走らせ、北東方面に記されたサントレアの文字を見つけた。サントレアは、マルディア最北の都市であり、騎士団からは十三騎士ルヴェリス・ザン=フィンライトと彼の部隊が入っている。サントレアの反乱軍は五百人に義勇兵千人程度であり、頼りにならない。そんな状況でルヴェリスがヘイル砦に援軍を寄越してくれるとは、どうにも考えにくい。
ハルベルトが言葉を選びながら、いってくる。
「わたしたちが苦境に陥れば、きっと」
「……どれくらい持ちこたえれば彼が援軍を送りつけてくると思う? 十日か? 二十日か?」
「えーと……間を取って十五日くらい、ですかね」
なぜ間を取ったのか、シヴュラにはわからない。嘆息とともに告げる。
「そのころにはサントレアが戦場になっているかもしれんな」
「シクラヒムとレコンドールが落ちている、と?」
「シクラヒムは、落ちているだろう。エーテリア卿ならば、手放す」
「手放す……どうして?」
「黒き矛のセツナが向かう先がレコンドールならば、彼は喜んでシクラヒムを手放すだろう。黒き矛のセツナの撃破を優先するのは、今後の戦いを考えれば、悪い手ではない」
実際、黒き矛のセツナさえ撃破できれば、あとはどうとでもなる可能性が強い。まず、セツナの死は、救援軍全体の士気を著しく下げることになるだろう。セツナは救援軍の母体となるガンディア軍の主力であり、ガンディアの英雄だ。個人でありながら戦局を左右する力を持った人物であり、彼なくしてはガンディアの躍進はなかったといわれている。そんな人物が命を落とせば、ガンディア軍の士気のみならず、ガンディアを頼る国々の士気も下がること間違いない。
反乱軍が勝利を掴む道筋も見えるというものだ。
というより、ほかに方法がない。
あと一つあるとすれば、救援軍の総大将を討つことだが、そのためにも黒き矛のセツナを斃すというのは、間違いではない。黒き矛のセツナひとり斃せば、それだけでガンディア軍の層は薄くなる。攻めやすくなるということだ。
「シクラヒムを取り戻させてまで、ですか」
「考えようによっては、救援軍の戦力を無駄に消耗させることに繋がる。シクラヒムを手に入れた以上、防衛戦力を残さずにはいられないのだからな」
「なるほど」
ハルベルトは一度は納得したものの、すぐに疑問を浮かべてきた。
「でもそれって、レコンドールで黒き矛のセツナを斃せなかったら、無意味ですよね」
「そういうことだ。そしてその場合、レコンドールは救援軍に落とされ、数日後にはサントレアが戦場になることを示している」
「サントレアが戦場となれば、援軍なんて期待できるわけもない……ということですか」
「そもそも、援軍を期待するくらいならば、打って出て、救援軍の総大将を討てばいいのだ」
「それは、そうですが」
「救援軍総大将レオンガンド・レイ=ガンディアを討てば、その瞬間、救援軍は瓦解する。せざるを得ない」
救援軍の母体は、ガンディア軍だ。ガンディア軍は、王を失った瞬間から撤退戦へと移行することになるだろう。王を失うというのは、それだけ大きな影響を与えることだ。もちろん、マルディアとの契約や周辺諸国との関係を考えれば、ガンディアがマルディア救援を諦めるとは思い難いが、戦意は著しく低下するだろう。反乱軍にとって戦いやすくなるのだ。
「よって、我が方の戦術はこうだ」
シヴュラは、地図に駒を配置しながら、ハルベルトや正騎士たちに作戦の説明を始めた。
開戦は明日の朝。
シヴュラとしてはもう少し時間がほしいところだったが、敵軍が布陣してしまった以上は仕方がなかった。対応するしかないのだ。
後手に回ってしまった以上、敵の出方を見て、行動するしかない。