第千二百八十四話 “絶槍”のカーライン
ベノアガルドの騎士団には、十三人の幹部がいる。
十三騎士と総称される十三人の騎士は、騎士団長フェイルリング・ザン=クリュースを始め、オズフェルト・ザン=ウォード、ゼクシス・ザン=アームフォート、シヴュラ・ザン=スオール、フィエンネル・ザン=クローナ、ルヴェリス・ザン=フィンライト、テリウス・ザン=ケイルーン、シド・ザン=ルーファウス、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコート、ロウファ・ザン=セイヴァス、ドレイク・ザン=エーテリア、そしてカーライン・ザン=ローディスという。
それぞれ二つ名を持ち、“雷光”のシド、“狂乱”のベイン、“天弓”のロウファという前例を考える限り、騎士特有の能力に直結したものだろうことは明らかだ。
そして、カーライン・ザン=ローディス。
二つ名は、“絶槍”。
セツナは、カーラインの槍が光を発した瞬間、後ろに向かって大きく飛んでいた。そして、カーラインの甲冑がさっきまでセツナが立っていた場所の上空へと移動しているのを目撃し、彼が槍を振り下ろすのを見た。振り下ろされた長槍から光の槍が射出され、瞬時に地面に吸い込まれるように直撃した。爆発が起きる。加減した爆発は、セツナを殺すためだけのものであり、周囲の味方を巻き込まないように配慮されたものだった。シドたちもそうだったが、高威力の攻撃で味方を巻き込まないようにしなければならないのが、十三騎士の辛いところであるらしい。
(それはこっちも同じだがな)
黒き矛にせよ、他の召喚武装にせよ、高威力攻撃や広範囲攻撃を行う場合、味方を巻き込むことだけは避けなければならないのだ。いくら敵を撃破出来たからといって味方を巻き込み、味方に損害を与えるようでは意味がない。だから武装召喚師は乱戦を苦手とすることが多い。乱戦となれば、味方がどこにいるかわからないため、おいそれと召喚武装の能力を使うわけにいかなくなるからだ。
武装召喚師の使い方としてもっとも簡単なのは、敵陣に突出させるという方法だ。そうすれば、周囲に敵しかおらず、召喚武装の能力も使いたい放題使えるからだ。しかし、それは諸刃の刃でもある。敵陣に突出するということは集中砲火を浴びるということであり、敵に武装召喚師がいれば、集中的に狙われ、落とされる可能性も少なくはない。敵に武装召喚師がいないからといって、油断はできない。武装召喚師を殺せるのは、必ずしも武装召喚師だけではない。消耗した武装召喚師であれば、通常戦力であっても倒すことは不可能ではないし、能力によっては隙の大きいものもある。
何事にも過信は禁物なのだ。
セツナは、着地とともに今度は左に跳んだ。再び、爆発。カーラインは、セツナを光の槍で爆殺することに注力しているらしい。おかげで、セツナは彼を上手く誘導することができそうだった。南門の前から少しでも引き離すことができれば、レムたちによるレコンドールへの突入も楽になるというものだろう。
セツナたちの目的はレコンドールの奪還であり、反乱軍の撃滅だ。騎士団を倒すことにこだわる理由がない。
「レム、ウルク、シーラ! レコンドールは頼んだ!」
「そうはさせませんよ」
セツナが叫ぶと、カーラインが反応する。セツナはにやりとした。思った通りだ。地上のカーラインがレムたちに向かって槍を掲げる。背をこちらに向けた形になる。地を蹴って、殺到する。
「あんたの相手は俺だよ、カーライン!」
振り下ろした矛の一撃は、軽々と受け止められた。速度も威力も申し分ないはずの一撃をだ。完全に予測していたからこその反応。セツナは目を細めた。
「ええ。もちろん」
カーラインがこちらを見ていた。兜の中で目が笑っていた。冷ややかに。そして槍が光を発する。爆発。
「くっ……!」
爆圧に吹き飛ばされながら、爆発が致命傷にならなかったことに感謝した。とっさにカーラインを蹴って飛びのいたことが功を奏したのだが、しかし、爆発の衝撃波を完全に避けきることはできず、セツナは背中から地面に激突した。空転する視線の先、カーラインが飛び上がるのが見えた。槍を振り被っている。槍が光を発した。振り下ろされる。降ってくるのは、光の槍。セツナは咄嗟に矛を投げ放った。黒き矛と光の槍が空中で激突し、爆発が起きた。衝撃波に打ちのめされながらなんとか起き上がり、素早く後ろに下がる。カーラインは着地したばかり。瞬時に接近されることはない。矛を一度送還し、再度召喚する。送還と瞬時の再召喚はセツナとクオンだけが行える芸当だった。普通、送還した召喚武装を再び呼び出すためには、呪文の詠唱が必要だった。
