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第千二百七十四話 第二別働隊

 シールウェール奪還の報せがセツナの元に届いたのは、救援軍本隊が王都マルディオンに到着した翌々日の三月十四日のことだった。

 王都マルディオンは、救援軍が見事反乱軍との初戦を勝利で飾ったこと、シールウェールを奪還せしめたということで沸きに沸いた。まるで反乱軍との戦いそのものに勝利したかのような大騒ぎは、セツナをして呆れさせたが、子供のように喜ぶユノやユリウスの様子には、心が癒やされる想いがした。ユノとユリウスには屈託がない上、セツナのことを尊重してくれてもいる。マルディオン城内でセツナに警戒していないのは、ふたりくらいのものだった。

「さすがはガンディアの皆様でございますね。まさかあの高名な“剣聖”を撃退するだなんて」

「ガンディアだけじゃないですよ、ユノ様。ベレルの豪槍騎士団も、シールウェールの戦いには参加しています」

「そうでした! 申し訳ございません」

「いや、別に構わないことではあるんですけどね」

 ベレルは、ガンディアの属国だ。ベレルの国王を始め、ベレルのひとびとは、ガンディアに心服しているといっても過言ではない。もはやガンディアの一部となっているというべきかもしれない。それほどまでにガンディアとベレルの関係は深まっている。

 それには、ベレルの王女イスラ・レーウェ=ベレルがガンディアとベレルの架け橋になっているというのも大きいという。イスラ王女は、ガンディオンで暮らしていく中で、ガンディアの色に染まっていったのだ。ガンディアに臣従することこそ、ベレルの生きる道だ、というような発言を何度となくベレルに発している。そういったこともあって、ベレルの豪槍騎士団の団長も団員たちも、ガンディア軍に馴染んでいた。

 報告では、豪槍騎士団が先陣を務めた結果、もっとも損害を出すことになったというが、先陣の名誉を与えられたということで、騎士団長はむしろ喜んでいるらしいことが記されていた。敵が敵だ。損害が出るのは仕方のない事だし、当然のことでもある。犠牲を払わなければ勝利など得られるものではない。勝利のための犠牲をいかに少なくするのかが焦点であり、軍師、戦術家の仕事なのだ。

 もっといえば、豪槍騎士団の損害は、最小限の損害といってもいいということのようだ。

“剣聖”たちの出方次第では、別働隊が壊滅することだってありえたのだが、数百人の死傷者で済んだのは、十分すぎるほどの成果だといえる、という。つまり、それほどまでに“剣聖”トラン=カルギリウスが強いということだ。強く、凄まじい。

「それにしても、トラン=カルギリウス……ですか。召喚武装の二刀流なんて、とても考えられないことです」

「殿下は、武装召喚術を学んでおられるとか」

「ええ。まだ学び始めたばかりで、実戦で使えるほどのものではありませんが……しかし、召喚武装の二刀流がいかに危険なものなのかくらいはわかりますよ」

 ユリウスが微笑みを浮かべながら、いう。ユリウス・レーウェ=マルディアとユノは、本当によく似ていた。ユリウスが女性的な顔立ちをしているということなのだが、それにしても似過ぎなくらい似ている。双子だから当然なのかもしれないとはいえ、性別が違ってもここまで似ているのは不思議というほかない。

 セツナは、極めてよく似た王子王女の兄妹に左右を挟まれていたのだ。左を見れば王子がいて、右を見れば王女がいる。頭の上にはいつものようにラグナがいるのだが、ここのところ体重で首が痛くなるといったことが少なくなっていた。首の筋肉がついたというよりは、ラグナの体重が落ちているのだが、どういう理由かはわからない。ラグナに尋ねても、彼にもわからないという。

『おぬしの魔力は栄養価が高いから体重が増えるのは当然なのじゃが、減るのはわからんのう』

 と、彼にもわからないことがあるようだった。魔力に栄養価などあるのか、などと問いただしたいところではあったが、それよりも彼の体重の変化のほうが気になって仕方がなかった。ラグナは大切な仲間だ。もしも彼の身になにかがあれば、悲しいというほかない。だから、それからというものセツナはラグナをできるだけ頭の上に置いてやっていた。頭の上が一番魔力を摂取しやすいという彼の言葉を信じてのことだが、本当のことかどうかはわからない。そんなことはどうでもいいのだ。ラグナがそうしたいのであれば、そうさせよう。彼にも多大な心配をかけている。

