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第千二百八十九話 死線の先へ

 獅子の咆哮が聞こえた瞬間、セツナは力の漲りを感じた。全身の疲労がさっぱりと消えてなくなる錯覚。痛みが感じなくなり、代わりにあらゆる感覚を眼前の戦闘に投入できるようになる。なにが起こったのか理解できない。黒き矛が目覚めたわけでも、能力を行使したわけでもない。ましてや、黒き矛の制限を解除するはずもない。そんなことをすれば制御不能に陥るだけだ。三人の強敵の猛攻を凌ぐだけで精一杯ではあるものの、打開するために制御不能に陥るなど言語道断だったし、ありえない選択だった。それならば、敵が消耗し尽くすまで凌ぎきるほうがましだったし、時間稼ぎに徹するほうが選択肢としてありうるだろう。

 もっとも、時間稼ぎできるだけの余力があるかというと、そうでもない。

 なぜなら相手は三人で、入れ代わり立ち代わり攻撃を繰り出してくるのだ。セツナはそれらの攻撃をたったひとりで捌き続けなければならない。当然、消耗はセツナのほうが激しく、このまま防戦を続ければ、セツナのほうが早く力尽きるのは自明の理だ。

 だからといって黒き矛の制限を解除する、あるいは制限を高く設定しなおすといったことはできなかった。いまは制御することのできる限界まで力を引き出している。力を引き出してこれなのだ。押されている。それもそうだろう。相手は三人。十三騎士がふたりと“剣聖”がひとり。しかも“剣聖”は二本の召喚武装を用いている。四人の強敵を相手にしているも同じだった。

 そんなとき、大気が揺れ、咆哮が轟いた。

 咆哮は、獅子のそれに似ている。

 百獣の王に相応しい威圧感たっぷりの咆哮は、セツナの鼓膜を揺らすだけでなく、全身に染み渡るように響いた。そして、力が溢れた。

 セツナは、地を薙ぎ払うような暴風を飛んでかわすと、即座に地面が揺れ、無数の岩石が突出するのを目の当たりにした。避けきれない――と思った瞬間、無意識に体が反応し、左手で岩石の先端に触れていた。そしてその突出する岩石の勢いに抗うことなく飛び上がり、前へ出る。光の槍が飛来する。矛の石突きで叩き落とし、爆風を浴びながら左へ流れる。大剣が右で空振る。爆風のおかげだ。すべて計算づくの行動、らしい。

 自分でも信じられないような動き。無意識の反応。超反応。咆哮を聞いたことによる、身体能力の向上。着地とともに思い出す。そういう召喚武装の能力について。

(ライオンハートだったか)

 ハートオブビーストの能力のひとつに獅子の名を冠するものがあり、それは、シーラの周囲の仲間の戦意を昂揚させるとともに身体能力を引き上げるというものだったはずだ。

 セツナは、全身に漲る力がハートオブビースト由来だと認識した瞬間、シーラに感謝するとともに彼女が援護してくれたことを頼もしく思った。

 おかげで、戦える。

 前方、敵はまだ三人とも健在だ。しかし、セツナの動きに変化があったことを認めたのか、三人が三人、警戒を強めた。嵐のような猛攻が一時的に収まると、不気味なまでの静けさがセツナを包み込む。だが、油断はできなかった。傷だらけなのはセツナだけで、カーラインもドレイクも、トランも、傷ひとつ負っていなかった。

 ライオンハートによって身体能力が向上したところで、打開できるような状況ではない。

(いや)

 セツナは胸中で頭を振ると、矛を構えることもなく地を蹴った。同時に三人の敵が動く。まず、トランだ。攻撃範囲が広く、味方を巻き込みかねない攻撃を行うトランこそ、三人の先手を務めなければならない。大地が揺れ、岩石が隆起する。右へかわせば突風が襲いかかってくるのだが、それを岩石に隠れてやり過ごせば、つぎは岩石もろとも打ち砕くドレイクの斬撃が来る。受け止めるのではなく、飛び越える。大剣の刀身を蹴って、ドレイクの頭上を越えて前に出る。すると、カーラインの放った光の槍が一切の狂いなくセツナの眼前に迫ってくるのがわかっているから、透かさず黒き矛を投擲する。光の槍と黒き矛の激突。爆発の光を目にした瞬間に送還、呪文を唱え、再召喚と同時に地を踏む、背後からの斬撃を難なく回避しつつ、突風と地割れの連続攻撃を捌ききる。

(打開できないんじゃない。打開するんだよ!)

