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第千二百六十六話 剣鬼と剣魔と黒き矛(後)

「話は聞いたよ」

 ルクス=ヴェインが彼の代名詞ともいうべき長剣グレイブストーンを抜いた。降りしきる陽光の下、透明な青さを湛える刀身が美しいまでに輝く。見とれてしまうほどに美しい刀身は、ひとの意気を吸い込んでやまない。それこそ、グレイブストーンの能力のひとつといっていいのかもしれない。

「黒き矛が完全体になったはいいが、能力が使えないってんで落ち込んでるんだろ?」

「落ち込んでるかどうかはともかく、ここ数日、なんともやる気のない姿をしておりますよね」

 ルクスの発言を肯定するでもなく、エスク=ソーマが腰に下げた短杖を手に取った。ソードケインと名付けられた短杖は、彼がアバードの戦場で手に入れた召喚武装であり、本来の使い手はシド・ザン=ルーファウスと交戦して死亡したようだ。彼は運良く召喚武装を手に入れ、シドに挑みかかったということだが、まともに戦うこともなく、シャルルム兵を相手に召喚武装を使ったという。武装召喚師でもなければ召喚武装を使ったこともない彼が最初から使いこなせたのは、相性の問題もあるだろうし、戦士としての経験や勘が働いたに違いない。

 ソードケインは一見、ただの短杖だ。魔術師などが持ちそうな極めて短い杖で、剣士であるエスクには似つかわしくなかった。しかし、ソードケインの能力を知れば、これほどエスクに相応しい召喚武装はないのではないかとも思えるだろう。

 ソードケインは、杖の尖端から光の刃を発生させることができるのだ。光の刃の大きさ、形状は自由自在だといい、エスク次第では剣以外の武器にすることもできるらしい。

「やる気がないわけじゃない」

「気の抜けた顔でそんなことをいわれてもな」

「説得力ないっすよ」

 ルクスがやれやれと頭を振り、エスクが苦笑した。

「さあ、召喚しろ。セツナ。でなけりゃ、死ぬぞ?」

「そうだぜ、大将。俺とルクスが相手なんだ。本気でやらなきゃな」

「本気……なんですか」

「ああ。本気も本気さ」

「じゃないと、俺たちのほうがやられるだろ?」

 ルクスとエスクがにやりと笑う。空気が寒気を感じるほどの緊張感に包まれていた。場所は、隊舎の裏庭。決して狭くはないが、広すぎるわけでもない。セツナにとっては普段の訓練場所であり、戦いにくいということはない。むしろ戦い慣れた地形だ。分はセツナにある。

「御主人様! 頑張ってくださいませ!」

 と、声を張り上げて応援してくれたのは、もちろんレムだ。いつものメイド服姿の彼女は、いつの間に用意したのか、小さな旗を手にしていた。《獅子の尾》の隊章が記された小ぶりの旗を振りながら応援する彼女の肩の上には、ラグナがいる。彼も全力で応援してくれていた。

「負けるなセツナ! ダメダメ男子おのこを蹴散らしてやるのじゃ!」

「うるせーぞ! ダメダメダメドラゴン!」

「なんじゃと! ダメダメダメダメ男子!」

「外野もおまえを応援しているぞ。さっさと召喚しろ。そして俺に見せてくれ」

 いつもの如く言い争いを始めたエスクとラグナに呆れながらも、ルクスは告げてきた。

「黒き矛の真の力ってやつを」

 その一言で、セツナはルクスの真意を悟った。セツナのことを気遣ってくれているわけでもなんでもなかったのだ。

 彼は、戦闘狂だ。

「結局それが目的なんじゃないですか!」

「そうだよ? それがどうした」

 ルクスが地を蹴り、右へ跳ぶ。エスクはそのまま突っ込んでくる。

「そうだぜ、大将」

「武装召喚!」

 セツナは、透かさず呪文を唱えながら後ろに跳んだ。術式の詠唱が必要ないとはいえ、召喚が完了するまでには多少の時間が必要だ。それまでにエスクに斬りかかられれば、防ぐ手立てがない。無論、彼らのことだ。黒き矛を手にしてもいないセツナに斬りかかってくるようなことはないだろうが、万が一ということもある。なにより、ルクスの目もエスクの目も、まったく笑っていなかった。殺気ばかりが全身に突き刺さるようで、対応せざるを得ない。

