表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1280/3726

第千二百七十九話 カーライン

 カーライン・ザン=ローディスは、戦況を聞くたびに軽く頭痛を覚える自分に気づき、苦い顔をした。

 彼は、ベノアガルドの騎士団における幹部にして筆頭ともいうべき十三騎士のひとりに数えられる人物だ。ベノアガルドを支える名家のひとつ、ローディス家の嫡男として生まれた彼は、物心ついたときには騎士になるべく育てられ、なんの疑問もなく騎士となり、功績を積んだ。騎士となり、国に忠を尽くすことがすべてだった。王家ではなく、国に。国と、民に。故に革命に賛同し、王家を打倒したのだ。腐敗しきった王家では国を維持し、民を幸福にすることはできないと断じたのだ。結果、ベノアガルドは騎士団主導の国家へと変わった。革命による腐敗の一掃と国民の意識改革は、いまのところなにもかも上手く行っている。彼が望んだ通り、国は民のためにあるべきものだという形に変わりつつあるのだ。フェイルリングの政権が続けば、ベノアガルドは彼にとって理想の国家となるだろう。

 それはいい。

 しかし、フェイルリングのやり方には、問題がないわけではない。

 フェイルリングは、国のためだけを考えているわけではないからだ。

 騎士団の長であり、ベノアガルドの頂点に君臨する人物でもある彼は、あろうことか、この世界そのものを救おうと考えている。大それた夢。妄想。空想だ。絵空事を当たり前のように語り、騎士団もそのためにあるのだと信じて疑わない。それがフェイルリング・ザン=クリュースという人物であり、カーラインには多少、ついていけないところがあった。

 いや、わかっているのだ。

 それは必要なことだ。

 世界を救わなければ、ベノアガルドの存続も危うい。世界という基盤があって、はじめ、ベノアガルドという国は存在しうる。世界が破局を迎えれば、ベノアガルドも滅びざるを得ない。

 そういう意味では、フェイルリングのやり方は何一つ間違っていないといえるだろう。

 だからといって、他国の内乱に積極的に干渉するのは理解できず、故に彼にはやる気が起きなかった。他国のことよりも自国のこと。地盤固めのほうが大事なのではないか。ベノアガルドはまだまだ発展途上だ。王家打倒後の変革は軌道に乗っているが、安定期に入ったとは言いがたい。問題は山積みだ。他国への救援にかまけている場合ではないのだ。

『ひとびとを救うことが我々の力となるのだ。そのこと、ゆめゆめ忘れるではないぞ』

 フェイルリングは、度々、そのようなことをいった。ひとびとを救うことこそが騎士団の理念であり、騎士団そのものの力の源泉なのだ、と。

 故に他国から救いの声があれば馳せ参じ、否応なく救援する。

 カーラインがいま、レコンドールに入っているのもそれが理由だった。そして、頭を抱えているのも、それが理由だった。

 マルディアはいま、戦争のまっただ中にある。

 カーラインは元々、十三騎士の中でもマルディアを担当地域としていた。

 マルディアは、ベノアガルドの近隣諸国の中でも特に安定した国だった。マルディアを統治する王家の考えが素晴らしい。カーラインの標榜とする国民国家を体現する考えだったのだ。現国王ユグス・レイ=マルディアの代になってからは特にその傾向が顕著であり、ユグス王は、国民の意見に常に耳を傾け、必要とあらば現地に足を向け、ひとびとの手を取って、話を聞いた。国王だからといって驕り高ぶるところは一切なく、国民に対しても常に胸襟を開いている、そんな人物だった。しかも、国民の声に耳を傾けるからといって、すべての意見を採用するわけではなかった。マルディアのいまにとってなにが必要なのか、不要なのかを判断するだけの能力を有し、決断力もある、名君中の名君というべき人物だった。

