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第千二百四十八話 クオンの手紙(二)

「手紙は、渡したからな」

 ユフィーリアがそう告げてきたのは、セツナの後ろで繰り広げられる女性陣の騒ぎが一先ず収まり、獅子王宮の前庭が静けさを取り戻してからのことだった。

「もういくのか?」

「当然だ。わたしたちの役目は、おまえにクオンからの手紙を届けることだ。届けた以上、一刻も早くレイディオンに戻らなければならない。クオンを守るのがわたしたちの本来の役目だ」

「クオンを守る……」

「いっただろう。彼には敵が多い、と」

「そうだったな」

 セツナにも、なんとなくわかるようなことだった。クオンとは立場や国こそ違えど、どこの馬の骨ともわからない人間が引き立てられ、成り上がったという点では同じだ。セツナはだれにも真似の出来無いような実績を積み重ねることで、そういった声や視線をねじ伏せてきたものだが、クオンの場合はそうもいかないのかもしれない。ヴァシュタリアは三大勢力の一角であり、他の二勢力との均衡もあって、領土を増やすような戦いはできない。となれば、セツナと同じように戦場で武功を上げ、有無を言わせぬ実績を積み重ねるということはできないのだ。クオンが苦労していることが想像できて、セツナは不安を抱いた。

「クオンのこと、よろしく頼む。あいつ、なんでもひとりで抱え込む奴だからさ。だれかが側にいて、常に見ていてやらないと駄目なんだ」

「……それをわたしに頼むのか?」

「ああ。あんたなら、信用できる」

「なぜ?」

「なんとなく。直感てやつさ」

「そうか……」

 ユフィーリアは、納得できない様子だったが、しかしどこか嬉しそうでもあった。なにが嬉しいのか、セツナには見当もつかないが、彼女が胸を張って告げてきた言葉には、安堵した。

「わかった。クオンのことはわたしとラムレスに任せておけ」

「ああ、頼んだ」

「ふっ……では、さらばだ」

 ユフィーリアは、颯爽とラムレスの足元に駆け寄った。すると、ラムレスがなにごとかを吼え、彼女の体が空中に浮かび上がっていった。竜語による魔法だろう。ラムレスの体はとてつもなく大きい。その体のどこに乗るにしても、一筋縄ではいかないのだ。

 ユフィーリアがラムレスの背中に着地するのを見届けながら考えるのは、ラムレスとラグナの力の差だ。ラムレスが気軽に魔法を使えることだけを見ても、圧倒的にラムレスのほうが強いということがわかる。見た目だけでも十分すぎるといえば十分すぎるのだが、本質的にも、ラムレスのほうが遥かに強いのだろう。かつては拮抗した実力を誇る宿敵だったのだろうが、いまのラグナはちょっとした魔法を使うことさえ熟慮しなければならないほどか弱い存在だった。

 もっとも、それはラムレスと比較した場合の話であり、いまのラグナでも、そこらの人間では殺すことはおろか、傷ひとつつけることすら困難だろう。

 ラグナが身動ぎするのが、気配でわかる。彼がラムレスになにかをいいたいのだろうということはわかったから、放っておいた。すると、彼が口を開いた。

「ラムレスよ」

「なんだ?」

 ラムレスがラグナを見下ろす。宝石のような目から注がれる視線は、鋭く、破壊的ですらあった。セツナですら気圧されるのだが、ラグナは平然としている。知り合いだからなのか、それとも、何万年もの時を生きてきたラグナには、大したことなどないのかもしれない。

「達者でな」

「……貴様こそ」

 ラグナの言葉と、それに対するラムレスの声は、互いを思い遣るようなものであり、セツナが想像していたものとはまったく違っていた。セツナは、ラグナがラムレスに喧嘩を売るような言葉を吐くものだとばかり思っていたから拍子抜けしたが、よくよく考えて見れば、そういう言葉を投げかけるのも当然なのかもしれなかった。

 互いに、何万年もの時を生きてきたのだ。転生竜として、生と死を繰り返してきたのだ。両者の間には、両者にしか分かり得ないなにかがあるのだろう。それがラグナの空気を読まない軽口に繋がり、最後の言葉にも繋がるのかもしれない。

 もっとも、ラグナとラムレスの関係が本当のところどういったものなのかまったくわからない以上、セツナは、二体のドラゴンの間で交わされた言葉に込められた想いについて、想像を働かせるしかなかった。

 ラムレスが巨大な翼を広げる。一対の群青の翼が広げられると、それだけで地上は影に覆われた。巨大な足に体重がかけられ、前庭が沈む。跳躍と羽撃き。大気が轟然とうなり、暴風が渦を巻く。ただ飛び立つというだけでそれなのだ。自我を持つ自然災害といっても過言ではなかったし、もしラムレスが王都を攻撃するために現れたのであれば、多大な損害がでたことは疑いようもなかった。

