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第千二百六十一話 シールウェール(二)

 シールウェールを目指す別働隊は、ガンディア軍ログナー方面軍大軍団長グラード=クライドを指揮官とし、参謀としてエイン=ラジャールがついている。その下にログナー方面軍第四軍団長ドルカ=フォーム、ベレル豪槍騎士団長マリク=ゼミュール、《蒼き風》団長シグルド=フォリアー、《紅き羽》団長ベネディクト=フィットラインがいて、それらが別働隊の首脳部ということになっていた。

 兵数は約五千。

 ログナー方面軍第一軍団が千五百、第四軍団が千二百五十、豪槍騎士団が二千の大所帯であり、《蒼き風》が二百、《紅き羽》が三百の団員を従えている。シールウェールを制圧した反乱軍部隊の兵力のみを考慮すれば、十分すぎるほどの戦力といえるだろう。

 マルディア南東の都市マサークにおいてシルウェール陥落の報せを聞いた救援軍が即席に編成した別働隊は、編成後、すぐさまシールウェールに向かって出発している。シールウェールは、マサークからやや北西に位置するマルディオンよりも西に位置しており、北東より流れる大川、シール川を越えなければならなかった。シールウェールの早急な奪還を考えるならば、うだうだと考えている時間はなかったのだ。

 別働隊は、マルディオンを目指す本隊とはまったく別の進路を取った。本隊はマルディオンに入り、王都の防備を固めつつ、今後の戦略を練ればいいが、別働隊はシールウェールに直行したほうがいいだろうと判断された。マルディオンに寄ってからシールウェールに向かうよりも、シールウェールに直行したほうが早いのは明白だ。

 マサークから西の街道を進軍し、二日後の十二日、シール川を見渡す場所に到達している。城塞都市シールウェールは、シール川を越えてすぐのところに聳えており、堅牢極まりない城壁が別働隊の進撃を阻むかのように聳えていた。

「あれが反乱軍の旗か」

 グラード=クライドが唸るようにいったのは、シールウェールの城壁に掲げられ、風に揺れる巨大な旗を見たからだろう。遠眼鏡によって、シール川を渡らずともシールウェールの状況というのはよくわかった。徹底して防備を固められているところを見ると、エインたち別働隊の接近を察知していたようだ。

「聖石旅団の団旗だそうです。反乱軍は、聖石旅団を中心としていますからね。掲げる旗も聖石旅団のものを使っているようですよ」

 エインは、グラードから受け取った遠眼鏡を覗きながら、マルディア使節団から受け売りの情報を伝えた。聖石旅団は、マルディア軍の中でも最高戦力と謳われた戦闘部隊であり、マルディアがこれまで平穏を満喫できたのは、聖石旅団の働きによるところが大きいといわれている。そんな聖石旅団の団旗は、団名である聖石らしき宝石が色鮮やかに描かれたものであり、遠目にもよく見えた。

「聖石旅団か」

「団長ゲイル=サフォーは、天騎士スノウ=エメラリアともどもマルディアの双璧と謳われたほどの傑物であり、マルディアの英雄と呼ばれることもあるほどの人物だったそうです。王家への忠誠心も厚く、王家も彼のことを信頼してやまなかったとか」

「そんな人物がなぜ反乱を起こしたのだろうな」

「そればかりはわかりませんね。マルディアのひとびとにとっても寝耳に水の話だったようですし」

 それに、ゲイル=サフォーの事情などどうでもいいことだ。だれがどんな理由で反乱を起こそうと、ガンディアの人間であるエインには関係がない。その結果マルディアが潰れようと、王家が滅びようと、知ったことではなかったのだ。反乱軍の正義も、政府軍の大義も、どうだっていい。問題なのは、そのマルディアの事情にガンディアが首を突っ込まざるを得なくなったことだ。

 ガンディアがマルディアを救援すると決断を下した以上は、全力を上げて反乱軍を排除し、騎士団もこのマルディアから撃退しなければならなくなった。

 厄介で面倒なことだ。

 反乱軍は、いい。いかに精強だろうと、ガンディア軍に敵うわけがない。戦力差は圧倒的だ。物量で押し潰すことだって可能だろう。

 しかし、騎士団は、そうはいくまい。

 アバードの地において圧倒的な実力を見せつけてきたのが、ベノアガルドの騎士団だ。騎士団の兵士たちは、まだなんとかなる。押されてはいたが、戦えなくはない。数の上で優れば、なんとか力押しに勝てるだろう。だが、騎士団幹部――十三騎士が出張ってくるとなると、そういうわけにもいかなくなる。