 光の槍は連続では発射できない。光の槍を形成するまで――つまり再装填までの時間がある。その間、カーラインは近接攻撃を行ってくるのが常だが、先程から光の槍による遠距離攻撃ばかりだった。距離が開いているからだ。カーラインだけは、堀の内側にいた。ドレイクのことを考えれば飛び越えられないわけではないだろう。城壁上から飛び降りてきても無事だったことを思えば、なんの問題もないように思える。それでも飛び越えてこないのは、近接戦闘をほかのふたりに任せたほうがいいと判断したからなのだろうが、その判断がセツナに味方した。光の槍の再装填までの時間が、セツナをトランへの接近を許すのだ。

 とはいえ、トランはトランで、二本の召喚武装による地形破壊攻撃を連発してくるのだから、光の槍の再装填時間は簡単に稼がれる。大気と大地の連続攻撃を捌いたつぎの瞬間には光の槍が飛来し、さらに光の槍をどうにかした直後には、ドレイクが肉薄する。ドレイクの身体能力は、ベインの上を行く。膂力こそベインのほうが上だが、速度も技量もドレイクのほうが上のようだ。ドレイクは、全能力が高水準と見てしかるべきなのだろう。だが、ライオンハートによって向上したセツナの身体能力は、ドレイクの遥か上を行く。そもそも、身体能力では並ばれてもいない。

 三対一だから押されているに過ぎない。

 数の暴力。

(だったらよ)

 突起した岩石を蹴って飛び越え、薙ぎ払う旋風を屈んでかわし、トランに肉薄する。矛の間合いまであと少し。トランがにやりとした。鋭い眼光。百戦錬磨の“剣聖”に相応しい威圧感。だが、負けない。踏み込み、間合いへ至る。

「さすがは英雄よな」

 トランの嬉しそうな声は、彼が戦闘狂であることを示している。直刀が揺らめく。刀は大地を操り、剣は大気を操る――しかし、セツナは前進する。間合いの中へ。

(ひとりずつ斃せばいいだけじゃねえか!)

「だが、動きが素直すぎる」

 直刀がトランの足元に至ろうとした瞬間、セツナが伸ばした黒き矛の切っ先が刀身に触れた。ただ伸ばしただけではない。全力の突きだ。激突と同時にセツナの足元の地面が激しく揺れた。大地が隆起し、巨大な岩石がセツナの体を打ち上げる。痛みは浅い。すんでのところで跳躍し、直撃の威力を殺すことに成功したからだ。爆音。ドレイクの斬撃が岩石を破壊し、光の槍があらぬ方向に飛んで行く、セツナは中空に打ち上げられながら、自分の攻撃が成功したことを悟った。トランの直刀が刀身の半ばで折れていた。破壊に成功したのだ。召喚武装は原型を失うほどに破壊されれば、最悪能力を行使できなくなる。少なくとも、制御不能に陥ったのは間違いないだろう。でなければ、セツナは岩石に吹き飛ばされるだけでは済むまい。

「まずはひとつ!」

 トラン=カルギリウスの目がこちらを見ていた。折れた直刀と傷ひとつない直剣を構えながら、地を蹴る。セツナの落下地点に向かっているのだ。そしてそれはトランだけではない。ドレイクも、セツナの落下地点に向かって驀進している。猪突猛進といっていいくらいの素直な直進。だが、トランのほうが早い。よく見ると、トランは飛んでいた。直剣の力で飛翔しているらしい。つまり、落下地点に向かっているのではなく、空中のセツナを仕留めんとしているのだ。空中では、体の自由は利かない。当然のことだ。だからそこを狙う。

(そうだな?)

 セツナは、だれとはなしに問うと、セツナの眼前にまで迫ってきていたトランが光の奔流に飲み込まれる瞬間を目の当たりにした。光の源は、堀の内側。ウルクが右腕を掲げていた。波光大砲の発射態勢。魔晶人形が排熱し、蒸気が上がるのが見えた。だが、まだ安心はできない。ドレイクが目前に迫っている。セツナが着地する瞬間、彼の攻撃が来るに違いない。それでもセツナは絶望しない。ライオンハーートによって強化された身体能力ならば、ドレイクの斬撃などおそるるに足りない。

(それに)

 ドレイクが足を止めた。光の槍が、あらぬ方向に飛んで行く。今度は、目標を見失ったのではない。セツナとは別の目標に向かって発射されたのだ。セツナを仕留めるためには、セツナ以外の邪魔な存在を排除するほうが先決と判断したらしい。おかげで、セツナは難なく着地し、トランの急襲に対応できた。

 トランは、無傷だった。分厚い城壁を貫通する砲撃をどうやって防いだのかは、皆目検討もつかない。

「なんで傷ひとつねえんだよ!」

 セツナは、トランを非難しながら、彼の斬撃を捌いた。折れた直刀と直剣による連続攻撃。時折衝撃波を織り交ぜてくるが、大地を使う攻撃はしてこない。直刀の能力は使えなくなったということだ。

「あの程度、どうとでもなるさ」

「ならねえっての!」

 トランの回答を全力で否定しながら、今度は直剣を破壊するべく、セツナは全力で矛を振り抜いた。トランは直剣まで破壊されるわけにはいかないと思ったのか、セツナの攻撃は受け止めるのではなく、受け流し、捌き、かわすことに専念した。おかげで、トランの猛攻は密度の薄いものとなり、セツナには余裕ができた。周囲の状況を把握し、勝利を確信するくらいには。