 レムもいるのだが、彼女はこの場にはいない。少し離れた場所で、ウルクとともにこちらの様子を窺っているらしい。従僕として控えめなところも見せなければならない、というのが、マルディアに入ってからの彼女の方針らしい。

『御主人様の評判にも関わることでございますし、なにより、わたくしが御主人様にべったりでございますと、王女殿下に嫌われてしまいます』

 などと余計なことをいってきたレムだったが、彼女の発言もあながち間違いではないかもしれない。マルディア王女ユノは、暇さえあればセツナの元を訪れ、傍を離れようとはしなかった。王子もだ。どういうわけか、この王子王女の兄妹は、セツナのことを気に入ってくれているようだった。

 王城二階の露台。王城の敷地内を見下ろすことのできる場所にいる。頭上には春めいた青空が広がっていて、眼下には王都マルディオンの城下町が横たわっている。城下町は、シールウェール奪還の報せに沸き立ち、いまにもマルディア国内から反乱軍が駆逐されるといわんばかりの盛り上がりを見せている。

「二刀流は危険ですし、おすすめできるものではありませんね」

「ええ。師にも厳重に注意されました。召喚武装はひとつで十分強いのだから、それ以上は不要だと」

「そのとおりですよ」

 セツナはかつて、一度だけ召喚武装の二刀流というものを経験している。それも、黒き矛の二刀流であり、本物と複製物、二本の黒き矛を手にしたときのことは、いまでも思い出すことができた。一振りの黒き矛を握るよりも圧倒的な力と万能感は、セツナをして恐怖を感じさせた。そして力の赴くままに戦った結果、地獄のような戦場を作り出し、敵兵を絶望させるに至る。もしあのとき、敵兵に泣きつかれなかったら、セツナは敵兵を皆殺しにしていたかもしれない。

 際限ない力を感じた。その力の赴く先が殲滅であり、絶滅であり、全滅だった。すべての敵を殺し尽くし、それによって戦いを終えようとしたのだ。

 幸いにも自分を取り戻すことができたものの、あのまま戦い続けていれば、セツナは自分を見失い続けることになったのではないか。

 そんな恐怖がいまになって蘇る。

「セツナ様!」

「御主人様!」

 ふたり同時に呼びかけてきたのは、シーラとレムだった。セツナは、王子と王女のきょとんとした顔を見てから、背後を振り返った。露台に、相変わらずのメイド服という恰好のレムと、黒獣隊の隊服に身を包んだシーラが出てきている。

「出発準備、完了いたしました」

「準備完了とのことでございます」

 妙に緊張した面持ちで告げてきたシーラと、いつものようににこやかな笑顔で報告してきたレム。ふたりはしばらくそのまま固まっていたが、シーラがついにレムを横目に睨んだ。

「……おい」

「はい?」

 レムは、どこ吹く風だ。

「俺が報告するんだから、おまえまで報告することないだろ」

「そういうわけには参りませぬ。わたくしめは御主人様の従僕。務めを果たさないわけにはいかないのでございます」

「答えになってねえっての」

「はい」

「はい、じゃねえ」

 シーラがなんともいいがたい表情になった。彼女としては、レムほどやりにくい相手もいないのかもしれない。セツナ自身、レムを言葉でどうにかできる気がしない。セツナが口で勝てないのはレムだけではないが、一番、手強いのがレムという印象だった。常に側に控えているから、というのもあるだろう。

「……えーと、いいか?」

「お、おう……っと、なんでしょう?」

「準備完了ってことはいつでも出発できるってことだよな」

「はい。セツナ様のお望み通りに」

 シーラが恭しく、告げてくる。彼女の立場を考えれば、当然のことだ。シーラは、いまやただのシーラなのだ。アバードの元王女だからといって、特別待遇を受けるわけではない。無論、アバードを従属させたガンディアとしては彼女を厚遇するのも吝かではないのだが、彼女がそれを望んではいなかった。

