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第千二百九十二話 ヘイル砦へ

 ヘイル砦は、マルディア領の北東に位置するマルディアの軍事拠点だ。

 他の都市とは違って、端から軍事拠点として建造されていることもあって、攻めにくく、守りやすい地形にあった。

 山砦なのだ。

 ヘイル山そのものを要塞化したというべき威容は、難攻不落の砦として長年マルディア北東部を守護し続けてきただけのことはあり、ヘイル砦南方に布陣した救援軍本隊は、ヘイル砦の攻略には苦心するものと想像した。

 とはいえ、反乱軍の戦力はたかが知れている。

 反乱軍の総兵力は約五千であり、そこに騎士団がいくらかの戦力を提供しているだけにすぎない。騎士団――つまりベノアガルドの総兵力はおよそ一万四千。騎士団がどれだけ反乱軍に肩を入れたところで、反乱軍の総兵力が救援軍を上回ることなどありえない。そもそも、騎士団が全戦力を反乱軍に投入すること自体がありえない発想だ。騎士団がどれだけ救援に熱心であったとしても、自国の防備を疎かにするわけがない。

 よって、救援軍が兵力で負けることはありえないのだ。

 その上、ヘイル砦に反乱軍の全戦力が集っているわけもない。

 反乱軍は、救援軍のマルディア到達当時、四つの都市とヘイル砦を支配下に置いていた。つまり、それら四都市一砦に戦力を分散しておかなければならず、その時点で救援軍のほうに分があったのだ。反乱軍の相手がマルディア政府軍のみならばまだしも、ガンディアを主力とする救援軍が乗り込んできた時点で、反乱軍は敗北したも同然だったのだ。たとえ“剣聖”らが局地的な勝利を収めることができたとしても、大局的には救援軍の勝利に終わるのは、目に見えている。

 兵力差は、偉大だ。

「確かに油断はできません。反乱軍の中心となったゲイル=サフォー率いる聖石旅団には、神授の聖石があります」

 軍議の場でそういったのは、スノウ・ザン=エメラリアだった。マルディアの天騎士は、マルディア政府軍の二千とともに救援軍本隊に同行しており、マルディアの代表として軍議に参加していたのだ。スノウは、隻眼の王狼と謳われた元聖石旅団長ゲイル=サフォーを高く評価しており、彼が神授の聖石に選ばれたことを語った。

 神授の聖石とは、マルディアの建国神話より伝わる神聖なる石であり、マルディア王家に大いなる力を与えたとされるものであり、本来ならば王家の人間にのみ宿るというのだが。

「それが、ゲイル=サフォーに宿っている、と?」

「王家の方々にのみ宿るとされる神授の聖石が、ゲイルに宿ったのは、彼の出自に関係があるのでしょう。彼は先王ユガ様の御落胤なのです」

「なるほど」

 ゲイル=サフォーがマルディア王家に特別扱いされたのもそれが理由なのだといい、彼のために聖石旅団が作られたのも、彼がマルディア王家の血を引いているからだ、という。しかし、その事実を知るものは少なく、ゲイル自身、自分がマルディア王家の血を引いていることは知らないらしい。

「神授の聖石に選ばれた以上、うすうすは感づいているでしょうが」

「つまり、反乱を起こしたのは、マルディア王家の血を引いていることとは直接関係がない、ということですか?」

「そうでしょうね。マルディア王家の血筋であることに確信を持っているのであれば、彼ならば、その事実を積極的に利用するでしょう。神授の聖石に選ばれたことを理由に正当性を主張したはずです。もっとも、彼がいかに正当性を主張しようとも、ユグス陛下の立場が揺らぐことはありませんし、状況は変わらなかったでしょうが」

「して、神授の聖石とは、どのような力を持っているのです?」

 神話より伝わるものだ。伝わるだけで力のないものもこの世には山程はある。ガンディア王家伝来の宝剣グラスオリオンなど、皇魔に叩き折られている。神授の聖石もそのようなものである可能性も、低くはない。

「なんでも、山をも砕く力があるそうです」

「ほう」

「ヘイル山を要塞化したのは、神授の聖石の力によってヘイル山を破壊したためだといわれていますよ」

 スノウがそう説明してくれたことで、彼がなぜ、唐突に神授の聖石の話をしたのかを知った。ヘイル砦攻略に当って、ヘイル砦の成り立ちを思い出したのだろう。

「それほどの力があれば、騎士団の力を借りずとも、政府軍を打倒することもできように」

「できなかった、ということは、それほど信頼のできる力ではないのでしょう。あるいは、神授の聖石の力を行使するには、なにかしらの前提条件が必要なのかもしれません」

 アレグリアが、冷ややかに告げた。彼女は、聖石旅団の実力を低く見積もっている。聖石旅団だけではない。反乱軍の戦力を過剰に評価することはしない、と明言していた。そもそも、反乱後、即座にベノアガルドに救援を求めるような組織だ。自前の戦力では政府軍に敵わないと判断したということであり、その判断は冷静で、正しく、好意に値するが、だとすれば余計に反乱軍の弱さが露呈するだけのことであり、取るに足らぬ相手と認識するよりほかはない。

「ともかく、神授の聖石に注意しなければならないのはわかりました。しかし、神授の聖石は、ゲイル=サフォーに宿っているのでしょう?」

「ええ。彼の眼帯に隠された右眼が神授の聖石そのものです」

「それで隻眼の王狼、ということか」

「つまり、ゲイル=サフォーのいない戦場では、注意するまでもない、ということでしょう」

 アレグリアの評価は、辛辣だ。しかし、だからこそ彼女の言には耳を傾ける価値があるというべきかもしれない。参謀局第二室長にして次代の軍師候補のひとり。アルガザードは、彼女とつぎの戦いに向けての戦術を練り合わせる中で、アレグリア=シーンの才能を理解し、驚嘆したものだった。

