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第千二百六十話 シールウェール

 シールウェールは、マルディア南西の都市であり、王都マルディオンの西に位置している。マルディアを南北に分かつシール川の北側に位置することもあり、かねてより危ぶまれていたが、反乱軍の最初の大攻勢では戦火に晒されることもなく、冬を過ごすことができていた。そんなシールウェールが反乱軍の手に落ちたという報せが救援軍の元に入ったのは、救援軍がマルディア最南端の街マサークに辿り着いた直後のことであり、救援軍は即刻軍議を開いた。

 軍議を主導したのは、ガンディアのふたりの軍師候補だ。エイン=ラジャールとアレグリア=シーンの二名をこの遠征に帯同させたのは、アレグリアに経験を積ませる目的と、外征経験も豊富なエインも同行させることによって安心感を得たかったというのもあるらしい。アレグリアは防戦に優れた能力を発揮する類の戦術家であるが、様々な経験を積ませる必要性は、ナーレス=ラグナホルンも感じていたということであり、今回の遠征においては彼女を主軍師とするという方針を取っていた。アレグリアもナーレスに才能を見出された人物だ。エインに引けを取らない能力の持ち主であるということはだれも疑っていない。

 アレグリアとエインは、軍議において、マサークで部隊をふたつに分けることを提案した。ひとつは、このまま王都マルディオンを目指す部隊である、本隊。ひとつは、マサークからシルウェールに直行する別働隊。だれもが思いつくような戦術であり、報せが入った当初から考えられていたことではあるのだが。

 反乱軍がシルウェールを落としたのは、王都マルディオンを攻撃するための拠点として利用するためなのはだれの目にも明らかだった。喉元に刃を突きつけられたようなものなのだ。シルウェールを早急に奪還しなければ、王都が危険に曝されるのは間違いない。

 たとえ救援軍のほうが王都に到達するのが早くとも、反乱軍討伐が困難になるのは疑いようがないのだ。そこで、王都に急行する本隊とは別にシールウェールを奪還する部隊を作るというのは、当たり前の戦術だった。

 問題となるのは、別働隊の戦力だ。

『シールウェールを落としたのは、反乱軍の自前の戦力ということだそうです』

 自前、というのは、ベノアガルドの騎士団が参加してはいないということだろう。シールウェールに翻っているのは聖石旅団の団旗であり、騎士団に纏わるものはなにもないらしく、反乱軍が独力でシールウェールを制圧せしめたということを主張しているかのようだ、とはシールウェール陥落の報せをもたらしたマルディアの軍使の評価だ。軍使の嫌味な評価は、反乱軍のこれまでの勝利が騎士団の助力によるものだということをいいたいに違いなかった。

『それだけならばなんの問題もないんですが』

『なにか問題でもあるのか?』

『反乱軍はシールウェール制圧に“剣聖”を投入したとのこと』

『“剣聖”?』

『“剣聖”だと!?』

『“剣聖”がなぜマルディアにいる!?』

 軍議の場が騒然となったのだが、セツナにはいまいちピンとこなかった。しかし、大将軍を始めとする軍人たちが大層驚いているところを見ると、“剣聖”なる人物の凄まじさが伝わってくるようではあった。

『エトセアでの戦いに飽きた……とか、そういうところじゃないですか? “剣聖”が小国家群に流れてきたのだって、ヴァシュタリアでの戦いに飽きたっていう話ですし』

『その“剣聖”ってなんなんだ?』

『あれ、知りません? “剣鬼”、“剣魔”とともに三大剣士のひとりに数えられる人物ですよ。名をトラン=カルギリウス。ヴァシュタリア共同体出身の彼は、竜とも対等に戦ったといわれています』

