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第千二百五十九話 マルディオン(二)

「おそーい」

 ミリュウが憤懣やるかたないといった表情を浮かべていたのは、セツナが彼女たちのいる場所に辿り着くのが予定より遅くなっていたからだ。セツナはそのことに気がついていたから、すかさず謝った。

「わりいわりい」

 マルディオンの南側に位置するマルディオン城、その城下町の一角が救援軍の拠点として解放されており、セツナ軍にあてがわれた屋敷にミリュウたちは待ち受けていた。

 セツナ軍とは、セツナ配下の軍勢であり、《獅子の尾》は無関係だ。本来ならばミリュウやファリアら《獅子の尾》隊士には別の休憩所があてがわれる予定だったが、どうせセツナと一緒にいることのほうが多いのだからという理由から、セツナ軍と合同の休憩場所を設けられることになっていた。そのため、このセツナ軍に開放された屋敷には、《獅子の尾》の隊士が勢揃いしているはずだった。つまり、ルウファもエミルもマリアもいるのだが、セツナが入った広間には三人の姿はなかった。

 ルウファとエミルが別室にいるのはわかるのだが、マリアがいないのは少し不思議だった。しかし、賑やかなのはともかく、煩いのを嫌う彼女がいないのは、ある意味では当然だったのかもしれない。と、あとになって思った。

 セツナ軍にあてがわれた屋敷というのは、マルディア貴族の別邸であり、さまざまな種類の宝石が所狭しと飾られていて、目に痛いほどにあざやかだった。玄関から廊下、広間の至る所にだ。たやすく盗まれてしまうのではないかと思うほどに堂々と飾られているのだが、ひとつふたつ失ったところで痛くも痒くもないのかもしれないと思うくらい、大量の宝石があった。

 マルディアが宝石に彩られた国というのは本当だったのだ。

 そして、ガンディオンでみたときに派手と感じたユノの衣装など、控え目にもほどがあるものだということがよくわかり、途方もないものを感じたりした。

 そんな宝飾品に彩られた広間には、ミリュウ以外にもセツナの帰りを待ち受けていた人物たちがいた。ファリア、レム、シーラにラグナ、ウルクだ。皆、室内に飾られた宝飾品の類を手にとって見たりしていたようだが、セツナが広間に入ってくるなり、居住まいを正した。

「会見とか会議には参加しないって聞いてたのに、なにしてたんだ?」

「いや、ちょっとな」

「まーた姫様と話し込んでいたんでしょ?」

 ミリュウが背後に回ったかと思うと、セツナの首と腰に腕を回し、軽く締め付けてきた。痛みはないが、背に胸を押し当てられるようで、変な感じがする。

「そうなのか?」

 シーラのどこか不服そうな表情の意図は不明だが、セツナは、とりあえず説明した。

「ユノ様だけじゃなく、王子殿下ともな」

「王子様までセツナに興味津々なの? いったいこの国はどうなってんのよー」

「なにが不満なんだよ」

「セツナはあたしのものなのぉ」

 ミリュウがセツナの耳元で大声を上げると、即座にシーラが否定した。

「それは違うだろ」

「そうよ、それは違うわ」

「そうじゃな。それは違うのう」

「わたくしも皆様の意見に賛同いたします」

「ミリュウの意見には反対致します」

 シーラだけでなく、ファリア、ラグナ、レム、ウルクまでもがミリュウの発言を否定すると、さすがの彼女もセツナを腕の中から解放し、肩を落とした。そして、叫ぶ。

「な、なんなの……皆して反対することないじゃない!」

 セツナは、彼女の叫び声に辟易しながら、ゆっくりと離れた。それから手近にあった椅子を引き寄せ、腰を下ろす。すると、シーラの膝に乗っていたラグナが飛び上がり、ふよふよと浮遊して近づいてきた。いつみても、彼の飛行方法は奇妙だった。飛膜を羽撃かせるのは飛び上がるときくらいであり、以降はほとんど動かさなかった。翼を羽撃かせて揚力を得ているわけではないらしい。

 魔法なのだろうか。

「そりゃあ、なあ?」

 シーラが横目にファリアを見やる。彼女とファリアは同じ机を囲むように座っていた。ちなみにレムとウルクは、ふたりして部屋に飾られた人形のように、部屋の片隅に佇んでいた。ウルクがそうしていると本当に人形そのものだったし、レムの人間離れした風情も、人形に見えなくもない。

「セツナはだれのものでもないもの。ねえ?」

 今度は、ファリアがレムに目線を送ると、レムが恭しく肯定する。

「御主人様はいまのところ、個人の所有物ではございませぬ」

「いまのところ、か?」

 といったのはラグナだ。彼は既にセツナの膝の上に到達しており、どこか満足気だった。セツナはそんなラグナの頭を撫で、そのまま首の筋も撫でてやった。ラグナが心地よさげに目を細める。

「いつかは御結婚なされることもございましょうが」

 レムの発言に、室内の空気が一変したのをセツナは理解した。ラグナを撫でていた手を止め、顔を上げると、シーラがぼそりとつぶやくのが聞こえた。

「け、結婚……結婚かあ」

「セツナと結婚! そうだわ、結婚しようよ、ねえ!」

 ミリュウが背後から飛びついてくるが、今度は椅子の背凭れのおかげで、彼女の胸を押し付けられすに済んだ。かと思いきや、ミリュウはセツナの後頭部に胸を押し当ててきて、セツナはなんともいいようのない顔をした。

「結婚とはなんじゃ?」

 ラグナが、きょとんとした顔でセツナを見上げてきた。この室内にある宝石に勝るとも劣らない輝きを持つ目に、セツナの顔が映り込んでいる。ラグナの疑問にセツナは疑問で返した。