 臣民はユグス王をして古代の聖賢に並ぶ人物と賞賛し、彼を尊崇した。カーラインも、マルディアが安定している間――いや、いまですら、マルディア王ユグスを尊敬していたし、ユグス王ならばマルディアをより良くしていくだろうという確信さえ持っていた。

 しかし、そのユグス王が信頼してやまない聖石旅団が反旗を翻したことで状況は一変する。聖石旅団は、マルディア軍の最高戦力と呼ばれる軍団であり、旅団長ゲイル=サフォーは隻眼の王狼の二つ名で知られるほどの人物だった。王の狼――つまり、国王直属の戦士だったのだ。

 ゲイル=サフォーが反乱を起こした理由は、ユグス王がマルディアをガンディアに売る計画を立てていることを知ったからだ、という。

 どうにも出所のわからない情報だったが、ゲイル=サフォーの立場を考えれば、説得力がないわけではなかった。ゲイル=サフォーは、天騎士スノウ=エメラリアとともに国王の側に仕えていたからだ。


 ガンディアの急激な膨張に恐れをなしたユグス王が、マルディア王家の存続のために国を売り渡すという計画を密かに立てていた、というのがゲイルが反乱を起こした理由であり、彼は証拠もあるといった。そして彼は、マルディアを売国奴の手から取り戻し、真の平穏をもたらすために戦うと宣言、聖石旅団そのものが反乱軍の主力となった。

 反乱軍は、マルディア政府軍を打倒するべく、ベノアガルドの救援を要請。騎士団は長い長い会議の末、反乱軍を救援することに決定し、カーラインの軍勢を派遣した。

 それが昨年のことであり、カーラインは、不承不承、騎士団の決議に従った。カーラインとしては、ユグス王の力になりたかったが、決定してしまった以上は十三騎士としての務めを果たすしかない。反乱軍に理があろうとなかろうと、騎士団には関係がないということだ。

 救うことに善悪などはない。

 正義も邪義もない。

 救うこと。

 それだけが騎士団のすべてであり、騎士団に身を置き、十三騎士に名を連ねている以上、それに従うよりほかはないのだ。

 故にカーラインは昨年の夏から秋にかけてマルディアの地で戦い続け、マルディア北部の三都市一砦を陥落せしめた。ヘイル砦をカーライン単騎で落としたのは、騎士団の実力を訝しむ反乱軍の連中を黙らせるためであり、反乱軍を騎士団の制御下に置くためだった。無能揃いの反乱軍に勝手な行動を取らせては、せっかくの騎士団の救援も水泡に帰す。救いの手を差し伸べた以上は結果を出すべきだった。アバードの二の舞いになってはならない。

 カーラインはシドたちとは違う。

 そして秋が来て、冬が来た。冬になれば、騎士団は戦力を派遣できなくなる。団長の冬籠りの間はベノアガルドの防衛に務めなければならないからだ。カーラインは、国に帰る直前、反乱軍幹部らに軽挙は控えるよう強くいった。隻眼の王狼ことゲイル=サフォーはカーラインの言葉に強くうなずいたものの、彼が本当に聞き入れてくれたかどうか不安でならなかった。なぜなら、ことあるごとにカーラインに反発したのがゲイルだからだ。

 騎士団に救援を要請したのは、ゲイルではない。反乱軍幹部であり、軍師を務めるヌァルド=ディアモッドという男だった。

 ヌァルドは、反乱軍は聖石旅団、輝石戦団、霊石兵団の寄せ集めに過ぎず、同程度の戦力を誇る政府軍を打倒するには、外部から戦力を集める必要があると判断したのだ。合理的な判断だったが、ゲイルには気に喰わないところがあったに違いない。ゲイルは、最初からカーラインら騎士団を歓迎していなかった。カーラインが単騎ヘイル砦を制圧したときには手放しで賞賛こそしてきたものの、心の底ではなにを考えていたものかわかったものではない。

