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第千二百五十四話 マルディアへ

 ガンディア軍がマルディアを救援するべく王都ガンディオンを出発したのは、予定通り、二月十五日のことだった。

 総大将をレオンガンド・レイ=ガンディアとする軍勢は、ガンディア方面軍にセツナ軍を加えたといった程度のものだったが、ログナー方面に至ってはログナー方面軍を吸収して倍増した。ログナー方面軍は大軍団長グラード=クライドを始め、ドルカ=フォーム率いる第四軍団など士気の高い軍団ばかりだった。ログナー軍人は精兵で知られる。ガンディア軍もこれまでの戦争の経験によって弱兵ではなくなったものの、ログナー兵に比べると見劣りすることもあってか、ログナー兵の士気はいや増した。そんなログナー兵の様子にガンディア兵もやる気を見せ、ザルワーン方面に入るころにはマルディア救援軍の士気は最高潮に達していた。

 ザルワーン方面軍は、ザルワーン方面とログナー方面の防衛に当たるため、マルディア救援軍に同行することはなかった。また、ガンディア方面には、クルセルク方面軍が入っている。クルセルク方面軍は、長らくデイオン=ホークロウ左眼将軍の指揮下にあったこともあり、デイオン将軍指揮の下、完璧にガンディア本土を守り抜いてくれるだろうとのことだった。

 ザルワーン方面では、ナグラシアからゼオル、龍府へと至った。

 セツナたちにとっては、一月半ぶりの龍府だったものの満喫するということはなかった。目指すのはさらに北のマルディアの地であり、龍府で休んでいる暇はないのだ。しかし、龍府ではある大きな出来事があった。レオンガンドが側近のふたり、ケリウス=マグナートとスレイン=ストールを天輪宮に置いたのだ。レオンガンドは、ケリウスとスレインには補給線の確保を命じたが、セツナにはこう耳打ちした。

『彼らは救援反対派だからな。現地に連れて行きたくはないのだ』

 レオンガンドの考えは徹底されていて、大会議において反対派に回った人間はほとんどすべてガンディオンに置かれるか、国内の任務についていた。デイオン将軍が王都に残ったのも、彼が反対派に回ったためだった。逆に賛成派は救援軍を形成する重要な戦力であり、アスタル=ラナディース右眼将軍を始め、賛成に回ったほとんどの軍人が今回の戦いに参加していた。

 ジゼルコート・ラーズ=ケルンノール・クレブールも自前の軍勢を率いて参加する予定だった。が、彼は大会議の直後負傷したことにより療養中であり、参加が見送られている。ジゼルコートは負傷した身を押して参加すると表明したものの、レオンガンドが断った。そして、療養するよう王命と下した。王命とあらば、いかに領伯といえど拒否することはできない。ジゼルコートは渋々、レオンガンドの命令に従ったという。

 その結果、ジゼルコート軍もガンディオンに残ることになっている。

『ジゼルコート軍は戦力として期待できるが、彼に無理をさせる必要はあるまい』

 そういうと、レオンガンドは冷ややかに笑ったものだ。

『それに、たとえわたしが命令をくださずとも、彼が参戦することはなかったよ』

 ジゼルコートの主治医が参戦を許さなかっただろう、と彼はいった。王命が絶対とはいえ、主治医が引き止めたというのなら、王命こそ取り下げなければなるまい。命の大事に関わることとなればなおさらだ。レオンガンドの名を貶めたいというのならば話は別だが、レオンガンドみずからそのようなことをする道理はない。

「なにもかも思惑通り、といったところでしょうね」

 エインが冷笑するようにいったのは、龍府を出たあとのことだった。

 アバードとの国境付近で過ごした夜のこと。セツナの天幕に訪れた彼が、唐突にそんな話題を展開してきたのだ。ちょうど天幕内にはセツナひとりしかいない時間帯だった。レムもラグナもいないことがエインを饒舌にしていたのは明らかだった。彼はどんなときだって警戒する。たとえレムとラグナがセツナの従僕で、いくら口が固いとはいえ、秘匿するべきような話を聞かせられる相手ではないのだ。

「思惑? だれのだ?」

「さて、だれのでしょう?」

「自分から話しておいて隠すのかよ」

「当ててみてくださいよ、セツナ様」

 彼は片方のまぶたを閉じて、いたずらっぽく笑ってきた。ひとつ下の十七歳は、とても同年代に見えないほどに愛くるしい顔をしている。参謀局の女性局員が騒ぐのも無理はないだろうし、参謀局以外にも熱心な彼の応援者がいるのも納得できるというものだ。