 あっという間に頭上遥か彼方へと飛び立っていった蒼龍を見送りながら、セツナは心底安堵した。ラムレスとユフィーリアが敵でなくてよかった。敵であれば、たとえラムレスを倒せたとしても、多くの死傷者が出たのは間違いない。王都は壊滅し、ガンディアという国そのものが危機に晒されたかもしれない。

 それだけの危険性を孕んだ存在だった。

「行ってしまったな……」

「へ、陛下」

「なんだい?」

「い、いえ……」

 セツナはレオンガンドのきょとんとした顔を見つめながら、言葉を濁した。ラムレス、ユフィーリアに集中していたせいでレオンガンドの存在をすっかり忘れてしまっていたことなど、いえるはずもなかったのだ。

 レオンガンドはセツナの反応を気にしながらも、追求はしてこず、話を続けてきた。

「しかし、驚いたな。まさか《白き盾》のクオン殿が、ヴァシュタリア教会の神殿騎士団に入り、その上、団長にまで上り詰めていたとは」

「本当に……」

「君も驚いたか」

「想像もできないことですよ」

 セツナは、レオンガンドに本音を漏らした。まさかあのクオンがヴァシュタリアの神殿騎士団に入っているなど、だれが想像できよう。彼は、だれかの下につくような人間ではない。器量も、性格も、能力も、ひとの下につくよりも、ひとの上に立つほうが合っているし、そのことは彼だって理解しているだろう。だから彼がみずから団長となる組織を作り上げたのだろうし、団長として上手くやっていたはずだ。彼には組織を運営する才能がある。人誑しの天才は、人脈を作る上でも、組織を作る上でも才能を発揮した。そんな彼が丹精込めて作り上げた組織を簡単に手放すとは思えなかった。

 神殿騎士団という別の組織に入ったということは、つまり、《白き盾》を捨てたということだ。ユフィーリアの話によれば《白き盾》の団員たちは現在も彼に付き従っているようだが、しかし、現実的に考えれば、《白き盾》という組織そのものはなくなったと見るべきだろう。

 クオンらしくはない。

 なにかしら理由があるのは間違いなく、その理由が手紙に記されているのかもしれなかった。

「まったくだ。クオン殿の現在といい、あのドラゴンと竜騎士の存在といい、この世には想像もつかないことが多いな」

「はい」

 セツナは、ラムレスが急速に感知範囲の外へと飛んで行くのを感じながら、小さくうなずいた。クオンの立場のこともそうだが、ラムレスとユフィーリアのことも驚くしかなかった。まさか、ラグナと同じ転生竜が人間の女性と行動をともにし、なおかつクオンに心酔しているようですらあったのだ。ドラゴンが人語を解するのは、ラグナの時点で慣れていたこともあって驚くことはなかったものの、そのドラゴンが人間を背に乗せ、飛んできたことには驚きを禁じ得なかったし、ユフィーリアの発言から、クオンのことを特別視していることが伺え、驚きは何倍にも膨れ上がった。彼らがどうやってクオンに知り合い、どうして心酔するほどになったのか、不思議というほかない。

 ユフィーリアがクオンに惚れるのはわからなくはないのだ。が、相手がドラゴンとなると、まったく理解できない。

 そもそもラムレスは人間嫌いの狂王ではなかったか。

 それがなぜユフィーリアなる女性と行動をともにしているのか。

 そんな疑問も浮かぶ。

「そういえば、手紙を渡されたのだったな?」

 レオンガンドに尋ねられて、セツナは頭の中の疑問を消し去った。手にした封筒を見下ろす。

「内容、お伝えしたほうがよろしいでしょうか?」

「それに関しては君の判断に任せる。個人的なものかもしれないだろう?」

「そうですね。ですが」

「ん?」

「個人的な手紙を届けるためにわざわざ狂王と呼ばれるドラゴンを使うのは、どうかと想いますよ」

「それもそうだな」

 レオンガンドは、セツナのいいたいことを理解したのか、大いに笑った。個人的な内容の手紙を届けるために竜の狂王を使役するなど、大それたことにもほどがある。



 ドラゴン襲来騒動は、何事もないまま収束し、王都はいつもの平穏を取り戻した。

 ドラゴンがいったいなにもので、なんのために現れたのかも、ある程度は知らしめられた。もちろん、伝えられることなど知れてはいるのだが、騒ぎを鎮める上ですべてを隠し通すことなどできるわけもない。ドラゴンが現れたことは隠せないことだ。ドラゴンなのだ。圧倒的な力を持つドラゴンが舞い降り、なにもせず飛び去るなどということがあろうはずもない。政府がなんの発表もしなければ、くだらない憶測を呼ぶことになる。根も葉もない噂など捨て置けばいいのだが、憶測が騒動を悪化させることもありうる。