再召喚した黒き矛を握ることで、再び肉体は軽くなる。世界が広がる。感覚の肥大、鋭敏化。情報過多。目眩。眼前にカーラインが迫っていた。槍が殺到する。しかし、カーラインはセツナを攻撃せず、左に槍を振り抜いていた。鋭い斬撃が切り落としたのは複数の矢。カーラインの視線の先、堀の向こう側で、イシカの弓聖サラン=キルクレイドと、星弓兵団が弓を構えていた。二千人の弓兵軍団。
矢の雨が、南門前に降り注ぎ、騎士団兵を襲った。
セツナは、サランたちに橋を渡らせなかったのだ。橋がなんらかの手段で落とされる可能性を考慮した。セツナと黒獣隊のみならばなんとかなるかもしれないが、二千人の弓兵を伴うとなると、少なからず死者が出るだろう。もちろん、橋を落とされることが前提だが、考慮しないわけにはいかなかった。橋が落とされなかったのであれば、後から渡ってくればいい。それだけのことだ。
「なかなか考えますね。これでは我が騎士団も手も足も出ない」
カーラインの慇懃な態度は、彼の精神的余裕の現れなのだろう。実際、星弓兵団の弓射はカーラインの行動を一時的に阻害した程度で、彼に傷ひとつ与えられていない。彼だけではない。騎士団兵士たちも、矢の雨の中、レムたちのレコンドール侵入を阻止するべく、壁を構築している。騎士団は兵士のひとりひとりに至るまで、常人とは比べ物にならないなにかがあるようだった。
セツナは、素早く体勢を整えると、カーラインに対峙した。カーラインは、長柄槍を構えてこちらに向き直っており、もはや弓射など眼中にないといった風だった。
「だったらさっさと軍を引き上げて国に帰れよ。そうすりゃ、あんたらと戦う理由はなくなる」
「そういうわけには参りません。我々は、利己で戦っているわけではないのです」
「救済か」
「ええ」
カーラインの兜の庇の下で、穏やかな目が細められる。
「ルーファウス卿は、あなたに救済者の可能性を見出したとのことですが、ケイルーン卿は、あなたを訝しんでいる。どちらの考えが正しのか、わたしには知る必要がある」
「知ったことかよ」
「あなたがなにをいおうと、我々にはそうしなければならない理由があるのです。ですから、あなたには付き合って頂く」
「なにを……!」
「戦いはまだ始まったばかり。後方にお気をつけを」
「はっ……」
一笑に付した――つもりだったが、カーラインがなにをいっているのかを理解したとき、セツナは唖然とした。異変が起きたのは後方も後方、遥か彼方のことだった。
セツナの前方は、カーラインを捉えている。南門前の西側から東方面を見ており、カーラインのいう後方とは、レコンドールの西を指していたのだ。
マルディア救援軍第二別働隊は、レコンドール攻略の為、部隊を三つに分けた。東門に当たるのはアスタル=ラナディース率いる本隊。南門に当たるのはセツナ軍とサラン率いる星弓兵団、西門に当たるのは、レノ=ギルバース率いるログナー方面軍第二軍団だ。セツナ軍を覗く三部隊は、セツナ軍の進軍開始と同時に動き出しており、セツナたちが橋を渡り始めたころにはそれぞれ敵部隊との戦闘を開始していた。
星弓兵団はセツナたちと合流したのみだが、ログナー方面軍の二軍団は、レコンドール防衛のために配備された反乱軍部隊と接触、戦闘のまっただ中にあった。両部隊ともに武装召喚師が参加していることもあって敵部隊に対し終始優勢に戦いを進めており、特に本隊は敵部隊をレコンドールへの撤退を選択させていた。
レノ部隊は、激戦の最中にあった。
それがセツナが黒き矛を手にしたことによる超感覚で認識していた状況だ。
十三騎士カーラインの出現によって全神経を彼に向けなければならなくなったとき、周囲の状況把握が疎かになったのは間違いなく、彼の忠告に従って後方を確認したとき、セツナは愕然とした。
西から怒涛のごとく押し寄せる敵の軍勢がレノ隊を飲み込み、その勢いのままレコンドールに肉薄していたからだ。
レノ隊を蹴散らす敵軍の先頭を進むのは騎士団であり、光り輝く得物を手にしたそれは、まず間違いなく十三騎士のひとりであろう人物だった。
十三騎士がもうひとり、このレコンドールに迫っているのだ。