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第千二百五十五話 マルディア救援軍

 ヴァルターをさらに北に進み、アバードとマルディアの国境を越え、マルディア国内に到達したのは三月八日のことだった。

 二月十五日、ガンディア王都ガンディオンを出発してから二十数日が経過しているが、ガンディオンとマルディアの距離を考えればそれくらいかかるのは当然のことだったし、これでも急いだほうだった。

「別に急ぐ旅路ではなかったがな」

 国境を越えた日の野営地で、レオンガンドがふと漏らした言葉にセツナは笑った。

 確かに急ぐ旅路ではなかった。

 反乱軍は、マルディア領土の半分を手中に納めているとはいえ、この冬の間、一切南下してこなかった。その事実を踏まえれば、いかに反乱軍がベノアガルドの戦力を頼みにしているかがわかり、彼らが騎士団と合流するまではマルディア国内が戦火に包まれる可能性は少ないということがわかるというものだ。そして、騎士団は冬が終わり、春が来るまでは動き出さないということが判明している。だからマルディアは秋から冬の間にガンディアに救援の約束を取り付けようとし、王女みずからが使節団を率いてガンディオンにやってきたわけだが。

 春が訪れたからといって、騎士団がすぐさま動き出すとは思えない。そもそも、ベノアガルドからマルディアの最前線までの距離を考えれば、ある程度の猶予はあった。

 一方、マルディアの政府軍もまた、冬の間は動こうとはしなかった。政府軍の戦力的には、反乱軍だけが相手ならば戦えなくはないという。むしろ反乱軍を圧倒しうるだけの戦力は有しているというのだが、万全を期すべきだいうことで、援軍の到来を待つことにしたのだ。

 そもそも、冬の間に反乱軍を討滅しうる算段があれば、ガンディアに救援を求める必要がない。騎士団の後ろ盾がないからとはいえ、冬の間に反乱軍を殲滅できるとは到底考えられなかったのだろう。だからガンディアに救援を求めた。

 ガンディアはマルディアの救援に応じた。反乱軍を殲滅し、ついでに騎士団に打撃を与えることができれば御の字だ。たとえ騎士団に打撃を与えることができなくとも、マルディアを勢力下に置くことができるのであれば、この遠征は無意味ではない。

 こうやって、地道に勢力を広げていくことが小国家群の統一に繋がるのだ。外征によって支配地を拡大していくことだけが統一の道ではない――ということは、散々聞かされていることだ。ジゼルコートのように交渉によって従属国を増やすのもひとつの手段であり、同盟国を増やすのもまた、ひとつの道だ。戦争ばかりしていられるわけもないのだ。

 戦争による領土拡大は、最終手段に過ぎない。

 交渉で解決できるのなら、それに越したことはなかった。

「ですが、陛下が道を急いでくださったおかげで、我がマルディアの民も心安らかになれますわ」

 マルディア王女ユノ・レーウェ=マルディアがレオンガンドに向かっていったのは、レオンガンドの発言を受けてのものだった。

 夜の野営地。冬と春の気配が入り混じる夜はまだまだ肌寒く、皆、防寒対策を強いられていた。セツナたちもそうで、天幕の中で毛布にくるまっていなければ過ごせない夜が続いた。マルディアは小国家群の中でも北方に位置する。北国は冬が長いというが、マルディアでこうなのだから、ヴァシュタリア共同体などはもっと寒い時期が長いというのだろうか。そこらへんは、ヴァシュタリアに縁のないセツナにはよくわからなかった。

 そんな冬の寒さに身悶えする夜、セツナはレオンガンドに呼び出されたのだ。レオンガンドの天幕に入ると、ユノがいた、というわけだ。ユノは、セツナを見るなり、どこか気恥ずかしそうな微笑みを浮かべてきたのだが、セツナにはその意図はわからない。

「ふむ……そういうこともありますか」

「はい。我がマルディアの民は、聖石旅団の反乱以来、国の行く末に不安を抱いていました。マルディアの正規軍が不甲斐ないだけでなく、反乱軍がその勢力を拡大し、その上ベノアガルドの騎士団を国内に引き入れてしまいましたから……国が滅びるのも時間の問題と見ていたものも少なくはないでしょう」

