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第千二百八十話 血煙、上がる

 レコンドールは、マルディアの中心よりやや北西に位置している。マルディアの北東から南西に流れ、マルディアを南北に分断するシール川より北側に位置する四つの都市とひとつの砦、その中心都市と位置づけられており、王都に次ぐ第二の都市として知られている。

 大陸の都市の例にならい、四方を堅牢な城壁に囲われているのだが、その城壁は、反乱軍によって幾重にも増強されており、高さでいえば通常の二倍、厚さでいえば通常の三倍ほどになっていた。その上で城壁の外側には堀が作られており、門と閉ざし、橋を上げれば、難攻不落の要塞の完成となった。

 レコンドールはマルディア北部の中心都市として位置づけられているため、都市の四方に門を持ち、街道が通っている。マルディアにおける交通の要衝なのだ。反乱軍がレコンドール制圧に力を入れていたというのは、当然の話だろう。マルディア北部の中心にして、マルディア全土の中心ともいえるレコンドールはマルディア制圧の足がかりとなる。

 つまり、レコンドールの奪還は、マルディア救援軍にとっても重要な事柄だということだ。レコンドールの奪還が反乱軍に与える心理的影響は小さくない。マルディアの中心を取り戻されたことになるのだから、衝撃は相当なものとなるだろう。

 救援軍第二別働隊は、セツナ軍と合流した翌十八日、レコンドール南東の野営地を出発、レコンドール奪還のために布陣した。

 第二別働隊は部隊を三つに分けた。

 ひとつは、レコンドールの東門に当たるログナー方面軍第二軍団で、アスタル=ラナディースが指揮を取ることになった。

 ひとつは、レコンドール南門に当たるログナー方面軍第三軍団で、アラン=ディフォンが指揮を取ることになった。

 ひとつは、レコンドール西門に当たるイシカ星弓兵団で、指揮はイルダ=オリオンが取ることになった。サラン=キルクレイドは、星弓兵団とは別に個人として動くことになっているのだ。

 そして、それら三部隊とは別の遊撃部隊として、セツナ軍が存在している。

 セツナ軍は、第三軍団よりもやや前方に布陣し、開戦のときを待つことになった。開戦は、十九日明朝ということになっている。十八日は、野営地の撤去と各部隊の布陣だけで日が暮れた。

「遊撃部隊というわりには、役割が大きいよな」

 布陣後、武具の手入れをしながら、シーラが呆れ気味にいった。セツナ軍は、指揮官によって主力に認定されている。主戦力として、レコンドール攻略に当たらなければならず、遊撃とは名ばかりの戦いをしなければならないのは明白だ。それでも、アスタルはセツナ軍を遊撃部隊と定めている。まるで前例に倣うように。

「ガンディア的には、遊撃軍即ち主戦力なんだろ」

「そんな話、聞いたことないぞ」

「ですが、ガンディアはこれまで遊撃部隊である《獅子の尾》を主力に用いてまいったのでございますよ」

「そういや、そうだったな」

 シーラは、レムの説明に納得したようだった。王立親衛隊《獅子の尾》は、王の盾たる《獅子の牙》、王の剣たる《獅子の爪》とは異なり、王の意志の赴くまま戦場を走り回る遊撃部隊という性格を与えられている。しかし、《獅子の尾》がこれまでに成し遂げてきたことは、遊撃部隊がやるようなことでないといっていい。

「まあ、遊撃部隊のほうが使い勝手がいいんだろう」

「なんでも任せられるから、か」

「そういうことでございますね」

 レムがにっこりと微笑んで、いった。彼女は少しばかり元気になったようだった。彼女いわく、昨夜、セツナと添い寝をしたことが好影響を与えているのだというのだが、セツナにはよくわからないことだった。そして、彼女のその発言が今度はシーラを不機嫌にさせたものだから、セツナは途方に暮れた。


 その夜は、反乱軍による夜襲を警戒したものの、なにごともなく夜明けを迎えようとした。

 レコンドールは、不気味なまでに沈黙を保っていた。レコンドールの反乱軍が第二別働隊の接近に気づいていないはずもないのだが、あまりの反応の無さは、むしろ別働隊側に警戒させるに至る。

