第千二百六十八話 雪崩れ込む
シールウェール東門を突破したログナー方面軍第一、第四軍団は、勢いに乗っていた。
シールウェール市内では、当然、戦闘が起きた。シールウェールを制圧した反乱軍の兵士のほとんどがシールウェール内に残っており、戦いは想像を越える激しいものとなった。シールウェールを落とした反乱軍の兵数は千五百人ほどであり、ログナー方面軍第一、第四軍団の総数は三千。二倍ほどの兵数は、本来ならばそのまま勝敗へと直結するのだが、両軍の戦力によっては、結果は覆されることもありえた。
(反乱軍にも武装召喚師がいるのは間違いないんだ)
反乱軍は、聖石旅団を中心とするマルディア軍内の反政府勢力によって組織されている。マルディア政府から救援軍に開示された情報には、聖石旅団にも武装召喚師がいるということが明記されていたし、反乱軍に参加したマルディア軍所属の武装召喚師は、少なくとも三名はいるということが明らかになっている。それら武装召喚師の召喚武装も明らかになっているものの、召喚武装の対策など、取りようがなかったりする場合が多い。当然だろう。召喚武装の能力というのは、超常の力だ。
たとえば、ファリア・ゼノン・ベルファリア=アスラリアのオーロラストームは、雷光の矢を放つという召喚武装だが、対策となれば、矢を受けないよう注意するしかない。雷光の矢を防ぐ手立てなどないのだから、完璧な対策などないに等しい。
ルウファ・ゼノン=バルガザールのシルフィードフェザーは、大気を司り、風を操ることができる。これもまた、ルウファの攻撃に注意しろ、というほかないのだ。風の塊を飛ばされることに対する対策など、通常、あるはずもない。
能力がわかったからといって対策は取れないが、注意することはできる。そして、相手に武装召喚師がいるということが事前にわかっていれば、別の方策で対応するという手段も取れるのだ。
武装召喚師には武装召喚師をぶつける。
これがエイン=ラジャールの考える鉄則であり、現代の戦争における掟といってもいいのではないだろうか。
召喚武装の補助を受けた武装召喚師は、凶悪だ。その五感は研ぎ澄まされ、身体能力も通常に比べて飛躍的に向上している。通常戦力で相手にするべきではないのだ。もちろん、数によっては武装召喚師を制圧することも不可能ではない。どれだけ武装召喚師が強力無比であっても人間である以上、限界がある。精も根も尽き果てれば、通常兵力でも仕留めることは容易くもなろう。だが、そのためにどれだけの兵士たちを犠牲にしなければならないのかを考えれば、通常兵力で武装召喚師を倒すというのは現実的ではない。得策ではないのだ。ならば、最初から武装召喚師をぶつければいい。最悪、こちらの武装召喚師を失う可能性もあるが、それは仕方のないことだ。武装召喚師を当てなければ、もっと多くの兵を失うことになるのは疑いようがない。
シールウェールを制圧したのは、反乱軍の一部隊だ。部隊というには多い兵数だが、部隊というほかない。シールウェール制圧部隊の指揮官はネオ=ダーカイズと目されている。聖石旅団においては幹部のひとりとして知られており、王家への忠誠心は、他の幹部同様高かったといい、マルディアの王女は彼らがなぜ王家を裏切り、反乱を起こしたのかまったくわからないといっていた。
ネオ=ダーカイズは、常人だ。武装召喚師ではない。ただ、優れた槍の使い手ということであり、その点だけは留意しなければならないとのことだった。マルディアにおいて槍の名手として知られた彼は、青い腕のネオの異称を持つ。青い槍を使うから、らしい。
(召喚武装じゃなければいいけど)
ログナー方面軍の後方を進みながら、エインは、ひとり考えていた。戦いは既に始まっている。グラード=クライドがディープクリムゾンの能力によって城門を破壊したことにより、ログナー方面軍は意気揚々とシールウェール内部に乗り込むことができ、それによって都市内で激しい戦いが始まった。
市街地での戦いは、地形を把握しているであろう守り手のほうが有利だ。地形を利用して防衛網を構築できるからであり、上手くすれば、数の上での不利を覆すことも不可能ではない。
その点を考慮した上でも、エインはこちらの有利は揺るがないと考えている。シールウェール制圧部隊に強力な武装召喚師が二、三人いたりしない限りは、数の上での有利が揺らぐ道理がない。そしてこちらには武装召喚師ではないものの、召喚武装の使い手がひとり、いる。
グラードだ。
「反乱軍を制圧せよ!」
『おおーっ!』
乗りに乗った大軍団長の雄叫びが、全軍を鼓舞するように響き渡る。濃密な白霧を抜け、黎明の空の下に顕になった真紅の甲冑は、燃えるように輝き、敵味方、すべての兵士たちの目に焼き付くかのようだった。目立ってはいるものの、遮蔽物に囲まれた場所に陣取っていることもあり、敵兵の矢が彼を射抜くことはない。指揮官が調子に乗って矢に貫かれるなど、あってはならないことであり、グラードに抜かりはないのだ。
ログナー方面軍の先陣を進むのは、大軍団長配下の第一軍団であり、通称グラード軍と呼ばれる軍勢だ。グラードの雄叫びに鼓舞された軍勢は、大通りを突っ走り、反乱軍の防衛網をずたずたに切り裂いていく。続いて、第四軍団――通称、ドルカ軍がシールウェール市内を駆け巡り、グラード軍が討ち漏らした敵兵を撃破したり、グラード軍とは別方面に展開して、市内の制圧へと向かう。