「……おまえの、だろ」

「うふふ。半分正解です」

「半分?」

「俺だけが策謀を練っているわけではない、ということです」

「そりゃあそうだ」

 策謀といえば、ナーレス=ラグナホルンのことが脳裏を過る。常に策謀を張り巡らせていた彼は、いまもエンジュールで神算鬼謀を練り上げているのだろうか。そんなことが気になったが、エインに聞けなかった。エインはいま、アレグリアとともに軍師見習いとして参謀局を支え、軍を支えている。そんな彼に本来の軍師の現状について聞くのは酷なような気がした。

 だから、というわけではないが、セツナは冗談交じりに別のことをいった。

「策謀を練るのはいいけどよ、セツナ派結成みたいなことは、もうやめてくれよ」

「んー」

「なんだよ」

「ガンディアのためになることなら、なんだってします」

「……わかってるよ」

 小さく笑う。セツナ派の結成も、ガンディアのためだ、という。でなければ、エインがセツナを巻き込むようなことはしないだろうし、政情を乱すようなことをするとは思えない。彼ら参謀局の人間はいつだってそうだった。ガンディアにとって有用なことばかりを考え、それのみを実行に移そうとする。結果、周囲に大きな影響を与えることになり、セツナが巻き込まれることだってありうるのだ。

 セツナ派の結成当初は納得できず、不満を抱いたりしたものの、冷静になって考えれば理解できることではあった。もちろん、それがガンディアのためになるという前提があるからだ。セツナ派の結成がただのエインの趣味であり、ガンディアにとって不要なことならば、セツナは即刻派閥を解体しただろうが、そうではないということであれば、渋々ながらも受け入れるしかない。

「でも、セツナ様に嫌われるようなことはしたくはないですよ」

「うん?」

「セツナ派の結成だって、本当はしたくはなかった。そんなものがなくったって、セツナ様はやっていけますからね」

「ああ」

「でも、必要に迫られた。状況を動かすにはそれくらいのことは必要でしたから」

「状況は動いたか?」

 セツナは、エインの目を見つめながら問い質した。セツナ派結成がガンディアの政治に与えた影響とはどの程度のものなのか。神輿として担ぎあげられただけのセツナの耳には、中立派のひとびとがセツナ派に鞍替えしたというくらいしか伝わってきていない。中立派のセツナ派への移行が、国内の政治にどれほどの影響を及ぼすのか、想像しようもない。セツナは、政治とは無縁の人生を歩んできている。戦うことだけが取り柄で、それ以外のことには関与しないのが主義だった。それなのに派閥の党首として祭り上げられてしまった。それがガンディアのためになるというのなら構わないのだが、果たして、セツナ派なる派閥は、ガンディアの政治を動かしたのか。

 それも、エインの思い描いた通り、動いたのだろうか。

「ええ。思った以上にあっさりと。これでガンディアはさらに強くなる」

「強く?」

「失うものも少なくはありませんが、それ以上に得られるものは大きい」

 エインの冷ややかな口調にセツナは息を呑んだ。凍てつくようなまなざし、表情、口調、どれをとっても軍師候補としての風格があり、威厳があった。さすがはナーレス=ラグナホルンに後継者候補として名指しされただけのことはあるといっていいだろう。

「すべてはこの国のため」

「ガンディアのため……か」

「ええ。そのためには、彼らには消えてもらうほかない。合法的に、ね」

 エインは、底冷えのするような微笑みを浮かべた。

 彼がなにを考えているのかはわからなかったものの、彼の策謀がガンディアの将来に寄与することは疑いようもなかった。

 少なくとも、セツナにはそう思えたのだ。


 アバード王都バンドールに到着した翌日、ルシオンの白聖騎士隊がマルディア救援軍に合流した。白聖騎士隊を率いるのは、ルシオン王妃リノンクレア・レア=ルシオンであり、王妃みずから鎧兜を着込み、白馬に跨るその姿は勇敢という他なかった。

 白聖騎士隊はルシオンが誇る精鋭中の精鋭であり、現国王ハルベルク・レイ=ルシオンが王子時代、王子妃であったリノンクレアのために結成したといっても過言ではない部隊だった。女性のみで構成された親衛隊は、王子妃が隊長を務め、ルシオンの戦いにおいて常に先陣を務めてきたという。白聖騎士隊を構成する女性騎士たちは、優美にして勇猛であり、白を基調とする武装に身を包んだ一団の到来には、だれもが息を呑んだ。