 レコンドールにガンディア軍の旗が翻り、レコンドールの奪還に成功したことを告げていた。レコンドール内部に残ったレムの仕業か、あるいはアスタル率いる本隊がやってのけたのだろう。両者かもしれない。いずれにせよ、レコンドールは救援軍の手に落ちたのであり、セツナは、トランの斬撃を捌きながらにやりとした。

 トランが、飛び退く。

 ドレイクとカーラインは。乱入者に対応していたが、そのふたりも手を止めた。乱入者とは、エスク=ソーマとルクス=ヴェインのふたりだ。たったふたりの乱入者が、十三騎士ふたりの気を引いた。“剣鬼”と“剣魔”の実力は、十三騎士にも知れ渡っていたということかもしれないし、黙殺するには、ソードケインの能力が厄介すぎるということかもしれない。ソードケインの光の刃は、伸縮自在であり、ドレイクの行動を阻害するには十分な威力を発揮しただろう。

「落ちたか。思った以上に早かったな」

 まるでわかっていたとでもいうようなドレイクの一言に、セツナは彼に目を向けた。ドレイクは既に戦闘態勢を解いている。こちらが攻撃することなどありえないとでもいいたげな変化には、眉を顰めざるを得ない。舐められているのではないか。

「どうされる?」

「ここは、退こう。落ちたということは、彼らも退いたということだ」

「でしょうな」

 ドレイクの言葉にトランが納得したようにうなずくのが奇妙に感じた。トランならばセツナとの戦いに拘ると思ったからだ。必ずしも戦闘狂というわけではない、ということかもしれない。

「逃すと思うか?」

 セツナは、ドレイクを睨みながら、周囲の状況を確認した。

「どうするというのだね、伯。あなたは確かに強いが、この状況で我々を封殺しきることはできない。たとえ“剣鬼”、“剣魔”を用いてもだ」

「うちの大将を見くびるのもいい加減にしとけよ。てめえらなんざ、うちの大将の足元にも及ばねえ。ちょちょいのちょいであの世行きだ」

「どうかな? そうかも」

 エスクの発言に首を傾げつつも同意するルクスには、セツナは内心苦笑を禁じ得なかった。そもそも、エスクの発言に苦笑するしかない。彼はなにを思ってそんな言葉を吐いたのか。あとで問いたださなければならない。

「見くびっているのは、そちらのほうだろう。“剣魔”。確かに伯は強い。ルーファウス卿が味方にしたがるのも理解できるというものだ。しかし、この程度ではな」

「この程度だと!?」

「仲間……? シドが?」

「この程度だ。我々十三騎士をこの程度と思ってもらっては困る」

「はっ、ありがちな負け惜しみだな」

「そう受け取ってもらっても構わない」

 余裕に満ちた反応からは、強がりや負け惜しみを感じ取ることはできない。

「伯、あなたとの再戦、愉しみにしている。そのときは、こちらも本気を出せるといいのだがな」

 ドレイクは、悠然とこちらに背を向けた。敵意もなければ悪意もなく、殺意もない。威厳と重圧感を纏った騎士は、敵に攻撃されるという可能性を一切考慮していないかのような隙を見せつけながら、ゆっくりとセツナの前から去っていく。トランが彼に付き従うように進み、遠方ではカーラインが騎士団兵をまとめ上げていた。トランの弟子ふたりも戦闘をやめ、シーラたちも戦いから解放されているのがわかる。

 死傷者は数えきれないほどでている。だが、生き残っているものも多い。

 エスクが駆け寄ってくるなり、耳打ちしてきた。

「大将、いまですぜ」

 彼は、ドレイクの後ろ姿を見遣りながら、そんなことをいってきた。

「なにいってんだよ」

「隙だらけじゃないですか。いま攻撃しても、だれも文句はいいませんって」

「あのなあ」

「本当、こいつが俺と同列なんて、世間の評価は何もかも間違ってると思う」

 ルクスがグレイブストーンを鞘に収めながら、ぼやくようにいった。

「むしろ賞賛されるはず! 敵主力を討つんですから!」

「確かにそうかもしれんが……」

 セツナは、その場に座り込むと、ドレイクたちが去っていくのを見続けていた。

「さすがに疲れたよ」

 長時間に渡る張り詰めた防戦は、セツナの体力だけでなく精神力を消耗し尽くしていた。緊張の糸が切れてしまったことが、大きい。戦い続けているのであれば、まだまだ保ったのは間違いないのだが、一度緊張が途切れたことでもはや取り戻せなくなってしまっていた。

 この状況で十三騎士とトランに襲われれば負けるのではないか。

 そんなありもしないことを考えるくらいには、疲れきっていた。



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