 カーラインとしては、彼の気持ちもわからないではなかった。ゲイルがユグス王およびマルディア王家打倒を掲げたのは、ユグス王がマルディアをガンディアに売り渡そうと画策していたからだ。売国奴を討つために外国の戦力を借りるというのは、彼の正義に反する行為だったのだろう。それでも甘んじて受け入れざるを得なかったのは、反乱軍の戦力が足りなかったからであり、なんとしてでも反乱を成功させなければならないという強い意志があったからだ。

(それはわかりますがね)

 カーライン・ザン=ローディスは、ゲイル=サフォーらを見やった。彼らは、カーラインの言いつけを守らず、軍を動かした。それも、騎士団がようやく動き出さんとした春先にだ。彼らは騎士団の到着を待たずシールウェールを攻撃したのだ。シールウェール攻略には、反乱軍が新たに得た戦力を用いたということだが、そのシールウェールは、マルディア救援軍によって早急に奪還されており、反乱軍は戦力を無駄に失っただけという結果に終わっている。

 もちろん、救援軍側にも被害が出たことだろうが、兵力的に考えれば痛くも痒くもない損失だろう。一方、反乱軍の場合はそういうわけにはいかない。騎士団の五千と合わせてようやく一万を越える兵力は、救援軍の二万の半数でしかないのだ。救援軍を撃退しようと思えば、わずかな損耗さえ控えるべきだった。

 しかし、カーラインの願いは聞き入れられず、反乱軍はシールウェール攻略戦と奪還戦で損害を被っている。

 やはり、反乱軍幹部は無能揃いだ。騎士団に救援を要請するという合理的な判断を下すことのできた軍師ヌァルド=ディアモッドさえ、役に立たない。

(まったく、だれもかれも……)

 カーラインは、黙して室内を見回した。

 レコンドールは、マルディアの中心よりやや北側に位置する都市であり、マルディアの交通の要衝だった。マルディア全土の制圧および平定を望むのであれば、もっとも拠点とするに相応しい都市といえるだろう。反乱軍が本拠を置くのも納得できるし、本拠とするために城壁を増強してもいる。通常戦力が相手ならば、そうそう落ちることはないだろうが。

 相手は、通常戦力ではない。

 だからこそ、何度となく軍議が開かれているのだ。

 レコンドールには現在、敵戦力が接近していた。

「敵は五千ほど。指揮官はガンディアの右眼将軍だそうだ」

「右眼将軍……アスタル=ラナディースか」

 ゲイル=サフォーが、ヌァルドからの報告に眉を顰めた。アスタル=ラナディースは、ガンディアの三将軍のひとりとして認知している。大将軍アルガザード、左眼将軍デイオンに並ぶ三人目の将軍。元はログナーの将であり、ログナーにおいてはもっとも有能な武将として知られていた。ログナーがガンディアに降ってからは、ガンディアの将としてさまざまな戦争で軍の指揮を取っている。マルディア救援軍においては、大将軍アルガザードに次ぐ地位の将であるらしい。そういう情報まで、反乱軍の耳に入っている。

「アスタル=ラナディースといえばログナーの飛翔将軍だが、飛翔将軍の戦術というのは、別段、特筆するべきものがあるわけではない。懸念するべきは、アスタル=ラナディースの戦術よりも、敵戦力のほうだ」

「黒き矛か」

 ゲイルが難しい顔をすると、会議室の空気が一気に緊迫感を帯びた。反乱軍本拠の会議室には、反乱軍幹部のうち、レコンドールに滞在中のものが勢揃いしている。ゲイル=サフォー、ヌァルド=ディアモッド、ミラ=ルビードの三人に、霊石兵団のイアザ=ヘックス、ダール=ヘイル。そこにベノアガルドの騎士団からカーライン=ローディスのみが参加しており、彼は会議の成り行きを見守っていた。

 口を出そうとは、思わなかった。

 彼がいったことが守られなかった以上、意見を述べたところで無駄だろうと判断したのだ。なにをいったところで受け入れられまい。それだけならばまだしも、反対され、論破しようとまでしてくるかもしれない。