「ドラゴンは結婚しないのか?」

「じゃから、結婚とはなんなのかと聞いておるのじゃ」

 ラグナが眉間にしわを寄せると、レムが割り込んできた。

「夫婦になることにございます」

「夫婦に?」

「夫婦の意味もわからねえとか抜かすんじゃねえだろうな」

「わからぬ」

 ラグナがむしろ当然のようにいってきたので、セツナは手で顔を覆った。ドラゴンとは、人間とはまったく異なる生物だ。そもそも、この世のあらゆる生物の枠組みから外れているのではないかと思える。ラグナのような転生竜ならばなおさらだ。そもそも、転生竜が無限に転生を繰り返す存在であるのならば、子孫を作る必要がない。ということは生殖の必要性もなく、夫婦となり、結婚する必要もなければ、性別さえ存在しないのかもしれない。

「夫婦とは、ともに生きていくことを誓った男性と女性のことにございますね。運命共同体とも申しますが。そして結婚とは、夫婦になるための儀式といっても過言ではありません」

「なるほどのう」

 レムの説明を理解したのか、ラグナが納得したようにうなずいた。そして、彼は思いもよらぬことを口走る。

「つまり、わしはセツナと夫婦ということじゃな」

「なんでそうなるんだよ」

 セツナは、ラグナの突拍子もない発言に笑うほかなかった。もっとも、背後の女性には気が気でない一言だったらしく、ミリュウはセツナの背後からラグナを覗き込みながら叫んだ。

「そうよ、なんでそうなるのよ!」

 セツナはミリュウの胸に押し潰されそうになりながら、苦痛とも幸せともいえない時間を味わった。そして、ラグナの勝ち誇ったような顔がよく見えた。なにをもって勝ち誇っているのか、セツナにはまったくもって理解できなかったが。

「わしはセツナとともに生きていくことを誓ったのじゃ。そして運命共同体でもある!」

「それならば、わたくしも御主人様と夫婦でございますね。そういえば、式も挙げておりました」

「挙げてねえ!」

 セツナはすかさず否定したが、レムに黙殺されたどころか、この場にいるだれの耳にも入らなかったようだった。ミリュウが背後かれセツナを抱きしめながら叫ぶ。

「ともに生きていくことを誓ったのなら、あたしだって同じよ!」

「俺も……」

「あなたたちねえ、少しは状況というものを理解して発言して欲しいわ」

 シーラのぼそりといった一言を掻き消すように声を上げたのはファリアだ。セツナは彼女の干渉によってこの惨状が収まるものだと信じたが、セツナの真後ろから疑問の声が上がる。

「状況?」

「この状況にそぐわなぬ発言をしておるのは、ファリアのようじゃが」

 ラグナがいい、ファリアが当惑する。

「え……?」

「そうよそうよ、ファリアはどうなのよ?」

「ど、どうって……?」

「セツナと夫婦になったのかどうかってことよ!」

 ミリュウが大声で問い質すと、ファリアは、呆れたように言い返した。

「そもそも、この場にいるだれひとりとしてセツナと夫婦になんかなっていないでしょ!」

「なん……じゃと……!?」

 愕然とするラグナの様子にセツナはなんともいえない気分になった。

「まあそれはそうなのでございますが、これが一番の解決法だと存じあげております」

「解決法……?」

「皆様が御主人様と夫婦の縁を結ばれれば、それで万事解決にございます」

「そ、そうかしら……?」

「か、解決といえるのかな?」

「どうだろう?」

「わからぬのう」

 レムの提案した解決法に小首を傾げる一同を見回してから、セツナはやっとの思いでミリュウの拘束から抜け出した。その結果膝に乗っていたラグナが床に投げ出されるが、咄嗟に尻尾を掴むことで事なきを得る。

「それも大事な話かもしれないがな」

「あら、大事な話って認めてくれるのね?」

「さすがは御主人様にございます」

 嬉しそうなミリュウと手を重ねて喜ぶレムの視線から目を逸らしながら、セツナは軽く肩を竦めた。どうでもいい話などといって一刀両断すれば、彼女たちにどのように非難されるのかわかったものではない。ますます話が拗れ、別の話題に乗り換えることもままならなくなるだろう。

「……ファリアのいった通り、状況を考えようぜ」

「状況を考えるもなにも、セツナが城から出てくるのが遅いのが悪いんじゃない」

「それは悪かったよ。謝る。すまん」

「な、なにもそこまでしろなんていってないでしょ」

「そうだぜ。セツナの帰りが遅いから苛立ってたのなんて、ミリュウだけなんだからな」

「あ、あたしだけ!?」

「そうじゃな」

「そうでございますね」

「ひ、酷い……皆だってそうだったじゃない……!」

 どうやら皆に梯子を外されたらしくひとり愕然とするミリュウの様子を眺めながら、セツナはひたすらに徒労を覚えた。

「……はあ」

「セツナも大変ね」

「本当にな」

 ファリアの気遣いに苦笑を浮かべる。こういうとき、セツナの肩を持ってくれるのはやはりファリアくらいのものだ。レムは状況を引っ掻き回すのを楽しんでいるし、ラグナはわけもわからず

「しかし、大変なのは俺だけじゃないさ」

「シールウェールね」

「ああ」

 セツナは、ファリアの発言にうなずくと、既に始まっているかもしれない戦いに思いを馳せた。

 シールウェールを巡る戦いには、セツナの師匠と、配下にしてもうひとりの師匠ともいうべき人物が赴いていたからだ。


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