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第千二百七十七話 シールダール

 王都マルディオンを出発したマルディア救援軍本隊がシールダールに到着したのは、二日後の十五日のことだった。夕焼けが西の空を真っ赤に染め上げる頃合い、一万を越す軍勢が大挙して押し寄せてきたこともあり、シールダールのひとびとは恐怖に包まれたというが、王都からの軍勢ということがわかると声を挙げて歓迎した。

 救援軍の存在は、救援軍がマルディアに到着する以前からマルディア政府によって喧伝されており、反乱軍による国内の混乱に不安を抱いていた民衆の多くは、救援軍の到来を待ち侘びてさえいた。マルディア王家、マルディア政府は、善政を敷いている。少なくとも、外国の人間から見る限り、知る限りでは、善政を敷いているように見えたし、マサークやマルディオンでの歓迎ぶり、シールダールのひとびとの反応の限りでは、マルディア政府が間違っているようには見えなかった。むしろ、反乱軍のほうに落ち度があるように思えてならないのは、国民の多くが反乱軍の行動に疑問を浮かべており、マルディアの地から反乱軍が一掃される日を待ち望んでいるからだ。

 反乱軍は、マルディアに真の平穏をもたらすため、などというお題目を掲げて反乱を起こした。反乱の首謀者は、マルディア軍において最強と謳われた聖石旅団の団長ゲイル=サフォーであり、聖石旅団からはひとりの脱落者もなく、団そのものが政府に反旗を翻している。聖石旅団の考えに賛同したのは、輝石戦団の半数ほどと、霊石兵団の半数ほどであり、なかでも輝石戦団は団長みずからが反乱軍に身を投じており、当時マルディア軍に衝撃が走ったという。もっとも、旅団そのものが裏切ったことに比べれば衝撃の度合いは小さいものだろうが。

 反乱軍は、聖石旅団の受け持つマルディア最北の都市サントレアを落とすと、ヘイル砦、レコンドール、シクラヒムをつぎつぎと攻略、反乱軍の支配下においていった。もちろん、政府軍はなにもしていなかったわけではない。何度となく都市の奪還を試みたがそのたびに撃退され、戦力を失っていった。このままでは戦力を無駄に消耗するだけだと判断した天騎士スノウ・ザン=エメラリアは、反乱軍の侵攻を食い止めることに専念し、秋が来て、冬に入った。

 反乱軍の勝利を一手に担っていたといっても過言ではない騎士団がベノアガルドに帰ったことで、反乱軍の攻勢は収まり、長きに渡る対峙が始まった。それが昨年の後半からこの三月の頭までのことだ。

 マルディア政府は、状況を打開するべく、反乱軍から都市を取り戻さんと計画したが、戦力的に心もとなく、対峙を続けることになった。対峙を続けながらも、このまま冬を超えれば、騎士団が反乱軍に援軍を寄越すことになりかねず、マルディア政府は、一計を案じた。ガンディアへの救援要請である。マルディア政府は、強大な戦力を誇るガンディアが参戦してくれれば、それだけで反乱軍を撃破できるものだと信じたのだ。国交もないガンディアが応じてくれるかどうかは、わからない。わからないが、関わりもなければ戦力的余裕のない周辺諸国よりは、ガンディアを頼るほうがましだろうと判断したのだろう。

 ガンディアは、マルディア政府の救援要請を受諾、属国、同盟国を巻き込んで救援軍を編成し、反乱軍を撃滅するべく動き出した。

 救援軍がようやくマルディアの地に辿り着いたのが、この三月の頭だ。

 シールダールのひとびとが救援軍本隊を歓待するのもわからないではなかった。

 まるでお祭り騒ぎのような市街地のことを思い浮かべながら、レオンガンドは、地図を見ていた。マルディアの地図には、アレグリアによって各部隊の進軍路が書き込まれている。本隊、第一別働隊、第二別働隊それぞれの進軍路と、マルディアの各都市の位置を見る。第一別働隊は、マサークから直接シールウェールに向かい、そこからシクラヒムへと北上、終着点であるサントレアへと伸びている。第二別働隊はマルディオンからレコンドール、レコンドールからサントレアへと向かうことになっており、本隊はマルディオンからシールダール、ヘイル砦へ至り、サントレアに到達する。