 やはりマルディア政府軍側を救援するべきだったのではないか。

 カーラインは、机の上に広げられた地図と、その上に配置された駒を眺めながら、そんなことを考える。

 地図は、マルディアの全景が記されている。いびつな形をした国土に七つの都市とひとつの砦が書き込まれ、それぞれに戦力を示す駒が配置されている。反乱軍の幹部は無能揃いだが、情報収集能力は手放しで褒め称えてもよいほどの高精度を誇った。敵戦力の配置も間違いあるまい。

 七都市一砦のうち、現在反乱軍が支配下に置いているのは、三都市一砦だ。サントレア、ヘイル砦、シクラヒム、そしてレコンドール。レコンドールは本拠というだけあって、ほかに比べて多くの戦力が集められている。反乱軍二千と、騎士団一千。合計三千の兵数だ。籠城に徹すれば、約五千の敵に当たることは難しくないように思えるが、それも昔の話だ。

 現代の戦争において、籠城ほど難しいものはない。

 まず、城壁をいくら強固かつ堅牢にしようとも、場合によっては召喚武装で破壊され、丸裸にされることもありうるからだ。

 召喚武装の登場は、戦争の有り様を大きく変えた。そして、武装召喚師が持て囃されるようになると、各国はこぞって武装召喚師の登用をはじめた。武装召喚師が各国各軍に配備されたいま、戦争は変わったといってもいいだろう。

 かつての常識は通用しなくなった。

 籠城するのであれば、防御用の召喚武装を用意するべきだ。でなければ、敵軍が攻城用の召喚武装を持っていないことを祈るしかない。

 そして、現在レコンドールに迫りつつある敵軍には、その可能性のほうが低かった。

 黒き矛のセツナが、一部隊を率いて敵軍に合流したという。

「王都に籠もってくれていればよかったものを」

 ゲイルが唾棄するようにいった。セツナが自前の部隊とともにマルディオンに残ったという報せが届いたのが二日前のことであり、セツナ不在の軍勢が相手ならばなんとでもなるのではないかと会議が盛り上がったのも、つい昨日のことだった。セツナが敵軍に合流したことがわかった瞬間、そういった勢いが消え去るのは道理だろう。

「それだと、王都攻略が困難になるが……」

「いずれにしても同じことよ」

 ミラのいうとおりだ。

 救援軍がセツナを投じてきた以上、反乱軍はどこかでセツナと戦わなければならなかったのだ。遅いか早いかの違いに過ぎない。

(それにしても早すぎるが……)

「なんとしてでもセツナを撃退するしかないわ」

「できるのか?」

「できるかできないかじゃないの。やるのよ」

 ミラ=ルビードが地図の上に置かれたひとつの駒を見つめながら、告げた。レコンドール南部に配置された駒群の中で、ひとつだけ毛色の違う駒がある。黒く塗られた駒は、黒き矛のセツナを示しているのだが、彼だけ特別な駒なのは、セツナがそれほどまでに有名で、恐れられているからだ。

「でなければ、わたしたちに勝利の未来は来ない」

「ミラ嬢の仰られるとおりです。黒き矛のセツナ――ガンディアが誇る英雄殿をなんとしてでも倒さなければ、レコンドールを維持することなど不可能」

 カーラインが会議に割りこむように発言したのは、ミラ=ルビードの覚悟の強さに感じるものがあったからだ。無論、彼女だけが覚悟を以ってこの場に望んでいるわけではない。ゲイル=サフォーもヌァルド=ディアモッドも命を賭す覚悟くらいはあるだろう。でなければ、嘘だ。しかし、ミラ=ルビードのそれは、この場にいるだれよりも純粋なものであり、だからこそカーラインは席から立ち上がったのだ。

「我々が黒き矛に当たりましょう」

 カーラインが申し出ると、ゲイルは逡巡の後、小さくうなずいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