 全身から噴き出す爆発的な光が、右手の内に収斂し、一振りの矛が顕現する。禍々しいばかりの漆黒の矛。握った瞬間、あらゆる感覚が暴走し、全身の筋肉が躍動した。エスクの接近も、ルクスの迂回からの殺到も、すべてが緩慢に見えた。そして、つぎの瞬間から始まる攻防の一部始終が視えた気がして、一瞬、はっとした。エスクがソードケインを突き出している。杖の先端に光が収束し、刀身が形成された。長大な刀身は、セツナとの間合いを埋め尽くし、セツナの胸元へと達しようとする。が、黒き矛を旋回させることで突きの軌道をそらし、さらに左に跳ぶことで右からの襲撃に対応する。ルクスが一瞬前までセツナがいた地点にグレイブストーンを突き刺すのがわかった。芝生が抉れ、土が飛び散る。

 ラムレス=サイファ・ドラースと対峙したとき以来の召喚。五感の肥大。身体能力の拡張。戦闘に必要なあらゆる能力の向上を感じる。以前の黒き矛よりもずっと強烈で、ずっと繊細で、ずっと凶悪な変化。その分、負担も大きいということは、わかりきっている。普段、黒き矛を召喚することに消極的になったのは、それが理由だ。肉体にかかる負担も、脳にかかる負担も、いままでとは比べ物にならなくなっていた。身体能力が強化されるということは、肉体をいままで以上に駆使するということであり、五感が拡張されるということは、いままで以上に情報を取り込むということなのだ。負担が大きくなるのは当然だったし、致し方のないことだ。そして、そういった負担に慣れるためにも、普段から召喚し、使い慣れる必要があるのもわかっている。

 しかし、億劫になるのもまた、当然だった。

 頭の中に飛び込んでくる情報量の多さに目眩がする。自分が自分でいられなくなるような感覚。情報過多。脳の処理が追いつけなくなっているのは間違いない。様々な言葉や音が洪水のように押し寄せる。音だけではない。嗅覚や触覚、視覚で得た情報も膨大だった。これまでは、なんとか制御しきれる範囲で収まっていたのだが、どうやら完全化した黒き矛を握ると、そうもいかないらしい。

 それでもセツナはルクスとエスクの猛攻を凌ぎ、ふたりの凄まじいまでの連携攻撃をある意味堪能した。

 案外ふたりの相性は良いのかもしれない――と思った矢先だった。

「こいつは俺の獲物だ」

「違うね、大将は俺のだよ」

 どれくらい交戦してからだろう。

 ふたりは、セツナそっちのけで口論を始めたかと思うと、ついには互いの剣をぶつけ合い始めたのだ。グレイブストーンとソードケインの激突。幸いにもセツナはその凄まじい戦闘の一部始終を間近で見ることができた上、なにひとつ見逃さずにすんだ。それもこれも黒き矛を召喚していることの恩恵ではあったが、一方で、呆然とせざるを得なかったのも事実だ。セツナと黒き矛の力量を確かめるための戦闘が、いつの間にかルクスとエスクの本気の喧嘩になっていたからだ。

 それこそ、セツナがふたりの相性が悪いと思うようになったきっかけであり、“剣聖”と対峙するであろうふたりに抱いた不安要素だった。



 トラン=カルギリウスは、四十代半ばくらいの男だった。まなざしは鋭く、年齢を感じさせない。むしろ外見年齢などまったく当てにできないのは、彼の肉体を見れば明らかだ。

 長身で、やや細身に見えるが、それは彼が無駄な筋肉をつけていないことの証明だろう。自分の戦い必要なだけの筋肉した身につけておらず、また贅肉もない。極限まで削ぎ落とされた体は、想像以上の敏捷さを見せつける。地を蹴った瞬間には数歩先に移動しているような、そんな感覚さえ抱かせるほどだった。相手の一歩がこちらの数歩。追いつけないし、引き離せないということだ。

 灰色の長い頭髪を靡かせながら右手の直剣と左手の直刀を振り回すその様は、まさに剣豪というほかない。そして、斬撃が虚空を走るたび、周囲の地形が激変するような衝撃が走るのには、笑い出したくもなる。直刀が地を撫でるように走れば大地に亀裂が生じ、直剣が虚空を薙ぐように走れば衝撃波が生じた。