「この戦い、どう見る」

 レオンガンドは、地図から顔を上げて、お茶を飲みながらくつろいでいる軍師候補に目を向けた。アレグリア=シーンは、レオンガンドの前でも普段通りの穏やかさで過ごしている。肝が座っているのか、それとも、レオンガンド如きには緊張しないとでもいうのか。いずれにせよ、変わり者だ。

「どう、とは?」

「反乱軍は、勝てると想っているのだろうか」

「勝利を信じているからこそ反乱を起こしたのでしょう。敗北を知りながら反乱を起こすことなど考えられません」

「それもそうだがな」

「なにか気になることでもおありなのですか?」

「……どうということはないのだ。些細なことだよ」

 レオンガンドは、アレグリアに心の底に想っていることを伝えなかった。伝えたところで詮なきことだ。意味がない。ただの思い過ごしかもしれないし、考え過ぎかもしれない。いや、きっとそうだろう。

 反乱軍が反乱を起こした理由。

 それがどうも引っかかるのだ。

 真の平穏のためだ、という。

(真の平穏) 

 マルディアは、平穏そのものだった。

 それこそ、内乱の兆しもなければ、外圧に屈する様子もなかった。政治は安定しており、国王は善政を心がけている。国民の声に耳を傾けることを忘れないという姿勢は、レオンガンドが学ぶべきものだろう。もっとも、レオンガンドの場合は、国政にかまけている暇がなかったというのもあるが、それにしたって、ユグス王の政治には学ぶところが多い。国民の多くは、マルディアの現状に満足していたはずだし、聖石旅団の反乱は寝耳に水だったに違いない。

「反乱軍の目的……でしょうか?」

「君も、気になるかね」

「はい。マルディアの現状を知れば知るほど、納得のいくものではありませんから」

「調べて見る価値はある……か」

「しかし、調べるにはまず、状況が落ち着かないことには」

「わかっている。まずはヘイル砦の攻略に専心しよう」

 とはいったものの、レオンガンドは、ヘイル砦攻略において前線に立つつもりはなかった。すべて、大将軍に一任するつもりでいる。

 この戦争が大将軍アルガザード・バロル=バルガザールの最後の戦いとなるからだ。

 アルガザードは、この戦争の終結を期に引退する。以前からいっていたことだ。レオンガンドは何度となく諌めたが、アルガザードは聞く耳を持たなかった。年が年だ。一見、まだまだ現役でやれそうな様子なのだが、本人には、限界が見えているのかもしれない。ガンディアの将来を考えれば、ここで代将軍の世代交代をしておくのも悪い話ではないし、アルガザードもそれを見越した上で引退を決意したのだ。

(老いたるものは去り、若きものに任せる……か)

 アルガザードは、大将軍位の返上理由をそのように述べた。

 ガンディアのためだ、とも。

 そういわれると、もうどうしようもない。

 この戦いは、大将軍アルガザードの幕引きに相応しい舞台ではないかもしれない。しかし、つぎの戦いで引退すると公言した以上、彼はその約束を護るだろう。ならばせめて、彼の最後の戦いを華々しく飾らせてやろうとレオンガンドは考えた。自国のための戦いではないとはいえ、戦いは戦いだ。

 ヘイル砦をどのように攻略するのかは、アルガザードにすべてを任せた。持っている戦力をどのように使ってもいい。どんな戦い方をしてもいい。アルガザードがこれまで培ってきたすべてを注ぎ込み、勝利をもぎ取ってみせよ――レオンガンドの激励に、アルガザードは涙さえ浮かべていた。