 十三騎士は、召喚武装にも似た不可思議な力を使う。シド・ザン=ルーファウスは雷光の如く移動し、強烈な斬撃を放つといい、ベイン・ベルバイル・ザン=ラナコートは、凄まじいまでの剛力を見せつけた。ロウファ・ザン=セイヴァスに至っては超人的な跳躍力を見せたかと思うと、光の矢を放ち、光の雨を降らせた。

 そんな超常的な力を持つのが十三騎士であり、それらが何名、この戦場に投入されるかによっては、苦戦を強いられること間違いない。

(こちらにはセツナ様がいる)

 そして、そのセツナは、さらに強くなった、という。

 黒き矛が完全になったというのだ。武装召喚師ならざるエインには、理屈はわからないし、理解できる話でもない。しかし、セツナが嘘の報告をするはずもない以上、セツナと黒き矛がさらに頼もしくなったのは間違いない。以前のままでも十分以上に強かったのだ。あれ以上強くなったというのであれば、十三騎士の相手はセツナひとりに任せてもいいのかもしれない。

「団旗はともかく、これからどうするんだ? 第一室長殿」

「どうするもこうするもシール川を越えて、シールウェールを取り戻すんですよ」

「だからよお、俺はその具体的な戦術を聞いているんだが」

「そうですね……」

 エインは、シグルドの顔を見て、それから別働隊首脳部一同の顔を見回した。シール川を隔てたシールウェールの南東、だだっ広い平地に仮設された陣地の中、首脳部は天幕に集まり、シールウェール攻略のための軍議を開いていたのだ。天幕の出入り口がちょうど北西に向いており、天幕の中からでもシールウェールの様子が伺えた。

「まずは川を越えなくてはなりませんが、その点は問題ないでしょう。俺の部下が浅瀬を見つけてくれています」

「浅瀬を強行突破ね」

 ドルカが机の上の地図を見下ろしながらいった。シールウェール周辺の地図には、エインの部下である参謀局員たちが命がけで調べあげたシール川の情報が記載されている。どこが浅く、どこが深いのか、また敵の射程範囲についても、わかる範囲で記されていた。やはり参謀局には優秀な人材が揃っている。

「反乱軍はシールウェールに籠もっており、出張ってくる様子はありませんが、渡河中に矢を撃たれる可能性があります」

「届くのか?」

「はい。俺の部下が浅瀬の有無を調査中、シールウェール方面から矢を撃たれたそうです。幸い、だれにも当たらなかったようですが、調査部隊が少なかったからでしょうね」

「全軍で渡河するとなると的も増える……か」

 マリク=ゼミュールがその角張った顔をことさらに険しくした。

「なので、渡河するならば夜明け前がよろしいかと」

「夜明け前……」

「今夜は夜襲に備えつつ休み、夜明け前に一斉に川を渡り、そのままの勢いでシールウェールに攻撃を仕掛けます」

「そんなので上手くいくのかねえ」

 と、乗り気ではなさそうにいったのは、シグルドだ。

「春先のシール川は霧が濃いんですよ」

「へえ。そこまで調べたのか」

「それくらいは調べておかないと、戦術なんて立てられませんよ」

 もっとも、とエインは付け足した。

「この程度、戦術でもなんでもありませんが」

 呆気に取られる一同に微笑を浮かべながら、エインは、シールウェール攻略の部隊編成を脳裏に描き始めた。実際、この程度のことは戦術と呼べるようなものでもない。ただ、濃霧に乗じて渡河し、その勢いでシールウェールを襲撃するというもの、策もなにもあったものではない。

 だが、シールウェールを攻略するには、策など使いようもないのは事実だった。シールウェールは、平地に築かれた都市だ。例によって例の如く、皇魔対策の城壁に囲われた都市に付け入る隙はない。都市の南東から南西へと流れるシール川は、防衛において役立つことはあっても、攻略において役立てることは不可能に近かった。しかも、シールウェールの南と南東に架かっているはずの橋は落とされており、渡河するには、浅瀬を突破するしかなくなっていたのだ。おそらく、救援軍の接近を察知した反乱軍が急いで落としたのだろう。そうすれば、救援軍のシールウェール到達まで時間が稼げると踏んだに違いない。

 そう考えると、反乱軍の目的がわからなくなってくるが、反乱軍が目先の事しか考えていないと思えば、納得のいくことかもしれない。

(反乱も、騎士団への救援要請も、シールウェールを落としたのも、橋を落としたのも、全部、目先の事しか考えられなかった結果……か?)