「神授の聖石はゲイルが持っていますが、それ以外の神宿りの武器群は聖石旅団が確保しているものと思われます」

「神宿り……?」

「神授の聖石同様、マルディア王家に伝わる武器で、神秘的な力が宿っているといいます」

「ほう……そのようなものがあるとは初耳だな」

「何分、マルディアの国家機密ですので」

「いや、わかっている。王家の方々を責めたわけではないよ」

 レオンガンドの反応に、スノウは胸を撫で下ろしたようだった。実際のところ、どこまで明らかにするべきか迷う情報ではあるだろう。ガンディアに救援を依頼した時点では明らかにできない情報なのは、間違いない。国家機密なのだ。ガンディアが救援に応じてくれるかどうかもわからない状況では、隠し通すしかないだろう。救援軍がマルディアに到着したあとならば、問題はなかったはずだが、到着後すぐさま部隊を分け、行動を開始したということもあって、話す機会に恵まれなかったというのも大いにあるだろう。

 スノウは、話す機会を伺い続けていたのかもしれず、アルガザードは、彼の忠告に感謝したものだった。

 もっとも、ヘイル砦攻略にはさほど影響のでるものではない。

 ヘイル砦南方に部隊を展開した時には、アルガザードの戦術は決まっていたからだ。

「先もいったように、おそるるに足りませんね。結局は騎士団を頼らざるを得なかった以上、反乱軍の実力はたかが知れています」

 アレグリアの結論にスノウはなにかいいたそうな顔をしていたが、結局、なにもいわなかった。彼としては、マルディア軍の最高戦力であった聖石旅団を評価してもらいたいという気分もあったのかもしれないが、叩き潰さなければならない敵である以上、そんなことをいっている場合ではないと理解したのかもしれない。あるいは、アレグリアの思惑に気がついたのか。

 アレグリアは、反乱軍を過小評価することで、救援軍本隊の士気を昂揚させようとしていた。

 救援軍本隊は、ガンディア軍の中でも最弱の謗りを受けること甚だしいガンディア方面軍を中心に構成されている。実際問題、生粋のガンディア軍人が大半を埋めるガンディア方面軍は、他の方面軍に比べると弱兵揃いであり、自認してもいた。自分たちが弱いことを理解しているからこそ、日々鍛錬に血と汗を流し、部隊編成を工夫し、戦術を考えるのだが、それでなにかが変わるかというとそうではない。染み付いた弱兵根性は相変わらずであり、戦場に近づくに連れて弱気な部分が露呈する。アルガザード直属の部隊はまだしも、大半の兵士たちは、戦闘を恐れてさえいた。

 そんな弱兵たちを鼓舞するには、敵が自分たちよりも弱いと認識させるよりほかない、とアレグリアは考えているようだった。そのため、彼女は反乱軍を過剰に貶めている。軍議の場には、各軍団長が顔を揃えている。軍団長たちはきっとアレグリアが下した反乱軍の評価を部下たちに伝えるだろう。反乱軍などおそるるに足りないと知れ渡れば、弱兵揃いのガンディア方面軍も奮起してくれるかもしれない。

 アレグリアは、軍議さえも戦術に利用しているのだ。

 そもそも、アレグリア自身が弱気な人間だった。戦うことに恐怖を感じ、戦場に出ることを極端に恐れているのだ。戦争に不向きな性格をしているのだが、才能が、彼女を戦場から遠ざけることを許さない。もっとも、彼女の戦術家としての才能は、彼女を実際の戦場からは遠ざけてくれたようであり、いまは部隊を率いて戦場を駆け回らずに済むだけましだといっていた。

「真に恐るべきは騎士団」

 アレグリアが告げると、軍議の場が静まり返った。

「中でも十三騎士は、セツナ伯に匹敵する実力の持ち主だという話です」

「すべての十三騎士がそうと決まったわけではないが……そう考えておくべきなのだろうな?」

「シド・ザン=ルーファウス、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート、ロウファ・ザン=セイヴァス――アバードにてセツナ伯や《獅子の尾》の皆様が交戦した十三騎士には、十三騎士という以外の共通項はなく、そこから導き出されるのは、十三騎士と呼ばれるものは全員、同程度の力量を持っているだろう、ということです」

 それは、十三騎士三人と直接戦闘したことのあるセツナが導き出した結論であり、主観的な面も多々あるものの、まず間違いないだろうということで参謀局は分析していた。そもそも、セツナの情報を疑う理屈がない。

「つまり、黒き矛のセツナと同程度の存在か」

「いまのところ、ヘイル砦に入った騎士団は二隊だということですが、この二隊がそれぞれ十三騎士ひとりずつに率いられているとすると――」

「難関だな」

「はい」

 レオンガンドの嘆息に、アレグリアが静かにうなずくのが印象的だった。

 軍議が開かれたのは、シールダール出発後のことであり、ヘイル砦南方に到着したころには、ヘイル砦攻略のための戦術は決まりきっていた。

 戦術を考案したのは、アルガザードだ。

 もちろん、独力ではない。アレグリアや参謀局の局員たちに力を借りながら、彼なりの戦術を作り上げた。

(我が軍人人生最期の戦いなれば)

 華々しいものでなくていい。

 アルガザード=バルガザールの人生そのままに、着実に歩を進め、確実に勝利を掴み取れれば、それでいい。

 本陣の天幕を出たアルガザードは、鉛色の雲が覆う空の下、いかにも不気味な天候に目を細めた。

 嵐がくるのではないか。

 そんな予感がした。


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