『へえ……初耳だ』

『まあ、小国家群に現れたのはつい数年前のことですから、セツナ様が御存知でなくともしかたありませんが』

 エインが補足するようにいうと、アレグリアが彼の話を引き継ぐように口を開く。ふたりの軍師候補は、まるで同一人物かのように息が合っていた。まさに阿吽の呼吸といっていい。ナーレスがふたりを参謀局の室長に任じたのは、ふたりの波長がぴったりだということを見抜いていたからかもしれない。

『さて、“剣鬼”、“剣魔”に勝るとも劣らない稀代の剣豪がシールウェールに籠っているとなれば、シールウェールの奪還も困難なものとなりました』

『セツナをぶつけるか?』

 レオンガンドの提案は、アレグリアによって即座に却下された。

『いえ。セツナ様には本隊とともに行動していただきます。セツナ様はガンディアの象徴。そしてこの救援軍の最大戦力。いくら“剣聖”が相手とはいえ、セツナ様をぶつけるのはもったいない』

『では、どうするのだ?』

『“剣鬼”と“剣魔”をぶつけます』

 アレグリア=シーンが告げると、軍議の場に再びどよめきが走った。

“剣鬼”ルクス=ヴェインと“剣魔”エスク=ソーマは、当然、この救援軍に同道している。ルクスはガンディア軍傭兵局に所属する《蒼き風》の突撃隊長であり、エスクは、セツナ軍シドニア戦技隊の隊長だ。

 ふたりを投入することに対して問題はない。

 そうして、ふたりを主軸に別働隊が編成された。

 別働隊は、《蒼き風》、《紅き羽》シドニア戦技隊、ログナー方面軍第一・第四軍団、ベレル豪槍騎士団によって構成されることとなり、指揮官にはログナー方面軍大軍団長グラード=クライドが任じられた。

 エイン=ラジャールが参謀として随伴することとなった。兵数は約五千。都市ひとつを落とす戦力としては十分というほかなく、また、反乱軍がシールウェールに投入した戦力を考えると、十分すぎるといってもいい。

 シールウェールを襲った反乱軍の兵数はおよそ千五百名。

 救援軍は、それに三倍する兵力を投じるということだ。相手がシールウェールに篭もるというのであったとしても、三倍以上の兵力差もあれば、十二分に勝算がある。兵力差は勝敗に直結する。本来、数は力なのだ。多勢に無勢。少数が多数を打ち負かすのは、簡単なことではない。

 それが二日前の出来事だ。

 別働隊と分かれる直前、セツナはエスクともルクスとも言葉を交していた。

『じゃあ、大将、吉報をお待ち下さいな』

 シドニア戦技隊の面々とともに別働隊の一団に向かう途中、エスクがいつもの陽気さで話しかけてきたのだ。セツナは、エスクの実力こそ大いに評価しているため、彼自身についてはなんら心配していなかった。“剣魔”といわれるだけあって、剣の腕前は凄まじいところがあるのだ。だから今回のシールウェール奪還部隊の主力に数えられているのだが、一方で、不安に思うところもあった。

『ああ、無茶だけはするなよ』

 エスクの性格上、無茶をしがちなところがある。死ぬことを厭わないというか、いつ死んでも構わないというところがあるのだ。そういうとき、レミル辺りに彼の手綱を引いてくれることを期待したいのだが、レミルやドーリンがエスクの考えを否定する状況は想像しにくく、故にセツナからいっておかなければならないのだ。彼はどういうわけがセツナのいうことには耳を傾けてくれている。

『ははっ、大将にだけはいわれたくありませんな』

『まったくよね』

『そうだそうだ』

 エスクに同意してみせたのはミリュウとシーラだ。別働隊を見送ったのは、なにもセツナひとりではない。本隊として王都に急行するものの多くが、別働隊のシールウェールへの出発を見送り、声援を送った。別れを惜しむものもいれば、健闘を祈るものもいる。ログナー方面軍は、救援軍の中のガンディア軍においては主戦力といってもいい。兵の練度、精度においてはガンディア方面軍はログナー方面軍にまだ及ばないのだ。