 まるで小さな天変地異そのものだ。

「ありゃあ召喚武装だな」

「見ればわかる」

「そしておそらくあのふたりが召喚師だ」

 エスクがいっているのは、トランに剣を投げ渡したふたりの女だ。世にも奇妙な桜色の髪の女と、緑がかった髪の女。おそらくどちらも髪色を染めているに違いないが、この世にはない髪色のせいで目立ちに目立った。トラン=カルギリウスのふたりの弟子、アニャン=リヨンとクユン=ベセリアスだろう。どちらがどちらかなのかは知らない。興味もなかった。

 興味が有るのは、“剣聖”トラン=カルギリウスだけであり、その点、彼の実力は、ルクスの期待以上のものらしかった。召喚武装を持つ前の戦闘からして、常軌を逸している。

 エスクが彼を超人と評するのもわからなくはなかった。そして、超人が召喚武装とを手にすればどうなるものか。

 ルクスは、トランに接近する方法を考えながら、彼の凄まじさに嬉しくなっていた。

「レミル! ドーリン! てめえらはあの女どもを狙え!」

「召喚中に殺すのは、不利になるぞ」

 召喚師が死ねば、召喚武装はこの世に残り続ける。術式が解明されでもしないかぎり、送還されることはないからだ。この世界に取り残された召喚武装は、破壊されないかぎり力を失うことはない。逆をいえば、破壊さえできれば無力化することが可能であり、また、送還することができない以上、復元することはないということでもある。

 召喚武装は、通常、どれだけ負傷し、破壊されようとも、送還さえすればいつかは復元するものだ。遺された召喚武装は、無制限に使える代わり、復元ができないという欠点があるということだ。

 ルクスのグレイブストーンや、エスクのソードケインがそれだ。傷つく程度ならまだしも、破壊され、機能不全に陥れば、二度と使えなくなる。

「殺さない程度に痛めつけりゃあいいのさ」

「我が弟子がそう簡単に痛めつけられるとでも?」

 トランが嘲笑い、直剣を振り下ろす。エスクが右に跳ぶ。トランが剣を振るった直線上、斬撃が飛んだような衝撃波が走り、地面を切り裂いた。エスクはその瞬間に接近を試みたが、直後、直刀が閃き、彼の足元の地面が揺れた。エスクは後退を余儀なくされる。揺れた地面から岩石が隆起し、彼の後退が好判断だということがわかる。鋭く突起した岩石は、エスクの足を破壊するくらいの威力はあっただろう。

「さあな。やってみんことには!」

 エスクの発言を受けながら、ルクスは、《蒼き風》が左後方から大きく迂回しているのを感じた。先頭を進むのは、当然、団長のシグルド=フォリアーだ。いつものようにガンディールと名付けた戦槌を担ぐ彼のあとにはジン=クレールほか《蒼き風》の傭兵たちが続き、さらに《紅き羽》のベネディクト=フィットラインたちが続く。

「団長たちも、あの女をよろしく!」

「任せろ! そっちは任せたからな!」

「もっちろん!」

 威勢のいい返事に嬉しくなりながらも、ルクスは、シグルドたちではどうしようもないかもしれないとも思ったりした。トランの弟子ふたりは、別の召喚武装を呼び出していたからだ。武装召喚師の相手は、武装召喚師が当たるか、召喚武装使いが当たるべきであり、通常戦力が当たるべきではない。被害が甚大になりかねない。

「いい気なものだ。まるでわたしに勝てるとでもいいたげだな」

「勝てるかどうかは知らねえが」

「あんたを釘付けには出来るさ」

「なるほど。そういう算段か」

 トランが目を細めた。

「だが」

「なっ……!」

 エスクが唖然としたのは、トランが両手の剣を左右に振り抜き、彼の右方向を進む傭兵を含む部隊を衝撃波で吹き飛ばし、左方向を進軍する戦技隊を含む部隊を地割れに飲みこんだからだ。エスクが咄嗟に叫ぶ。

「卑怯な!」

「戦いに卑怯などあるものか」

 彼は、エスクの発言に気分を害したようだった。

「勝者がすべて。それだけよ」

 ルクスは、トランの発言に同意しながらも、天災の根源のような相手をどう倒せばいいのか、そればかりを考えた。


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