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第千二百七十話 剣の道を征く者(一)

 直刀が奔れば大地が動き、直剣が奔れば大気が唸る。

 大地と大気に作用する二刀流は、この上もなく凶悪で、強力だった。

 ルクスは、“剣聖”トラン=カルギリウスとの戦いを楽しみながらも、いかにして彼を出し抜き、どのようにして打ち倒すかを考え、不可能に近いという絶望的な事実に直面し、内心、頭を抱えはじめていた。

 強い。

 とにかく、強い。

 トラン=カルギリウスは、召喚武装を用いない素の状態でも圧倒的といっても過言ではない実力を持っている。それは、ルクスたちがトランに接触するまでの彼の戦いからわかりすぎるくらいにわかっていた。“剣聖”と謳われるだけのことはあった。ベレル兵から奪った剣と槍を用い、舞い踊るように兵たちを斬殺していった。飛来する矢を手で受け止め、返し矢で弓兵を射殺したときには唖然としたものだ。人間業ではない。

 だからこそ、ルクスは興奮し、昂揚感に包まれもした。これほどの強敵、そういるものではないし、いたとしても、戦えるものではない。だいたい、ガンディアの戦いにおいて、強敵の相手をするのは彼の弟子に決っていた。ザルワーンの守護龍もそうだし、クルセルクの巨鬼も、セツナが撃破している。仕方のないことだと思う一方で、無念だし、口惜しくもある。もちろん、わかっているのだ。守護龍も巨鬼も、ルクスでは相手にもならないことくらい、わかりきっている。ルクスとグレイブストーンでは、圧殺されただけだろう。

 それでも、戦ってみたかったとは、思う。

 思う存分、強者と戦いたいという欲求が、ルクスの中にはある。

 世の中、基本的には雑魚しかいない。グレイブストーンを持たずとも雑魚ばかりである以上、グレイブストーンを手にした暁には、雑魚以下の塵屑ばかりが相手になる。だからといって、弱い武器を持って戦うのは、違う。それでは意味がないのだ。全力を引き出した上で思う存分戦える相手でなければ、なにも面白くない。興奮できない。命が燃えない。

 木剣の試合ならば、セツナともそこそこ戦える。セツナは成長した。ルクスも驚くほどの速度での急成長は、彼を一人前以上の戦士へと変えた。しかし、そんな彼と木剣でやりあっても、なにひとつ面白くないのだ。

 真剣で、全力を駆使して戦わなければ、なんの意味もない。

 そういう意味で、トラン=カルギリウスは久々に全力で戦うことのできる相手であり、ルクスは、常に興奮状態にあった。興奮すれば興奮するほど力が湧き、体が軽くなった。状況がより鮮明に見えるようになり、剣速が上がる。

 だが、それでもトランに届かない。

 トランの剣速は、凄まじい。いや、凄まじいのは剣速だけではない。ただでさえ超人的な身体能力が、二本の召喚武装によって飛躍的に向上し、手のつけられない怪物と化している。

「どうした? “剣鬼”も“剣魔”もこんなものか?」

「期待した程ではなかった、とでもいいたげだな」

「その通りだ」

「すみませんねえ! こちとら、剣に人生を捧げてるわけでもなんでもないんで!」

 エスク=ソーマが、突風に吹き飛ばされなばら嫌味混じりに叫び、ルクスの右側に着地した。前方、トランが剣と刀をゆるやかに構えている。一見隙だらけの構えだが、彼の場合、どのような構えだろうと関係がなかった。圧倒的な剣速が、あらゆる状況に対応する。広範囲地形破壊攻撃の隙を縫って肉薄したところで、ルクスたちの斬撃や刺突が彼に届くことはないのだ。剣に弾かれ、刀に受け止められる。つぎの瞬間には、吹き飛ばされている。

 エスクのようにだ。

「あいにく、剣は俺の人生そのものさ」

「あー、そりゃ相性最悪だわ」

 エスクが苦笑交じりにいってくるのを聞いて、ルクスも笑ってしまった。エスクのそれは本音ではなさそうだった。他人が本心でなにを想っているのかなどどうだっていいことだが、エスクの考えは、なんとなくわかってしまう。

 同類だからかもしれない。

「剣に生きるなれば、剣に死ね」

 トランが猛然と突っ込んでくる。エスクが右に飛び、ルクスは左に飛んだ。トランが通り過ぎる寸前、直剣が閃き、突風がルクスを襲った。エスクは大地から噴出した岩石群に襲われている。ルクスはなんとか着地したが、衝撃波を叩きつけられた痛みに歯噛みした。