『それに、“剣聖”の相手は“剣鬼”に任せますし』

 エスクがにやりというと、別方向から声が飛んできた。

『なにいってんだか』

『あ、聞いてた?』

『聞こえてたんだよ。あんたの声はうるさいからな』

『そいつはすまんね』

 エスクが軽々しく謝った相手は、もちろん、ルクス=ヴェインだ。どこから見ても目立つ銀髪の青年は、いつものように軽装の上から長剣を背負い、鋭い視線をエスクに送っていた。《蒼き風》の突撃隊長にして“剣鬼”は、セツナにとっても重要な人物だった。セツナは彼に剣の使い方、引いては戦い方を学び、肉体の鍛錬法も彼によって確立されたといっていい。ルクスのおかげで、召喚武装なしでもある程度は戦えるようになったのだ。

 最近ではエスクからも学ぶことが多くなり、もう一人の師匠といっても過言ではなくなっているものの、やはりセツナにとっての師とはルクスであり、セツナは心の底でルクスに感謝していた。

『師匠も、お気をつけて』

 とはいったものの、ルクスに関してはなんの心配もなかった。これまでの戦いで、エスク以上に無茶をする人物だということは知っているものの、ルクスの実力を疑う理由はない。たとえ相手が武装召喚師であっても、なんら問題なく処理してくれるだろう。もっとも、わずかに不安があるとすれば、相手の“剣聖”の実力がいまいちよくわからないということだ。

『弟子に気遣われるほど落ちぶれちゃあいないよ。それに、“剣聖”の相手をするのは“剣魔”の仕事だ』

『だから!』

『仲がいいんだか悪いんだか』

 セツナが呆れると、エスクが困ったような顔でいってきた。

『悪いに決まってるっしょー』

『そうだぞ、セツナ。俺がこんなのと仲良くすると思うか?』

『こんなのだと?』

『こんなのをこんなのといってなにが悪いんだ?』

『こんなのにこんなのといわれちゃあ、そりゃあムカつくだろうよ』

『だれがこんなのだって?』

『ふたりとも!』

 セツナは、突如として始まったふたりの剣の達人の口論を止めるべく、腹の底から声を出した。周囲のひとびとから視線が集中するが、気にしている場合ではない。ふたりの口論を止めなければ、くだらない喧嘩に発展しかねなかった。エスクもルクスもいい大人だが、子供っぽいところもないではない。

『なんです、大将。俺ァ、いま気が立ってるんです。話はあとにしてくれませんかねえ?』

『セツナ、こういうわからずやにはどうすればいいか、わかるか?』

 なにやら二人して殺気立っているのを感じ取って、セツナは嘆息せざるを得なかった。一番危惧していたことが実際に起ころうとしているのだ。ため息だって出るものだろう。

『わかります』

『ん?』

 怪訝な顔をするルクスとエスクの顔を見回しながら、セツナは、思い切って告げた。

『どちらがトラン=カルギリウスを倒すかで決めたらいいんじゃないですか?』

『なんだって?』

『へえ』

『つまり、トランを倒せなかったほうが“こんなの”ってことで』

 セツナの提案にエスクが首を横に振る。

『大将、そりゃあないんじゃあないかね』

『なかなかおもしろいことをいうようになったじゃないか』

『あ、やるきだ、このひと』

『あんたはこの勝負、降りるかい?』

 ルクスが挑戦的な目でエスクを見つめると、エスクは、鼻で笑った。そして、ルクスの肩をポンポンと叩く。

『はっ……冗談。“剣聖”を降すのは俺だよ、“剣鬼”クン』

『“剣魔”ちゃんこそ見てなよ、本当の戦いってやつをさ』

『じゃあ、そういうことで、俺の勝利の報せを期待しててくださいねー』

『負けた彼を慰めるのは大変だろうが、頑張れよ』

 互いに自分の勝利を信じるふたりを見送ったセツナは、そのときだけでとんでもなく疲れたものだった。



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