 リノンクレアがバンドール新城にてレオンガンドに挨拶を行った際、セツナは、ルシオン王妃の勇ましく美しい姿を目の当たりにしている。

「陛下、遅くなりましたが、ルシオン白聖騎士隊はこれよりガンディアとともにマルディアの救援に赴きます」

「リノンクレア王妃殿下、ルシオンの心遣いに心よりの感謝を」

 レオンガンドは、リノンクレアに深々と礼をした。

 ガンディアは、当然のことだが、一国のみでマルディアの救援に当たろうとは考えていなかった。マルディアの反乱軍だけが相手ならばいざしらず、背後にベノアガルドがいるということがわかっている以上、投入する戦力は多ければ多いほどいいと判断した。

 ガンディアの全戦力を投入できるのであれば、ガンディアのみでも構わなかったかもしれない。しかし、現実的に考えれば、そうはいかないのだ。ガンディアの近隣諸国のすべてが、ガンディアと友好的な関係を結んでいるわけではない。ガンディアが国外に戦力を押し出し、国内の防備が疎かになる瞬間を虎視眈々と狙っている国もあるかもしれない。

 小国家群内でも最大規模の国土を誇り、最大規模の戦力を誇る大国となったガンディアとどう相対するのか、近隣国は常に考えていることだろう。アザークやラクシャのように戦力差に恐れをなし、交渉のみで従属するという判断を取る国もあれば、どうにかしてガンディアを打ち倒さんと考える国があってもおかしくはないのだ。実際、ガンディアとの交渉を拒む国もあり、そういった国がなにを考えているのかを想像すれば、国内の防備を疎かにはできない。

 全戦力の投入といったことは、簡単にはできないのだ。

 そこで、友好国、同盟国にマルディア救援への参加を願った。

 長年の同盟国であるルシオンは無論のこと、ベレル、ジベル、メレドなどにも戦力の提供を打診した。最近ガンディアの属国となったアザーク、ラクシャはガンディア本土を護る防壁として機能してもらうため、戦力の提供を求めなかった。アバードも別の理由から、戦力としての参加は見送らせている。アバードは内乱と動乱によって戦力の大半を失っている。国土を護るだけで精一杯といっても過言ではなかった。

 ルシオン、ベレル、ジベル、メレド、イシカの五国が今回のマルディア救援への参加を受諾し、それぞれ戦力を提供してくれていた。特にルシオンは、白聖騎士隊のみならず、白天戦団およびルシオン国王ハルベルク・レイ=ルシオンの参戦を表明している。しかしながら、ルシオンは外国からの侵攻を阻まなければならず、ハルベルク率いる本隊との合流は先のことになるということだった。それでは面目が立たないという理由から、ハルベルクはリノンクレア率いる白聖騎士隊を先行させ、ガンディア軍と合流させたようだ。

「それにしても、相変わらずお美しい」

 唐突に、レオンガンドがリノンクレアの容姿を褒め称えると、リノンクレアが顔面を紅潮させた。予期せぬ一言だったのだろう。どぎまぎしている様子が傍目からもわかった。

「陛下……その、どうされましたか?」

「どう? とは?」

「いえ、失礼かもしれませんが、陛下らしくないお言葉だと……」

 リノンクレアがどぎまぎしたのは、レオンガンドが彼女の容姿を褒めることがあまりないことだったからのようだった。そういえばそうかもしれない。レオンガンドは他人を容姿や外見で判断することが少ない。内面や実力を重視するのだ。

「なるほど……確かにそうかもしれませんね。きっと、王妃に感化されたのでしょう」

「ナージュ王妃殿下に、ですか」

「ええ」

「……王妃殿下が羨ましい限りです」

 レオンガンドとリノンクレアのやり取りは、見ている人間が恥ずかしくなるほどに仲睦まじく、ふたりがいかにも仲の良い兄妹だったということがよくわかるものだった。

 ルシオン軍白聖騎士隊との合流後、マルディア救援軍はアバード北部の都市ヴァルターに入った。ヴァルターでは、ガンディアの要請を受けた各国の戦力が待ち受けていた。ベレルの豪槍騎士団、ジベルの黒き角戦闘団、メレドの白百合戦団、イシカの星弓兵団であり、それらとの合流によって救援軍の戦力は倍増した。

 マルディアとの国境を目前に控え、戦力が大幅に増加したことによってマルディア救援軍の士気は否応なく高まりを見せたのだった。



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