「剣に生きるなれば、召喚武装にたよんなよ!」

 エスクが叫びながら岩石を切り飛ばすのが見えた。ソードケインから伸びた光の刃は、岩石群を見事に切り刻み、エスクを致命傷から救う。

「あんたがいえたことか」

「俺は頼ってねえ!」

「頼ってるだろ」

 なんともいえないやりとりをしつつ、トランへの注意は怠らない。

 トランは、ルクスとエスクが攻撃を凌ぎ切ったことに対し、どこか嬉しそうな笑みを浮かべていた。トランもまた、戦闘狂に違いなかった。戦いが楽しくて楽しくて仕方がない種類の人間なのだ。そんな人間が嬉しそうにしているということは、ルクスたちを強敵と認めてくれているからなのか、どうか。

 ルクスは、グレイブストーンを構え直しながら、トランの出方を伺い、また、周囲の状況把握に務めた。

 周囲。シールウェール南東の戦場では、“剣聖”一味対救援軍別働隊の激戦が繰り広げられている。ルクスとエスクが“剣聖”トランに当たる中、他方ではベレル豪槍騎士団と《蒼き風》、《紅き羽》、シドニア戦技隊が“剣聖”の弟子たちに当たっていた。“剣聖”の弟子たちはふたりとも武装召喚師であり、“剣聖”に召喚武装を寄越す一方で自分たちも召喚武装を装備し、圧倒的な火力で別働隊と対峙していた。別働隊の武装召喚師は、《紅き羽》にひとり、豪槍騎士団にひとりという少数であり、そのふたりを主軸に弟子たちとの激闘を続けている。

 周囲の地形は、主にトランの攻撃によって変形し尽くしていた。元々急勾配の坂道だったのだが、いまや原型を留めぬほどに変化していた。大地に作用する直刀と、大気を動かす直剣を振り回すのだ。地形がでたらめに破壊され、変形するのは当然だった。

 ルクスもエスクも、トランの猛攻を凌ぐので精一杯だった。攻撃と攻撃の間隙を縫っては攻撃を仕掛けるものの、容易く凌がれてしまう。そうなれば、再びトランの猛攻が始まり、防戦一方とならざるをえない。

 一方で、トランも勝負を決める事ができないでいるのは、幸いというべきかどうか。

 トランは、ルクスとエスクを同時に相手にしなければならないという点では不利だった。どちらかひとりを殺そうとすれば、もうひとりに隙を見せることになる。ルクスとエスク、どちらもそのような隙を見逃すはずもない。それくらい、トランにもわかっている。だから、打って出ることができず、半ば膠着状態に陥っているのだ。

 だが、拮抗しているわけではない。

 押しているのは明らかにトランのほうであり、このままでは押し負ける可能性のほうが強い。

 弟子にああいった手前、負けるわけにはいかないのだが。

(中々に……やる)

 別段、トラン=カルギリウスを甘く見ていたわけでもなんでもないのだが。

“剣聖”という二つ名はさすがというべきだった。

 もちろん、召喚武装の能力も大きいが、たとえこれほどの能力がなくても、結果は同じだったかもしれない。隙を見出しても傷ひとつつけられないのだ。一方、こちらは満身創痍だ。致命傷こそ避けているものの、全身、あらゆるところに傷を負っている。このままでは負傷と消耗で敗北するのは火を見るより明らかだ。

 明確な実力差がある。

「持ちうる全力を駆使するのが、戦いの鉄則。そうであろう?」

「……まったく、その通りだ」

「ぐうの音もでねえよ」

「ならば、そのような甘い言葉、吐くのではない」

「本当にな」

「うっせー! こっちだって必死だってんだよ!」

 エスクが、跳ぶ。トランに向かって。トランは振り向きもせず、直刀を一閃させる。大地が隆起し、エスクとトランの間に巨大な岩壁を作り上げる。とてつもなく分厚く、巨大な岩壁。それを見た瞬間、ルクスは左に飛んだ。トランの直剣が閃いていた。衝撃波がルクスの右を掠める。右腕に激痛。肉がわずかに持って行かれた。

 岩壁は、エスクの接近を阻むためだけのものではなかった。

 ルクスと一対一になるための策なのだ。


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