 警戒したからといってレコンドール攻略作戦を取りやめるということなどありえない。

 セツナは、レムに鎧の装着を手伝ってもらいながら、兜の上に座っている飛竜に話しかけた。

「ラグナ、おまえはシーラについてろ」

「なぜじゃ?」

 ラグナがきょとんとする。彼としては、セツナにくっついているつもりだったに違いない。

「俺よりシーラのほうが不安だ」

「俺のなにが不安なんだ?」

 シーラが厳しい表情をする。

「俺だけが不安なのか? レムやウルクはどうなんだ?」

「ウルクは硬い。とにかくな。レムは死なない。なにがあってもだ。その点、シーラは常人だからな。なにが起きてもいいよう、ラグナと一緒にいてくれ」

「なにが起きても……か」

「相手が反乱軍だけなら、なんの心配もいらないんだがな」

 セツナはそういって、レコンドールを見やった。城塞化した都市には、ベノアガルドの騎士団旗が掲げられている。それはつまり、騎士団がレコンドールの反乱軍に合流したということだ。

 騎士団は、反乱軍のために十三騎士を派遣したかもしれない。昨年の戦いでは、十三騎士のひとり、カーライン・ザン=ローディスが猛威を振るったという。今回も、十三騎士が派遣されたと考えるべきで、救援軍の参戦を察知しているはずのベノアガルドが複数名の十三騎士を投入してきたとしてもなんら不思議ではない。

「おまえは、どうなんだよ?」

「俺が心配か?」

「心配はしてねえよ。けど、黒き矛、眠ってるんだろ?」

「眠ってても、戦えないわけじゃない」

 完全に使いこなせるわけではないが、抑制すれば、使えないわけではない。そして、抑制したからといって、以前の黒き矛に劣るかというとそうではなく、むしろ圧倒的にいまの黒き矛のほうが強い。能力がなくとも、十二分に戦える。

 十三騎士とどこまでやりあえるかは未知数だが、戦えないわけがなかった。

「まあ、見てろ」

 セツナは、シーラに言い聞かせて、彼女にラグナをつかせた。ラグナは最後までセツナの側を離れようとはしなかったが、シーラに呼ばれると、不承不承、彼女の元へと飛んでいった。ラグナは、シーラも気に入っている。

 日が昇るより早く、セツナたちは動き出したのだが、そのときにはレコンドールのほうにも動きがあった。

 レコンドールの反乱軍は、迎撃の構えを見せていたのだ。

 レコンドールの南、西、東にそれぞれ部隊を展開していた。当然だろう。篭っていても、攻め立てられるだけだ。騎士団からの援軍が期待できるとはいえ、最初から籠城に徹していても救援軍を撃退するのは難しいと判断したのだ。それならばいっそのこと打って出て、野戦で少しでも敵戦力を削り取ろうというのが反乱軍の考えなのだろうが。

 第二別働隊は、戦術通り、まず最初にセツナ軍が突撃した。

 セツナ軍の先頭を進むのは、もちろん、セツナだ。軍馬の扱いにも慣れてきたセツナは、最初から全速力で馬を走らせ、五百人規模の敵集団を目視する距離へと到達する。召喚武装・カオスブリンガーを手にしていることによって極端に強化された視覚が、敵部隊を構成する兵士のひとりひとりの表情までもセツナに認識させる。だれもかれも緊張と高揚の狭間にいた。やがて戦場の狂熱に支配されるであろう兵士たちの表情。そんなものを見ている場合ではないのだが、目に入ってくるのだから、仕方がない。

 音も聞こえる。兵士たちの軍靴が地を踏み、鎧の部位が擦れ合って立てる金属音。兵士たちの息遣いから、部隊長らしきものによる激励の声。敵が目前に迫ってきている。迎撃態勢に移れ。部隊を展開せよ――。

 前方の敵部隊が陣形を変化させた。こちらが動き出してからでは遅すぎるというものだが、敵軍の一部隊のみが突出してきたのをみて、即座に対応したのかもしれない。突出した一部隊が敵主力だということは想像できよう。主力であるならば、なんとしてでも討ち果たすことができれば、この戦いを反乱軍にとって有利に運ぶことができるかもしれない。