シールウェール全土が激戦区と化していて、一進一退の攻防が行われていた。兵数の上での有利は、依然、維持されており、その結果、こちらの優勢のまま状況は推移している。しかし、無傷の勝利とはいかない。自軍にも死傷者がでているし、戦闘が終わるころにはそこそこの人数が死んでいることだろう。
「戦術もなにもあったもんじゃないねえ」
などと、エインの元に近寄ってきたドルカがいった。返り血を浴びているところを見ると、戦場を駆け抜け、何人かは手にかけてきたのだろう。部下の手柄を奪う訳にはいかないと、数名を血祭りにあげただけでやめたようだが、ドルカは戦力としても期待できる優秀な軍団長だった。彼の副官ニナ=セントールも、彼とともに戦闘を行い、ひとりやふたり、殺してきたのがその様子から伺える。篭手が赤く濡れていた。
「まあ、都市攻略の五割は城壁の突破ですからね」
「残り五割の配分が知りたい」
「三割は敵勢力の制圧。二割は、市民の安全の確保と、慰撫」
「戦闘はたった三割なんだ?」
「都市なんて、城壁を突破されれば、裸にされたも同然ですし」
逆をいえば、いかにして城壁を突破するのかが肝であり、武装召喚術が出現するまでの小国家群は、城壁を突破するまでにどれだけ自軍兵力を失わずに済むかで勝敗が決まっていた。いまは、いかにして城門に接近し、召喚武装の能力を叩き込むかにかかっており、防衛側は城壁外に戦力を展開し、武装召喚師の接近を阻まなければならなくなっていた。その点から見れば、シールウェールの防衛がいかにずさんなのかがわかろうというものだ。シールウェールの東門外部には、防衛戦力が配置されていなかったのだ。これでは、接近してくれといっているようなものであり、エインたちは、望まれるままに接近し、門を突破している。
もっとも、東門外に戦力を配置していなかったのは、シールウェール制圧部隊の指揮官の能力が足りなかった、というよりは、兵数が足りなかったというべきかもしれない。シールウェールは、かつてはマルディアの要衝であり、街道が交差する地点に都市を建設したことから、東西南北に門を持っている。すべての門を守るには、たった千五百の兵数では足りなすぎるにも程があるのだ。
だとしても、救援軍別働隊のシールウェール到達を阻むのであれば、せめて東門と南門だけは死守するべきだったのだが、そこまでは頭が回らなかったようだ。あるいは、橋を落としただけで、援軍が車での時間は稼げるとでも踏んでいたのかもしれない。
いずれにせよ、指揮官が無能だということだ。
「そりゃあそうか」
「戦力的には、こちらのほうが倍以上ありますからね。敵に超人か武装召喚師でもいないかぎり、ひっくり返される可能性は低い。そして、敵の武装召喚師は現在、外で戦っている。いまのうちに敵指揮官を討つことができれば勝利は確定です」
そして、無能な指揮官ならば、そろそろ姿を現す頃合いだろう。
シールウェール市内は激戦区となり、救援軍別働隊の勝勢に傾きつつある。“剣聖”は市外で“剣鬼”、“剣魔”と争っており、“剣聖”の弟子たちもこちらに向かってこない。状況を覆すことなど不可能に近く、別働隊を黙らせるには、別働隊の指揮官を討つほかない。だが、通常戦力では、グラードを殺すことなど無理だ。そのことは、グラードが飛来した矢を腕を動かしただけで打ち払ったことからも明らかだ。常人の動きではないのだ。人間業などではない。
召喚武装の補助を得ているのだから当然だが、となれば、武装召喚師か召喚武装使いを当てる以外にグラードを討つ方策はないということでもある。あるいは、物量で押し潰すか。しかし、反乱軍の現有戦力でグラードを押し潰すなどというのは、難題という他ない。まず、グラードの元に辿り着くには、ドルカ軍、グラード軍の兵士たちによる二重三重の分厚い壁を突破しなければならず、突破するまでにグラードを制圧する数を維持できなくなるだろう。
数で圧倒するという案は、その時点で捨てなければならなくなる。
残された手段は、少数精鋭の部隊による一点突破でグラードの元に到達し、なんとか撃破するということだが、前述のとおり、グラードは召喚武装使いだ。そして、その事実はいまや広く知れ渡っている。能力はともかく、グラードが身に纏う真紅の鎧が召喚武装だということは有名だろう。
彼を倒すのは、通常の戦力ではいけない。
だが、反乱軍には、通常戦力しか残されていないのだ。
そうなれば、ネオ=ダーカイズ本人がグラード打倒に乗り出したとしても、なんら不思議ではない。
「完璧な戦術というわけだ」
「穴だらけですよ」
エインが苦笑交じりにいうと、ドルカが意外そうな顔をした。
「そうなの?」
「ええ。とても完璧とは言いがたい作戦です。敵の動きに助けられたところも大きい」
特に、トラン=カルギリウスの動きは、エインたちを大いに助けてくれていた。トラン=カルギリウスがベレル豪槍騎士団に食いつき、そのまま“剣鬼”、“剣魔”の相手をしてくれたことが、エインたちのシールウェール到達を後押ししてくれたといっても過言ではないのだ。もし、トランが市内で待ち受けていたり、城壁の防衛に専心していれば、こうも上手く事が運ぶようなことはなかっただろう。
なにもかも上手く行きすぎている。
どこかに落とし穴がないものかと不安になるほどに。
「だとしても、順調だろう?」
「ええ。順調ですよ。本当、順調過ぎて怖くなります」
エインは、前方で上がった喚声に目を細めた。
前方、グラードの居場所に敵部隊が殺到していた。
敵部隊の先頭には、青い槍を掲げた戦士。
青い腕のネオ。