 そういうことも考慮して、政府はドラゴン騒動に関する説明を行った。

 ドラゴンがなぜ現れ、なぜ何事もなく飛び去ったのかについて、どう説明するべきか、レオンガンドたちは頭を抱えたようだったが、ラグナの知恵によっておそらく万人が納得できる理由が作られた。

 ドラゴンは、ラグナを訪ねてやってきたということになったのだ。

 ラグナの存在については、既に周知されていることだ。

 昨年の五月五日、ガンディアの英雄セツナの誕生日に突如として現れ、セツナたちと戦闘した末、セツナの従僕となったドラゴンとして、宣伝されている。竜殺しが竜を下し、竜の支配者となったということで、ガンディア中が沸き立ったことは記憶に新しい。そして、それがただの大袈裟な宣伝などではなく、事実だということは、セツナが常にラグナを連れて歩いていることから明らかだったし、王都市民がラグナを目撃することも少なくはなかった。そういったことからラグナの存在は周知徹底されており、また、ラグナの活躍についても喧伝されている。

 ラグナはアバード動乱においてシーラを守り抜いた殊勲者だった。ラグナの能力を疑うものはいない。

 そんなラグナの活躍を聞いたドラゴンが、わざわざ訪ねてやってきたということにしたのだ。実際、ラムレスとラグナが言葉を交している光景は見られているし、ある意味では間違いではなかった。そして、ドラゴンが竜騎士を背に乗せていたことや、竜騎士がセツナに手紙を渡したことも明らかにされた。あれだけの騒ぎだ。大勢の人間が見てもいた。竜騎士の存在も、彼女がセツナに手紙を渡したという事実も隠しきれなかった。隠そうとすれば、くだらぬ憶測を呼ぶだろう。

 そこで、竜騎士はセツナの崇拝者ということにした。ユフィーリアからしてみれば噴飯物かもしれないが、彼女の立場や彼女を使ったクオンのことを考えれば、そうやって彼女の存在を隠す以外にはなかったのだ。クオンには敵が多いという。ガンディア国内にはいないかもしれないが、小国家群内にはヴァシュタリアの息の掛かったものがいるのは間違いない。その中に反クオンの手のものがいないとも限らず、そういったものがユフィーリアとセツナの接触を知れば、なにを考えるのかわかったものではないのだ。

 竜騎士というだけならば、不確定情報となるだろう。竜と関わる人間は、ユフィーリアだけではないのは、セツナとラグナの存在からも明らかだ。ほかにもいるかもしれないし、いても不思議ではない。

 クオンに少しでも類が及ばないようにするには、こうするほかなかった。

 ユフィーリアとラムレスがこの話を耳にして不愉快に思わなければよいのだが。

『まあ、あやつのことじゃ。理解し、納得し、笑い飛ばすじゃろう』

 会議の席でのラグナの発言を信じるしかない。

 

 セツナがクオンの手紙と向き合うことができたのは、王都が平穏を取り戻し、王宮が静寂に包まれてからのことだった。それから《獅子の尾》隊舎に戻り、自室に入った。ミリュウがついてくるのをなんとか振り払ったものの、ウルク、レム、ラグナがついてくるのだけはどうしようもなかった。この三名はセツナの側にいないわけにはいかないというのだ。ウルクは護衛として、レムとラグナは従者としてセツナの側を離れられない。

 ウルクは、いい。部屋の外で待機しろといえば、命令に応じてくれるからだ。レムとラグナは特別な用事でもなければ席を外してくれないから困りものだった。従僕という割には主のいうことを聞いてくれないのだ。

 とはいえ、レムとラグナに関しては、常に側にいてくれても、気兼ねする必要がないこともあって、特に問題とは思わなかった。ミリュウやファリアとは違うのだ。レムはセツナの半身ともいえるような存在だったし、ラグナは常にセツナに接触していることもあってか、いつの間にか側にいることが当然のようになっていた。ウルクもいつかは当然のようになるのだろうか。

 そんなことを考えながら、殺風景な部屋の片隅に置かれた机に向かい、椅子に腰を下ろす。レムが閉めきっていた窓を開くと、外気が流れ込んできた。真冬だったが、別段、寒すぎるというほどの気温ではなかったため、文句はない。服を着込んでもいる。寒さ対策は万全だった。

 封筒の封を切り、中身を取り出すと、数枚の紙が入っていた。手紙の一枚目に目を通そうとすると、頭の上に乗っかったドラゴンが長い首を伸ばしてきた。頓狂な声が聞こえてくる。

「なんじゃこの文字は?」

「日本語だよ」

「ニホン語……?」

 そう、手紙には日本語で文章が認められていたのだ。

 クオンがいかに警戒しているのかがわかって、不穏なものを感じずにはいられなかった。


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