 反乱が国内情勢を悪化させ、騎士団への救援要請が、マルディア政府を動かしてガンディア軍の呼び水となり、シールウェールの制圧が別働隊を呼びこむことになり、橋を落としたことが結果的に反乱軍の身動きを取れなくしてしまったのも、そういうことならば納得ができるのではないか。

 無論、王家に絶対の忠誠を誓った人物が起こした反乱にはなにかしら深い理由があり、こうなることもわかった上での行動だったのかもしれないが、だとしても、シールウェールへの攻撃は解せなかった。シールウェールを落とし、マルディオンへの橋頭堡を築こうとしたのかもしれないが、それならば同時にマルディオン北東のシールダールも落とすべきだった。救援軍がマルディアに到達する前にマルディアを丸裸にできていれば、反乱軍が勝利できる可能性はまだしもあったのではないか。

 しかし、現実的に考えて不可能に近いことだ。

 シールウェールを落としたのは、反乱軍の戦力だという。そこに騎士団の助力がないことは、シールウェールに翻る旗をみればわかる。騎士団の団旗が翻っていないのだ。もしかすると、騎士団が団旗を掲げていないだけなのかもしれないが、だとしても、シールウェールを巡る戦いに騎士団が参加していたかどうかの情報くらい、わからないはずがない。騎士団が関与したという情報がない限り、騎士団の助力はないと見ていい。

 つまり、シールウェールは反乱軍の独力によって制圧された。“剣聖”トラン=カルギリウスの実力によるところが大きいのかもしれないが、いずれにせよ、反乱軍だけの力で都市のひとつは落とせたということだ。

 だが、それだけなのだ。

 おそらく、反乱軍の戦力的に考えて、同時に二箇所を攻略するだけの戦力はないとみていい。

 反乱軍はこれまで、サントレア、ヘイル砦、レコンドール、シクラヒムというマルディア北部の三都市一砦を制圧してきている。無論、反乱軍の独力ではなく、騎士団の助力があってはじめて成し得たことではあるのだが、それら三都市一砦の制圧状態を維持するには、その分だけ戦力を残しておかなければならないのだ。制圧したからといって、都市をがら空きにすればどうなるか。政府軍の手に取り戻されるか、近隣国の軍勢によって制圧されるのが落ちだ。

 反乱軍は、政府軍と拮抗する兵力を有していたというが、一方、この二ヶ月で大幅に増員したともいう。反乱軍は政府の不実を詰り、政府を打倒することこそマルディアの真の平穏に繋がると吹聴し、兵を募ったのだ。結果、反乱軍の人員は増大したものの、そのうち、兵力となるのがどれほどのものなのか政府軍側では把握しきれていない。おそらく、それほど多くはあるまい。たとえ若者が数多く参加したとして、訓練も受けていないものが戦力になるはずもない。ましてや都市攻略のために動員できるはずもない。状態維持のための戦力として使用するのが関の山だろう。

 つまり、反乱軍の兵力そのものはそこまで増大してはいないのだ。

 政府軍と拮抗する兵力から、多少凌駕する兵力に変わった程度では、どうしようもない。

 シールウェールだけを攻撃し、制圧したのを見れば一目瞭然だ。制圧状態の維持に手一杯で、余剰戦力がないのだ。

(反乱軍の戦力そのものはそう大きいものじゃないんだ)

 それは、当初からわかっていたことだ。

 反乱軍のみならば、マルディア政府軍でもなんとかなったというユノ王女らの話も嘘ではあるまい。そこに騎士団が参戦してきたから、政府軍が負け続けただけの話であり、反乱軍そのものはおそるるに足りない。

 シールウェールも、難点があるとすれば、“剣聖”トラン=カルギリウスのみであり、“剣聖”さえなんとかできれば、あとは数で押せるだろう。

“剣聖”には、“剣鬼”と“剣魔”をぶつけることになっている。

 ふたりの実力は折り紙つきだ。

“剣聖”ひとりにふたりの剣豪をぶつけるのだ。負ける要素はない。

(ないはずだ……よね?)

 妙な胸騒ぎに、彼は何度となく自問を重ねた。


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