『ありがたき幸せにございます』

 レオンガンドは、そんなアルガザードの姿に目頭が熱くなった。

 アルガザードは、レオンガンドを幼少期より支えてくれた忠臣中の忠臣だった。彼がいなければ、レオンガンドは別の人生を歩んでいたかもしれないと思えるほど、彼の影響は強い。幼き日、父が病に伏せてからというもの、レオンガンドはアルガザードの大きな背中を見て育ったといっても過言ではなかった。父親代わりといってもいいだろう。アルガザードも、自分の息子に接するような気軽さで接してくれたものであり、それがこの上なく嬉しかった。

 嬉しく嬉しくたまらなかった。

 アルガザードだけは、“うつけ”となったレオンガンドを見離そうとはしなかった。レオンガンドは、暗愚を演じるため、すべてを突き放さなければならなかったのだが、ついぞ、アルガザードを突き放すことはできなかった。

 アルガザードだけは。

 そんな彼のために最高の舞台を用意してあげたかったが、さすがに彼のためだけに戦いを起こすわけにもいかなかった。

 それだけが心残りだ。

「大将軍閣下ならば、必ずや陛下に勝利をもたらしてくださるでしょう」

「君も、手伝っているのだろう?」

「閣下の思し召すまま」

 そういって、アレグリアはにこやかに微笑んだ。


 アルガザード・バロル=バルガザールは、考える。

 ヘイル砦の攻略法を考え続けている。

 戦術を練るのに必要なだけの情報は集まっている。ヘイル砦の戦力は千五百。元聖石旅団千人に対し、元霊石兵団五百人とのことだが、内訳などはどうでもいいことだ。聖石旅団と霊石兵団にどれだけの実力差があろうと、実際のところ大きな問題にはならない。

 懸念材料としては騎士団からの援軍であり、騎士団がどれだけの戦力を投入してくるかが問題だった。騎士団は兵士からして実力者揃いだという話であり、ドルカ=フォームやエイン=ラジャールの報告からも騎士団の恐ろしさはよくわかっている。

 中でも恐るべきは十三騎士と呼ばれる騎士団幹部たちの存在だ。黒き矛を手にしたセツナと同等の力量と異能の持ち主が十三人もいるというのだ。そのすべてがこの戦いに投入されるとは思い難いものの、何人かは差し向けられるに違いなく、となればヘイル砦にも配備される可能性もあった。

 十三騎士が黒き矛のセツナと同等の能力を有しているとなれば、対抗するのは簡単なことではない。黒き矛のセツナだ。彼の力量については、アルガザードはよく知っていた。ガンディア軍でセツナの実力を知らないものなどいまい。いてはならないだろう。ガンディア躍進の立役者にしてガンディアの英雄。

 そんな彼と同等の実力者たち。

 倒す必要は、ない。

 救援軍の目的は、反乱軍の一掃であって、騎士団の撃滅ではない。反乱軍を倒すついでに騎士団の戦力を削ることができればそれに越したことはないが、無理に戦う必要はなかった。無理をして戦ってガンディアの戦力を大きく損なうようなことになるくらいならば、騎士団は黙殺し、反乱軍の掃討のみに力を注ぐべきだった。

 だが、それはこちらの思惑であり、騎士団側はそう考えてくれはいまい。

 騎士団は反乱軍の味方をしている。騎士団が反乱軍の望むままにマルディア政府の壊滅に動くのであれば、ガンディア軍、救援軍としては戦わざるを得なくなる。倒す必要はないが、倒さずやり過ごすことができないのであれば、倒す方法を考えなくてはならない。

 騎士団兵士はまだしも、十三騎士の相手を務められる戦力など限られている。

 アルガザードは、自分の手元にある戦力を数えながら、来るべき決戦に備えた。

 ヘイル砦は、激戦となること間違いない。


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