「そこへ我々がきた、と」

「これだけの戦力が救援に訪れてくれたのです。国民もさぞや驚き、さぞや安心するでしょう。それもこれも陛下とセツナ様のご尽力のお陰でございます」

 ユノがいいたいこともわからないではなかった。

 マルディア救援軍は、ガンディア軍と各国からの援軍によって、二万近い兵力を誇る大軍勢となっていた。マルディアの総戦力を容易く上回る大軍であり、反乱軍のみが相手ならば一蹴することさえ可能ではないかと思えるほどだ、とユノが頼もしそうにいっていたのをセツナは耳にしている。エインの考えでも、反乱軍程度ならば相手にはならないだろうとのことだ。

 問題は聖石旅団を中心とする反乱軍ではなく、反乱軍の後援をしているベノアガルドの騎士団なのだ。逆をいえば、騎士団さえなんとかできれば、マルディアの領土を取り戻すのは難しくないということだが、騎士団をどうにかすることが簡単ではないことは、セツナが一番よく知っている。騎士団の兵士はともかく、十三騎士は強力極まりない。武装召喚師がふたりがかりでも倒しきれないのだ。それだけでも異常といってよかった。

「なに、本番はこれからですよ、王女殿下。そして、その本番でこそ、セツナは輝くでしょう」

「陛下?」

 セツナがレオンガンドに疑問を向けたのは、彼が煽るようなことをいったからだ。レオンガンドらしくない物言いのように思える。しかし、レオガンドはその調子で続けてくる。

「セツナ、王女殿下直々の指名だ。気張り給え」

「はっ」

 これには、セツナも応じるしかない。

 すると、ユノがセツナの手を取った。きらびやかな衣装を纏った王女の手は、いつ見ても白く、可憐だ。

「セツナ様……どうか無理だけはなさらぬよう、お願い申し上げます」

「過分なお気遣い、痛み入ります」

「……セツナ様には不要な言葉かもしれませんが」

「いえ、ありがたく頂戴いたします。しかし……」

 セツナは、ユノの心遣いに心の底から感謝しながらも、さっきから気になっていたことを聞こうと思った。ユノがきょとんとする。

「どうされました?」

「陛下が尽力なされたのはわかりますが、そこに俺を加えるのは間違いでは?」

「いいえ。わたくしにとっては、セツナ様も陛下と同様、大きな力でございます」

「そうだぞ、セツナ」

 レオンガンドがユノの発言を肯定するのは、さすがに想定外だった。

「はい?」

「君は君が思っている以上に影響力を持っているということだよ」

「はあ……?」

「まあ、わからなくともいいさ。君の本分は、戦場にあるのだからな」

「それはまあ、わかりますけど……」

 不承不承、肯定する。

 セツナの本分が戦場にあるのは、セツナ自身が一番理解していることだ。むしろ、戦場にしかないとさえ想っている。戦場で戦い、だれよりも大きな戦果を上げ、ガンディアに勝利をもたらすこと。それだけがセツナの役目であり、役割であり、使命なのだ。それ以外にはない。親衛隊長としての任も、領伯としての任も、戦場での本分とは比べられるようなものではないのだ。

「その本分が発揮されるべき戦場はまだまだ遠い。それまでつまらぬ怪我などしないよう、注意したまえ」

「もちろんですよ」

 セツナはレオンガンドの忠告に首肯すると、レオンガンドとユノの前を辞した。

 レオンガンドの天幕を出ると、満天の星空がセツナを出迎えた。冬と春が入り交じる時期、星空はあまりにも鮮明で、ただひたすらに美しい。まるで星が降ってくるかのような迫力さえある。空気が澄み切っているのだろう。もはや見慣れたことだが、元の世界の都会では考えられない景色だった。星空だけではない。野営地周辺の景色のひとつとっても、セツナの元の世界での暮らしでは考えられないものばかりであり、そういった光景に見慣れている自分が不思議といえば不思議だった。

 召喚されて一年と九ヶ月近くが経過しているのだ。景色に見慣れるのは当然だったし、この異世界での生活に順応するのも当たり前のことだ。慣れなければ生きられない世界だ。

 ひとを殺すのにも慣れた。

 慣れてしまった。

 もはや元の世界に戻って、元の生活に戻ることなど土台無理な話だろう。

 手は、血に汚れてしまった。

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