「なんだよ?」

「シーラ様が言葉遣いを改められると、なんだか変な感じでございますね」

「し、失礼なやつだな! 俺だって元お姫様だぞ! 言葉遣いぐらい――」

 といいながらもシーラはレムにいまにも掴みかからんとしたのだが、それは、予期せぬ乱入者によって食い止められた。

「シーラ様……」

 ユノだ。

「な、なんです?」

 ユノの熱烈なまなざしがシーラの振り上げた拳を止めさせたのだ。

「セツナ様と御一緒に戦えるなんて、なんと羨ましい」

「へ?」

「ユノは、セツナ様から片時も離れたくないんですよ」

「まあ、兄様ったら……」

 照れくさそうに顔を赤らめるユノの様子に、シーラとレムが少しばかり気圧されたように後ずさった。

「そ、そうなのですか……」

「御主人様……」

 どういうわけか、レムの視線が妙に痛い。

「なんでそんな目を向けられにゃあならんのだ」

「日頃の行いじゃな」

「うっせえ」

 セツナは、頭上から降ってきた痛烈な一言に憮然とせざるを得なかった。


 シーラのいっていた出発準備とは、言葉通り、セツナたちが出発するための準備だった。

 マルディア救援軍本隊は、マルディオンに到着してから二日、なにもシールウェールの報告を待っていたわけではない。反乱軍が既に動き出している以上、悠長に構えている場合ではないということは明らかだった。救援軍の目的は、マルディオンを防衛することではない。マルディアを反乱軍の手から奪還することであり、反乱軍を根絶することなのだ。

 別働隊の報告を待っている間に別の都市が反乱軍の手に落とされるわけにはいかないのだ。

 救援軍本隊の行動方針は、マサークでの軍議によって決定済みだった。

 本隊はマルディオンに入った翌日、部隊を更にふたつに分け、それぞれ王都を進発している。

 ひとつは、大将軍アルガザード・バロル=バルガザールを総大将とする本隊であり、ガンディア方面軍とルシオン白聖騎士隊、ジベル黒き角戦闘団、メレド白百合戦団で構成されており、ガンディア国王レオンガンド・レイ=ガンディアと王立親衛隊三隊もこちらに属する。

 この本隊はマルディオン北東のシールダールに入り、そこからマルディア北東部のヘイル砦を目指すという進軍路を取ることになる。

 もうひとつの部隊は、第二別働隊と命名された。右眼将軍アスタル=ラナディースを指揮官とする部隊には、ログナー方面軍第二、第三軍団とイシカ星弓兵団、そしてセツナ軍によって構成されている。第二別働隊の兵数が本隊に比べて少ないのは、セツナが組み込まれているからであり、その分《獅子の尾》の他隊士を本隊に組み込むことで釣り合いを取っているということだった。これで第二別働隊に《獅子の尾》まで組み込まれると過剰戦力といわざるを得なくなるだろうし、本隊のほうが手薄になってしまう。

 第二別働隊はマルディオンから北西に進軍、シール川を越え、レコン平野を抜けてレコンドールを反乱軍の手から取り戻すことが当面の目標となっており、本隊同様、昨日のうちに出発している。

 セツナたちがマルディオンにいるのは、取り残されたのではなく、シールウェールからの報告を待つためだった。

 最悪の場合を想定した保険でもある。

 本隊と第二別働隊がマルディオンから出発すれば、王都はがら空きになる。もし、シールウェールの奪還がならず、別働隊が壊滅した場合、がら空きになった王都は、シールウェールの反乱軍に攻めこまれればひとたまりもない。

 そうならないよう、セツナたちはシールウェールの報告を待っていたのだ。

 もし、“剣聖”たちが攻め寄せてきたとしても、セツナならば対処できるだろうという判断がくだされたのだが、“剣鬼”と“剣魔”で抑えきれなかった“剣聖”がセツナで対処できるのかどうかは判断の難しいところではあるが。

「出発、なさるのでございますね」

「ええ。皆が待っていますから」

 第二別働隊がセツナを当てにしているのはわかりきっている。セツナを当てにしているから、軍師代わりの参謀局第二室長は本隊についているのだ。セツナがいれば戦術は不要だという判断らしい。セツナと黒き矛ならば、力押しで勝敗を決められると考えているのだろうし、その考えもあながち間違いではない。

「わたくしも同行できればよかったのですが……申し訳ございません」

 ユノは心底悔しそうに、そして悲しそうにいってきた。セツナにとっては予期せぬ言葉であり、驚くとともに、彼女の気遣いに心から感謝した。

「ユノ様、謝られるようなことではありませんよ。戦場は危険だ。ここで待っていてくださったほうが、我々としても安心できる」

「しかし……」

「ユノ様、どうかお気になさらず。戦場に出るは戦士が務め。王女殿下なれば、後方にあって戦士たちの勝利を信じていてください」

「はい。もちろん、信じています」

 ユノがセツナの手を両手で包み込んで、いった。

「どうか、ご武運を」

 王女の微笑みは、この上なく美しく、セツナの心に残り続けた。


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