 そこまで考えてのことかどうかは知らないが、セツナは、敵部隊が弓兵を全面に押し出すのを見ていた。五百人ほどの部隊の半数の兵が弓を構え、矢を引き絞る。セツナを乗せた軍馬は、既に通常弓の射程距離に入っている。

「敵弓兵の射程距離に入っていますが」

「構うことはないさ」

 セツナは、返答してから、ウルクが並走していることに気がついた。ウルクはセツナよりも後を走っていたはずなのだが、いつのまにか追いついており、いまにも追い抜きそうな勢いを見せている。ウルクはもちろん馬に乗ってなどいない。人間よりも何倍も重いという彼女の躯体を馬に乗せるのは問題があったし、なにより彼女は自力で馬よりも何倍も早く走ることができた。走るというよりは、飛ぶといったほうがいいのかもしれない。波光をジェットエンジンのように噴射することで、急加速を得、高速移動することが可能なのだ。

 とはいえ、波光噴射による高速移動を用いずとも軍馬と並走することくらいたやすいのだから、魔晶人形というのは恐ろしい。

「射て、射てえええっ!」

 敵部隊長の声が響くと、弓兵が一斉に矢を放った。弓が激しくしなり、無数の矢が直線と曲線、無数の軌道を描きながらセツナたちに殺到する。セツナは構わず馬を走らせつつ距離を稼ぐと、矢が馬の足や首に突き刺さり、棹立ちになる瞬間、軍馬から飛び降りていた。セツナ自身には一発も当たっていない。ウルクには何本か直撃したようだが、彼女が着込んでいる黒獣隊の隊服が複数箇所破けただけであり、彼女自身には傷ひとつついていない。ただの弓矢では魔晶人形を傷つけることは不可能なのだ。

 振り向くと、敵部隊の弓射はセツナとウルクを狙ったものだったらしく、後続の黒獣隊とレムたちには一切被害が及んでいないようだった。セツナたちから離れているということもあるだろうが。

 第一射から第二射までには時間がある。

 セツナは、軍馬を諦めると、敵部隊に向かって走り始めた。そのとき、背後から声が掛かる。

「セツナ!」

 シーラだ。振り向くと、シーラの白馬が間近に迫ってきていた。黒獣隊は彼女を含め、半数が騎馬であり、残り半数は騎馬隊士に運んでもらっているのだが、シーラだけは単独騎乗だった。彼女の股辺りにラグナが乗っているものの、彼を数に数える必要はないだろう。

 シーラが手を伸ばしてくる。掴まれということだろう。セツナはシーラの判断に任せて彼女の手を掴み、全速前進する軍馬の上に引き上げられた。さすがは獣姫といった膂力にうなりたくなる。

「助かったぜ」

「つっても、敵はすぐそこだがな!」

「射落とされるとはなんとも情けないのう」

「将を射たくばまず馬を射よ、というしな。それに情けないのは敵のほうだ」

「なにがじゃ」

「せっかく射落としたというのに、俺を自由にしたんだぜ?」

 セツナは、シーラの肩に手を置きながら、敵部隊が混乱に陥っているという状況を目の当たりにしていた。ウルクが敵陣に特攻したからだ。全速力の軍馬と並走し、矢を受けても微動だにしない女が襲いかかってきたのだ。反乱軍兵士たちからすれば恐怖以外のなにものでもあるまい。いくらウルクの外見が美しく、だれもがはっとするような美女であったとしても、化物としか見えないだろう。しかも彼女は弓射のみならず、敵兵の剣や槍の攻撃さえも受け付けず、逆に敵兵を千切っては投げた。

「あの娘を放っておいたのも、愚策じゃの」

「ウルクは、どうしようもねえよ」

「うん。どうしようもないな」

 シーラの感想に同意しながら、セツナは右手の黒き矛を強く握った。力を制限しているものの、それでさえ以前よりも比べ物にならないほどの力を感じていた。充溢する力は、黒き矛が完全体となったからこそであり、セツナは真なる黒き矛の圧倒的な力に目眩を覚えつつ、シーラの馬から飛び降りた。シーラの馬は混乱まっただ中といった有様の敵集団の真ん中に突っ込んでおり、セツナの周囲には敵兵ばかりがいた。

「死にたくなけりゃあさっさと投降しろよ!」

 叫び、矛を振るう。

 無造作な一閃が十人の兵を絶命させ、血煙が上がった。


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